魔装騎士として、夫としてそして父親として
~結界内~
薄暗い空間の中で剣同士が切り交わされ火花が散っていた。その剣筋は互いに打ち交わされる度に鋭さを増し、激しい物となっていた。しかし大きく違う事があった。それは両者の表情である。
片や相手を殺すための形相であり、片や口元を吊り上げ快楽を求めているようだった。今はまだ互角と呼べるような戦い…双方の力はまだ小手調べで有り、始まったばかりなのだ。
「さあさあさあ! どんどん行くぞ!」
「ちっ!」
双方の攻め方は全く逆のものであった。ギルヴァスは力押しと呼べるような戦い方であり、自身の身体能力に偏っていた。対して鋼誠はその攻撃を受け流し、反撃するというカウンターの戦い方だ。恐らくギルヴァスの戦闘スタイルであれば鋼誠の戦い方は間違っていないだろう。しかし鋼誠が狙ったタイミングでカウンターをしても、紙一重で避けられてしまっているのだ。それはギルヴァスの身体能力と勘とも呼べるような戦いのセンスがそれをたった一つの反撃さえ許さないのだ。そして完璧に受け流しているように見える鋼誠の負担は徐々に増えていた。それは埋めようのない体の差が影響しており、鋼誠は力の底の見えない相手に舌打ちをする、
"このまま続けば不利か……仕方無い、強引だが流れを変えさせてもらう"
鋼誠は途切れない荒々しい剣閃を避け、数歩だけ下がる。ギルヴァスはお構い無しに鋼誠に突撃し、右手に持った剣で自身の右から左下に袈裟斬りをしようとする。
「ふぅ……」
"如月流 剣術 守ノ型 守奏流閃"
鋼誠は刀を右手で持ち、左から来る斬撃を右に逆らわないように受け流し、火花を散らせる。先程迄と同じであればここから刀で反撃していたが、鋼誠は左手を腰の鞘を逆手で掴みギルヴァスの剣の持ち手、右手を下から上に打ち上げた。本来この技は相手から武器を落とさせる物なのだが、ギルヴァスは剣を掴んだまま右手を上に上げられた。ギルヴァスは鋼誠を見ると既に追撃の構えをとっていた。
"追ノ型 蓮枝双葬"
右手の刀を左に回し、左手の鞘を逆手から持ち直し右へ、そして両腕を同時に真横へ斬り抜いた。ギルヴァスは胴体にまともに受け、後ろに飛ばされた。
地面についた衝撃で砂塵が舞い、ギルヴァスの姿が確認しづらくなる。鋼誠は鞘を腰に戻し刀を構え、追撃するために相手を見据えていた。
"手応えは悪くないが、これだけで殺られてくれる相手ではない。寧ろ先程よりも圧が強くなっている"
鋼誠は呼吸を整え、ギルヴァスの姿を逃さぬようにしている。そしてゆっくりと黒い影が起き上がり始めた。
「ハハ! カハハハハッ! 良い! 実に良いぞ! だがまだだ。まだこんな物では我は満足出来ないぞ! さあもっとだ、もっともっともっともっともっともっとモットモット!! 血が滾るコロシアイを!楽しいタノシイ命の奪い合いをぉぉ! 我か貴様が死ぬまで続けようぞぉぉ!」
狂った笑みを浮かべ、次第に力を増していくギルヴァスは、その力の圧力だけで周囲の生命を殺しかねない程に力が高まっていた。鋼誠はその姿を見て冷や汗をかき、額から滴り落ちた。恐らくこのままの自分では勝負にならないことを本能的に理解していた。だがその瞳に宿る戦意は衰えず、刀を握り直して覚悟を決める。
「お前の期待に答えるには今のままなら無理だろうな…… だから俺の限界を越えた姿…見せてやる」
ギルヴァスは鋼誠の始めの言葉に明らかな落胆を見せ、直ぐにでも飛び出そうと構えたが、次に紡がれる言葉で止まり興味を示す。
「少しばかり発動に時間が掛かるが、期待に答えてやるよ。何故俺が剣鬼と呼ばれているのかをな」
鋼誠はギルヴァスの構えが解かれるのを見ると刀を鞘に戻し、直立で深く息を吸い吐いた。
「"人を導く神の恵みよ 我が身に宿る異の力は己の意思を貫き そして守り抜くため 我は全を救わず 己を救えず されどかけがえのない命は必ず救うと神に誓おう さあ戦いの時だ "我が身に宿れ 我が身を纏え 人器纏 鬼ノ骸"」
これは人が人でありながら魔と戦う力、神の恵みと呼ばれる力、その発動には詠唱が必要となり、魔族等が使う詠唱魔法のように決められた言葉ではなく、自らの中で浮かぶ言葉を詠唱するのだそうだ。この言葉は魔装騎士それぞれ違うものだという。
「あ"あ"あ"ア"ァァァ」
鋼誠の体から赤黒い魔力が吹き出し体全体を覆っていく。次第にそれは固体のように形が形成され始める。赤黒い色のしたそれは手と足の先は尖った爪のように鋭くなり、腕には籠手、肩には大袖を足には脛当を、そして胴体を守る鎧と草摺が形成され、頭には二本の角が生える。まるでそれは武者鎧を着た鬼のようであった。赤黒いオーラが薄く鋼誠の周りで光る姿は異様な雰囲気を放っていた。ゆっくりと目を開けた鋼誠は黒い瞳が赤みを帯び、目の前にいるギルヴァスを見据え、刀を鞘から抜いた。鋼誠の刀"紅花"は先程と違い刀身にも赤黒い魔力が纏わり付いていた。
「待たせたな…これが俺の魔装騎士としての力だ。正真正銘全開の力…さあ、再開だ!」
鋼誠は感情が先程よりも高ぶっているようで、より戦いを欲しているようだった。刀を下段に構え、一気にギルヴァスの距離を詰める。ギルヴァスは笑み浮かべたままそれを迎え撃ち、双方の剣がまた激しい火花を散らし、切り交わされた。
鋼誠の戦闘スタイルは先程と違い、攻めを重視したものであった。とはいえ型破りな動きではなく、自身の型に沿い、力任せにならないまさに理性と本能が最良の動きを引き出している。だがやはりギルヴァスはそんな攻撃も全て対応し、そしてより荒々しい力を見せ始めていた。しかしそれは鋼誠にも言えることだった。それは戦いの仕方を少しずつ思い出すように剣筋は攻撃する度に鋭く、そして速くなっていた。
「はあああああ!」
「ハッハァァ!」
2人の剣閃は既に目視するには困難になり、切り交わされる度に力の余波が周囲の空間を揺らし、次第に全体へ影響が出始めた。少しずつ互いに切り傷が増えていたが、どちらも戦闘に支障が出るほどの傷を負うことはない。それはどちらも戦闘において飛び抜けたセンスと経験の持ち主だと言うことだ。そんな中で変化が起きた。ギルヴァスは戦闘については純粋に殺し合いを楽しんでいる。それは変わらないのだが変化が出ているのは鋼誠の方であった。恐らく鋼誠自身は冷静でいるつもりのようだが、ギルヴァスに感化されているのか戦う事に楽しみ始めていたのだ。笑みを浮かべ、ギルヴァスだけを見ていた。それ故に周囲に何が起き始めているのか気付かずに……
鋼誠とギルヴァスは激しい鍔迫り合いの末に共に後方へ弾かれる。鋼誠はいち早く構えを取っていた。
"鬼装式剣術 鬼餓貫葬角"
鋼誠は刀を突き出す構えをし、地面を抉りギルヴァスへ突撃した。ギルヴァスはその突きを己の剣の腹で防御するが勢いは殺せずに鋼誠に押される形で地面を抉りながら後方へ押されていた。鋼誠がそのまま押し切ると思われたが、ギルヴァスは刀を剣の腹で流し、鋼誠の右へ体を向け、その勢いのまま に右足の後ろ回し蹴りを鋼誠の頭部へ食らわせようとした。鋼誠は間一髪で自身の左手の籠手部分を当たる直前に間に入れ、防御することが出来た。それでも完全に防御出来ずに今度は鋼誠が後方へ飛ばされることとなった。そしてギルヴァスはここぞとばかりに鋼誠を追撃する。鋼誠はなんとか両足を地面に戻し、踏ん張ろうとするがそれでも止まらずに地面を抉りながら下がっていた。鋼誠は痺れる左腕をそのままで刀を鞘に戻し、足を踏ん張らせながら抜刀の構えを取った。
"鬼装式剣術 抜刀 鬼殲裂爪"
鞘から放たれた剣閃は赤黒い弧を描き、ギルヴァスへ向かって行く。ギルヴァスはそれを剣で受け弾く。しかし勢いは完全に殺されてしまっていた。その間に鋼誠は自身の体勢を整え次に備えていた。
「良いぞ…期待以上だぞ剣鬼ぃ!」
「ふぅ…」
"あのタイミングで出した技があっさりと防がれるとはな…あわよくば直撃してくれたのならば上出来だったんだがな"
鋼誠は息を整え顔では冷静を装っていたが内心焦りが現れていた。
「やはり戦いはこうでなくては! さあもっとだ、もっと全てを出し切り楽しもうぞ! 剣鬼ぃぃ!!」
ギルヴァスは更に力を上げ、周囲に激しい魔力の波が発生していた。右手に持った剣を後ろへ向けギルヴァスは構えていた。漆黒の剣は禍々しい黒い魔力が帯び、それが渦巻いていた。それはまさしく大技の前兆であった。
「なら俺の全力で貴様を殺す!」
鋼誠はそれを感じとり、自身も力を解放し、迎え撃つようだ。双方の力は唸りを上げ、先程の比でない程に結界を圧迫していた。いつ動いてもおかしくない状況でそれは起きた。
"ピシッ!"
それは明らかに何かにヒビが入った音であった。その音に鋼誠は血の気が引いた。それは自分の後ろに居る筈の者を守るために張った結界から聞こえたからだ。鋼誠の力の波動が弱くなり、後ろを向く。やはり想像通りの事が起きていた。決して小さくないヒビが結界に入っていたのだ。だがそれはおかしなことではない。今まで激しい力の余波が結界にぶつかり、強度を保てなくなっていたのだ。鋼誠は数瞬考えた。
"どうする、奴の発動を止めるか…いやその前に放たれる。くそっ!なんで気づかなかった! だが今は後悔出来ない。奴の技を相殺する?駄目だ!そんな事をすれば結界が破れて晴香達は死ぬ。ならいっそ見限り奴を何とかする方がいいか……ハハッ我ながら馬鹿なことを考えるものだな。だが魔装騎士としてこれからの人界を考えれば魔界の王に一矢報いるのは間違いではないだろうな"
鋼誠は晴香の顔を見る。そしてゆっくりとギルヴァスを見た。何故かは分からないがその時間、鋼誠には時が止まったようにとてもゆっくりと時間が動いていた。そうして鋼誠は目を閉じた。浮かぶのは何故自分が戦うことを選んだのか、そして何が自分にとって大事なのか…
俺が戦うことを選んだのは、愛した女を救うため、戦うことが嫌いなのにただ力があるというだけで強要されようとしていた彼女をただ守りたくて、例えそれが国を裏切り、二度と地を踏めなくなるとしても…俺は世界を救いたい訳じゃない…国を守りたい訳じゃない…神に恵まれた力を授かった時から俺の全ては彼女と共に生きることだから…
鋼誠は再び閉じていた瞳を開けた。そしてまた後ろを向き、晴香の目を見て微笑む。大丈夫だと添えて…そして晴香の抱える少年を見つめる。思い浮かぶのは大事な2人の息子の顔…
"俺は、魔装騎士失格だな…それに夫としても父親としても…だが約束は必ず守る! あの子に…そして自分に誓った、手の届く大切な人を必ず守ると…だから"
時間の進みが元に戻っていた。鋼誠は前を向き、今にも技が放たれそうなギルヴァスに力強い覚悟が宿る瞳を向ける。
「行くぞ!剣鬼ぃ!」
ギルヴァスは一歩前に踏み込み右手に持った剣を前に突き出す。それと同時に巨大な力の渦が鋼誠に向けて放出された。
「ぜあああああ!」
鋼誠は全身全霊を込めた力で刀を上段から振り下ろし、力の渦を真っ向から受け止めた。
「っ! ぬぅぅぅ!」
鋼誠は徐々に押され始めていた。一度は力を弱めてしまったことで万全の状態という訳ではなくなっていたのだ。それでも鋼誠は踏ん張り、後ろに居る晴香達に影響が出ないように力を放出し、自分自身も力を強めていった。
「中々粘るなぁ、ならどんどん上げていくぞぉ!」
ギルヴァスは感心するような言葉を発すると更に力を込め出した。
"ちくしょう、押し負ける。俺は結局何も守れないのか…約束も誓いも大事な女さえも……"
鋼誠は力に押され、気持ちも余裕が失くなっていた。それは後ろにいる晴香でさえ気づいていた。晴香は涙を流し、唇を噛んでいた。
「…け……いで」
この力の渦に何かの言葉が聞こえた。なんと言ったのかほとんど聞こえなかったが、鋼誠は目を見開き、諦めかけていた体に鞭を打ち、力強く踏ん張る。そして…
「負けないで!! 鋼誠ぇぇぇぇ!」
涙声ながら、晴香の確かな言葉が響く。
「っお"お"お"お"お ッオ"オ"オ"オ"オ"オ」
鋼誠の体から赤黒い力が吹き出し、全身を覆い、数周り大きくなったように錯覚させる。その力はまるで獣のように叫び、巨大な力を生んだ。まさしく鋼誠が本物の鬼となったように見えた。そして自身の受け止める力の渦を真上に弾いた。渦は結界に当たりそのまま消えていった。その衝撃は凄まじく、ギルヴァスが張った結界に少しずつヒビが生まれていた。
鋼誠は見事に防ぎきったのだ。自身の守るべき人を守り、そして…………
鋼誠の纏う鬼ノ骸は四散し、両膝を付いていた。
「不本意な結果だな」
気が付けば鋼誠の目の前にギルヴァスが立ち、そう呟く。
「だがそれなりに楽しめたぞ剣鬼。もしも戦っていた相手が我でなく我が配下であれば、良い勝負となったであろうな。しかしこれが現実なのだ……では…さらばだ」
ギルヴァスは剣を上げ、それは無情にも振り下ろされた。




