助けてと呼ぶ声は……
カルディーク皇国 広場
現在広場近くでは、様々な声が行き交っていた。それもそのはずだ、急に現れた黒いドーム型の結界に先程まで一緒にいた両親、子供、友人、大切な人、多くの人がその中に捕らわれてしまったのだから…
「無事なの?! 中はどうなってるの?! 返事をしてよぉ!」
「んだよこれぇ!」
黒い結界にしがみつき、悲痛な声を上げる女性も居れば、結界を素手で叩きながら悪態をつく男性等、多くの人が混乱と焦りを隠せずにいた。
「大丈夫ですか?!」
この事態が起きてから少しの時間で、数人の軽装の騎士甲冑を着た騎士達が到着した。
「お願いです!娘が中に居るんです! 助けてください!」
結界の近くにいた女性が立ち上がり、騎士の1人に泣きながら、すがり付くように願った。それを皮切りにこの場に居る人達が騎士達に群がり、声を荒げ話し始めた。
「おっ…落ち着いてください!」
騎士達の宥める声も聞かずに、騒ぎはどんどん大きくなっていた。それどころか直ぐに動かない騎士に対して怒号を浴びせる始末である。だが仕方ないのだ現場に着いた騎士達は祭り内で起きた暴動や取り締まりをするために居合わせただけでその殆どは新兵達であるからだ。
「どうする?」
「どうするっていっても俺達じゃ何も出来ないし、少なくても応援が来るまでこの人達を抑えてないと…」
経験の少ない騎士達では咄嗟の判断が出来ないでいた。だがその中で女性に願われた騎士が1人前に出た。
「っ! 俺達には出来ないかもしれないけど、それでも何もしないよりましだ! 中で助けを求めてるかもしれないのに、外の人達が助けてと願ってるのに…俺は騎士だ! ここでなにもしなかったら努力して騎士になった意味が無いんだ!」
その騎士は剣を抜き、魔力を纏わせ突撃した。
「まっ!待て!何か起きたらどうするんだ!」
後ろから止める声がするが、止まらなかった。声を上げ少しでも勢いをつけるために飛び上がり、全力で剣を振る。結界を破壊することはおろか、ヒビすら入らずに弾かれる。
"っ! かたっ……"
弾かれたことで空中で体制を崩し心の中で悪態をつくが、不意に黒い何かが一瞬過ぎ去り、頬を掠め切り傷が付いた。勢いそのままに地面に尻餅をつくが、直ぐに立ち上がろうとする。だが体のバランスがとれずに体が崩れる。何が起きたのか体を見ると、勢いよく自身の右肩から血が吹き出していた。頭が理解し始めたのか、右肩から焼けるような熱さと激しい痛みが一気に流れ込んでくる。
「あっ……あああっあ"あ"あ"あ"あ"!!」
吹き出す血を左手で抑え、叫び出す。その現状を目の当たりにして周囲の騒いでいた者達は静かになる。
「…っ! 直ぐに"硬止血晶"を持ってこい! お前は治癒使えるよな。こっち来て手伝え」
そして騎士の1人が傷をおった騎士に近づき、的確に指示を出し始めた。薬を腰のポーチから取り出した1人が傷口に数cm程の塊を押し付け、血に濡れるが塊が淡く光ると血の色と同じ赤くなった結晶が傷口を覆い、流れていた血が止まった。その状態のままもう1人の騎士が治癒を始める。
"硬止血晶とは、血が出ている箇所に当てることによって、血に流れる本人の魔力に反応し、その傷口を血を利用して適切な形で覆い、血を止める物である。治癒を扱える者が居なかったり、孤立した中で一人でも応急処置が可能となるので戦場ではよく使われているが、あくまで血を止めるだけなので、いずれにしても治癒しなければ傷の状態によって、壊死や感染等の事態を引き起こす可能性が高くなるので万能な物ではない"
「くそっ! どうなってんだ」
指示をしていた騎士が眉を寄せながら悪態をついた。
この場にいる全員が硬直し、現状の理解が追い付いていない中で、広場に近付く者がいた。
「道を開けなさい」
突如響く女性の声に殆どの者がビクッとなり、その女性は威圧の雰囲気を出していた為に自然と女性の前に道ができた。
「現状の説明をしなさい。私はカルディーク皇国 騎士団所属 サレリア・シュバルだ」
この場に現れたのは、セリエの姉であるサレリアだった。以前学園に行ったような騎士の制服ではなく私服だったが、その場にいた騎士達は治癒をしている者以外敬礼をした。
「今が異常事態なのは理解している。形式的な物はいらない、報告できる者は直ぐに前に出ろ」
サレリアの言葉に先程指示を出していた騎士が前に出て、報告を始める。黒い結界が現れてからの時間と少なくとも数十人が中に居ること、この結界がどのような物であるかを分かる範囲でサレリアに報告した。
「分かる範囲ではそんなものか…だが」
サレリアは報告を聞き、顎に右手を当て結界を見る。観察するように見るが、ほんの少しした後に小さく息を吐く。
「私でもどうにもならないか…」
小さな声で溢した言葉は誰にも聞こえていない。
「ギルドに応援は?」
「こちらに来るときに私達の中で1人兵舎に向かわせたので、恐らく行ったと思います」
サレリアの問いに騎士の1人が答える。
「……これほどの規模を作り出せる力…魔族? どちらにしても下手な戦力じゃ意味がない。魔装騎士か大騎士長でないと…」
サレリアは深刻な表情をしながら考え、その場に居る騎士達に周辺の対応を指示し、続々集まる人々に対応を始めた。
そう待たずして、1人のギルド隊員と思われる男性が人混みから騎士達の所に向かってきた。
「俺はギルド所属の者です。ギルドより言伝てを伝えに来ました」
それを聞いた騎士は、隊員の元へサレリアを呼んだ。隊員はサレリアの顔を見るとその場で敬礼し、サレリアも対応をした。
「今回の件に当たり、直ぐに此方に向かえる魔装騎士2名に要請を出しました。しかし任務地に居るため到着には早くても2-30分掛かるそうです」
サレリアは歯を食い縛り、結界の方を向く。先程の騎士からの報告から少なくとも10分は経っている。多くの国民が危険に晒されているかもしれないそんな中で、対応するまでに更に時間を掛けてしまうとなると、助けられるかもしれない命を諦めるのと同じだった。
大騎士長にも連絡は行っているはずだが、大騎士長は皇王様と共に他国へ出向いているのだ。仮に国家間転移を準備するとしても恐らくギルド側より時間が掛かるだろう。
「最後に私にも詳細は伝えられていないのですが、特殊任務についている隊員を可能ならば向かわせるとのことです」
サレリアは最後の言葉に眉を寄せる。今必要なのは魔装騎士クラスの力なのだ。詳細を知らされていないような応援が何の役に立つのか。サレリアは冷静になるために息を吐く。
「姉様!」
ざわつく人混みの中からサレリアに向けて、声が上がる。声の主はサレリアに近づいて来ており、サレリアはその言葉に直ぐ反応し、声のする方へ顔を向けた。
「セリちゃっ……… セリエ、ここで何をしているの? ここは危険だから指示に従って離れなさい」
サレリアは少しだけ高い声を上げそうになるが、直ぐに態度を変え、口調を戻した、
「っ!…… 私はヴィルや友達とお祭りに来てて、それで気になってここに…」
いつも自分に掛けられる言葉と真逆の声質に一瞬驚くが、セリエは言葉を続けた。
「そう… ならその友達と一緒に離れなさい。貴女達が居たところで何の役にもたたないのだから」
サレリアはあくまで仕事の口調でセリエをこの場から遠ざけようとしていた。きっと巻き込まないようにしようと考えての行動だろう。
「姉様! でももしかしたらその友達が…アリサと勇夜があの中にいるかもしれないの! だから」
「っ!……だとしても今は何も出来ない。友達がいるかもしれない? でもこの場にいる殆どの人達はこの中に大事な人が閉じ込められている。助けを求めているのは貴女達だけじゃない! だけど私の力でもどうしようもないのよ……」
サレリアはセリエの顔を見て、一瞬顔を歪めるが、今の現状を話し始める。段々と言葉が強くなるが次第に弱く、そして口調が普段のような話し方に変わっていた。セリエはそんな姉を見て驚く。それもそのはずだろう、セリエから見たサレリアはいつも強く、そして優しかった。そんな姉が悔しそうな表情をし、自分の無力を嘆いているのだ。サレリアは騎士団の中でも大騎士長を除き、五本の指に入るほどの実力者である。騎士長にはなれていないが、実力は申し分なく、上に立つにはまだ経験不足という事だけなのだ。
「姉様……」
セリエは呟き、泣きそうな顔をする。隣にいたヴィルはそれを見てセリエの肩を寄せた。
"勇夜、アリサ、無事だよな。無事なら早く戻ってくれよ"
ヴィルは心の中で呟き、大切な友人達の無事を祈っていた。
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広場に向けて、建物の屋根を走る一つの影があった。
"ギルドから連絡が来てから確認したが… まさかこの状況を言われるまで気付かないとはっ! 思ったより距離もある、くそっ!"
屋根を走る人物は苦虫を噛んだような表情で悪態を心の中でつく。
"解除するべきか…だが少なくとも時間が掛かる。今は現場に着くことが優先か… 最悪バレても仕方無いと考えるべきだな。……あれは?"
走っている最中に少し前の街中を走る2人を見つけた。
「アリサ……やっぱり、急いで向かう為だから仕方無いと思うんだが」
「どうしたの?」
「その…なんだ」
街中を走る2人とは勇夜とアリサであったが、その姿はある意味異様だった。それは……
アリサが勇夜をお姫様抱っこしながら走っているからであった。勇夜は松葉杖を抱え、アリサは身体強化でその勇夜を抱っこしていた。
「やっぱりこの格好は誰かに見られるとちょっと…」
「大丈夫だよ。今は誰も居ないみたいだし、それに勇夜君は走れないんだからしょうがないよ」
己の不甲斐なさに顔を覆いたくなる勇夜だったが、松葉杖を抱えているので手を使えなかった。取り敢えずアリサの顔だけは見ないようにするので精一杯だった。
「ちょっと待ってくれ」
そんな声がした後に、2人の少し前に軽い音で着地をする1人の少年がいた。
「お前は確か…アゼル・ベルライトか」
歩を止めた2人の前に現れたのは、アゼルであった。
「やあ、覚えてくれて良かった。あまり時間がないから単刀直入に聞くけど、君達はどこに行くつもりだ?」
始めは、にっこりしていたアゼルだったが直ぐに真顔になり、多少の威圧が込められた問いを勇夜達に投げ掛けた。この格好の事は特に触れないようだ。勇夜はアリサに自分を降ろすようにお願いした。そしてアゼルの方へ向く。
「俺達は広場に向かうつもりだ。ヴィルとセリエと合流する為にだ。2人共さっきは広場の近くにいたから」
「そうか、でも今は行かない方がいい。何が起きてるのか知らない訳じゃないだろ? それを知ってもなお、向かうつもりなら止めはしないけど…これだけは言っておく。今の君達じゃ何も出来ない。だから余計な事はするな」
アゼルの雰囲気は今までと明らかに違い、隠すことのない威圧とまるで相手を射殺すかのような鋭い視線で勇夜達を見ていた。アゼルは話終えると直ぐに広場の方に向き直り、建物を飛び越えて行った。
「俺が戦う限り、無用な犠牲を出させない」
アゼルは、何もない筈の空間から目を隠す青色の仮面とマントを取り出し身につける。そこからアゼルの速度は先程よりも上がっていた。
「行こう…アリサ」
少しの沈黙の後に勇夜はアリサに背を向けながらそう言った。
「……わかった。どうする?」
アリサは一言了承すると勇夜に問いを投げ掛けた。恐らく広場までの移動の事だろう。
「大丈夫。距離もそんなに離れてないし、それに……」
勇夜の体を微弱ではあるが魔力が帯始める。何故だかわからないが少しだけ魔力を発動することが出来たみたいだ。
「勇夜君、無理はしないでね」
アリサの顔は見ていないが、その声から勇夜を心配しているみたいだった。
「わかってるよ。でも理由はわからないけど、俺は行かなきゃ行けないって思うんだ。自分が役に立つかどうかじゃなくて何だか見なきゃ行けない…そんな気がするから」
勇夜自身もよくわからないことを言っていると思った。だがこの気持ちは本当なのだ。勇夜は自分が走れることを一歩踏み出し確認すると動き出した。アリサはその後を追うように走り出した。




