悲鳴はいつも哀しくて
時刻 8:30 如月家
「ふっ!」
ここは如月家の敷地内にある道場の中、そこに居るのは勇夜と靖耶の父である鋼誠だった。彼は今鍛練をしているようで、木刀を振る音が静かなこの場所に響いていた。少しすると道場の入口が開く音がする。
「師範~ご飯が出来たから来てって言ってたよ」
そう言うのは、現在家で住んでいる10歳に満たない少年だ。如月の家では度々道場に来ている子供達を預かったり、剣を学ぶことを選んだ孤児を家に住まわせたりしている。この子は後者だ。
「分かった。直ぐに行く」
そう言うと、少年は返事をして小走りで道場を出ていった。
鋼誠は鍛練で昂った気を落ち着ける。最近の彼は、少々気が立っているのを自身はおろか、周りの人も気づいていた。原因は本人も分かっているようだが、それは勇夜の事が関係している。一週間以上前に勇夜が任務中に負傷した事とそれが何が原因かを知ったからだ。鋼誠自身も魔族との戦争を経験し、その力を身に受けたその1人なのだ。鋼誠は普段着である紺色の着物に着替え、その場を後にする。
「「いただきます」」
食卓を囲んでいるのは先程の少年と鋼誠、そして晴香である。
「ねぇ師範、師範達は今日のお祭り行かないの?」
少年は食事を取りながら質問をする。鋼誠はこの質問に小さく唸る。正直な事を言えば乗り気ではないのだ。確かに今日は国にとって記念すべき日なのだろう、だが本当の戦争を経験した者としては今は気を抜けない現状である。
「そうねぇ、せっかくだから行きたいわよねぇ。 ん~…そうだわ。あなた勇夜のお見舞いに行ってないんだから、この機会に会ってきましょうよ。そのついでにお祭りに皆で行きましょ。ね?!」
晴香はあまり困っていなさそうな顔をしながら、困ったように話し始める。晴香は手を叩き、笑顔なのに反論させない威圧で鋼誠に提案をする。鋼誠は勇夜の負傷から直接会いに行ってはおらず、晴香だけで行っていた。その理由は彼以外は知らない。
「……わかった。なら身支度をしてくる。お前達も準備をしておけ」
鋼誠は小さく息を吐くと、諦めたように肯定をした。晴香と少年は喜んでいるようで、それを見た鋼誠は少しだけ口元を緩めていた。鋼誠は普段であれば出掛けるときも着物なのだが、今回は動きやすいように武者袴と呼ばれる和服に着替える。そして特殊な作用のある愛用の小太刀を脇に差し、右手の人差し指に自身の騎装環を嵌めた。本来ここまでする必要は無いのだが、鋼誠は何か嫌な胸騒ぎを感じていた。気のせいだと思いたいのだが、用心に越したことはないという判断を下したのだ。
身支度を30分程で終え、鋼誠は2人の居るであろう居間に向かった。
「準備は大丈夫か?」
居間に着くと少年が座っており大丈夫そうだったので、鋼誠は荷物や火の元を確認していた晴香に話し掛ける。
「あと少し待ってくださいね……………よし大丈夫。 それじゃあ行きましょうか」
晴香は確認を終えると鋼誠に向き直り、柔らかい笑顔で答える。
「では出ようか」
鋼誠がそう言うと少年と晴香は手を繋ぎ、おー!と手を上げた。
2人の元気な姿を見て、嫌な感情は吹き飛んだようだ。鋼誠は一呼吸すると前を歩く2人の後ろをゆっくりと歩き始めた。
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時刻 9:00 剣騎学園 生徒会室
「それじゃあマナ、次の書類を頼む」
祝日でありながら、机に乗った書類を整理しているのは、この学園の生徒会長である 如月 靖耶 だ。彼は書記である マナと呼ぶ彼女に次の仕事を要求した。
「会長…ここ最近気を張りすぎですよ。本来会長は今日休みのはずですし、それに私のやる仕事が無くなりますよ」
「いいんだ。特に休みの予定はないから。出来る限りの仕事は終わらしたいからね」
マナは溜め息を吐きながら反論するが、靖耶は気にするなと言葉を発し、直ぐに手元の書類へ目を移した。
「はぁ… 会長は私達の仕事を取り過ぎです。そんなに信用出来ませんか? 仮に会長がそう思ってなくても、そう感じちゃいますよ。このままだと数日分の仕事が失くなるので、今の書類が終わったら終了です」
「いや…だけどな」
マナの言葉に靖耶は反論しようとするが、マナは近くの机を強めに叩き言葉を止めさせる。
「わ!か!り!ま!し!た!か?!」
普段大人しい人が怒ると怖いというのは本当の事だった。笑顔なのに今戦えば絶対に勝てないという気迫を恐ろしい程感じていた。
「はい……」
靖耶は萎縮し、普段使わない敬語を使っていた。それを見たマナは自然な笑みに変わり、自身の椅子に座って仕事を始めた。
「そういえば会長、この後予定ないですよね。仕事するつもりだったんですから。今日お祭りがあるのは知ってると思いますが、1人で行くのもなんなんで、一緒に行ってくれません?」
「…あ、ああ… いいぞ。 予定がないのは言うとおりだし、問題無いよ」
靖耶は、強引とも取れる話に一瞬、ビクッとなりながら了承する。マナは机の下で小さくガッツポーズをとり、自分の仕事を早く終わらせようと張り切り始めた。そんなマナを見て靖耶は小さく笑い、仕事を再開する。
訪れる運命に引き寄せられるように、また一つ…大きな流れに飲まれていく。
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「わぁぁ! すごぉい」
晴香に手を繋がれながら、少年が目を輝かせて街中を見渡していた。
「人が多いんだから、離れたらダメよ」
ぐいぐいと引っ張る手を握り、晴香は少年に注意をする。ちなみに鋼誠は直ぐ後ろを歩き、周囲を見ていた。
「何か食べていきます?」
「ん? ああそうだな。ではそこの店に行くか」
晴香の問いに鋼誠は肯定し、近くにある出店を指差して、2人に顔を向ける。晴香と少年は頷き、前に進もうとする。その姿を見た鋼誠は前に顔を向けようとするが、大勢の中に異様な雰囲気を感じ取った。行き交う人混みの中にポツンと男が1人立ち尽くしており、その風貌と纏う何かに鳥肌がたつ。次の瞬間その男を中心に巨大な陣が足元に広がる。鋼誠は本能的に晴香と少年を抱き伏せた。そして辺りは暗い何かに埋め尽くされ、外との繋がりを遮断された。
「パパ! パパぁ!」 「なんだよこれぇ!」 「出してよ!」
急に閉じ込められた空間で恐らく数十人は居るであろうこの場所で様々な怒号、悲鳴、泣き声が溢れる。そこには子供も大人も関係なく誰もが焦り、恐怖した。
「ふむ、強い力を感じてこの場に来たが…どうやら邪魔な者が多く入ってしまったようだ…逃げられないように結界を張ったのが間違いだったか…むぅ…しかしこの雑音には頭が痛くなる。消してしまうか」
多くの騒がしい声の中で唯一はっきりと聞こえてくる重い声を鋼誠は聞こえていた。男が話終えると、鋼誠の全身が命の危険を知らせる。
「全員!自分の身を守れぇぇ!!」
鋼誠は咄嗟に覇気を込めた大声を発し、自身と2人の命を守るために結界を全力で張った。この状況ではこれが精一杯だった。そして周囲より暗い黒が辺りを覆った。
「ぐっ! っおおおお!」
凄まじい衝撃に鋼誠は更に力を込め、結界を維持する。しかしその衝撃は長く続くことはなかった。黒い波動は綺麗に失くなり、それと同時に辺りから音が失くなった。鋼誠は辺りを見渡す。そこに居たのは中心にいた男のみであり、同じように周りにいた数十人は居なくなっていた。いや…初めから居なかったのように"何も"無かったのだ。
「何が…あったの?」
晴香は震える声で視界に映る鋼誠に声を掛けた。
「晴香、お前はその子から離れるな。そこにいろ」
鋼誠は張っていた結界を解除し、立ち上がる。その後直ぐに自身の小太刀を抜き、2人の前の地面に突き刺す。
「術式発動、"鬼守結界"」
鋼誠が呟くと小太刀が淡く光りだし、2人を薄く赤黒い色をした結界が包み込む。
「あっ…」
晴香は鋼誠を心配そうな顔で見上げる。
「大丈夫だ。また必ず帰ってくるさ。だから祈っていてくれ…きっと君のところに戻ってくるから」
鋼誠は柔らかい笑みを浮かべ、優しい声で晴香に話し出す。晴香は繋いでいる右手と反対の左手をぎゅっと握ると小さく頷き、鋼誠の目を見つめた。
「うん…待ってるから」
以前にも同じような事が合ったかのように2人の言葉は通じ合っていた。それはきっと2人にとって大事な事なのだから。
鋼誠は自身の大切な人に背を向け、前を見据えた。
「やはり防げていたのだな。そうでなくてはな! せっかく強き者に会いに来たのにこの程度で死んではつまらないからな」
男は自分が今したことをまったく気にせず、ただ鋼誠だけを見ていた。その瞳から感じるのは純粋な好奇心、そして戦いの欲求だった。
「"紅花"」
鋼誠が呟くと、黒が主で赤い模様の入った柄で鞘に入った赤黒い刀が右手に現れた。左脇に差すと刀を抜き、目の前の男を威圧する。刃が血のように赤く、魔力を纏ったことで妖しく光を放っていた。
「貴様は何者だ…何のためにこんなことをした」
鋼誠は相手を射殺すような殺気と低い声で相手に問う。だが男は気にもとめずに大きく笑う。
「何のために? そんなのは楽しい戦いがしたいからに決まってるではないか。まあ退屈だったから抜け出して来たわけだが……それにそちらも本心では戦いを求めているのではないか? であれば邪魔な物は消しておくのが早いだろう?」
鋼誠はそれを聞き歯を食い縛る。本当ならば今すぐにでも間合いを詰め、斬りかかりたい所だが、それを止めるのは本能的な勘だった。相手は戦闘態勢を取っていないにも関わらず感じる圧倒的な力、これまでのどの敵とも違う雰囲気、そしてその昔戦った魔族と同等…いや…それ以上の圧力を鋼誠は感じ取っていた。
「………はぁ」
鋼誠は大きく息を吐き、精神を落ち着ける。少なくとも目の前に居るのは自身の敵だと認識し、自身の刀"紅花"を中段にゆっくりと構え、いつでも動けるように体制を取った。
「ほうほう、良いぞ。良い力の高まりだ。これなら我も存分に楽しめそうだ!」
男はまるで子供も同士が遊び始める前のように喜びの声をあげ、その口元はつり上がっていた。
「如月家現当主、如月流継承者 如月 鋼誠、元ギルド所属 ランクS 二つ名剣鬼と呼ばれし者!」
鋼誠は、自身を奮い立たせるように名乗りを上げ、威圧する。男はそれを聞くと先程以上に目を輝かせ、狂喜を顔に浮かべた。
「ハハ! クハハハハ! 我の見立てに狂いはなかった! まさか噂の魔装騎士と出会うとはなんと幸運だろうか! ならば我も名乗らなければならぬな。我はギルヴァス! この身は魔界を統べる王である!」
今度は鋼誠が驚愕した。目の前に居るのは長きに渡る戦争の根源、魔族の王だった。だが鋼誠は直ぐに冷静になり、明確に相手を殺す為に向き合った。例えこの戦いの果てにどうなるとしても…
「我が力は、血の一滴たりとも己が信念を貫く為に」
「さあ…その力、我だけの為に全てをさらけ出し、そして…」
2人は武器を互いに構え、目の前の敵と戦うために神経を研ぎ澄ませる。
「いざ!参る!」
「楽しませて見ろォ!」
2人の声が重なり、戦いの火蓋が落とされた。




