祭りはいつも人が多いよね
「ふう…」
勇夜は今病室のベッドで着替えをしている。手に持っているのは青色のジーパンで、上半身は黒いVネックの半袖Tシャツに着替えている。時刻は7時30分、病院での朝食を済ませてアリサ達が病室に集まる8時まで準備を終わらせるつもりのようだ。室内にいても他の病室や廊下から声が聞こえる辺り、今日出掛ける予定の人達が多そうだ。年に一度の祝日なので浮かれるのも仕方ないだろうと勇夜は思う。祭りが開始するのは9時からである。
勇夜は近くにある手摺に捕まり、立ち上がって窓から外を見ると、祭りムード一色と言える景色であった。
「本当に生きて戻ってこれたんだな…」
勇夜は小さく呟き息を吐く。目が覚めてからかれこれ一週間程になるが、実際に外に出ることは殆ど無く、街中の賑わいを感じることはなかった。日がまだ上がりたての事もあり、日差しがいつもより眩しく感じていた。勇夜はそのまま外を見ながらボーッとしていると、扉をノックする音が聞こえた。時刻は7時50分で思ったより時間が経っていた。
「入るぞ」
この声はヴィルだろうか、勇夜は返事をして答える。扉を開けるとヴィルとセリエが立っており、病室に入ってくる。今日のヴィルは流石に車椅子ではなく、普通に歩いていた。
「今日は車椅子じゃないんだな」
「当たり前だろ。せっかくの祭りなのに車椅子なんて格好つかないしな。てか俺は元々歩けるようになったんだよ」
勇夜は口元を緩めて、ヴィルに話し掛ける。それにヴィルはムスッとした表情で答える。不機嫌にさせたかと思ったが、勇夜の頭を軽く小突き、直ぐ笑ったことから特に気にしていないようだ。
「2人共気合い入ってるな」
勇夜がそう思ったのは2人の格好からだった。ヴィルはグレーの半袖Yシャツを第二ボタンまで開け、黒いベストを前を閉めずに羽織り、黒目のジーパンを履いていた。
セリエはオフショルダーの袖が七分で橙色のトップスに、太腿に掛かる位の青いホットパンツ、黒いニーハイソックスと焦げ茶色のロングブーツを履いていた。トップスはゆったりした薄めの生地で右の裾は腰でで、そこから左側端に斜めでホットパンツが隠れるくらいの長さがある。胸下と袖下に茶色の紐を蝶結びで軽く締めているようだ。最後に濃い目の茶色いベレー帽を頭に被ることで、セリエらしく可愛らしい服装であった。
「このくらい貴族の女として、当然の身嗜みよ。……それに」
セリエは胸を張って、どんなもんだとでもいうような雰囲気を出す。しかしその後に顔を少し赤らめながらモジモジし出す。
「"だって皆と行くけどヴィルと一緒にお祭り行くんだし、それにデートだって最近行ってないから…"」
モジモジしたセリエは、独り言のようにボソボソと話し出したが、それが勇夜とヴィルにはよく聞こえず、2人で首を傾げたが、それを見たセリエは "何でもない!"と顔を真っ赤にし、恥ずかしがりながら声を出した。
時刻は8時に差し掛かる所で再び扉がノックされた。それはアリサのようだったが、声を掛けてから少しの間が空いてから扉が開いた。
「失礼します」
ゆっくりと開く扉から現れたのは、やはりアリサであった。ただ一ついつもと違うことを除いて。そしてそれは勇夜の思考を止めるのには充分な事だった。
「へぇ」
「わっ!」
そう反応するのはヴィルとセリエであり、相変わらず勇夜は固まっていた。
「えっと…そんなに見られると流石に恥ずかしいんだけど」
口元に右手を近づけ左下の方を向くアリサの顔は、ほんのり赤くなっているように見えた。こんな雰囲気になったのはアリサの服装が原因だ。
アリサは白いベアトップドレスに水色の薄生地のフリルカーディガンを羽織り、グリーンクロスのニーハイソックスと黒いロングブーツを履いている。普段よりもこだわっているその服を着たアリサは、とても綺麗で華やかだった。
「可愛いじゃないアリサ!」
セリエはアリサに近づき、興奮しながらアリサの周囲を見ながら一周する。
「そう…なのかな。自分だと似合ってるのかよく分からないんだけど」
アリサは自分の服装を見ながら、どう言えば良いのか困惑しているようだ。セリエは首を何度か縦に振り肯定しているが。
「ほら、お前も固まってないで掛ける言葉があんだろ」
ヴィルはいつの間にか勇夜の真横に立ち、ニカッと笑いながら背中を叩く。勇夜はそれで我に帰ることが出来たようだ。
素直に褒めた方がいいのか、それとも何か良い言葉はないか、勇夜はどうしたら良いのか全然思い浮かばなかった。"こんなことは初めてだし、よく分からないんだよ!" と心の中で叫び、困惑と焦りで悩んでいると、不意にアリサと目があった。その瞬間、頭が沸騰しそうなほど体温が上がるのを感じた勇夜は、実際に湯気がでてるのではないかと錯覚してしまうほどだ。正常な判断を下せない状態で遂に思考がショートする。
「…っ…その…アリサ!」
「はっはい!」
勇夜の声は思ったより高く、呼ばれたアリサはびっくりしたようだ。
「えっと…あの…凄く似合ってる…と思う。…俺は好きだよ」
アリサの目を見て話し出し、段々小さくなる言葉と目線が斜め下に動く。思考がショートした勇夜の最後の言葉は本心ではあるが、とても恥ずかしい事を口走ったと頭が判断したときには時すでに遅く、顔を手で覆いたくなるのをぐっと堪え、なんとか下にある目線をアリサの顔に向ける。
アリサの顔は、赤くなった頬と少しだけいつもより開いた目、口元が何とも表現し難い事になっていた。少しの間だけ何も言葉が交わされない状況になった。
「……ふふっ、ありがとう。嬉しいよ」
アリサは急に笑いだし、少しだけ目に溜まった涙を右手で拭い、いつもより自然な笑顔を俺に向け、感謝を述べた。勇夜は少し安堵して胸を撫で下ろした。
その後にアリサはセリエと話し始め、ヴィルは俺の肩を二度と叩き、左手でグーサインをする。
「よし! 結構時間も経ったし、そろそろ行こうぜ」
時刻は8時30分を周り、思ったより話しすぎていたと勇夜は気付く。恐らく今から出れば祭り会場に着く頃には既に始まっているだろう。勇夜達はヴィルの言葉に頷き、勇夜はベッドの横にある松葉杖を手に動き出す。
外に出てからの賑わいはとても凄いものだった。老若男女問わず忙しなく動き周り、家族連れや友人連れ、子供達が走り、いつもの風景とは全く違う物であった。
「うわ~、今年はいつにも増して凄いわね。まあこんな時間から来ることって無かったからかもしれないけど」
祭りの会場に着くとやはり既に開始しているようで、出店や出し物に並んだり、観賞したりと人の多さに目が回りそうだ。
「ほら」
ヴィルは、さも当然のようにセリエに手を差し出し、それをセリエは頬を赤らめながら握る。当たり前のようだが2人は付き合っているのだ。何もおかしな事はない。
「で、どうする?」
ヴィルは後ろを向き、勇夜達にこの後の行動を聞いてくる。
「ねぇねぇ、私あれ食べたい!」
セリエが指差すのは、薄い甘めの生地に生クリームと果物等を乗せてくるむ、所謂クレープである。
「わかったわかった。でお前達はどうする?」
そのヴィルの問いにはアリサが答えた。
「私は遠慮しようかな。やっぱりあまり人が多いの苦手だからもう少し他のところ見に行くよ。だから気にせず皆で行ってきて」
その表情は少し申し訳無さがあった。
「あっ!ごめん、そういえば苦手だったよね。なら皆で…」
「わかった。じゃあ俺とセリエで取り敢えず行ってくる。勇夜はアリサと居てくれ。祭りのメインが11時だからその前に広場の噴水で合流な」
ヴィルはそう言うと困惑と驚きの表情をしたセリエを引っ張り、お店に向かった。
「相変わらず早い決断と行動力だな」
「ふふっそうだね」
ヴィル達を見送る勇夜とアリサはその場で話し、お互いにどうするか話し出した。
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「まったく… そういうことなら先に言ってよ。急だから流石にびっくりしたんだからね」
「悪い。けどあの2人、まだよそよそしいんだよな。というかアリサの方があからさまにな。今回で少しぐらいは距離が縮まればいいんだが」
セリエとヴィルはお店の列で順番を待つ間に話を始める。ヴィル鳴りに気を使ってな行動だったようだ。
「私もアリサの事って正直よく分かんない事が多いんだよね。少なくとも私達とある程度の距離を保ってるっていうかなんというか…あっ!私焼き林檎のハチミツクレープで」
「やっぱそうだよな。俺はチョコクリームクレープでお願いします」
2人は注文を終え、その一分後にクレープが出来上がり、近くにあった空いている小さい丸テーブルと二つの椅子に座り、食べ始めた。
「ん~!」
セリエはクレープを食べながら、頬を緩ませ美味しさを表現する。ヴィルはそれを見て笑顔になり、自身も食べながらこの時間の幸福を噛み締める。
「ヴィルぅ、そんなに見ながら食べると口にクリーム付いちゃうよ」
「んぐっ、そうか?」
「ほらやっぱり、ちょっと待ってて今拭いてあげるから」
セリエは、拭うようにナプキンを取り出そうとするが、その手が急に止まり少し悪戯を考えついたような表情をする。
「ねぇ、拭くからちょっとこっちに顔を近付けて」
「分かった。こうか?」
ヴィルは付いているであろう自身の左頬をセリエ側に向け、テーブルの真ん中位まで顔を近付ける。
それに対してセリエがとった行動は、自身右の人差し指をクリームの付いた頬に付け、クリームを取り、それを口に入れる。
「美味しい!」
セリエは悪戯が成功したような笑顔で、舌を出してヴィルを見る。ヴィルはゆっくりと席に戻り、赤くなった頬を右腕で隠し、セリエから目を背ける。
セリフは、どう?どう? という反応を貰いたい顔をしている。そんな仕草も可愛く感じるヴィルであったが、冷静になろうと話題を変える。
「そういえば勇夜達は上手くやってるかな」
少し上ずった声にセリエは小さく笑い、友人である2人がどうなっているのか考えていた。
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「アリサは、どこか行きたいところある?」
急に2人きりになった状況で、暫し間が空くが勇夜は取り敢えず何処かに移動しようとアリサに話し掛けた。
「そうだね。勇夜君も今の状態だと移動が大変だろうし、何か食べたい訳でもないからどうしようか」
アリサもどうするか悩んでいるようだ。そんな中で勇夜はある場所の事を思い出した。特に祭りに関係することではないのだが時間もあり、かつ人が今は少なそうな場所を思い出したのだ。
「もしよかったら、少し俺に付き合ってくれないか?」
勇夜のお願いにアリサは二つ返事で了承してくれた。そして勇夜達は、ゆっくりと目的地に移動し始める。今の位置からさほど離れている訳ではないが勾配が多少ある階段がある。ゆっくり一歩ずつ松葉杖で上がっていくが、結構大変だ。それに気を配ってか、アリサは万が一の為に勇夜の後ろに立ち、同じペースで歩いてくれていた。勇夜自身、身体強化出来れば楽なのだが、今は上手くコントロール出来ないので無理出来ないのだ。
そんなこんなで特に何も起こらずに目的地に着く。そこは少し古臭さを感じる小さな公園で、ベンチ等は小綺麗にされていたが、あまり使用された形跡のなく人のいない場所であった。広場から比べると比較的高台にあるので、街中と広場を広く見渡すことが出来る。
「ここが勇夜君の来たかった場所?」
アリサの問いに勇夜は頷いて肯定する。ここは勇夜が小さい時によく来ていた場所…今日この日まで来ることが出来なかった勇夜にとっての思い出の場所。
「取り敢えずあそこのベンチに座ろうか」
勇夜は近場の広場が見渡せるベンチを指差し、アリサと移動する。勇夜がゆっくり座るとアリサはその右側に座る。涼しい風が頬を撫で、くすぐったくも気持ち良さを感じる。アリサは何も言わずに勇夜の方を向いた。何か話そうとしているのを感じ取ったように… 勇夜は一度深呼吸をして、別の意味で高鳴る鼓動を静めさせる。
「ここは、俺と仲の良かった友達とよく遊んだ場所でさ。いつも色んな遊びを俺に教えてくれて、凄く楽しかったんだ」
「それってもしかして私の聞いた友達の事?」
勇夜の言葉にアリサは、以前兄さんから聞いた過去の話で出た友達の事かと聞いてきた。勇夜はそれに頷く。
「今までここに来る事が出来なかったんだ。怖かったんだと思う。きっと… でも今ここに来れたのはヴィルやセリエと知り合えたこと、色んな人の想いを知ったこと。それにアリサとも出会うことが出来たからなんだと思う」
勇夜はただ真っ直ぐ空を見上げていた。アリサはそんな勇夜を見て、そして同じように空を見上げた。
「そっか… 勇夜君は少しでも前に進めたんだね…」
不意に吹く強い風にアリサの言葉は勇夜に聞こえることはなく、勇夜はアリサを見る。
「何でもないよ。それにしても気持ちいい風だね。景色も良いし」
アリサのその表情を見て、勇夜はまた違う鼓動の高鳴りを感じる、それと同時に顔が熱くなるのも…恐らく前から勇夜自身気づいていたことだ。ただ自分に勇気も覚悟も持てなかった。でも今なら…今なら素直に言葉が出る気がしていた。
"俺はきっと…アリサの事が…"
「ねぇ、あれは何?」
アリサの真剣な声に思考を切り替えた俺勇夜、アリサの指差す方に目を向けた。それは街の広場の近く、直径100メートル程の黒い円形のドームが急に現れた。
勇夜とアリサは離れた所に居ても感じ取った。これは…この感じは…少し前に感じた恐怖と似ていたことを…




