祭りの前は嵐の前の静けさ
「こんにちは」
そう言って病室に入ってきたのは私服を着たアリサだった。今日と明日は学園が休みの日で、明後日はカルディーク皇国の祝日である。薄めの生地で涼しさを感じる白色の上着と膝丈ぐらいのヒラヒラしたベージュのスカートを着たアリサは,お見舞いの品を近くにあるテーブルに置き、包みを開け始める。包みから出てくるのは数種類の林檎や梨、そして青色や水色の花が数本束ねられた物が出てきた。
「お花は私が選んで、果物はセリエが用意してくれたんだよ。もう少ししたらセリエ達も来るらしいから」
アリサは勇夜に微笑みながら話し始めた。そして花瓶を準備し、持ち込んだ花を飾り、近くにある椅子に座る。
「ありがとう」
勇夜は感謝を述べた。目が覚めてからの数日で、会話を問題なくする事が出来るようになり、体も動くことに支障は無くなっていた。歩くのはまだ松葉杖を使ってはいるのだが、日々の運動で少しずつ筋力も戻りつつあるようだ。
「でも本当に良かった。勇夜君も目が覚めて…ヴィル君の時もそうだけど皆心配してたんだから」
「そうだな。皆にも治療してくれた人達にも感謝してるよ」
「うんうん、ちゃんと感謝して皆にお礼言わないとだね」
アリサは勇夜の目を見て話し始める。勇夜はそれに答え、アリサはその言葉に小さく笑った。
「その…アリサは……大丈夫なのか?」
「私? 私はどこもケガはしてないから大丈夫だけど」
勇夜の不意な問いに、アリサは首を傾げながら答える。この聞き方であればそう言う風に聞こえても仕方ないだろう。
「いや、体の傷ということじゃなくて…その……」
アリサは、中々言い出せない勇夜の言いたいことが分かったのか、ほんの一瞬顔を下に向け、顔を上げてそれに答える。
「大丈夫だよ。私は壊れたりしないから…それにセリエも辛いと思ってるはずだけど今は前を向けてると思うよ。だから勇夜君は心配しないで大丈夫だから」
はにかんだ笑いをして、アリサは勇夜の左手に右手を優しく乗せた。本来ならドキドキしたと思うが、今はとても安心する。
「入るよ~」
病室の扉がノックされずに横に開く。セリエは驚いた顔で此方を向いており、その正面にはセリエに押される車椅子に乗ったヴィルがこれまた同じように驚いていた。そしてそっとヴィルが扉を閉める。
勇夜は思った。"これ前にもあったな。"
「悪い悪い、つい扉閉めちまった」
直ぐに扉を開け直したヴィルが、特に悪びれる素振りを見せず笑いながら、謝罪をしてくる。今はアリサとセリエが隣り合わせで椅子に座り、セリエの横に車椅子に乗ったヴィルがいる。
セリエの服装は、首元に黒いリボンを付けた白色のシャツに、腰に焦げ茶色のコルセットのような物を付け、黒いミニフレアスカートに足は黒のタイツを履き、茶色のロングブーツを履いていた。その姿はまるでウェイトレスのようで、まさしくヴィルをお世話する少女という感じである。
「まあ何はともあれ、勇夜も大丈夫そうで安心した。あの後どうなったか俺はよく覚えてないからな。ただ大まかにはセリエから聞いた。だからまずは皆でまた会えたことに」
ヴィルはそう言うと勇夜に右の拳を突き出してくる。勇夜は改めて皆の無事を身に感じ、小さく笑いながら左の拳を出し拳を合わせた。それを見てアリサとセリエもお互いを見て笑い合っていた。
「そういえば、ヴィルはまだ歩けないのか?」
勇夜はヴィルの車椅子を見ながら聞いてみる。
「いやぁ、もう1人で歩けるようにはなったんだが、セリが無理するなって頑なに乗せたがってな」
「だって心配なんだもん! 無理して何かあったら嫌だもん!」
ヴィルは苦笑しながら、どうして車椅子を使っているのかを答えるが、それを聞いたセリエは頬を膨らます。
「悪かった悪かった。もう心配させることはしないから、俺はもう大丈夫だからな」
ヴィルは優しくまるで子供をあやすように、笑顔でセリエの頭を撫でる。それにセリエは う"ぅ~ と唸りながらヴィルを上目遣いで見ていた。
「そういえば勇夜はどうする? 明後日の祝日。祭り事になるし、動けるなら皆で行かないか?」
ヴィルは明後日の祝日に出掛けようと提案をしてきた。今回の祝日はこの国の建国を記念する日になり、大半の人は休日となるが、これを気に商売をする人や屋台等国の依頼を受け出店したりと多くの人が楽しめる祭りとなっている。
正面な話をすればこんな状況でやるのか、と思っているがその点で裏では国の重鎮達の方でひと悶着あったようなのだが、最終的には国民を安心させる事とこんな時だからこそ、やるべきだという意見が採用されたので、例年通り行うことになったようだ。
「そういうことなら俺は構わないよ。外を歩くのも今なら良い運動になるだろうし、行くのはこの4人?」
「だな。別に他を誘っても良いんだが、俺達の状態知ってるっつったらあいつらしかいないし、だからといって誘うのも変だろ」
勇夜は多分そうだろうなという意味を込めて一応確認した。ヴィルの言うあいつらというのはトール達の事だろう。ヴィルの言うとおり誘うのも変だなと勇夜も思ったようだ。
「私達の意見は無視なの?」
セリエは此方を向いて、やや不機嫌な顔で話をし始めた。
「いやだってな。元々セリエが行きたいっていう話だったからいいかなってな」
「むぅ… だとしても2人だけで話し合うなんてズルいよ! ね!アリサもそう思うでしょ!」
セリエは再びむくれ、拳を振り、だだをこねる子供のようになっていた。セリエはアリサにも同意を求めるが、アリサは苦笑していた。
「私はどっちでも構わないかな。皆が決めたならそれで私は良いよ」
アリサはあくまでも自身の意見より相手を優先しているようで、そういった所を見るとやはり距離を感じると勇夜は思った。少なくとも以前と違い、普段から顔を会わせるようになっていることから距離は縮まっていると勇夜は思うのだが、それでもアリサは必要以上の関わりをせずに達観していることが多いとも感じていた。
セリエは観念したように小さく息を吐く。その時扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
勇夜は扉の前にいる人物に入るように促す。扉は開かれ1人の少年…恐らく同い年位人物が、にこやかな笑顔で入ってきた。
「ベルライト君? どうしてここに」
アリサは少し驚いたようにその少年へ話し掛けた。勇夜はその言葉に "知っている人なのか" と眉尻を下げ、反応する。他の2人を見るとヴィルは首を傾げていたが、セリエもアリサと同じような反応をしていた。
「はじめましてというのはおかしいかな。如月君にグラッド君ですよね。俺は少し前に同じクラスに転入した。アゼル・ベルライト っていう者です。まあ細かい事は一旦抜きで、よろしく」
アゼルという少年は勇夜とヴィルの方を向き、丁寧にお辞儀をしてくる。
「結構賑やかだったんで、入るか迷ってたんですが、用事は済ませたいんで挨拶も兼ねてお邪魔しました」
「何の用? 用件があるなら手短に済ましてよ。私達もこれからの予定を話してたし」
アゼルの言葉にセリエは不機嫌さを隠すことなく、睨み付けながら話し始めた。そんなセリエを見てヴィルがセリエを落ち着くように言うが、それでもセリエはアゼルを睨み付けたままであった。何があったのか、正直気になるところである。
「ははっ、嫌われたみたいですね。まあ手早く済ませるのは同意です。取り敢えずシュバルさんとフェルムさんは退出してもらえますか?」
その言葉にセリエは眉尻を下げ更に不機嫌になる。まるで取っ組み合いでも始まりそうな雰囲気を醸し出す中でヴィルが助け舟を出す。
「じゃあセリとアリサ、2人で何か飲み物でも買ってきてくれないか? 冷たくて甘いの飲みたい気分だから頼むよ。それまでに話し終わらせるから」
ヴィルは なっ! とセリエ達にお願いするとセリエは嫌々ながらこの場から離れることを承諾した。2人は立ち上がり扉まで歩いたが、セリエが出ようとしなかったのでアリサに背中を押され、外に出ていった。
「扱いがうまいんですね」
アゼルのその何気ない一言にヴィルはムッとするが、気を取り直して話し始めた。
「まあな。それじゃあさっさと用件を済ました方がいいだろ」
「そうですね。では今回の事について話しますか」
アゼルはヴィルの言葉に同意し、まずはアリサ達に話したこと、そしてそれに対して皆がどのように答えたかをある程度簡潔にして話し出した。
「他の3人は戦うことを決めたようです。君達2人はどうしますか?」
その質問を先に答えたのはヴィルであった。
「どうもうこうもないだろ。大事な人が戦うってのに俺がやらない選択なんかないっての。俺だって怖かったけどな、セリが居なくなることの方が俺は怖くて仕方無いんだよ。俺の戦う理由は他でもねぇ、セリと一緒に居る日々を、未来を守るためだ。大切な友人達を助けるのも忘れてないけどな」
ヴィルはアゼルに真剣な表情で自分の考えを話す。その瞳に宿る意志は強く、偽りなど微塵も感じさせなかった。最後の言葉は勇夜に向いて、歯を見せながら笑って話していた。
勇夜にはヴィルがとても眩しく映っていた。自分の意思で真っ直ぐ前を向き、言葉に出来るその姿が… 勇夜にも助けたい人が出来ていた。やらなきゃいけないこともあるとも思った。だけどヴィルのように言葉にする事を躊躇っていた。それは恐怖からなのか、それとも別の何かか…それが勇夜の口から言葉にするのを止めているように感じていた。
「俺は……」
「グラッド君は思ったような内容ですね。でも如月君はまだ考えが纏まってないようなので後でまた来ます。その時はゆっくりと2人きりで話し合いましょう。それでは今日はこの辺でお暇します。他のお2人にもよろしく伝えてください」
アゼルは勇夜の言葉を途中で止め、話を続けた。まるで勇夜の事を分かったかのような話しぶりで後程来ると言い、後ろを向いて手を振り退出した。あまりのスムーズさに勇夜とヴィルも何も言えずに固まっていた。
するとほんの少し経って扉が開き、セリエとアリサが入ってくる。
「お待たせ……どうしたの呆けて? というかあいつはもう帰ったの?」
セリエは勇夜達を見て首を傾げながら話し掛けてくる。
「いや俺達もよく分かんないんだが、まあ帰ったみたいだな。結局何しに来たんだろうなあのベルライトってやつ。な?」
「そう…だな」
ヴィルの言葉に勇夜は答えるが、意味もなくあんなこと聞くとは思えなかった。それにヴィルは気づかなかったみたいだが、扉を出るときに見た奴の目は、逃げるなという威圧を込められたかのような視線であったと勇夜は1人思い返すのだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「飽きた」
大きな広間に響くその言葉は、魔界の王であるギルヴァスの溢した言葉だった。
「いつまでもこんな所に居たら腐ってしまうぞ。んーどうしたものか… そうだ!良いこと思い付いたぞ。こっそり抜け出して、会いに行けば良いんだ。そうしよう。ちょうどリベラリムは居ない。シャムレシュルムも部屋に籠ってる筈、それにエテキスはそもそもリベラリムの命令なんか聞かんから止められることもない。我冴えてるぞ。善は急げだ。さてでは遊び……いやいや我は遊びに行くわけではない。ただ楽しませてくれる人族に会いに行くだけだ。何も可笑しいことはない。まあ少しぐらいなら楽しませてもらっても文句はないだろう。こんなに待ったのだから」
ギルヴァスは1人で話をし出し、1人で納得して何もない空間から自身のマントと武器である黒い直剣を取り出し、足元に魔方陣を描く。
「さあ、楽しい楽しい戦いの始まりだ」
ギルヴァスの黒と所々白が混ざった髪に隠れる赤い瞳は狂気に光り、つり上がった口元もまた狂喜であった。




