轟く雷鳴、静寂の訪れ
勇夜が消え、次の瞬間に空気が震える重い音が響く。その音の中心に勇夜が左腕を突き出しながら現れた。どうやらトールとリベラリムの間に現れたようで、勇夜の少し後ろにトールが。そして両腕を交差し、防御の行動を取りながらも数メートル後方へ飛ばされたリベラリムがいた。
「まったく、どれだけ待たせるんだ。あと少しで限界になりそうだったよ」
トールは挑発気味に話し、平然としているようだが、額には汗が滲み、その表情に余裕は感じられなかった。
「トールは3人の所に行って守ってくれ」
トールはその言葉に眉を寄せ、何かを言おうとしたようだが、勇夜の状態を見て口を止めた。
「そうかい。ならお言葉に甘えさせてもらって下がろうかな。……あまり時間を掛けるなよ。貴様がどうなろうと構わないが、ここまで来て誰かが欠けるのも目覚めが悪いんでな」
トールは纏っていた雷を解き、右手をヒラヒラさせながら後ろに下がっていった。
「フフッフフハハハ。いい!実にいい! とてもいい攻撃だ。ああ…まさかこんなところでそれほどの力に出会えるとは…ああ、ああ! 今すぐ殺し合いたい…殺したい!」
今までの物腰静かな印象が一変、狂喜と愉悦に満ちた表情と雰囲気に変わり、始めの威圧以上に恐怖を覚えた。
「ふぅ、いけませんね。つい興奮して取り乱してしまいました。このままではギルヴァス様に顔向け出来なくなるところでした。私の目的は強き者を見つけ報告する事であって、その者を殺すことではないですからね。それにしてもなかなか強い力の波動です。これが本来の力であれば、候補として入れるところですが、どうやら身に過ぎた力のご様子。自身の攻撃で傷付くようでは、自滅するだけではないですか?」
リベラリムは再び落ち着いたようで、丁寧な口調に戻る。そしてリベラリムの言ったことは事実だ。勇夜の左腕には血が滴り、指の先から落ち地面に赤い染みを作っていた。
バシン!という大きな音がなり、勇夜の右手とリベラリムの左の手の平がぶつかる。勇夜はそのまま左足を蹴り上げ頭を狙うが、リベラリムは頭を後ろに反らし避ける。即座に左足を地面に戻し、次に体を捻り回しながら右の後ろ蹴りを行う。それをリベラリムは右の足を膝を曲げながら上げ防ぐ。しかし衝撃を殺しきれないのか、後方へ下がり、勇夜は前進、両手両足を駆使し攻撃を重ねていく。一つ一つの攻撃に砂塵が舞い、その威力を物語っており、端から見れば勇夜が優勢に見えるだろう。しかしその実は逆であった。確かに決定打にならずとも防御越しでも攻撃は入っており、少なからずダメージは通っているだろう。だが勇夜は一つ一つ攻撃をする度に皮膚が裂け血が舞い、その顔からは鼻血と左目からは血を流していた。
「ふむ、このままでは私が手を下さずとも君は死に至ると思うのだが、それでいいのですか? 少しずつキレも失くなってきましたし、そろそろ終わりですか?」
リベラリムは攻撃に対応しつつも、余裕を見せるかのように話し掛けてくる。
「うるっせぇぇ!」
勇夜はギリッと歯を鳴らし、左右の打撃を与える。
"言われなくてもわかってるさ。今止まれば俺は動くことができなくなるだろうな。諦められるなら楽に決まってる。でもな、今止まれば…今諦めたら…ここまでの事が全部無駄になるんだよ!ヴィルがセリエを庇った事も、トールが戦い、俺を信じてくれた事も、ヴィルを助けるためにアリサが頑張っている事も、全て意味がなくなるんだよ! 俺はそれを無駄にしたくない…させたくない! だから俺はまだ止まるわけにいかない。諦めるわけにはいかないんだよ!"
勇夜は傷付き、血を流しながらも止まらなかった。そして下半身で踏ん張りを作り、右手で力を込めた一撃を与えようとする。リベラリムは両腕を交差し、狙っていた顔面を防御する。勇夜はお構い無しに殴ろうとしたが、ほんの一瞬踏ん張っていた左足から力が抜け、攻撃が止まってしまう。勇夜は心の中で悪態をつくが、リベラリムは腕を交差したままだった。それは失敗はしたが、確かな殺気を乗せた攻撃によって偶然にも有効なフェイントとなっていたからであった。腹部の防御が空いたことを張り詰めた集中をしていた勇夜は見逃さなかった。
「っ!」
左足を踏ん張らせ、左手の拳を下から腹部へ振り抜いた。一番の手応えを感じ、リベラリム自身も予想外だったのか苦悶の表情を浮かべていた。
"ここだ! ここで決めるんだ!"
勇夜は今の体勢から力を溜め、体に纏われた力を右腕に全て集中させる。その力は光を放ち、空気が振動する。
勇夜は右腕が熱くなるのを感じた。それと同時に右腕の中で何が弾けるような感覚と痛みが出たが気にせずに、攻撃に移る。
「ハアアアっ!」
リベラリムはその攻撃の威力を危険と感じとり、今までの体だけの防御でなく、自身の前に結界を張った。勇夜の右手は結界にぶつかり火花を散らす。勇夜の攻撃は結界に阻まれ、攻めきれずに手と腕の皮膚が大きく裂け血が噴き出した。それでも勇夜は全身の力を更に込めた。その顔に迷いはなく、とても力強いものとなっていた、
「っ! あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
勇夜の強い意思に答えるかのように光は眩く輝き出した。その攻撃は技や魔法と違い、ただの単調な力押し、だがシンプルだからこそ六つの魔力が複合された力は絶大なものであった。そしてリベラリムの結界が壊れ直撃し、リベラリムと勇夜を光が包み膨張する。その直後大きな破裂音が鳴り響く。
次第に光が収まり始め、周囲の景色が見え出した。そこには両膝を着き、力なく座り込んでいた勇夜が現れ、その十数メートル先には砂塵と煙が舞い、その間の地面が抉れていた。
「ハァッハァッ ゴホッ!」
荒い息を繰り返し、勇夜は辛そうな表情をする。勇夜の体に纏われていた光は失くなり、陸真の武装も解けていた。勇夜はリベラリムがいるであろう場所をじっと見つめていたが、徐々に煙が晴れ始めた。
「フフフッフフフハハハハハハッアーッハハハハハ! やはり君は最高だ! この姿のままとはいえ、まさか私の防御を突き破り、あまつさえこのような傷を負わせるとは…まったくもって人というのは面白い、これだから殺し合いは止められない!」
リベラリムは先程のような狂気を帯びた表情や言動を発していた。その体を見れば、左の肩の付け根から先が失くなっていた。
「やはりダメだ、抑えきれない。このような人の子がいることをギルヴァス様に伝えなければならないのに、どうしても私の手で殺したい! ああ…お許し下さいギルヴァス様…私は貴方様の願いを裏切ってしまいました。ですが仕方ありませんよね。こんなに昂ってしまったのですから! なので申し訳ないですが、君はここで殺します。ここまで戦えたことを評価して、最後に貴方の名前をお聞かせください」
「………うや」
最早力の入らない体では呟くことしかできなかった。
「ユウヤ? でいいんですね。わかりました。君の…いえ、ユウヤ、貴方のことはこのリベラリムが必ず覚えておきましょう。そして貴方は絶望することはありません。むしろ誇って構わないのですよ。私をここまで追い詰めたのですから、代わりに私の全力でユウヤ、貴方を殺して差し上げます。なので死者の世で存分に自らが成したことを誇り、自慢なさい!」
リベラリムは、自身の力を解放し、此方に向かってきた。それはまさしく死を体現したかのような狂気の力であった、
"ちくしょう……"
虚ろな目をした勇夜が想うことは悔しさだけであった。そして…………
勇夜とリベラリムの間に雷が落ちた。
死という逃れられない運命を感じた俺の目の前に現れたのは、身の丈ほどの厳つい斧を持った、黒く、黄色い雷のような模様の入ったマントを身につけた恐らく男性だった。
「チッ! 消し飛ばすつもりでやったんだが、生きてやがんのかよ。ただの魔族じゃねぇなテメェ」
バチッという音を響かせながら男は話し出す。
「いえいえ、力を解放していなければ恐らく重傷でしたよ。とても良い攻撃でした。そしてその力、格好から察するに貴方は、"雷皇"で宜しいですね。私は魔界の王ギルヴァス様にお仕えするリベラリムと申します。どうぞお見知りおき下さい。それにしても、さてこれは困りましたね。どうやら私以外の場所もどうやら鎮圧されたようですし、もう一方いらっしゃいますので、私としては部が悪いようですね。では今回はこれでお暇させて頂きます」
リベラリムは男を見ながら話し始め、困ったように話すがその表情は全く困っている様子では無く、言葉の終わりに丁寧なお辞儀をする。
「ハッ! テメェのような危険な魔族をこのまま逃がすと思ってんのか」
「まあ、簡単には行きませんでしょうが、可能ですね。しかしその間に後ろの少年が死んでしまいますが、それでよろしいので?」
男は臨戦態勢をとるがリベラリムの言葉のあとに、ドサッという音が後ろで聞こえ、後ろを見た。男は勇夜の状態をみて舌打ちするが、直ぐにリベラリムの方を向く。だがそこにいたリベラリムは半透明になり、その場所には魔方陣のようなものが足元に描かれていた。
「"心配せずともまた直ぐにお会い出来ますよ。戦場でね。その時を心待ちにしております。ではまたの機会に… そしてユウヤもし貴方が生き残ることができたのなら、また殺し合いましょう"」
リベラリムは最後の言葉を残し、今度こそ消えた。
ーーーーーーーーーーーー
勇夜の目の前に男性が現れ、くぐもった音声のように聞こえた話し声で、助けに来たギルドの人物だということが分かった。そしてゆっくりと勇夜は首を右に回し後ろを振り向くと、ヴィルに手を当てて治療している恐らく白いマントを着た人物がおり、向こうも大丈夫なんだと安心した。
"よかった……これでもう"
その直後、勇夜の中で張り詰めた糸のような集中がプツンと切れ、前のめりに倒れた。
倒れた勇夜の視界に映ったのは、何かを叫び、悲しげな表情を浮かべたアリサが此方に向かっているところであった。最早痛みも体の感覚も失くなっていた勇夜は大丈夫という言葉を出そうとするが、代わりに出たのは大量の血、そしてなんとか伝えようと右手を上げようとするが動かず、視界の端に映る"それ"は腕とは呼べないほどにぐちゃぐちゃになっていた。
"俺は大丈夫だから……だからそんな顔しないでほしいな"
勇夜は薄れ行く意識の中で徐々に色をなくす景色を眺めていた。自分のせいでアリサに悲しい顔をしてほしくなかった。瞼が重く眠りに逆らえなくなった勇夜が最後に見たのは……
"ああ…空が暗いな"
そして勇夜の瞼はゆっくり閉じ、暗闇に意識が落ちていった。
ーーーーーーーーーーーー
4日後 カルディーク皇国 ギルド 第一会議室
ギルド内にあるこの会議室は、主に緊急の案件や戦争など世界に影響を及ぼしかねない状況の発生時に、使用される場所である。この場所には十の席と長く四角いテーブルが中央に置かれており、内七席にそれぞれのマントとフードを被った魔装騎士が座っている、一言も話すことのない沈黙を破ったのは、扉が開かれ最後の1人であるギルドマスターである ノイル が入ってきたからだった。
「お待たせしてしまい申し訳ありませんね。他方からの情報を整理しておりました。 では改めて、遠方の任務もありながら全員呼び掛けに応じていただきありがとうございます。今回集まっていただきましたのは、4日前に起きた三つの場所での同時襲撃についてですね。現場に立ち会った皆さんにも後程詳しく聞かせていただきますが、まず現状と結果についてお話いたします。 襲撃を受けたのは "ツーリヒル" "ウスヴィン" "ラットアフェクト" の三ヶ所でした。ツーリヒルは闇牢が近場での任務を行っていたこともあり、人的被害はほぼありませんでした。 次にウスヴィンですが、現地のAランクの隊員が抑え、救援に向かわれた炎聖によって鎮圧しました。多少被害はあれど死者はいませんでした」
説明しながら今回の件について補足し、現状を伝えているようだった。そして三ヶ所の内二ヶ所の説明のあとに少しだけ間が空く。
「最後にラットアフェクトですが… 襲撃後直ぐに現地調査を行い、本日報告が上がりました。その結果生存者無し、建物も全て崩壊し、村は消滅という形になりました。過去の襲撃において、最も民間に被害のでた案件でした。それともう一つ、現場に居合わせた実地試験任務中の隊について、引率者のギルドランクC ヘイズ・ロンドニル は死亡を確認。学園の生徒につきましては、5名中2名が重傷、他3名は目立った負傷はありませんでした。現場には、雷皇及び光姫が対応、負傷した生徒は光姫の治療により、1名はまだ意識は取り戻していませんが、回復に向かっているそうです。もう1名は、現地での治療でなんとか持ち直してはいるそうですが、現在も油断出来ない状態のようです。ラットアフェクトについては、雷皇と光姫に詳細をお聞きしたいので、お願いします」
最後の報告のあとに苦々しい表情をしたノイルは、2人に詳細を求めた。
「では私から、まずは生徒について、マスターがおっしゃられた通り、1人は回復に向かっています。どうやら私達が来る前に、生徒の1人が治癒を施したことで傷事態は塞がりかけていて、私が補助するだけでした。問題は血液不足でしたが、私の増血及び蘇生魔法が間に合いました。危惧すべきは、大量の出血による脳のダメージですね。そちらは意識を取り戻さない限り確認出来ないですが、命に別状はありません。もう1人の生徒ですが、現在も私達が治療を行っています」
「ほう、光姫、お主が治しきれぬとは、その生徒はそれほどの攻撃を受けたということかな」
光姫の説明に途中割り込んだのは風鬼であった。風鬼は別大陸の出身の為に多少の訛りと話し方があるようだ。
「いえ、その生徒…彼は外部の攻撃というよりは、体の内部の損傷がほとんどでした。私が現場で確認した限りでは、多くあったのは外部の裂傷、次に重傷だったのは右の手から肘にかけて破裂したかのような状況のものでした。その時、同じように治癒等の治療を施したのですが、治りが遅く、原因を見たところ、魔力神経があり得ない程の損傷をおっていることがわかりました。通常治癒というのは、相手の魔力神経に呼び掛け、患者の自然治癒能力を底上げし、治すものです。しかし魔力神経に何らかの問題があれば、治りが遅くなること等が当然起こります。このままでは死に至ると判断し、緊急の為に私の力による治療を行い、それによって外傷及び魔力神経を大幅に干渉させたことで傷はほぼ直りました。ですが皆さんもご存知の通り、他者の魔力干渉は少量といえど毒となります。私達魔装騎士は魔力自体が変質しているために他者の魔力を受けたり、魔装騎士の力を治療として使われても問題はありません。ですが彼は一般の人族です。いくら死なせない為とはいえ、私は独断で彼に力を使い、治療を施しました。どんな形であれ、彼が目を覚ませば何かしらの影響を受けるはずです。最悪このまま目を覚まさない可能性すらあります。私は…」
「光姫、お主はあまり自分を責める必要は無いだろうに。お主が救った多くの者、我々含めてどれだけ命を救ってきたか、そのお主が判断したことを責める者はあるまいて」
光姫の声が落ちるのを感じたのか風鬼は宥めるように話し始めた。
「風鬼…感謝します。私は、私の出来ることを全うします」
フードで口元しか見えないが、光姫が笑い、風鬼は頬を掻いていた。
「では改めて、ラットアフェクトの住人の状態について話します。調査の結果住人2人を除き、全て体の外部内部が炭化しておりました。恐らく一瞬で燃やされた可能性があります。ですがそれほどの火力であれば消し去られてもおかしくないのですが、どの部位も形を残しており、その事を考慮すると原因と思われる青い炎は一種の呪いのような物ではないかと思っております。そしてそれらの原因を発生させたのは、私と雷皇が見た魔族であると思っております」
光姫は長い説明を終え、一息ついた。
「だろうな。実際に直接戦った訳じゃないが、あの魔族は普通じゃなかったぜ。正直1人で勝てっつわれたら相討ち覚悟で挑まなきゃ無理だわ。多分今までの戦争の歴史で資料にある魔族と同等かそれ以上なんじゃないのか? まあ今の魔装騎士で戦争したっていうのは闇牢位だろ。そん時どうだったんだ?」
雷皇は自分が感じた事を話し、最後に闇牢に話をふった。
「そうだな…魔族との戦争が最後にあったのは20年程前の話だが、当時魔装騎士と呼ばれる者は、私を含め5人いた。この戦争後に魔装騎士という呼び名が付いたんだが、お前達も知っているのは剣鬼位だろう。剣鬼は私達の世代では一番強かった。そして恐らく蒼帝を除けば、俺達の誰よりも強いと思うほどにな。俺達がその戦争で遭遇したのは、知性のある魔獣のような動きをする魔族だった。そいつは3人の魔装騎士を殺し、私と剣鬼2人でなんとか撃退することができた。当時はその魔族が指揮官のようだったので、それで痛み分けの終結をしたわけだが…恐らくその魔族も今回出た魔族も同様の強さとするなら、少なくとも魔装騎士2人で戦わなければ勝利は難しいだろうな」
闇牢はフードをしながら、顔を仮面で覆っているためにくぐもった声で話す。そしてどこか懐かしさを感じさせる雰囲気を出す。
「はぁ~…当面考えることが多そうですね。それについてもこれから話し合うとして、取り敢えず先に蒼帝、貴方にお願いしたい特別な任務があるのですが…」
ノイルは大きく溜め息をつくと頭を抱えていたが、直ぐに顔を引き締め、話を続ける。そしてノイルから蒼帝に告げられる任務の内容とはいったい…




