8月30日 (火) 夕方 — 8月30日 (火) 昼間 — 8月30日 (火) 夕方
花火をテレビで見てました。夏ですね。
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8月30日 火曜日 昼間
なんとまあ綺麗な景色でしょう。ひまわりという花は本で見たことはあるのですが、これほどに黄色く、そして茶色く、何より背が高いなんて。ここ「カンダナ」は、まぁそれはそれはひまわり畑の名スポットとして有名なので、周りに家族連れや観光の方々で賑わっております。ひまわりの数と、人の数。どちらが多いのでしょうか。あの方々は何を思ってこのひまわりを見ているのでしょうか。子供達は何を考えて走り回っているのでしょうか。あの外国人の方は……。
なんて。わたしにはどうも、ここにいる人々はこの町が「賑わっている」と思わせるための要素でしかないように思えてなりません。
隣でアキネが何やら感想を述べるので、わたしも何やらの感想を返しました。けれど、何と返したかは覚えていません。そう、彼はわたしがここに座ってお話しするための要素。わたしがここに来たことを証明するための、要素。
なんとまぁ、綺麗な。
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8月30日 火曜日 昼間
「ひまわりだらけだわ!まるでひまわりの海ね」
「すごいなぁ」
「これだけなものを見ちゃうと、ひまわり見たら私のこと思い出しちゃうんじゃない?」
なんて、意地悪を言うほどには本調子を取り戻しつつある彼女。しかしその冗談は、今の僕にはどうしても笑えないものだったので、無意識に「むっ」としてしまった。そんな表情に動じることなく彼女は「にっ」と笑った。
この時間は大切な時間なんだ。今はゆっくり過ぎるべきなんだ。彼女の人生を覚えていないといけないんだ。それなのに、覚えていない。どんな話をして、どんな感想を言い合ったのか。全く思い出せない。それほどに、この貴重で大切な時間はまばたきの如く過ぎてしまった。時計を見ると、もうすぐ電車の発つ時間だ。「イオリ、そろそろ帰ろう。遅くなっちゃう」と、言いたくもないセリフを言わなくてはいけない葛藤を抱えながら伝えると、その場を動こうとしない彼女は僕に「もう、もう少し。次の電車で帰りましょ?」と、ゆっくりと重々しく言いながら立ち上がった。
「この、ひまわり畑ではしゃぎ回るのを忘れてたわ。ね! 鬼ごっこしましょうよ!」
海に水が反射する様な、ガラス越しに朝日を見る様な、魔女が魔法をかけた杖先のような……。走り出す彼女のあとを、細かくきらびやかな光が追いかける。まるで光源が彼女の髪の毛であるかの様に、形容しがたい、神秘的な波を振り立たせながら、ひまわり畑を背に振り返りながら僕に言った。
「これから起こること。これまでに起こったこと。全部なかったことにしてもいいよ。
そしたらまた、はじめましてだね」
言葉の意味はわからない。が、ここ、ひまわり畑での出来事を全く思い出せないのはきっと、このひとときがそうさせてしまったんだろうと思わせるほどに、彼女の仕草に見惚れてしまっていた。
「どういう意味か、ずっと考えててもいいよ。宿題ね」
彼女を思い出そうとすると、いつもひまわりがついて回るのはこの宿題のせいだ。
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8月30日 火曜日 夕方
最終列車に乗ると、彼はすでにふわふわとしていました。早く眠らないかなー。なんて、眠りにつく前の顔を見つめている時間はなんとももどかしく、心地の良いひと時なのでしょうか。云々。
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8月30日 火曜日 夕方
ガタッ ガタガタガタ ガタッ ガッタン
駅を4つほど過ごし、途中反対方向へ行く列車とすれ違う大きな音に起こされ目を覚ました。気付くと僕は列車に乗るや否や、眠ってしまっていたようだ。虚ろな視線の先に、彼女の鞄を見つけたが、彼女は見当たらない。彼女のことだ、今朝のように、ふらっと列車内を散策しているのだろう。特別気にすることなく、目を強くこすり姿勢を整えた。ふと窓に目をやると、行き道で見た「彼女の見ている景色」が逆行していた。夕焼けに染められたそれらは、今日ほど黒を好きになったことがないほどに印象的で、影が景色の主役になっていた。目の前に広がる「美しい世界」を、彼女と共有し、一緒に感動したくなった僕は、閑散とした列車内を見回し、隣の2号車を、3号車を見回し彼女を探し歩いた。
そこに、彼女の姿はなかった。
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