第四章
その頃、特殊部隊は劣勢だった。
連戦でコードを使い続けたことにより何体かのアーマーソルジャーのバイザーが作動停止してしまっており、戦力もやや不足してきている。勢いに乗ったハイパーモデルたちは果敢に接近戦を挑み、乱戦となっていた。
「――第一小隊は閃光弾、第二小隊は煙幕弾!」
戦闘員の一人として参加していた鈴村は、緊張の中声を張り上げた。今の部署に配属される前は社の軍需部門にいた彼女は、普通の戦闘員以上に戦闘訓練を受けている。それに、瀬川らが海人と戦っているのに自分だけ安全地帯から事態を傍観するような真似はしたくなかった。そんな背景もあり、上と掛け合って特別に一部隊の長に任じられていたのだった。
直ちに部下が命令を実行しようとするが、高速移動した海人は攻撃を受ける前に戦闘員を難なく薙ぎ払っていく。敵の個体数が減ったことにより、海人は高速移動や光弾の発射がある程度自由にできるようになってしまっている。
気づけば、鈴村の目の前にもハイパーモデルが迫っていた。はっとし、拳銃の引き金を引こうとする。しかしそれより早くハイパーモデルの斬撃が到達した。右腕の刃に脇腹を浅く切られ、鈴村は熱く燃えるような痛みを感じた。さらに腹部を容赦なく蹴られ、地面を転がる。
「う、あ……っ、は、あっ」
一瞬まともに呼吸することも怪しくなったが、なんとか生きている―全身が鈍く痛み、脇腹からは出血もしているけれども。蹴られたせいで多少距離を稼げたが、敵に見つかれば今度こそ殺されるだろう。
(このままじゃ皆やられる…彼らは敵の本拠地から戻ってこないし、悔しいが撤退するしかないのか…)
無念を感じつつも撤退命令を下そうとしたその時だった。
鈴村のいる草地から十メートルほど離れたところ、ちょうど四台の大型車が停まっている辺りに、どこからか姿を見せた黒い高級車が停まったのだ。おそらく外車だろう。やがて助手席のドアが開き、一人の人物が降車した。
「―何をやってるの、早く逃げて!」
鈴村は無我夢中で叫んでいた。どういうつもりか知らないが、一般人を戦場に立ち入れさせるわけにはいかない。
しかし、その男の顔を見るや否や、彼女は絶句するしかなかった。
「あなたは……!」
「…心遣い感謝する、だけど心配はいらないよ」
男性はにこやかに言い、ドアを静かに閉めた。立派な黒のスーツに身を包んだ、紳士という言葉が似合いそうな痩せた中年男性。髪には僅かに白髪も混じっている。
彼こそはワールドオーバー社社長、高峰頂一郎だった。
そしてその両腕には、瀬川たちの物と同じバイザーが装着されている。
(二つのバイザーを、一人で使う…ですって?)
まさか鈴村も知らない、第七のパワードスーツを使うつもりなのだろうか。だが敵の数が多すぎる。一人で相手にできるはずがなかった。
「…事情はよく分かりませんが、この数を相手にするのは危険です!一度撤退し、体勢を立て直すべきです!」
「――心配はいらない、と言ったろう」
高峰は微笑み、静かにコードを唱えた。
「―『トラゼシオン』」
高峰の体が黒い光に包まれ、やがてそれが霧散するようにしてパワードスーツが姿を現す。
頭部には四本の鋭角的な角。アイマスクは角ばったハート形に近いが、下部の左右が下に突き出ている。
全身を覆うのはグレーの強固なアーマー。各部に平行四辺形の制御チップが配され、また稲妻を思わせる紋様が縦に刻まれている。
ショルダーアーマーは蝙蝠の翼のように広がり、同じく色はグレー。
「超越」の名を冠する皇帝が降臨し、高峰が静かにコード名を唱える。
「『サモン』」
トラゼシオンの右手に大振りの大剣―オーバーソードが収まる。その柄を両手で握り、高峰は悠然と剣を構えた。剣の重量を全く感じさせない持ち方だった。
トラゼシオンはそのまま、ハイパーモデルの大群へ足を向ける。その姿は戦場を闊歩する帝王のようで、鈴村は我を忘れてその光景を見つめていた。
部隊を蹂躙していたハイパーモデルらは、近づくパワードスーツを見て少なからず動揺しているようだった。
「何だ、あのパワードスーツは…七機目があるとは聞いていないぞ」
口々にそんな声が漏れたが、リーダー格と思しきシュモクザメベースの男が気合を入れ直すように声を張り上げた。
「ビビッてどうする!たかがパワードスーツ一機に俺たちが負けるはずがねえだろうが!」
その言葉に勇気づけられた海人の軍勢が、一気にトラゼシオンの元へ殺到する。高峰は大剣を宙に放り投げ、
「――『オーバースピード』、『インパクト』」
これらは、それぞれ「クイック」と「フィスト」の強化版の基本コードである。灰色の輝きを纏ったトラゼシオンは一瞬で敵との距離を詰めた。その両拳には、漆黒の炎が揺らめいている。
トラゼシオンは無言のまま、高速移動して標的を変えつつ黒炎を帯びた殴打を叩き込んでいった。誰もその速さに対抗できず、誰もその強さに抵抗できない。ただ無防備に攻撃を喰らうのみだった。
効果持続時間の五秒が経過し高峰が動きを止めた時、十数体の海人が崩れ落ちていた。
「馬鹿な…基本コードの併用だけでこれほどの威力だと…⁉」
部下を多数撃破されたリーダー格の男は怖気づいた様子だったが、負けじと体の周囲に光弾を浮かび上がらせた。一拍遅れて、彼の仲間たちもそれぞれに光弾や真空波を生成する。
「…『ノアシステム』」
高峰はさらに基本コードを唱えた。すると高峰の視界に、敵の攻撃予測線が次々と映し出されていく。
「ノアシステム」は、人工衛星ケルビムとパワードスーツをリンクさせケルビムの全データへのアクセスを可能とする効果を持つ。またその際、各コロニーごとにあるワールドオーバー社製のタワーはケルビムのシステムを補助する電波塔の役割を果たすのだが、その事実を知る者は社の上層部の一握りの人間だけだった。
ケルビムから転送されたデータを元に、敵の攻撃を完璧に予測することができる。そして、他のパワードスーツを凌駕するパワーと俊敏性を兼ね備えたトラゼシオンなら、その全てを回避することなど造作もない。
無数の光弾と真空の刃を全て躱しきった高峰は、再びオーバーソードを手にすると着実に海人にダメージを与えていった。的確に斬撃を喰らわせ、ハイパーモデルに傷を負わせる。
ワールドオーバー社の部隊は突然現れた謎のパワードスーツを前に戸惑いを隠せなかったが、ともかく彼が味方らしいこと、戦況が好転してきていることは確かだった。トラゼシオンの活躍に勇気づけられた戦闘員らが反撃を開始する。
「さて、これも試してみようかね…『アシッドバブル』」
高峰が基本コードを発動する。ソードの先端に濃い紫の光が出現したかと思うと、そこから強酸性の泡が広範囲に放たれた。泡を浴びた海人たちが、酸に肉体が溶かされていく苦痛に呻く。その隙に戦闘員がハイパーモデルに集中砲火を浴びせ、多数の海人が撃破された。
トラゼシオンの快進撃は続いた。
「『ショックウェーブ』」
右手を軽く振って強烈な衝撃波を飛ばし、大勢の敵を吹き飛ばす。そこにアーマーソルジャーの部隊が銃撃を加え、また数体の海人が撃破された。
「…『オーバースパーク』」
テリジェシオンの「デモンズスパーク」を強化したコード―これも基本コードだ―を続けて唱える。大剣の先から眩しい閃光が放たれ、たちまちハイパーモデルらの視界を奪う。
『ノアシステムの補助により、応用コード一個の構築を完了』
追撃を加えようとしたとき、不意に高峰の視界にメッセージが表示された。高峰は読み終えると手を振ってそれを消去し、オーバーソードを構え直した。アイマスクの下では、微笑みを浮かべてさえいる。
「本当に便利なものだねえ…こいつは」
危険を感じた海人たちは一斉に光弾を発射した。何か分からないが、とてつもない威力の攻撃が来る、そんな漠然とした恐怖による行動だった。
しかしハイパーモデルらの視界はまだ完全に回復していない上、トラゼシオンは「ノアシステム」の演算機能により攻撃パターンを先読みできる。海人の総攻撃は、文字通り掠りもしなかった。
「―『オーバーツイスター』!」
高峰が応用コードを発動する。この技はエグザシオンの「神魔威刀」の強化版だ。ソードを深緑の光が包み、それを連続で振るうと同時に巨大な真空の刃が放たれる。
一瞬で目標に到達した刃はハイパーモデルたちの肉体をやすやすと両断し、一瞬で多くの命が消え去った。鮮血が飛び散り辺りが血の海となったが、高峰は顔色一つ変えなかった。その中に佇み、戦況を冷静に分析しているほどであった。
「僅かに逃げた者もいるか…まあ、ほぼ全て撃破したと考えていいようだね」
そして、小声で「テレポート」と発声した。これは基本コードの一つで、アフェクシオンの「ワープ」の強化版だ。半径十メートル以内の任意の場所に瞬間移動できる。
なお、トラゼシオンの使用できる技が多いのは、バイザーが二つあり処理能力やデータ記憶容量が拡張されているためである。
再度鈴村の傍に姿を現したトラゼシオンは、「ダウン」のコードで装着を解除し高峰の姿に戻った。
「…ユーダ・レーボの残党狩りは、引き続き君たちにやってもらうことにする。…それと、今見たことを誰にも口外するな。漏らせば、君や君の部下の命は保証できない」
冷淡な口調でそう言い残し、高峰は車に乗り込んで去って行った。鈴村は、体の震えを抑えるのに必死だった。遠ざかる車の駆動音が聞こえた。
「――鈴村さん!」
名前を呼ばれ彼女がはっと顔を上げると、瀬川たちがこちらに駆け寄ってくるところだった。事実を受け止め切れず放心状態気味だった頭を無理矢理再起動させ、笑顔をつくって迎える。
「…お帰り」
瀬川らは先を争うように戦果を報告した。門屋を倒したこと。本拠地にはもうおそらく敵勢力はいないが、隠し部屋の存在も否定できないこと。
「…鈴村さんたちも大活躍ですね。あの海人の大群を一掃するなんて」
瀬川は笑いかけたが、鈴村の表情が妙に強張っているのを見逃さなかった。
「ええ、まあやってやれないことはないのよ…痛っ」
鈴村が顔をしかめ、まだ出血の止まっていない腕の傷を押さえた。
「…他にも怪我人が大勢いる。撤収を急ごう。残党が奇襲してこないとも限らない」
松浦の言葉に頷き、皆は負傷者の応急手当と撤収準備を急いだ。ワールドオーバー社傘下の医療施設へ怪我人を運び込む手はずは、既に万端だった。
鈴村は軽傷で、思ったより手当は早く終わった。病院の診察室から出てきた彼女は、改めて瀬川らと勝利を喜び合った。
「ようやくユーダ・レーボの野望は潰えたわけね…しばらくの間、皆には残党狩りをしてもらうことになりそうだけど」
どこかぎこちない口調に瀬川は違和感を感じたが、戦闘で疲れているせいかもしれないとも思った。実際彼自身、連戦でかなり疲労が蓄積していたのだ。
数時間後自室に帰り着いた彼はベッドに倒れ込み、泥のように眠った。
一週間が過ぎ、残党狩りは終了したと考えられるようになった。生き残った海人の多くは本拠地近くに潜伏していたが、ケルビムのデータを活用すれば見つけ出すのはそれほど難しくはない。ワールドオーバー社のバックアップを受けた瀬川らは、残りのハイパーモデルを順調に狩っていった。
無抵抗で降伏してくれればそれに越したことはないが、連中は諦めが悪かった。よほど門屋への忠誠が強かったのだろう。しかし門屋自身があまり部下を気にかけている素振りがなかったのを思うと、なんとも皮肉なものだ。信頼とは相互的だとは限らない。瀬川も、クレアシオンを装着し何度も槍を振るうこととなった。
また、それと並行してパワードスーツの最終調整も進められた。海人への対処に追われていたここ最近ではあるが、本来瀬川らの職務は最強のパワードスーツを完成させることにある。いよいよ、最強を決めるトーナメント形式の戦いが幕を開けようとしていた。
(最強か……)
そんな中、瀬川はいまひとつ乗り気になれなかった。優勝すれば莫大な追加報酬が得られる、と分かっているのにもかかわらず。
きっかけは、藤田が漏らした疑問だった。
『前から思っていたんだけど…そもそも、最強のパワードスーツっていう定義は何なんだろう?』
『…文字通りの意味じゃないのか?』
『いや、瀬川そういう意味じゃないよ。それぞれのパワードスーツは、能力のバランスの偏りこそあれ全体のスペックで見るとほぼ変わらない。基本コードもほとんど同じだ。武器はそりゃあ違うけど、設定次第で変更も可能だ。それに、装着者の資質にも戦闘能力は左右される。…景山さんが、僕よりテリジェシオンを使いこなしてたみたいにね』
『―つまり、こういうことか。戦って強いパワードスーツを決めること自体に意味はない…なぜなら、個々のスーツの戦闘力に差異が生じる余地はほぼないし、誰が装着するかによって勝敗がある程度変わるから』
(―だとすれば、ワールドオーバーは一体何がしたいんだ?他に目的があるのか?)
アーマーソルジャーの量産は軌道に乗っているそうだし、トーナメントで優勝したスーツを一つのモデルとして大量生産するわけでもなさそうだ。アーマーソルジャー部隊の性能が充分高いことは、先日の戦闘でよく分かっている。あえて新たなスーツを量産する必要はないはずだ。
(…アーマーソルジャーを製造してる理由もよく分からないんだよな…あの秘密主義の企業がやすやすと貴重な新商品を海外輸出するとは思えないし。それにあんなに大量生産しても、それに見合う需要がどこにある…)
いくら考えても答えは出ない。けれども、真剣勝負で手を抜くのは論外だった。
(…とりあえずは、報酬獲得を夢見て頑張ってみるか)
ひとまず今夜は執筆活動を控えめにし、トレーニングに励もうと瀬川は決めた。
そして、いよいよ最強を決めるトーナメント戦が始まった。一回戦のクレアシオンの相手はプログシオンだった。
瀬川と森下は、住居から少し離れた山中の開けたところで対峙していた。二人の中間くらいの距離に、審判員を務める鈴村が立っている。
「―始め!」
鈴村の合図を聞くや否や、両者は左腕にバイザーを押し当てて装着した。
「『クレアシオン』、『クリムゾン』!」
「『プログシオン』、『エヴォリュート』!」
瀬川は純白のアーマーの上に紅蓮の強化アーマーを、森下は紫のアーマーの上に銀の強化アーマーを纏う。クレアシオンは体に真っ赤なラインが幾筋も入り、肩のアーマーは鳥の翼を思わせる。プログシオンは全身が紫と銀に美しく輝き、宝石のような煌きを放っている。
さらに「サモン」を唱え、クレアシオンは強化され柄が赤く変化したクリエイティヴ・ランスを、森下はカラーリングの反転したプルーブ・サーベルを構える。
二人は間合いを測り―ほぼ同時に踏み込んだ。
「「『クイック』‼」」
赤の光を帯びた瀬川が地面を蹴り飛ばしたのと時を同じくして、森下も相手との距離を詰めていた。十字槍の刃先をサーベルの刃が迎え撃ち、僅かに火花が散った。瀬川は槍を手の中でくるりと回転させ、反対側の石突で打突を叩き込もうとする。森下は素早く後ろにジャンプしてそれを躱すと、続いて突き出されたランスをサーベルでいなした。
「――行くわよ!『ワイルドダンス』!」
プログシオン最強の応用コードが発動され、構えたサーベルの刃が紫に輝く。刹那、一気にクレアシオンに接近した森下は電光石火で瀬川に斬りかかった。最初は右上から左下へ振り下ろす斬撃。あまりの速さに瀬川は防御する間もなく、まともに攻撃を喰らった。肩から脇腹にかけて痺れるような痛みが走り、アーマーからスパークが飛ぶ。
次は、左から右へと横に斬り払う一撃。ランスを持つ瀬川の手が迷ったようにぴくりと動いたが、結局はそれで攻撃を防ぐことはしなかった。さらに白と赤の装甲からスパークが飛び散り、クレアシオンがやや後退する。
(…いくら強化アーマーを装着しているといっても、私のこの攻撃に耐えられるはずがない!)
半ば勝利を確信した森下は、とどめに右下から左上へ斬り上げる斬撃を繰り出した。
だが、その一瞬の油断が敗因だったのかもしれない。
瀬川は刃の届く寸前に後ろに体を倒れ込ませ、辛くも斬撃を回避した。そしてその右手には、十字槍が握られている。
「…『神殺・槍投』!」
至近距離から投擲された蒼炎を纏いし十字架を、森下は躱すことができなかった。胸部装甲へ青く輝く槍先が激突し、プログシオンは大きく吹き飛ばされ装着を解除された。
「…槍で私の攻撃を防ごうとしなかったのは、武器が損傷すれば逆転の一手が放てなくなると思ったからだったのね」
瀬川は装着を解き、倒れた森下へ駆け寄ったところだった。苦々しげに言う森下に、屈託のない笑みを浮かべる。
「…まあ、そんなところだな。とりあえず勝ちは勝ちだ」
手を貸そうとした瀬川に首を振り、森下は自力で苦もなく立ち上がった。少し土の付いた紺のスカートを軽く手で払う。
「…もう、あんたと一緒に戦うこともないのよね。なんか寂しい」
「…え?何か言ったか?」
途端に森下は顔を真っ赤にし、ずんずんと歩き去った。慌てて瀬川が後を追う。何でそこで聞き返すのよ、別にあんたなんか本命じゃないんだからね…とあれこれ言うのが聞こえたが、瀬川はいまいち状況を把握していなかった。
一回戦、クレアシオンがプログシオンに勝利。
同じく一回戦、アンビシオン対テリジェシオン。
「…なあ藤田、少しは手加減しろよ?」
「…手抜いたら正確な結果が出ないだろう?これは真剣勝負だよ」
藤田自身、この戦いの意義がどこにあるのかはよく知らない。テリジェシオンはスピードに特化しているものの、それ以外は他のパワードスーツと性能に大きな差異はない。強いパワードスーツを決めても結局のところ団栗の背比べではないか、という思いが胸の中で渦巻いている。
それでも、戦闘を放棄して負けを認めるような真似だけはしたくなかった。どうせ戦うのなら全力を尽くしたい。そうすればいつか、このトーナメント戦の意味も理解できるのかもしれない。
両者は距離を開けて向かい合い、バイザーを装着した。鈴村が開始を告げると同時、二人はコードを叫ぶように唱えていた。
「『テリジェシオン』!」
「『アンビシオン』!」
藤田は武器を召喚するとすぐに「クイック」を発動し、高速で動き斬りつけようとした。対する今田は、アンビシャス・ライフルの連射で応戦する。
「…『デモンズスパーク』!」
紅蓮の光弾を躱し、藤田はタクティック・ダガーの先端をアンビシオンへ向けた。刹那、そこから放たれた眩い閃光が今田の視界を覆う。
「うお…っ、せこい技使いやがって!」
銃を持っていない左手でアイレンズを押さえる今田に、藤田は一気に接近した。もう「クイック」を効果は切れていたが、相手の視界を封じている今なら危険なく近づける。
二本の短剣で斬りかかろうとした瞬間、藤田は腹部の装甲に銃口が突きつけられているのを感じた。背筋を冷たい汗が流れるが、もう避け切れない。
「―『エンドブラスト』!」
銃口から放たれた真紅の破壊光弾が命中し、テリジェシオンは後方へ飛ばされ樹木に叩きつけられた。腹部のアーマーからは白煙が立ち昇っている。
「…はっ、俺が対策を考えてないとでも思ったかよ。技名叫んだ瞬間に目を閉じて見えなくなったふりをしとけば、ご丁寧に近づいてきてくれるって寸法だぜ」
今田は不敵に笑って左手を下ろし、勢いよくテリジェシオンへ突進した。
「終わりだ!…『クイック』、『スマッシュ』!」
助走をやめ、アンビシオンが地面を強く蹴る。そして跳び上がり、赤紫のオーラを纏った跳び蹴りをテリジェシオンへ繰り出した。さらに高速移動の効果が付与され、威力が増強されている。
「……『スモーク』!」
しかし今田の放った高速のキックは、ダガーの刃先から噴射された煙幕により狙いが逸れた。目標を見失い、両脚に纏った輝きが徐々に失われて消える。
「…ちっ」
黒煙の中にどうにか着地し、拳銃を構え直す。相手が仕掛けてくるのは視界が晴れたその瞬間。その一瞬に先制攻撃を決めねば勝機はない。
しばし静寂に包まれた後、不意に風が吹き煙が吹き流された。
「―そこだ!」
視界の端に捉えたテリジェシオンへ、今田は素早く体を向け光弾を発射した。
「――『オートバイオレンス』!」
だが、ほんの僅かに藤田の方が早かった。飛来する二本の短剣が、青紫の光を帯びた刃を何度もアンビシオンのアーマーへ突き立て、標的を自動追尾する。一撃を受けるたびに、装甲から多量の火花が上がった。幾度目かの刺突を喰らった今田は地面を転がり、装着が解除された。
「畜生…俺にも強化フォームとか強力な技とかがあればいいのによ…」
ぼやく今田を横目に、鈴村は結果を報告書に記し、藤田は早々に引き上げていた。一回戦、テリジェシオンがアンビシオンに勝利。
最後に残った一回戦の組み合わせは、エグザシオン対アフェクシオンだった。
松浦と二宮は数メートルの距離を開けて対峙している。両者とも、バイザーは装着済みだ。
「…手加減はしない。本気で行く」
「…負けませんから!」
松浦と二宮の視線が一瞬交錯し、合図とともに二人はコードを唱えた。
「―『エグザシオン』、『エヴォリュート』」
「『アフェクシオン』!」
一方は侍を思わせるエメラルドグリーンの装甲に、銀の鎧を羽織った武者へ。もう一方は丸みを帯びた黄のアーマーに水玉とマーブリング模様が特徴的な、キュートな銃士へと姿を変えた。
二宮は腰のホルスターから二丁拳銃を素早く引き抜き、
「…『ワープ』!」
瞬時に松浦の背後に現れた二宮は拳銃をまっすぐに向け、さらに応用コードを発動させた。
「『サンライズシュート』!」
撃ち出された大きな灼熱の光球が、エグザシオンを襲う。
「…『ガード』!」
だが松浦の反応速度もなかなかのもので、すぐに振り返ってコードを唱え防御障壁を展開した。強化アーマーの効果でその防御力は上昇していたが、アフェクシオン最強の技を防ぎ切るのはさすがに不可能だった。
「ぐっ……」
超高熱の光弾はバリアを砕き、エグザシオンを大きく後方へ吹き飛ばした。障壁のおかげで強化アーマーの装着解除はなんとか免れたものの、受けたダメージはかなりのものだ。
「なかなかしぶといですね……『パラライズ』!」
アフェクシオンの構えるヒーリング・ハンドガンの銃口を明るいスパークが包み、そこから麻痺効果を付与された光弾が次々に発射された。松浦は回避を試みるが、先程のダメージをまだ引きずっているため躱しきれない。数発が命中し、エグザシオンのボディーに幾筋かの稲妻が走った。
雷撃の効果が切れたのを確認した二宮は徐々に距離を狭め、より近距離から銃撃を行うとする。しかしそれより早くに、松浦が動いた。
「―――『神魔威刀』!」
両腕に渾身の力を込めて動かし、麻痺効果に逆らって刀を構え直す。エメラルドグリーンの光を纏った草薙之剣を横一文字に一振りすると、触れる物を切断する必殺の真空波が放たれた。
「……っ!」
予想外の攻撃を二宮は避け切れない。胴を薙ぎ払うような斬撃の飛来を受け、装甲から多量の火花が散った。バランスを崩しよろめいたその隙を逃さず、松浦は続けて「クイック」と短く唱えた。もう麻痺効果は薄れてきている。全身を深緑の輝きが覆い、高速移動して一気にアフェクシオンに近づく。
「…とどめだ。『神魔威刀・斬』!」
刀身が明るい緑色に発光し、その周囲を真空空間が包んで切断力を増幅する。斜め上から斬り下ろした一撃がアフェクシオンのアーマーを切り裂き、切断線に沿って激しいスパークが上がる。アフェクシオンの装着が解けて二宮が膝を突いたのを確認し、松浦は「ダウン」と呟いて自身も装着を解除した。
「…結構やるね、松浦君」
敗北したというのに微かに笑みを浮かべてさえいる二宮を見て、松浦もつい微笑んだ。
「……昔の俺は、この時のために鍛錬を重ねていたからな。今は目的が違うが」
「ふーん…ちなみに、今は何のために…?」
「…決まっているだろう」
松浦はゆっくりと歩き出しながら言った。
「―大切な人を守れるようにするためだ」
…おそらく、もし森下がこのやり取りを聞いていたならば赤面し悶絶していたであろう。
一回戦、エグザシオンがアフェクシオンに勝利。
その夜は、名残を惜しむような語らいが各所で見られた。明日の午前にクレアシオンとテリジェシオンの準決勝が行われ、午後にエグザシオンとその勝者が対決する。エグザシオンは二回戦ではシード扱いだ。
よって、明日で全ての戦闘演習は終了となる。皆で一緒に仕事に取り組むのも、明日で終わる。
「…今までの生活もそろそろおしまいか…なんかさみしいよ」
部屋を訪れていた瀬川が漏らしたのを聞き、藤田は苦笑した。
「…まあ、限りある日々をいかに有効活用するかだよね。追加報酬は譲ってもらうよ」
「さりげなく宣戦布告してんじゃねえよ…明日は絶対負けないからな」
二人は友として、仲間として固い握手を交わした。交差した視線は、共に闘志に満ちていた。
「千咲ちゃん、今までありがとな」
二宮の自室を訪ねた今田は、やや唐突に切り出した。いつもより台詞の歯切れが悪いのは気のせいではないだろう。
「…お互い一回戦で脱落しちまったから賞金獲得は望めねえけど、まあそんなことはどうだっていい。楽しく仕事できてよかったよ」
「そ…そんな寂しいこと言わないでよ」
二宮は俯き気味に答えた。
「…悪い悪い。一言なんか言っときたくてさ」
踵を返しそっと立ち去る今田の背を見つめながら、二宮は漠然とした寂寥感に包まれていた。
(仕事が完了しちゃったら……あの人とも会えなくなっちゃうのかな)
しかし、彼女の瞳に本当に映っていたのは今田ではなく――。
「松浦……このトーナメントが終わっても…私と一緒にいてくれる?」
同時刻、森下は松浦の部屋へ行き、意を決して告白を実行していた。
(ああああ…ついに言ってしまった……っ‼)
森下は顔を真っ赤に染めて下を向いた。あの日、松浦に助け上げられた最終決戦の日から―彼女は彼に恋をしていた。感情を表に出すのが下手で不器用な一面もある彼だが、心の底には誰よりも深い優しさと愛情を秘めている…森下はあの時、ようやくそれに気づいたのだった。
松浦からの返事はまだない。
(もしかして迷惑だったかな…?最近は急接近してるけど、私、これまであんまり彼に親しくしてこなかったし…。急に態度を変えるなんて自分勝手な女だと思われてないかな…?)
不安やプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、森下は恐る恐る朱がさした顔を上げた。
「―-ああ、喜んで」
松浦が笑顔でそう言うのを聞いた瞬間、全ての不安が消し飛んだ。森下がぱあっと顔を輝かせ、松浦も少し照れ臭そうに微笑む。
「二人で生きていこう…この変わり果てた世界で。…そのためにも、明日の試合で勝って追加報酬を得なければな」
「―――『クレアシオン』、『クリムゾン』!」
「―――『テリジェシオン』!」
準決勝戦のその日は、生憎の曇天だった。と言っても、紫外線を緩和する特殊ガラスで天井を覆われたコロニー内であるため、雨粒が降りかかることはない。全ての気象現象はガラスで阻まれ、内部はドームを一周するように取り付けられた大型空調設備によって常に快適な気温、湿度に保たれている。
それでもガラス越しに見える黒雲は日の光を見事なまでに遮断し、演習場は終始薄暗かった。バイザーを左腕に装着した瀬川と藤田は、開始の合図とともにコードを唱えつつ駆け出した。
「「『クイック』‼」」
刹那、二人はほぼ同時に高速移動を発動した。クレアシオンは紅蓮の、テリジェシオンは青紫のオーラを纏い目にも止まらぬ速度で相手に接近する。スピードでやや勝るテリジェシオンが先に右に回り込み、ダガーを投擲して攻撃した。一撃目はランスで払い落して迎撃したクレアシオンだったが、続く二撃目が胸部装甲に命中した。アーマーから軽く火花が飛び、瀬川が僅かによろめく。
「…『バック』」
しかし、タクティック・ダガーを手元に引き戻し回収する一瞬のロスタイムが、瀬川に反撃の機会を与えた。瀬川は一気にテリジェシオンの懐に飛び込むと、十字槍を横薙ぎに振るう。
「『チェンジ』!」
そのままでは敵との距離に対し得物のリーチが長すぎて有効な攻撃になり得ないが、短槍形態に変化させることで切っ先がちょうどアーマーに当たるくらいになっている。素早く繰り出された突きがテリジェシオンの紺の装甲にヒットし、スパークを上げた。
一拍遅れて藤田がナイフを回収し、返す刀で斬りつける。槍で防御しようとしたが刃が手の甲を掠り、スーツ越しながらも瀬川は焼け付くような痛みを感じた。
「…痛っ……」
ランスを取り落とした瀬川に、藤田がさらに斬撃を浴びせるべく斬りかかる。後ろに跳んで辛くもそれを躱すと、瀬川は両拳を構え、
「―『フィスト』!」
爆炎を帯びた右ストレートが、テリジェシオンの左肩のアーマーを捉えよろめかせた。
「ぐっ……」
衝撃を受け、藤田もナイフを手から離す。「バック」を唱えていては間に合わないと踏んだか、テリジェシオンは直後クレアシオンに飛びかかった。
「瀬川…僕はずっと君のことが羨ましかった。クレアシオンのポテンシャルを引き出し、どんどん強くなっていく君の姿が…!」
放った左フックを受け止められても、藤田は構わずに拳に力を込め続けた。
「だけど僕も新しい力を得た…このテリジェシオンの力で!僕は君を超えてみせる!」
「……思いっきり来い!悪いが負ける気はないけどな!」
僅差で競り勝った瀬川が藤田の殴打を払い除け、胸に左拳を叩き込んだ。後退するテリジェシオンに追随し、さらに右のジャブを喰らわせる。
(…いける!パワーでならクレアシオンが上だ!)
距離を詰め、瀬川がもう一発パンチを放とうとしたその時だった。
「――――『バック』、『サベージアサルト』!」
藤田は、考えもなしに不利な接近戦を挑んだわけではなかった。
(至近距離から技を繰り出して、一撃必殺を狙ってたのか――!)
瀬川は体中の毛が逆立つような感覚に襲われた。咄嗟に回避を試みるが、完全に相手の術中に嵌まっている。青紫の輝きを帯びたダガーナイフが二連続で振るわれ、腐食効果を付与された刃がクレアシオンのアーマーを抉った。紅の強化アーマーが赤き光へ還元されてバイザーの中へ再び吸収され、装着が解除される。
「とどめだ…『オートバイオレンス』!」
後ろに跳び退り相手の間合いから逃れた藤田が、テリジェシオン最強の応用コードを発動させる。
(この距離からすぐにカウンターを繰り出すのは不可能…僕の勝ちだ!)
アーマーを損傷しダメージも小さくない瀬川に、宙を高速で舞う二本の短剣が襲いかかった。
「……おおおおっ!」
だが、次の瀬川の行動は藤田の予想外のものだった。
何かを呟いたかと思うと、攻撃を恐れず一直線にこちらに突っ込んできたのだ。
(…馬鹿だな、それじゃ自爆するようなものだ。いくらなんでもこの技を受けて無事でいられる方法があるわけが…)
しかし藤田は気づいた。近づいてくるクレアシオンのアーマーが、うっすらと炎のような光に覆われ始めていることに。そして、ダガーナイフの音速の刺突が何故か決定打に至っていないことに。
(いや…違う、あれは…まさか⁉)
再度「クリムゾン」を発動し強化アーマーを再装着した瀬川は、何度も短剣の刃を体に受けながらも装着解除には至らず、テリジェシオンに接近することに成功した。
(動き続けることでナイフの軌道をぶれさせダメージを軽減し、強化アーマーで損傷自体も減らした……だって⁉)
「…『スマッシュ』!」
雄叫びを上げ相手との距離を一瞬で数メートルにまで縮めた瀬川はジャンプし、一足飛びから火炎を纏った右足で鋭いキックを放った。
「くっ…『スマッシュ』!」
避けるという選択肢は既になかった。藤田も同じ基本コードを唱え、青紫の光を纏わせた回し蹴りを放つ。力と力がぶつかり合い、クレアシオンが競り勝った。テリジェシオンが後方に吹き飛ばされ、その隙を突き瀬川が応用コードを唱える。
「――『神殺』!」
十字槍が燃え盛る焔に包まれ、先端の刃が一層眩しく紅に輝く。クレアシオンがテリジェシオンに飛びかかり、槍先をその胸に深々と突き立てる。装甲から激しいスパークが上がり、装着の解かれた藤田は地面に倒れ込んだ。
「―やっぱり君には敵わないな」
藤田はふっと笑ってそう言った。清々しい微笑みを浮かべて。
そしてその日の午後、ついに決勝戦が始まろうとしていた。この戦闘演習の勝者が追加報酬を手にすることができる―具体的な額は知らされていないが、贅沢しなければ一生それで暮らせるくらいだと鈴村からは聞かされていた。
「…悪いが倒させてもらうぞ。新生活の資金を得られるチャンスを、無駄にはしたくないからな」
バイザーを装着した松浦は、十数メートル先に立つ瀬川に対峙して言った。試合自体は模擬戦のようなもので実践とは違うものの、彼の眼に宿る闘志は本物だった。
「新生活ねえ……」
森下と甘々な日々を送るんだろうな…と多少の羨望を込めた視線を瀬川は送ったが、松浦が気づいた様子はない。軽くため息をつき、自分もバイザーを左腕に押し当て装着する。
「――申し訳ないけど、こっちも大人しくやられるわけにはいかない」
自分たちはいわば、過去の世界から遠い未来へタイムスリップしてきた異邦人だ。そんな奴を進んで雇いたいという企業はまずあるまい。事実、瀬川らは職探しに困っていたところをワールドオーバーに拾われたのだから。パワードスーツの開発というノルマを達成し契約期限が切れた後、安定した生活が送れるという保証はどこにもない。だからこそ、当分の間生活できるようにするための資金が必要になるわけだ。松浦も、その辺りの実情を理解しているからこそ今回ばかりは勝ちにこだわっているのだろう。愛する人を支えたいと思っているのならなおさらだ。
とはいえ、瀬川も負けるわけにはいかなかった。三流の芸術大学を中退という、圧倒的底辺な学歴で通用するはずもない。職にありつけなくなる可能性も低くはないのだ。
「――始め!」
鈴村の合図を聞くやいなや、瀬川と松浦はほぼ同時にコードを唱えていた。
「―『エグザシオン』、『エヴォリュート』!」
「…『クレアシオン』、『クリムゾン』!」
銀と緑の鎧に身を包んだ侍と、紅蓮と白のアーマーを纏った槍使いが顕現し、それぞれの武器を召喚すると攻撃を仕掛けた。
瀬川が、「チェンジ」を適宜発動し変幻自在の間合いから流れるように突きを繰り出す。松浦はそれを最初こそ刀で弾き、受け止めていたが、機動力でやや劣る分不利だと考えたのだろう、今度は防御姿勢も回避姿勢も取らなかった。
その代わり――。
「――『ガード』!」
出現した深緑に輝くバリアが槍先を弾き返す。攻撃を防がれバランスを崩した瀬川の脇腹に、松浦は回し蹴りを放った。装甲から火花を散らし後退した瀬川に、松浦は容赦なく追い打ちを掛ける―すなわち、草薙之剣を続けざまに振るって斬撃を浴びせる。瀬川はクリエイティヴ・ランスの柄でそれを防御するのに手一杯で、徐々に戦況は松浦の優勢へと傾いていった。
「くっ…『スマッシュ』、『クイック』!」
瀬川は後方に跳んで一旦エグザシオンと距離を取ると、再び地面を蹴り基本コードの一つを発動した。クレアシオンの両足が爆炎に包まれ、さらに全身が真紅のオーラに包まれる。超高速で放たれたドロップキックが松浦を狙う。
「―『ガード』、『クイック』」
しかし松浦は一度障壁を再展開して攻撃の威力を緩和し、それを破壊し突き抜けてきた瀬川の跳び蹴りを、高速移動で横に回り込んで躱した。さらにすれ違いざまに刀を横に一閃、重厚かつ神速の一太刀を叩き込んだ。
「……ぐあ…っ、は」
瀬川はどうにか体勢を立て直そうとしているが、松浦はその隙に勝負を決めるべく応用コード名を唱えた。
「――『神魔威刀・連』‼」
森下の使うプログシオンが強化アーマーを纏うことにより上位の応用コード「ワイルドダンス」を使用できるようになるように、エグザシオンも「エヴォリュート」発動時のみ使用できる応用コードを密かに開発していたのだった。ここまでの戦いで披露してこなかったのは、相手になるべく手の内を晒したくなかったためだ。もっとも、威力が高い分エネルギーの消耗も激しくバイザーが機能停止する危険も高いため、ここ一番という場面以外では使いたくなかったのも理由の一つだが。
草薙之剣の刀身を眩いエメラルドグリーンの光が満たす。溢れ出た光が刃の周りを神々しく照らしている。
松浦が刀を構え、それを振り下ろし絶大な威力の真空波を放とうとした瞬間――遠くで立ち上がった瀬川が小さく笑い声を漏らした。
「…何が可笑しい?」
松浦はアイマスクの下で怪訝な表情をつくり、尋ねた。
「勝負を投げて俺に勝ちを譲るつもりなのかもしれんが、俺はそんなのは望んでいない。戦うなら最後まで全力でやれ」
「…いや、そうじゃねえよ」
瀬川は紅の十字槍を構え直し、
「―――考えることは同じだなと思っただけだ」
アイマスクの下で不敵に笑う。
松浦ははっとしてクレアシオンを見た。
「まさか……」
もしそうなら、相手より先に攻撃を命中させる必要がある。全身の力を刀の柄を握る両腕に集中させ、縦、横、右斜め上からと三連続で刀を振るう。その軌道に沿い、三つの強烈な真空波が生成、射出された。巨大な斬撃が、クレアシオン目がけて飛来する。
「……『神殺・紅蓮』‼」
だがそれが到達するより早く、瀬川も上位応用コードを唱えていた。十字槍が、いやクレアシオンの全身が灼熱の業火の如きオーラに包まれ、燃え盛る焔のようにゆらゆらと激しく光が揺れる。槍の先端部の刃は極限の高熱と最大の貫通力を付与され、純白の火炎とでも言うべき輝きを放っている。
「―――――はあっ!」
地を力強く蹴り飛ばしたクレアシオンが、灼熱の弾丸と化しエグザシオンへ突進する。三つの真空の刃を白く輝くランスの先端で斬り払い吹き飛ばすと、瀬川は松浦へ肉薄した。
「馬鹿な……っ⁉」
松浦は驚愕を隠し切れていない。
(エグザシオン最強の…この技を破っただと⁉)
「これで……フィニッシュだ‼」
クレアシオンが突き出した紅蓮の十字架が、エグザシオンの胸部装甲に深々と突き刺さる。純白の光を放つ先端が、一際眩しく輝く。
アーマーを破壊されたエグザシオンは装着解除に追い込まれ、武装を解いた松浦はがくりと膝を突いた。
だが、彼の表情に悔しさは一切ない。
「…強くなったな、瀬川」
「…昔、お前や景山さんに叩きのめされて強くなったからな」
二人は笑顔で握手し、互いの健闘を称え合った。松浦が瀬川の手を取って立ち上がり、微笑む。
決勝戦、クレアシオンがエグザシオンに勝利。以上をもって全ての試合が終了した。
「報酬を山分け⁉」
鈴村が柄にもなく素っ頓狂な声を上げた。直後、はっとして恥ずかしそうに口元を手で覆う。
「本気で言ってるのか…?瀬川」
「ああ」
数日後、報酬の給与や今後のこと等の連絡のため鈴村の部屋に呼び集められた六人だったが、瀬川が追加報酬を六人で分配すると言い出したため場は騒然としていた。
「…俺一人の力じゃ、ユーダ・レーボを打倒するのは不可能だった。皆がいたからこそだ」
そう言って皆を見回した瀬川に、今田は大げさに頷いてみせた。
「そうそう、良いこと言うじゃねえか…考えてみれば、クレアシオンが能力を引き出せるようになったのは、海人とだけでなく俺らとの戦闘演習で得たデータがあったからとも言えるわな。そう解釈すれば俺にも受け取る権利は大有りだぜ」
「もー、今田君は現金なんだから……」
その隣で困ったような表情を浮かべている二宮だったが、今田に気にした様子はない。
「…くれると言うなら、ありがたく貰っておこう。それだけあれば、ちょっとした旅行に行くくらいのことはできるだろうしな」
(ま、松浦……っ、それってもしかして私と二人で……⁉)
にこやかに微笑む松浦と、隣で頬を真っ赤に染め視線をぎこちなく動かしている森下の対比がおかしくて、瀬川は笑いを堪えるのが難しかった。どうにか吹き出さないよう踏み止まり、改めて鈴村に向き直る。
「…という訳なんで、いいですよね?山分けしても」
「……使い道は君の自由だ、好きにしたまえ」
鈴村は苦笑し、また表情を引き締め直して話を続けた。
「……で、パワードスーツ被験者としての君たちの仕事は今日で終了だ。上が君らの事情を考慮した結果、あと二週間程度は今の住居に住んでもよいこと、新しい職探しもある程度サポートすることが決まっている」
そこで一呼吸置き、少し寂しそうに続ける。
「…ご苦労様。本来君たちには関係ない戦いに巻き込んだりして、社員の一人として申し訳なく思っている。でも、君たちは本当によくやってくれた……さあ、バイザーを返還してくれ。これはワールドオーバー社の方で厳重に管理しなければならない」
「――一つ条件がある」
だが瀬川は、すぐにバイザーを手渡そうとはしなかった。前からずっと考えてきた疑念を払拭するまでは、クレアシオンを手放したくなかった。
「ワールドオーバーがこいつを使って何をしようとしているのか教えてくれ。…もしユーダ・レーボの門屋の言っていたようなことが本当なら、ユーダ・レーボ以上の脅威になる―それに、ワールドオーバーの動きには今まで不審な点がいくつもあった。…パワードスーツを平和利用してくれるって証拠を見せてくれ」
「確かに妙なことを言っていたが…まさか、奴は真実を述べていたというのか?」
松浦もバイザーを返却しようとはせず、会話に加わった。最終決戦に遅れて参戦した今田と二宮は話についていけてない様子だし、鈴村にも彼の話を詳細に伝えてあるわけではない。しかしそれは後で説明すればいいだろう、と瀬川は一人で納得し、鈴村の反応を待った。
彼女は苦い表情で沈黙した。逡巡の色が浮かんでは消え、やがて真実を話すべく瀬川の方をまっすぐに見た。
「……これから話すことには口止めされてるのもあるけれど、でもいいわ。君たちに本当のことを伏せておくのは心苦しいし…何よりそれは、私の良心に反する」
話せば命はない。そう脅迫されてすらいてなお、鈴村は共に戦った同志たちの信頼に応えることを決めた。
「…ワールドオーバーの目的が何なのかは、正直私もよくは知らない。だけどユーダ・レーボ同様、十分な戦力を整えて戦争を起こすのが目的にも見える…その証拠に、あの時ハイパーモデルの大群を殲滅したのは私たちの部隊じゃない。ワールドオーバー社社長の高峰頂一郎を装着者とする、新型パワードスーツの力によるものよ」
皆の中に動揺の気配が走った。鈴村は唇を舐め、さらに言葉を紡ぐ。
「――君たちの言う通り、ワールドオーバーは何か軍事行動を起こそうとしているに違いない。兵器として売るには、供給が需要を上回り過ぎてるように思えるもの。…上に何とか誤魔化して、返却期限を後にしてもらうわ。君らが作ったパワードスーツが悪意を持った人々に使われるなんて…とても耐えられない」
「…けれど、それじゃ根本的な解決にはならないわ。何か手を打たないと…」
事態の深刻さを理解したゆえだろう、恐る恐るといった風に森下が進言した。二宮も緊張した面持ちでこくりと頷く。
「…延長した期限が来るまでに、バイザーを持って遠くへ逃げて。そうすれば、少なくとも上層部の計画の一部には打撃を与えられるかもしれない」
瀬川はしばらく何も言えなかったが、おもむろに口を開いた。
「……分かりました。…話してくれて、ありがとうございます」
「…逃げろって……」
二宮が、納得できないというようにふるふると首を振る。その瞳には、強い意志が宿っていた。
「…逃げるだけじゃ何も解決しないじゃないですか!ワールドオーバー社の悪事を暴いて、それを阻止するために立ち向かうべきです!」
「そりゃ、確かに倒せるものなら倒したいわよ…」
まあまあ千咲ちゃん、と森下がなだめるように言った。
「…でも、今回はユーダ・レーボの時とはわけが違うわ。アーマーソルジャーは量産化済みだし、敵の数が桁違い…まともに戦ったら勝率はゼロに近いわよ」
「でも、でも…っ」
(…こんな時でも本当に愛くるしいな)
上手く言い返せずに膨れる二宮を、瀬川は苦笑しながら見ていた。
「…皆、ひとまず多数決を取らないか?――逃げるか、戦うか」
早速話し合いがスタートし皆が自分の意見を述べようとしたその時、それまで聞き役に徹していた藤田が、不意に表情を強張らせた。
「―――伏せて!」
それは、数か月間に及ぶ戦闘演習と実践の賜物だったのかもしれない。
咄嗟に反応し体を屈めた瀬川らの頭上を、窓ガラスを突き破って飛んで来た四、五発の弾丸が通過していった。
割れた窓から室内に次々に滑り込んで来たのは、十数体のアーマーソルジャーだった。全身を軍服を思わせる迷彩柄のアーマーで包んだ、戦士の集団。
「どうして……」
鈴村が口を開きかけ、はっとして思わず口に手を当てる。
「―まさか、ケルビムで私たちを監視していたの⁉」
地上のあらゆる場所を監視できる、十三機の人工衛星のネットワークシステム―通称ケルビム。その力があれば、鈴村が高峰の命令に違反したのを掴むのは容易かった。
「…そうだ。会話も盗聴させてもらった」
隊長らしき男が短く、冷酷に答えた。
「鈴村朱音、貴殿は機密事項を漏洩させ組織への忠誠を破った。よってここで断罪する。また貴殿に代わり、我々がバイザーの回収を実行する」
男たちは腰のホルスターからそれぞれに拳銃型の武器―パワードガンを抜き、銃口を瀬川らに向けた。
一斉に銃が火を噴くのと、瀬川らがパワードスーツを装着し終えるのが同時だった。六色の光に体が包まれ、強固な装甲が弾丸を弾く。
「…させてたまるかよ!」
瀬川が強化アーマーを纏いつつ三体のアーマーソルジャーに突進し、他の面々もそれぞれ二体か三体の敵を相手に戦闘を開始した。
「――『クリムゾン』!」
アーマーを包んでいた炎が霧散し、紅の強化装甲が装着される。瀬川は強化アーマーにより上昇した防御力で、銃撃をものともせずに敵に突っ込んだ。槍を振り回し、敵のパワードナイフによる斬撃を払い除ける。
(数が多いな…一気に片付けるか)
召喚した十字槍を構え、基本コードと応用コードを併用して発動する。
「『クイック』、『神殺』!」
紅蓮のオーラを帯び高速で敵に迫ったクレアシオンが、赤く燃えるランスを連続で突き出す。胸部を槍先で一突きされたアーマーソルジャーらは衝撃に耐えられず崩れ落ちるようにして装着が解かれ、瞬時に三体の敵が無力化された。
「ほらよ…っと!」
その横では、アンビシオンを装着した今田が二体のアーマーソルジャーに真紅の光弾を浴びせていた。やはりアンビシオンの方が銃撃の破壊力は大きく、競り負けた敵兵はやや後退した。
「じゃあな…『ブレード』、『エンドカッティング』!」
銃剣へと変化させたアンビシャス・ライフルの刃が、赤紫の輝きを放つ。胴を斬り払われた二体のアーマーソルジャーはアーマーから激しいスパークを上げ、装着解除して倒れた。どうやら意識を失ったらしい。
アンビシオンの戦っている後ろでは、松浦が三体の敵を相手にしていた。「ガード」で敵の銃撃を完全に防ぐと、「エヴォリュート」で銀の強化アーマーを装着。さらに、敵を一網打尽にすべく必殺の応用コードを発動する。
「―『神魔威刀』!」
横薙ぎに繰り出された真空の刃が三体のアーマーソルジャーをまとめて薙ぎ払い、その意識を刈り取った。
「『エヴォリュート』!」
松浦の隣では、森下もまた奮闘していた。強化アーマーを纏い、二体の敵兵にプルーブ・サーベルで的確な斬撃を加えていく。強烈な一撃を受け壁に叩きつけられた二人に、プログシオンはスパートをかけた。
「…『ワイルドラッシュ』!」
サーベルを高速で突き出す、その舞うような動きと連動して生成された紫の光の刃が二体にクリーンヒットし、一瞬で装着を解除させた。
そして二宮の場合、もっと手際がよかった。
「…『ワープ』、『バレルシュート』!」
瞬間移動で敵の頭上に飛んだアフェクシオンは、敵に現在位置を把握される前に応用コードを発動、たちまち二体のアーマーソルジャーの装甲を蜂の巣にした。橙色の破壊光弾を大量に射出するこの技は、複数の相手と戦う時に使い勝手が非常に良い。
テリジェシオンは、アフェクシオンとは対照的に一対一での戦いに向いている。使う武器はリーチの短い短剣だし、あまり射程範囲の広い技は使えない。
だが、多数の敵を相手どれないと言うわけでは決してない―優れた俊敏性を誇るからだ。「クイック」を発動し敵に高速で斬りつけた藤田は、怯んだ敵にすかさず応用コードを放つ。
「―『サベージアサルト』!」
二本のタクティック・ダガーが青紫の光に包まれ、腐食効果を持った斬撃がアーマーソルジャーに叩き込まれる。二体のアーマーは斬撃に沿って激しく損傷し、装着が解かれた。
「…これで全員だよな」
アーマーソルジャーを装着していた男たち―ワールドオーバー社の手の者だろう―が皆気絶しているのを確認し、瀬川はようやく安心して装着を解くことができた。
「―こうしてはいられないわ。奴らは襲撃が失敗したことも既に知っているはず…早くここから逃げなくちゃ」
鈴村の言葉に皆は硬い表情で頷き、急いで鈴村の自室を後にした。時間的余裕があれば、先程の戦闘員たちからワールドオーバーの狙いについてなど情報を引き出したいところだ。だが今は、一刻の猶予もない。
「車を使うのか?」
階段を駆け下りながら、松浦が前を行く鈴村に尋ねた。
「…いや、私の車のナンバーももう知られているでしょう。それに、ユーダ・レーボのやり口を思い出して。…車で逃げようとしても先回りされておしまいね」
ウニ型の海人の襲撃を受けた時のことか、と瀬川は思い返した。
「だから、あえて公共の交通機関を使うわ。人混みに紛れてしまえば、いくらケルビムと言っても私たちを探し出すのは困難なはず」
アパートの一階に着くと、鈴村はエントランスを抜け迷いなく歩き出した。
「…急げば、最寄りのバス停まで五分よ。この裏道をまっすぐ行けば……」
しかし彼女の台詞の残りの部分は、近づいてきたヘリのプロペラ音にかき消された。
「何だよ、あれ…」
思わず足を止めた今田が、瀬川らの住むアパートの屋上へ着陸した一機のヘリに視線を向けた。つられて瀬川たちもそちらを向きかけるが、鈴村は険しい表情で囁いた。
「――追手に違いない。早く逃げるわよ」
我に返った瀬川らが駆け出そうとした瞬間、ヘリから降り立った男が彼らを呼び止めた。
「…まあ、待ちたまえ。君たちとは少し話がしたい。それに、ちょっと走った程度では距離を稼いだうちに入らんよ…そうは思わないかね?」
要は、無駄な抵抗はやめてこちらの言い分を聞いてくれと婉曲に言っているのだろう。
そして、その悠然とした口調に鈴村は聞き覚えがあった。忘れるはずもない。
「……高峰社長…」
「…裏切り者に用はない。私が話をしたいのは君ではなく…そこの被験者たちだよ」
高峰は屋上から瀬川らを見下ろし、にこやかに微笑んだ。だがその瞳には、鳥肌が立つほど冷たい光が潜んでいる。
「あんたが…ワールドオーバー社の社長さんか?」
瀬川が訝しげに尋ねた。名前くらいは聞いたことがあったが、実際に目にしたのは初めてだ。他の面々も、鈴村以外はそうだろう。
「…そうだ」
上等な黒のスーツを着た高峰は、ゆっくりと首肯した。髪には少し白いものも混じっているが、引き締まった肉体は老いを感じさせない。年齢は四十代後半くらいだろうか。
「おとなしくバイザーを返してもらえないかね。そこの、口の軽い無能な部下も一緒にね」
「―そういうわけにはいかない」
「…あんたたちが何を企んでるにせよ、それを止めるまでは返却できねえな」
松浦と今田の返事を聞いた高峰は、やや大げさにため息をついた。
「…結局は力づくか」
どこか楽しんでいるかのように言うと、上着を脱ぎ傍に立つ部下に預ける。ワイシャツ姿になった高峰の両腕には、バイザーが装着されていた。
「バイザーが、二台……⁉」
驚く瀬川をよそに、高峰は見せつけるようにして変身した。
「『トラゼシオン』」
体を黒い光で覆った高峰が、屋上から飛び降りる。それと同時に、グレーの重厚なアーマーが装着された。降り立ったのは、灰色の鎧を纏い漆黒のアイマスクで敵を見据える、闇の帝王の如き戦士。アーマーに走る稲妻を思わせる黒き紋様は、見る者全てを威圧した。
「…『サモン』」
トラゼシオンは専用武器オーバーソードを召喚すると、大剣を両手で構えた。
「…『クレアシオン』!」
瀬川も、そして皆もパワードスーツを装着し、各々の武装を召喚した。鈴村も小型のバイザーをバッグから取り出すと、それを左腕に押し当て装着する。
「……⁉」
びっくりした様子で見つめる二宮に、鈴村は軽くウインクしてみせた。
「さっき襲ってきた奴らからくすねといたの。…『インストール』!」
アーマーソルジャーのパワードスーツには、使用者の体型に合わせてサイズが自動調整される機能が搭載されている。ゆえに、鈴村はサイズ調節のためデータを上書きすることなくパワードスーツを装着できた。迷彩柄の装甲を纏った彼女は、腰のホルスターから拳銃型武装、パワードガンを引き抜いた。
「―こうなった以上、私も戦う!」
闘志を露わに、鈴村はトラゼシオンを睨みつけ銃口を向けた。
「…このパワードスーツは、君たちの集めてくれた戦闘データを元に造り上げた理想のモデル―君らのスーツそれぞれの長所を合わせ、かつ強化したと言えば分かりやすいかな。君たちは理論上、そして実際にも私には勝てない…そうなるよう、設計されているのだからね」
七人と向かい合い立つ高峰はしかし余裕そうな姿勢を崩さず、挑発するように言った。
「……舐めてんじゃ…」
今田がアンビシャス・ライフルの引き金に指を掛け、
「ねえぞ‼」
真紅の光弾を連射した。二宮と鈴村もそれに続き、橙と焦げ茶の光球が加えて射出される。
だが集中砲火を前に高峰は動じた様子もなく、落ち着いて基本コードを唱えた。
「『シールド』」
トラゼシオンの前方に黄緑色の障壁が展開され、攻撃を完璧に防ぎ切った。
「このコードはエグザシオンの『ガード』の強化版でね、耐久力がさらに上昇している。その上…」
高峰の張ったバリアが、徐々に眩しく発光し始める。
「…低威力の攻撃であれば反射も可能なのだよ」
撃ち出された時と同じ速度で撃ち返された三色の光弾が、七人を襲う。瀬川はランスで払いのけるようにしてダメージを抑えたが、あと少し反応が遅れていれば直撃を受けていただろう。
(何なんだこのパワードスーツ…強化版だとか言ってたが、桁違いの強さだ…!)
恐怖に似た感情さえ抱いた瀬川だったが、今田の反応は異なった。
「…て、めえ……!―『ブレード』!」
自分のパワードスーツの攻撃を「低威力」と言われたのを屈辱的に感じたのか、今田は武器を銃剣形態に変え猛然と斬りかかって行った。アフェクシオンも「パラライズ」を発動し、体に雷撃を纏わせて今田に続く。瀬川、松浦、森下、藤田も彼らに加勢した。鈴村は後方から援護射撃を行っている。
(…いくら強化版のコードと言っても、あのバリアは自分の正面にしか展開できない)
複数の敵に囲まれてもなお巧みに攻撃をいなし、隙あらば大剣を振るい反撃を見せようとする高峰を睨み、瀬川は勝機を見出しかけた。
(これだけの人数がいれば、防御の手の回らない背後に回り込んで決定打を加えることも可能なはず―――!)
「『ノアシステム』」
その時、六人に包囲され防戦気味だった高峰が何らかのコードを発動した。瀬川は当然どんな特殊効果が発動されるのかと警戒し、回避行動に移れるようやや身構えた。
何も起こらない。
ただ、トラゼシオンの攻撃対処能力が格段に上昇した。
人工衛星ケルビムとリンクしたトラゼシオンは、ケルビムのデータを元に予想される敵の攻撃パターンを先読みすることすら可能だ。ケルビムの演算機能が間違うなどということは、まずありえない。
「…『ワープ』!」
死角に瞬間移動し、雷を帯びたパンチを浴びせようとするアフェクシオン。
「―『テレポート』」
だが、その攻撃を予測していた高峰は二宮の背後に瞬間移動し、大剣を一振りした。背中に強烈な斬撃を喰らい、アフェクシオンが吹き飛ばされる。その装甲からはスパークだけでなく、白煙も上がっていた。
「ならば…『クイック』!」
エグザシオンが高速移動を発動し、トラゼシオンへ斬りかかる。クレアシオンもそれに続き、同じく高速移動してランスを手に突進した。エメラルドグリーンと紅、それぞれの輝きを帯びた戦士たちが猛然と仕掛ける。
けれども、その攻撃さえも既に予測済みである。
「『オーバースピード』」
「クイック」の強化版である基本コードを唱え灰色のオーラを纏った高峰は、強化アーマーを装着した二人をも上回る速度での攻撃を見せた。刀での斬撃、槍による打突の全てを完璧に回避し、オーバーソードで的確な一撃を叩き込んでいく。
「ぐあっ……」
怯み、やや後退した松浦と瀬川。それを満足げに見やった高峰は、さらに応用コードを発動した。
「そろそろスパートをかけさせてもらうよ…『オーバーアサルト』」
あのトラゼシオンの初陣からしばらく経ち、今では全ての応用コードが読み込み済みだった。
トラゼシオンが両手に握った大剣が、禍々しい青紫の光に包まれる。まだ「オーバースピード」の効果が持続しているのだろう、依然として全身はグレーの光に覆われたままだ。
コード名から察するに、テリジェシオンの「サベージアサルト」の上位互換に当たる技だろう―つまり、あの腐食作用もまた付与されるということだ。
(まずい……)
躱そうとする瀬川だったが、トラゼシオンの神速の攻撃から逃れることは不可能だった。
高峰が一瞬のうちに全員に一太刀ずつを浴びせ、数秒遅れてその衝撃音が轟いた。
アンビシオン、アフェクシオン、鈴村の変身したアーマーソルジャーは装着解除に追い込まれ、テリジェシオンには大ダメージ。
クレアシオン、エグザシオン、プログシオンは強化アーマーの装着を解除された。
ある者は膝を突き、またある者は地に倒れた。
勝負は決したとばかりに、高峰は攻撃の手をそこで止めて再び投降を勧めた。
「――これで分かったろう、君たちと私たちの力の差は歴然としている。これ以上の抵抗は無意味だ」
そして、一人ひとりの顔へ順番に視線を投げかける。
「こちらとしても、早くバイザーを返却してもらえると助かるのだがね。傷がついてもいけない」
「……ふざけるな…」
だが、それでもなお瀬川は立ち上がった。白いアーマーは傷だらけで、ランスの柄にも亀裂が入っている。それでも、戦う意志は消えていなかった。
「…パワードスーツを軍事兵器にはさせない!お前たちに渡してたまるか!」
そう叫び、再度十字槍を構えトラゼシオンへ果敢に挑みかかった。繰り出した槍先を剣で受け止めた高峰が、またため息を漏らす。
「――無意味だと言ったろう」
瀬川の渾身の一撃をあっさりと受け流し、防御する暇を与えず上段から大剣を振り下ろす。「ノアシステム」の補助により繰り出された斬撃が、クレアシオンの装甲を無慈悲に打ち砕く。多量の火花をアーマーから迸らせ、瀬川はよろよろと後退した。
しかし、仲間たちが瀬川の苦戦を黙って見ていたわけではない。
「―『神魔威刀』!」
「…『ワイルドラッシュ』!」
再起した松浦と森下が同時に応用コードを唱え、真空波と紫の光の刃がトラゼシオン目がけて放たれた。
最強のパワードスーツを決定するトーナメント戦で、クレアシオンが優勝を果たしたのは記憶に新しいだろう。それは、高峰も例外ではなかった。
ゆえにクレアシオンの装着者である瀬川を無意識のうちに最も危険な相手だと認識し、彼との戦闘に意識の大部分を向けてしまっていた―エグザシオン、プログシオンの同時攻撃への反応が遅れるほどに。
真空の刃と光の刃を避け切れず、トラゼシオンが大きく吹き飛ばされる。アーマーからスパークが噴き上がった。
「――『神殺・槍投』!」
そこに、間髪入れずに瀬川も追撃を加えた。蒼炎を纏いし十字架が投擲され、胸部装甲へ命中する。槍先がアーマーに突き刺さり、さらに激しく炎を上げて輝く。ランスが瀬川の手元に戻るとほぼ同時、高峰が苦悶の叫びを上げ、トラゼシオンの全身は爆発に包まれた。
「…やったか⁉」
何とかダメージから立ち直った今田が、爆発の方を見て呟く。強化アーマーを装着していない状態ではあったにせよ、三機のパワードスーツの応用コードを連続で受けて無事で済むはずがない。そういう共通認識が皆の間にあったからこその発言だった。
やがて爆風が四方へ散り、トラゼシオンが徐々に姿を現した。
「…そんなものかね?」
その台詞とともに、絶望感をもたらして。
装着者の意識が敵勢力へ向けられるのが遅れたため回避行動に移るのは不可能だったが、「ノアシステム」の能力は何も攻撃を予測し躱すことだけではない。ダメージを最小に抑えるような防御姿勢を取ることにより、威力を殺していたのだ。また、トラゼシオンのアーマー修復速度は通常のパワードスーツの倍近い。これらの要因により、瀬川らが見込んだほどのダメージを与えることはできなかったようだった。
「嘘でしょ…ほとんど無傷だなんて…」
鈴村も言葉を失っている。隣に立つ藤田もまた呆然とした様子だったが、すぐにダガーナイフを構え直し、彼女たちの前に出た。
「―ここは撤退するしかなさそうだね」
悔しいが、誰も彼の進言を否定するだけの材料を持ち合わせていなかった。沈黙を同意と理解し、藤田が続ける。
「…僕が時間を稼ぐ。皆は先に逃げるんだ」
そうしている間にも、ダメージからほぼ完全に立ち直った高峰は、少しずつこちらとの間合いを詰めてきている。
「……早く!」
クレアシオンは二宮を、エグザシオンは今田を、プログシオンは鈴村を脇に抱え、「クイック」を発動した。三色の光を纏った三機のパワードスーツが、韋駄天の速さで戦場から離脱する。
(―絶対死ぬな。生きて戻れ)
瀬川が離脱前にそう言ったのが聞こえた気がした。いや、きっと空耳ではないだろう。
(…ああ、そのつもりさ。もちろん)
「待て…」
逃走を阻止すべく新たにコードを唱えようとした高峰の前に、テリジェシオンが立ちはだかる。
「『スモーク』!」
短剣の先端から噴射された黒煙がトラゼシオンの視界を覆い、目を眩ました。
「悪あがきを…『ショックウェーブ』!」
煙幕の中で、高峰が苛立ったように右手を軽く振る。発動された基本コードの効果により衝撃波が生み出され、黒煙を瞬時に吹き飛ばした。
(まだ瀬川たちは安全な場所まで逃げられていないはず…まだだ、まだ足止めしないと!)
衝撃波に怯みそうになりつつも、藤田は再度「スモーク」を唱えた。
煙幕を三度放った藤田の尽力で、その頃瀬川たちはどうにか逃げのびることに成功していた。
「君は…全く面倒なことをしてくれたものだね」
高峰は苛立ちを滲ませ、黒煙をまた同様に吹き飛ばした。
「いくらケルビムの眼があると言っても、現段階では監視体制は完璧というわけではない。抜け道を使われれば、彼らを追うのは少々厄介になる」
刹那、大剣を両手で構え路面を蹴り飛ばす。
「―私は今機嫌が悪い。楽しませてもらうよ」
(……っ!)
藤田は、首筋の毛が一斉に逆立つほどの恐怖を感じた。テリジェシオンのスピードをもってしても、トラゼシオンには僅差で敵わない。パワーや防御力の差は、もはや圧倒的だった。短剣で斬りかかろうとする藤田の攻撃は全て高峰の予測範囲内であり、容易く受け流されてしまう。
「―『ストライク』」
「スマッシュ」の強化版である基本コードを発動した高峰が、漆黒の炎に包まれた左脚で回し蹴りを浴びせた。激烈な破壊力のキックはテリジェシオンの胸部装甲へクリーンヒットし、藤田はアパートの外壁に叩きつけられ装着も解除された。
左腕から外れて転がったテリジェシオンのバイザーを、トラゼシオンが拾い上げる。
「返せ……それは、景山さんから受け継いだ大切な…っ」
地に伏した藤田が顔だけを上げ、喉から絞り出すようにして叫ぶ。
「…おかしなことを言う。これは元々、我々の所有物じゃないか」
高峰が軽く頭部を蹴りつけると、藤田はぐったりと倒れ動かなくなった。意識を失った藤田を見下ろし、高峰も装着を解く。
「まずは一台。…この男には、人質として役に立ってもらうとしよう」
そして屋上で待機していた部下に撤収を命じ、彼はその場を後にした。
「…ねえ、どうするの?これから」
森下の呟きに、誰も具体的な答えをすぐには返せなかった。ケルビムの目の届かない山中の洞窟―戦闘演習に利用していた山林の比較的近くだ―にひとまず身を潜めたものの、藤田と合流することもできていないし、今後の展望もない。
ワールドオーバーの監視網が思った以上に強力であったため、一旦体勢を立て直すべくこの洞窟へ逃げ込んだ。だが、いくらかの携帯食料と少しの現金しか持ち合わせはない。籠城戦のような真似は到底不可能だ。
「…まあ、まずはワールドオーバーから逃げ延びることを考えなければな。藤田と連絡がつかないのは気になるが」
暗い面持ちで松浦が答えた。
「あいつらの目的はいまいちよく分からないけど…やっぱり、ユーダ・レーボ同様の無差別攻撃ってとこなのか?」
「んー…多分そうじゃないですか?」
瀬川の呈した疑問に二宮が自身なさげに応じる形になったが、二人とも表情は決して明るくはない。ついに、今田が弱音を吐いた。
「トラゼシオンの力は圧倒的だ。それとケルビムの超科学力が合わされば敵はねえ…俺たち、ひょっとして勝ち目ないんじゃないのか」
「―だからって諦められるわけないだろ。何か方法は……」
思案する瀬川だが、あらゆる能力においてクレアシオンら自分たちの使うパワードスーツを上回るトラゼシオンが相手では、攻略法の検討すらつかない。
「――ひょっとしたら、あるかもしれないわ」
と、その時、それまで口を閉ざしていた鈴村が発言した。
「…トラゼシオンのように、二つのバイザーを併用して使えばより大きなパワーが引き出せるかもしれない」
「……瀬川君、私の使ってもいいよ?」
上目遣いに瀬川を見上げた二宮は彼にとって不意打ちだったようで、瀬川は思わず赤面してしまった。
「え、いやでも、二宮の借りるのはなんか悪いし…なあ」
しどろもどろになっている瀬川を見てふふっと微笑んだ鈴村は、首を振った。
「いえ、使うのは私の持っている―というかさっき拝借した―このアーマーソルジャーのバイザーよ。これなら設定が単純で扱いやすいし」
そして、二宮にもちらりと視線を向けて言う。
「…アフェクシオンは貴重な戦力よ。スーツ強化の実験なんかに使うわけにはいかないわ」
「は、はい……」
二宮もなぜか顔を少し赤らめている…それはさておき、鈴村は咳払いをして話を続けた。
「…アーマーソルジャー用のバイザーの設定を初期化、リプログラミングしてから使えば、トラゼシオンのように記憶容量や処理能力の拡張が見込めるはずね」
こういうこともあろうかと、鈴村は作業用のパソコンを一台、荷物の中に入れておいたのだった。彼女が取り出したそれの周りに皆が集まり、プログラミングに関してあれこれと意見を言い合い始める。
一筋の希望の光が、薄暗い絶望の洞窟に差し込んだかのようだった。
数日が経ったが、まだバイザーの調整はあまり進展していなかった。
「こんな時、藤田がいればなあ……」
作業を中断して瀬川が伸びをし、ため息をつく。彼と連絡がつかないのが心配でしょうがない。拷問のような仕打ちを受けていなければいいが、と藤田の身を案じる。
「…バイザーも懸念材料ではあるけど、食料の方も深刻ね…」
パソコンを閉じた鈴村が、疲れた目を癒すように目頭を押さえた。
「携帯食料ももう僅かしかないわ。そろそろ補充しないと」
「…つまり、下山するのか?」
瀬川の問いに、鈴村は首肯して答えた。
「麓まで降りて、必要なものを買い揃えないとね。…何か欲しいものがある人は?あまり高価なのは予算が許さないけれど」
「―お風呂に入りたい!」
「オッケー、ボディーペーパー等簡単に体の汚れを落とせるもの、と…」
二宮の無茶な要求を簡易化し、鈴村はささっとメモした。ややショックを受けている様子の二宮をさておき、鈴村は他に意見がないか見回した。
「…香水もいいっすか?」
「香り付きのボディーペーパーにするから、それで我慢しなさい」
この非常事態においても独自のファッションセンスを貫こうとした今田だったが、あえなく却下された。
そうして買い物リストがまとまると、皆は買い出しへ行く準備を始めた。
「私たちが行ってくるから、男性陣はここで待機していて。もしワールドオーバーの奴らが現れたら、加勢してもらうから」
そう言うと、鈴村は二宮、森下を連れて小さなスーパーを目指し歩いて行った。残された瀬川、今田、松浦は指示通り、茂みに隠れその後ろ姿を目で追った。
「せっかく麓まで降りて来たのに、俺らは娑婆の空気もろくに吸えねえのかよ…」
「―そんなことを言ってる場合か。あいつらに万が一のことがないか、もっと注意深く見ておけ」
不服そうな今田を松浦が軽く叱咤し、瀬川はやれやれという顔で三人を見送った。ここまで来る途中は森の木々で瀬川らの姿は隠れ、ケルビムにも鮮明には映っていないだろう。だが、下山した今は危険だ。特に、今買い出しに行っている三人が。
人気のない村の中に一軒だけあるスーパーだ、ケルビムの監視網に引っかかってしまう可能性は低くはない。
(ま、早めに終われせるって言ってたから多分大丈夫だとは思うが…)
何事もなく済んでくれ。
瀬川の淡い期待は裏切られ、十数分後、彼女らが歩いて行った方角から悲鳴が聞こえた。
瀬川らが全速力で走り辿り着いたのは、木造家屋に両側を挟まれた細い道だった。
二宮ら三人が、アーマーソルジャーの部隊に包囲されているのが目に入る。アフェクシオン、強化アーマーを装着したプログシオンが奮闘しているが、鈴村を庇いながら戦っているためやや押されている。調整用に設定を初期化したアーマーソルジャーのバイザーでは、装甲を纏って戦うことはできない。
「こりゃやべえな…『アンビシオン』!」
赤紫のチェック模様の入ったアーマーを纏った今田がいち早く敵に突っ込み、アーマーソルジャーの集団に銃撃を浴びせ退ける。
「…鈴村さんのガードは俺に任せて、お前らは戦いに集中しな!」
鈴村を背中に庇い、近づいてくる敵を正確に撃ち抜きつつ、今田が大声で言う。
「…ああ!」
クレアシオンを装着した瀬川、エグザシオンを纏った松浦も参戦し、アーマーソルジャーたちに攻撃を仕掛けた。二宮と森下も反撃に転じる。
だが、倒しても倒しても敵の数は減ったように感じられない。装着を解除された仲間の穴を埋めるように、他の兵が立ち向かってくる。
「きりがない…『クリムゾン』!」
瀬川が応用コードを唱え、全身が炎に包まれる。純白のアーマーに紅のラインが幾筋も入り、肩には鳥の翼を想起させる強化アーマーが装着された。霧散した炎の中から姿を現したクレアシオンが、気合とともにランスを構える。
「――『エヴォリュート』!」
松浦もコードを発動し、白銀の陣羽織型の強化アーマーを纏った。
「―松浦、一気に片付けるぞ!…『神殺・紅蓮』!」
「分かっている!―『神魔威刀・連』!」
クレアシオンの全身が紅蓮のオーラに包まれ、一際明るく輝く十字槍の先端が白い光を放つ。エグザシオンは刀身にエメラルドグリーンの光を漲らせ、刀を構える両腕に力を込める。
灼熱の弾丸と化したクレアシオンがアーマーソルジャーの大軍へ恐るべきスピードで突進し、エグザシオンが三連続で振るった刃から三本の真空の刃が撃ち出される。一瞬で敵兵らは大爆発に包まれ、その全員が装着を解かれた。
「…よし、全部片付いたな」
爆炎の中から帰還した瀬川が辺りを見回して頷いたのも束の間だった。背中に視線を感じ、瀬川が装着を解かないまま振り向くと、家々から村人たちが恐る恐るといった様子でこちらを窺っていた。先刻の戦闘の音を聞き、何事かと思ったのも無理はない。
「皆さん」
唯一パワードスーツを纏っておらず一般人に見える鈴村が、住民らにどうにか説明をしようと試みた。
「…この兵士たちはワールドオーバー社の者なんです。…えーと、それで実はワールドオーバーは軍事組織と化していて、私たちは訳あって彼らに追われています」
だが瀬川らは、ワールドオーバーが悪の組織であると立証できる証拠を握っているわけではない。そのためか、あるいは事態の急展開に戸惑ってか、鈴村もいつもの冷静さを失いしどろもどろになってしまっている。いまひとつ説得力に欠ける鈴村の説明に、窓からこちらを見つめる人々は曖昧な表情を浮かべるばかりだった。
「――住民の皆さん、危険ですので下がってください」
その時、こちらへ近づいてくる複数の足音が聞こえた。はっと振り返り通りの反対側に目をやると、瀬川は、アーマーソルジャーの部隊を率いたスーツ姿の男が、自分たちを険しい表情で見ているのに気づいた。
(増援か⁉)
部隊の先頭に立った男は、セールスマンを絵に描いたような風貌だった。いかにも計算高く、狡猾そうな印象を受ける。
「…私は、ワールドオーバー社長秘書の中本と申します。彼らは弊社の開発したパワードスーツを持ち去り、自己の利益のために使おうと目論む極めて危険な連中です」
中本は鈴村とは正反対に、理路整然と村人に語りかけた。客観的事実だけを並べればそういう解釈も可能かもしれないが、それはやはり瀬川らが納得できるものではない。しかし住民たちの目に信頼しうると映ったのは、彼の方のようだった。
「さっきの野蛮な戦いぶりを見たでしょう?一方的に相手を叩きのめしていたではありませんか。彼らは、私たちにとってかなりの脅威となり得る力を有しているのです」
中本はやり手の政治家のように、すらすらと得意の弁舌を振るった。
「…ですが、ご安心下さい。彼らは私たちが処分します」
ぞっとするような笑みを浮かべた中本。その直後、様子を見ていた人々が一人、また一人とワールドオーバーの肩を持ち始めた。瀬川たちに敵意を剥き出しにする者も少なくない。
「…俺たちの町を荒らすな!」
「出ていけ!」
そうだそうだ、と群衆の声が次第に大きくなる。中には怒りを露わにし石を投げつける者もいた。もっともアーマーを装着しているため当たってもノーダメージだが、瀬川の心は重く沈んだ。
この世界で最初に目覚めた時と同じ、あの感覚が胸に甦る。
(……この世界に、俺たちの味方は誰一人いないのか)
中本は不敵に微笑み、スーツの上着を脱ぎ捨てワイシャツ姿になった。その左腕には、既にバイザーが装着されている。
「『テリジェシオン』!」
彼の全身が青の光に包まれ、アーマーの装着が完了した。
「お前…藤田のバイザーを、自分用に調整し直したのか。藤田はどこだ!」
叫ぶ瀬川を、中本は手で制した。
「こちらに連れてきていますよ…もちろん、人質として」
さっと右手を振ると、部隊の最後列の兵士二人が前に進み出た。二人が両脇を抱え拘束しているのは、間違いなく友の姿だった。二体のアーマーソルジャーにぐったりと体を預けている。意識はないのかもしれない。
「彼に手荒なことをしてほしくなければ、おとなしく投降しなさ――」
彼の台詞は途中で遮られた。
「…『ワープ』‼」
瞬間移動を連続発動した二宮がその二体に急接近し、至近距離から銃撃を浴びせた。不意打ちを受け吹き飛ばされたアーマーソルジャーから藤田を素早く奪還すると、同様に瞬間移動の繰り返しで戦場から離脱した。
気がつくと鈴村もその場から消えている。二宮が同時に拾っていったのだろう。
「…ナイスだ、千咲ちゃん」
仮面の下で今田がにんまりと笑い、対して中本は怒りを隠せない様子だった。
「小癪な真似を……こうなれば実力行使もやむを得ません」
「へえ?そんな寄せ集めみたいな部隊編成でよく大口を叩けるもんだ」
多数のアーマーソルジャーとテリジェシオンからなる部隊を眺め、今田は挑発するように言った。だがその余裕も、次の瞬間に打ち砕かれた。
「―『トゥルーナレッジ』!」
テリジェシオンの全身を覆うアーマーが青紫の輝きを帯び、強化アーマーが装着されていく。
「…まさか、貴様も…⁉」
松浦が驚きの声を上げた。
肩から伸びる円錐形の角は二本に増え、腕や足からはギザギザとした形状の鋭利なカッターが伸びる。全身のアーマーには、かぎ爪で引っ搔いた跡のような黒き紋様が幾つも刻まれている。また、装甲の厚みも増しているようだ。各所に走っていたジグザグのラインはより太くなり、全体的に禍々しさが増大していた。
「これで、貴方たちとも対等ですね」
中本はそう言い、短く「サモン」と唱えた。二本のタクティック・ダガーが召喚され、それを掴み取ると両手で握り構える。強化される以前のテリジェシオンと異なり、柄の方からも短い刃が伸びていた。
「…行きなさい!」
アーマーソルジャーの部隊に指示を出し、テリジェシオンは瀬川と松浦に挑みかかった。
「どうしました?その程度なら…戦い甲斐がないというものです!」
大幅に筋力が強化されたテリジェシオンは、クレアシオンの槍、エグザシオンの刀による攻撃を両手のダガーナイフでがっしりと受け止めると、力に物を言わせてそれを払い除けた。怯み後退した二人を見て、中本が追い打ちを掛けるようにコードを唱える。
「…『クイック』、『サベージアサルト』!」
技自体は元々のテリジェシオンのものとさほど変わらないが、青紫の光は両側の刃に纏わされており両方で斬撃を浴びせることが可能となっている。つまり、実質的には二回攻撃のようなものだ。
「―『神殺・槍投』!」
「…『神魔威刀』!」
対抗して、クレアシオンが蒼炎を帯びて燃える十字架を投擲し、エグザシオンがエメラルドグリーンに輝く草薙之剣を振り下ろして真空波を飛ばす。二人が同時に放った応用コードの一撃を、テリジェシオンは両のダガーナイフを高速で振るうことで相殺してみせた。青紫の斬撃の軌跡が消え去ると、中本は苛立ったようにナイフを軽く振り回した。
「ちっ…さっさと片付けさせてもらいますよ!」
「…それはこっちの台詞だ!」
ランスを手元に戻した瀬川は、再びテリジェシオンへ向かっていった。
「―『クイック』、『ワイルドダンス』!」
「…『クイック』、『エンドカッティング』!」
プログシオンが踊るように敵陣に斬り込み、演武のごとく滑らかな動きでアーマーソルジャーをサーベルで斬り捨てていく。紫に光る刃を喰らった者は瞬時に装着を解かれ、力なく崩れ落ちた。
アンビシオンも高速移動して敵に突っ込むと、すれ違いざまに銃剣を振るい斬撃を浴びせていく。赤紫に輝くアンビシャス・ライフルが敵の装甲を切り裂き、無力化する。
アーマーソルジャー部隊を圧倒した二人は、苦戦している瀬川と松浦の救援に向かった。
「おらよ!」
今田が不意打ちで放った真紅の光弾が、テリジェシオンの肩に命中する。その隙に他の三人は距離を詰め、反撃に転じた。次々に繰り出される一閃、刺突を前にし、中本の防御は徐々に追い付かなくなってきていた。
「こうなれば……一網打尽にしてあげましょう」
クレアシオンが十字槍を横に振るったのを後方へ大きく跳んで躱すと、中本は着地と同時に応用コードを発動した。
「『オートバイオレンス』!」
両手に握られていたダガーナイフを手から離すと、青紫のオーラを帯びた一組のそれが空中に妖しく浮遊する。四人を目標として設定されたタクティック・ダガーは、刹那、瀬川たちへ向かって音速で射出された。
「―――跳べ!」
しかし発射の瞬間、瀬川が叫んだ。彼の意図を理解した仲間たちも、それに従う。
瀬川は左上へ、松浦は右上へ、今田は左斜め前、森下は右斜め前へと、パワードスーツにより強化された脚力をフルに発揮して跳んだ。
四人が別々の方向へ回避したことにより、攻撃対象を失ったダガーナイフはふらふらと浮遊するのみとなり、大人しく中本の手元へ戻っていった。
「馬鹿な…⁉」
「…相棒が昔教えてくれてな」
瀬川は、空中に舞い上がったまま言った。まだスーツ開発が続いていた頃、藤田が元々景山の物だったテリジェシオンのバイザーを解析し、目を輝かせていたのを思い出す。
「その技は、指定した空間座標にいる敵をロックオンして放つものだ。多少のずれは自動修正されるけどな…早い話、その範囲内から脱出してしまえば問題ないんだよ!」
「そういうこと♪」
地上からテリジェシオンへ接近した今田が中本の左側から、同様に右側から森下がさらに敵へと迫る。
「『エンドブラスト』!」
「『ワイルドラッシュ』!」
紅蓮の破壊光弾と紫の光の刃を左右から受け、テリジェシオンの装甲から激しくスパークが上がった。体勢を崩しよろめく中本に、空から瀬川と松浦がフィニッシュを掛ける。
「…相方のバイザー、返してもらうぞ!」
二人は空中でキックの姿勢を取り、落下の勢いに任せて急降下した。
「「……『クイック』、『スマッシュ』‼」」
クレアシオンは揺らめく熱き炎のオーラを、エグザシオンは目の覚めるような澄んだ緑色のオーラを脚部に纏わせた。さらに、その体を紅蓮とエメラルドの光が包み込み、高速移動の効果が付与される。
テリジェシオンは両腕を交差させ防御姿勢を取ろうとしたが、及ばなかった。
「………うあああああっ!」
瀬川と松浦の放った連続キックが胸部装甲にクリーンヒットし、中本が大きく吹き飛ばされる。アーマーの装着を完全に解除され、彼は自分の敗北が信じられないような表情を浮かべたが、それはすぐに悔しさを隠さない顔へと変わった。
「くそっ……」
地を這うような姿勢で倒れたまま悪態をついた中本に、瀬川がゆっくりと歩み寄る。
「お前たちの負けだ。そのバイザーを返してくれ」
「…まだ、そうと決まったわけではなかろうに」
いつの間にか後方に停車していた黒の高級車の助手席から、高峰が降りてくる。その両腕には、既にバイザーが装着されていた。
「…社長!」
「間に合ってよかったよ。テリジェシオンを奪われてはたまらないからね…『トラゼシオン』」
瞬時に灰色の重厚な装甲を纏った高峰は、大剣を召喚し瀬川らに襲い掛かった。
「てめえ…空気読んでここは勝ちを譲れってんだよ!」
今田が銃剣を構え威勢よく迎え撃ったが、やはりパワーの差は大きい。あっさりと攻撃を受け止め、いなされると、オーバーソードで胴を薙ぎ払われて吹き飛ばされた。衝撃で手から離れた拳銃が、地に転がる。
「今田!」
「―仲間の心配をしている場合かね?『アシッドバブル』」
家屋の壁に叩きつけられたアンビシオンを見て思わず声を上げた瀬川に、高峰は無感動に応じ基本コードを唱えた。このコードは、テリジェシオンの「スモーク」をアレンジしたものだ。生成された強酸性の泡が、ソードの先端から広範囲へ放たれる。
「……っ」
効果範囲が広く設定してあったらしく、回避しようとした瀬川だったが避け切れない。毒々しい色をした強酸性の泡沫は、クレアシオンのアーマーをも少しずつ溶かしていた。泡が触れた場所からシューシューと音がし、焦げ臭い臭いが辺りに満ちる。
(こうなった以上、長期戦はこっちが不利か…何よりアーマーがもたない。何か、何か手は……)
アーマーの浸食に苦しむ瀬川らに、トラゼシオンは余裕を見せつけるような足取りで歩み寄ってきた。
「『ノアシステム』」
続けてコードを発動し、ケルビムのデータとリンクすることで敵の攻撃の予測が可能となる。
「このノアシステムがある限り、君たちの抵抗は全て無意味…さて、どの応用コードでとどめを刺すのが最適だろうか?種類が多いというのも、かえって迷ってしまうね」
「畜生……っ」
クリエイティヴ・ランスも先端が泡で溶け、使い物にならなくなっている。相手は遠距離からでも技を放てるのに対し、こちらは反撃する手段がない。先に遠距離型のアンビシオンを潰したのも、高峰にそういう思惑があったからかもしれない。
「…調子に乗らないで」
「…何?」
ボロボロになったサーベルを右手で構えた森下が、高峰を見据える。銀色に輝く強化アーマーもあちこちが溶かされ、装甲が相当薄くなっている箇所もある。それでも、彼女は凛として立っていた。
「その訳の分からないコードを使ってるとき、あなたの攻撃への反応速度は格段に上がってる。でも…」
そこで言葉を切り、足元に転がっていたアンビシオンの拳銃を拾い上げる。
「…見えない攻撃に対しても、果たして反応できるかしら」
アンビシオンとプログシオンでは細かな設定は異なるが、根本となる部分はどのパワードスーツも同じ。ゆえにアンビシャス・ライフルへバイザーからエネルギーが供給され、銃撃を行うことが可能となった。
認識されるぎりぎりのボリュームで「サイレント」を唱えた彼女は、トラゼシオンに肉薄し、五秒間の効果時間が切れる前にゼロ距離から拳銃を連射した。何発も撃ち出された赤い光弾を受け、高峰が苦しそうに後退する。そこに、瀬川が溶けかかった十字槍を力いっぱい投げつけて追い打ちを掛ける。ランスは頭部を守るアーマーへ命中し、漆黒のアイマスクから火花が散った。
「む……」
その火花の眩しさに、高峰が一瞬目を細める。その僅かな間に、瀬川たちは「クイック」を唱えその場から離脱していた。
「…奴らを追いなさい。また、状況は逐一報告するように」
トラゼシオンの装着を解いた高峰は人気のなくなった通りを睨むと、苛立たしげに部下に命令した。そして、さっさと車に乗り込んで立ち去った。
襲撃を受けたのは買い出しを終えた後だったため、一応食料の心配はなくなった。ボディーペーパー等も買えたため、衛生面でも問題はほぼなくなったと言える。元の洞窟へ全員が帰還し、それに加え藤田が意識を取り戻すと、皆は歓喜に沸いた。
「ひとまずは安心だな」
「…うん」
体を起こしたばかりの相棒を抱き締め、瀬川が安堵したように言った。藤田も小さく頷く。
「…だが、これからどうする?いつまでも逃亡生活を続けるわけにもいかない。さっきの地域も、奴らにマークされてしまったからな」
松浦の指摘ももっともだった。少ししかない所持金が尽きるまで、そう時間はかからない。
「私としては、バイザーの調整を続けるのみだな…」
鈴村が言っているのは、彼女が敵兵から奪ったアーマーソルジャーのバイザーを再調整し、強化装備にしようという例の計画のことだ―進捗状況はまだ芳しくないが。
「僕も手伝いますよ」
彼女に声を掛けた藤田に、瀬川は無理はするなよと苦笑した。
「アーマーソルジャー部隊では、奴らに対して力不足かもしれない。数で攻めても、『クイック』と攻撃技の併用で一掃されてしまうからね。まあその分、君の活躍に期待するとしようか」
ワールドオーバー社社長室にて、高峰はデスクの椅子に腰掛け窓から景色を眺めていた。右手にはコーヒーの入ったカップがある。先程、中本が淹れたものだ。その中本はデスクの前で気を付けの姿勢を取り、社長の言葉を熱心に聞いている。
「…私も尽力致します。それと、今回人質に逃げられてしまい、本当に申し訳ありません」
高峰の言葉は、作戦に失敗した自分へ暗にプレッシャーを掛けているのかもしれない。そう考えた彼は、先手を打って謝罪し誠意を見せることにした。
「いや、それは別に大きな問題ではないよ。私も、プログシオンの『サイレント』に無警戒だった。お互い様じゃないか」
にこりと微笑んだ社長を見て、中本は内心胸を撫で下ろした。
「アフェクシオンの『ワープ』も厄介なコードです。今回、作戦を頓挫させたのも奴のせいですし…次回は奴から回収しましょう」
「うん、それも考慮に入れておくとしようか…やれやれ、ユーダ・レーボは面倒なコードを読み込ませてくれたものだ」
高峰は回転椅子を回し部下の方を向くと、視線を合わせないまま軽くため息をついた。
それから二日が過ぎた。この時代では割と普通に出回っているらしい、錠剤タイプの携帯食料で簡素過ぎる食事を終え、瀬川たちは午後からの作業を再開した。
作業と言っても、例の強化装備の開発はもうあと少しで完了しそうだ。大学時代プログラミングを専攻していたという藤田の技術はやはりさすがの一言で、一気に最終段階までこぎつけたのだった。
「こっちは順調だし…他にやってみたいことがあるんだけどいいかい?」
「…何だ?」
瀬川が問い返すと、藤田は悪戯っぽく微笑んだ。
「僕は以前、ケルビムへのハッキングを解除することができた…逆に、ハッキングを仕掛けて機能しなくさせられるかもしれない」
確かに、圧倒的に数で勝るアーマーソルジャーや、凄まじい力を誇るトラゼシオンも脅威だ。だが、外に出た途端こちらの現在地を掴むケルビムの存在はある意味、それ以上に恐ろしい。瀬川たちには知る由もないが、「ノアシステム」の力の源となっているのもケルビムだ。その力を封じることができれば、大きな飛躍となるだろう。
「…でも、ユーダ・レーボにハッキングされた後なんだし、対策してないなんてことはないと思うよ?」
話を横で聞いていた二宮が、小首を傾げる。
「それでも、試さないよりは試してみた方がよくないか?」
しかし藤田はもう乗り気になっている様子で、鈴村のパソコンを借りるとプログラミング用のアプリケーションを開いた。慣れた手つきでキーを叩き、準備を着々と進めていく。
「…さあ、反撃開始だ」
バイザーを奪われ、囚われたことへの報復。
藤田がハッキングに拘ったのは、そんな個人的な感情も背景にあったのかもしれない。
「セキュリティを第二段階まで突破…このままうまくいけば…!」
一時間足らずでワールドオーバーの防衛線を半分以上潜り抜けた藤田は、自身の放ったコンピュータ・ウイルスを少しずつ敵のサーバーへと侵入させていた。瀬川はプログラミングもパワードスーツ開発に必要な技術しかしらないし、ハッキング技術などあるわけがない。静かに見守るのみなのは他の面々も同じようだった。
ふと、自分の持ち出してきた荷物の詰まったリュックの中の、一本のUSBメモリに目が留まる。書いている途中の小説のデータが詰まったものだ。
(執筆活動……最近全然できてないよな)
全ての戦いが終わったら、鬱憤を晴らすように書きまくろう。書きかけの小説の今後の構想を練りつつ、軽い筋トレでもして時間を潰していた。
「…あっ」
皆も似たようなことをして―娯楽になりそうなものを持ち出す暇はなかったから、当然の帰結かもしれない―しばらくした時、藤田が声を漏らした。
「ウイルスをブロックされた…」
見れば、さっきまで盛んに数列が飛びかっていた画面の動きが停止している。さすがに、防衛体制は甘くなかったということか。
刹那、パソコンの画面が赤く光った。それまでとは異なる意味不明の文字列が幾つも出現し、画面を埋め尽くす。
「…どうなってんだ?」
瀬川の相棒は、声を少し震わせて答えた。
「逆探知だ……」
その場の全員の表情が、はっと強張る。
「ケルビムの演算システムを利用してきたみたいだ……僕らがどこからハッキングしようとしてるか、特定しようとしてるってことだ!」
急いで荷物をまとめ、瀬川らは一気に山を駆け下りた。
「皆、本当にごめん…やっぱりハッキングしようとするべきじゃなかった」
走りながら何度も申し訳なさそうに謝る藤田に、鈴村が軽く振り向いて言った。
「済んだことは仕方ない。それより、奴らが来る前に下山して逃げなければな」
そうこうしているうちに、麓の村が見えてきた。前回食料調達に向かったところはマークされているであろうため、今回はそこからやや離れた位置の集落を目指す。何時間に一本しかないバズをそこに潜伏して待ち、バスに乗り込んで遠くへ逃げる…それが当面の目標だった。
「――逃がしませんよ」
聞き覚えのある声が響き、木陰から多数のアーマーソルジャーが姿を現した。その先頭に立つ中本は、テリジェシオンを装着している。
「『トゥルーナレッジ』!」
邪悪な外見の強化アーマーを纏ったテリジェシオンが武装を召喚し、両手にナイフを構える。後ろに控える迷彩柄のアーマーの戦士たちも、それぞれ拳銃やコンバットナイフを携行しているのが見える。
「先回りしてやがったか。…『クレアシオン』、『クリムゾン』!」
瀬川がクレアシオンの装着を終え、藤田と鈴村を除く他の仲間もアーマーを纏った。瀬川が藤田を、森下が鈴村を守るようにして立ち、陣形を整える。
「…今回は、先に貴方から潰させてもらいます。『クイック』!」
中本が冷淡に告げ、その全身を黒に近い青色のオーラが包む。強化アーマーの効果と相まって、さらなる高速移動攻撃が可能となった。
「――セイッ!」
鋭い気合とともにテリジェシオンがアフェクシオンに接近するのを、瀬川はまともに視認することすら難しかった。こちらが「クイック」を発動する間もなかったこともあるが、想像を超えた速さだった。
二宮の反応の速さもなかなかのもので、光弾をハンドガンから連射して迎え撃った。しかし、中本は両腕から伸びたナレッジ・カッターでそれを防ぎ切り、アフェクシオンへ肉薄する。至近距離からダガーナイフで何度も斬りつけ、一瞬のうちに大ダメージを与えた。
「う…がっ、は……」
体中の装甲から火花を飛ばし、アフェクシオンが大きく後退する。二宮の漏らした苦痛に満ちた叫びが、瀬川の中本への怒りを爆発させた。
「や…めろおおおおお‼」
紅蓮の光を纏って高速移動、二人の間に割って入ると、続けて二宮に振り下ろされたナイフをランスの刃先で受け止めた。
「…君たちは残りの奴らを片付けなさい」
均衡状態の中、中本が視線を組み合ったままのクレアシオンから離さぬまま、部下たちへ呼びかける。
「瀬川……」
「来るな!」
加勢に向かおうとした松浦を、瀬川は制した。
「皆は戦えない二人を守るのに専念してくれ!俺のことは後でいい!」
それを聞いた松浦ら他の面々は、藤田と鈴村を囲み守るように外向きの円陣を組んだ。向かってくる敵兵へ武器を構え、戦闘が開始される。
「前のような四対一ならともかく…」
力で僅かに競り勝ったテリジェシオンが十字槍を払い除け、斬撃を繰り出してくる。
「一対一で私に勝てると思われるのは心外ですねえ!」
素早く繰り出された一撃を瀬川は回避できず、左肩のアーマーからスパークが飛んだ。流れるように放たれる斬撃のラッシュに対応するのは、強化アーマーを装着したクレアシオンでも困難を極めた。
(速さが…足りない)
一閃、また一閃と攻撃を喰らい、瀬川がやや後ろへ下がり距離を取る。
(パワーでも若干負けてる…スペックが違い過ぎる)
ワールドオーバー社はおそらく、トラゼシオンに使われているのと同様のテクノロジーをテリジェシオンにも流用したのだろう。すなわち、自分たちの収集した戦闘データから得られた最適なモデルというやつを。
少しずつ間合いを詰めてくる相手から、瀬川はバックステップでさらにもう少し距離を取った。今回の襲撃では、守るべき味方の数が一人多い。それだけでも一苦労なのに、敵兵の数も前より心なしか多いようだ。瀬川のサポートに回ってこれる余裕は、多分誰にもないだろう。
槍先をまっすぐに向けられても、中本は臆した様子もなく迫ってきた。
「―――瀬川、これを!」
その時、やや離れた戦闘の中から、相方が大声で叫ぶ声がした。エグザシオンに庇われるようにして立ち、こちらへ視線を向けているのが見えた。放り投げられた物を、反射的に右手で掴み取る。
「微調整は終わってないけど、使えるはずだ!そいつでぶちかませ!」
「…これは」
右手に収まっているのは、アーマーソルジャーのバイザーと外見は同一。違うのは、その中身だ。
「―もう完成間近って言ってたもんな」
「何だ?それは。そんな貧弱な装備で何ができる」
小型のバイザーを見て嘲笑う中本に、瀬川はアイマスクの下で不敵な笑みを返した。そしてそれを右腕に押し当て、アーマーの上からもう一つバイザーを装着する。
「――『ウイング』!」
以前藤田が命名していた、応用コードに対する発展コードを唱える。
クレアシオンの背中から、眩い純白の光が溢れた。
「…幻惑系の技か⁉」
思わず両手で顔を覆い、中本が焦ったように言う。自身の使用できる、「デモンズスパーク」のことが脳裏をよぎったのかもしれない。
「…馬鹿。そんな子供騙しじゃねえんだよ!」
光の中から、一対の真っ白な翼が現れる。天使の羽のように一点の汚れもない、純潔と無垢を象徴したかのような美しい翼。それがクレアシオンの背へ合体する。
天の使いの如き羽を伸ばし、クレアシオンは空へ高く高く舞い上がった。
「…行くぞ!今度こそ、テリジェシオンは相棒に返してもらう!」
「飛行ユニットだと…⁉そんな追加装備ごときで、私に勝てると思うな!」
地上で二本のダガーナイフを構え、こちらを睨むように見上げるテリジェシオン。瀬川はそこ目がけ、一気に急降下した。瀬川の意志に反応した翼が大きく羽ばたき、彼の体を優しく運んでいく。
「―『クイック』!」
飛行スピードに高速移動能力を付与することで、クレアシオンはテリジェシオンをも上回る速さを得た。超高速で空から急降下し、十字槍の刃先を勢いよく突き込む。ランスの先端が中本の防御の隙間を縫い、腹部の装甲へ強烈な打突を与えた。
「ちいっ……」
強化アーマーから火花を迸らせよろめくテリジェシオンを視界の隅に捉えつつ、瀬川は再び天へ舞い上がった。
(残り…あと二分弱か。一気に決める!)
アイマスク内部に表示された残りの飛行可能時間をチェックし、瀬川がランスを握る手に力を込める。最大五分間の飛行を可能にする「ウイング」。それと併用し、クレアシオン最強の上位応用コードが放たれた。
「――『神殺・紅蓮』‼」
クリエイティヴ・ランスが灼熱のオーラを纏い、その先端は一際熱く、白い輝きを放つ。全身を炎が包み込み、純白の翼もその色を帯びて美しく光る。
「―――ハアッ!」
瀬川は急角度で地上へ降下した。いや、そのスピードは落下に近い。地獄の業火に包まれた十字架を携えた天使が、地上へ舞い降りて罪人を断罪する。そんな矛盾した要素を含んだ光景が、今現実に立ち現われようとしていた。
「……『サベージアサルト』!」
中本は両のダガーナイフに青紫のオーラを纏わせ、急降下してきたところを仕留めるべくクレアシオンへ斬りかかった。
(お前の攻撃は……もう見切った!)
だが、背中の翼による推進力に加え上位応用コードの効果の一部の影響で、瀬川の感覚は限界まで加速され研ぎ澄まされていた。スローモーションに見えるテリジェシオンの斬撃を、翼をコントロールし抜群の姿勢制御で躱す。
十字槍の先端がテリジェシオンの胸部装甲へ深々と突き刺さり、テリジェシオンは爆発に包まれながら後方へ大きく吹き飛ばされた。同時に装着が解除され、左腕から外れたテリジェシオンのバイザーが雑草の上に転がる。
中本が気絶しているのを確かめ、瀬川はバイザーをそっと拾い上げた。
「…よかったな、相棒」
「『ワイルドラッシュ』!」
「『バレルシュート』!」
「―『神魔威刀』!」
三人の同時攻撃を受け、アーマーソルジャーの部隊は爆炎に包まれた。瀬川が駆け寄ると、鈴村が少しほっとしたような表情を浮かべる。
「大方は倒したわ。増援を呼ばれる前に逃げるわよ」
「ああ。…藤田、これ」
応じつつ、奪い返したバイザーを正当な装着者へ渡す。藤田はぱっと顔を輝かせ、大事そうにそれを胸に抱いた。
「強化バージョンになって帰ってくるなんてね…お帰り」
すると、それまでクレアシオンの背中から伸びていた羽が、白い光となって霧散した。もう五分の効果時間を使い果たしたようだ。
「飛行ユニットも時間切れか…ますます先を急がなきゃならなくなったな」
仲間と合流した瀬川が、先へ進むべく一歩を踏み出したその時だった。
「―『テレポート』」
クレアシオンの背後に瞬間移動し突如姿を現したトラゼシオンが、その大剣を垂直に振り下ろした。
背中を覆う白と紅蓮の装甲から多量の火花を迸らせ、瀬川は前へ倒れ込んだ。じわじわと忍び寄る痛みに耐えつつ、襲撃者の方を振り向く。灰色の堅固なアーマーに身を包んだ高峰は仲間に加勢する暇を与えず、さらに攻撃を仕掛けた。
「『オーバーラッシュ』」
オーバーソードの刃が、黒に近い紫のオーラを纏う。プログシオンの「ワイルドラッシュ」の上位技であるらしいそれは、剣を前方に数回鋭く突き出すことで発動された。そのモーションに合わせ、どす黒い紫の刃が数本生成されてクレアシオンを直撃する。
「……ぐ、ああああっ!」
奇襲で体勢を崩された瀬川は回避できず、光の刃を受けて大きく吹き飛ばされた。衝撃で強化アーマーの装着が解除されてしまう。
「―貴様、卑怯な真似を!」
ようやく事態を把握したエグザシオン、プログシオンが、勢いよく高峰へ斬りかかった。
「『オーバースピード』」
しかしそれも、トラゼシオンが基本コードを唱え発動した超高速の連撃の前には無力だった。あっさりと斬撃を躱され、今度は高峰が攻勢に出た。漆黒の風と化した戦士が恐ろしい速度で接近し、すれ違いざまに斬りつけてくる。あまりの速さに太刀打ちできず、防戦一方となった二人。剣で斬撃を受け止めようとするのが精一杯だが、力で押し負けているため防御にすらならないのだ。
「…『オーバーメルト』」
高速移動の効果が切れた後も、高峰は容赦ない攻撃を続けた。応用コードが唱えられ、ソードの先端から絶対零度の冷気が放たれる。それを浴びた松浦と森下の体が、一瞬にして氷漬けになる。
「くっ…」
全身の力を振り絞り拘束から逃れようとするも、分厚い氷の層は簡単には割れない。トラゼシオンは続けて大剣を構え直し、炎に包まれたそれを横一文字に大きく振るった。刹那、その軌跡に合わせて超高熱の紅の斬撃が飛来し、身動きの取れない二人を焼き尽くす。
このコードは、アフェクシオンの「フリーズシュート」及び「サンライズシュート」の強化版。温度差の激しい攻撃を連続でヒットさせることにより、強固な装甲をも容易く穿てるほどの破壊力が引き出される。
爆炎が去り、エグザシオン、プログシオンはがくりと地に膝を突いた。その銀の強化アーマーは装着を解かれ、装甲には焼け焦げたような跡さえある。受けたダメージはかなりのものだったらしい。
「…っ、『ワープ』!」
「…同じ手を食うわけがないだろう。『テレポート』」
前回同様、瞬間移動で皆を連れ逃走を図った二宮だったが、高峰の方が一枚上手だった。トラゼシオンの方が、一度に移動できる距離は大きい。瞬時にアフェクシオンに追いついた高峰は二宮を圧倒し、何度も斬りつけてダメージを負わせた。
「とどめだ…『オーバースティング』」
高峰がまた別の応用コードを唱える。ソードの先端へ純白の光が集中していき、その貫通力が最大まで引き上げられた。おそらくはクレアシオンの「神殺」を参考に作られたコードなのだろう。
防御力にさほど秀でていないアフェクシオンは、先程の激烈な攻撃に怯み隙ができていた。再度瞬間移動しその懐に潜り込んだトラゼシオンが、剣の先端を二宮を守る胸部装甲へ突き刺す。
「ふ…え……?」
一瞬の出来事だった。二宮が攻撃を受けたのだと認識する前に、剣は突き立てられていた―アーマーを貫いて。
次の瞬間、激しい痛みが彼女を襲った。
「あ…が…う、ううっ……」
声にならない悲鳴が漏れる。視界が歪む。
「――二宮!」
地に伏したまま、瀬川がしかし懸命に彼女の名を叫ぶ。だが、その声はもはや届いていなかった。
高峰がもったいぶったように剣を引き抜く。アーマーの損傷に耐え切れなかったアフェクシオンの装着は解かれ、二宮がふらりと地面に倒れ込んだ。薄い黄色の長袖シャツの胸の部分が、血に染まっている。
「お前……っ、よくも、よくも…っ!」
満身創痍の瀬川だったが、怒りを力に変えて再び再起した。震える槍先を、高峰へ向ける。
「…安心してくれたまえ、傷は浅い。命に別状はないだろうね」
他人事のように言ってのけた高峰はしかし、もう瀬川を無力化できたと考えているようだった。べっとりと血が付いた剣先を、まだノーダメージのアンビシオンへ向ける。今田は拳銃を構えたまま、恐怖のあまり後ずさりしていた。藤田はと言えばバイザーを取り返したはいいが、まだサイズ調整ができておらず装着して戦うことはできない。鈴村とともに二宮の元へ駆け寄り、助け起こそうとしている。
「…一体、お前たちの目的は何なんだ」
ダメージを負った自分と今田だけでは戦場からの離脱はおろか、抵抗しても抗戦のうちに入らないかもしれない―そう考えた瀬川は高峰に問うた。もし乗ってくれば、松浦と森下が体勢を立て直すだけの時間を稼げるかもしれない。ずっと前から感じていた疑問に、高峰は極めて無難な回答を示した。
「決まっているだろう。バイザーの回収だ」
「…バイザーを回収して、アーマーソルジャーを量産して、お前らはその力で何をしようとしてるんだ。俺が聞きたいのはそういうことだ」
果たして高峰は一度剣を下ろし、語った。
「私たちは理想郷をつくりたい。そのために必要な力だ」
「…ユーダ・レーボの奴らと、言ってることが同じじゃねえか」
「あんな奴らと一緒にしないでもらいたいね。彼らは所詮、ただの反逆者の集まりだ」
(反逆者…?)
瀬川は内心、首を傾げた。
(ユーダ・レーボは何に対して反逆したんだ…?そうだ、門屋の言っていた言葉…!あれが本当なら、ユーダ・レーボはワールドオーバーに対して反旗を翻したことに…?)
「――さて、無駄話はこれくらいにしようじゃないか」
そう言うが早いか、高峰は瀬川の真横に瞬間移動して回し蹴りを喰らわせた。「ノアシステム」は発動済み。突き刺さるような一撃が、装甲越しに瀬川の肉体へ衝撃をもろに伝えた。
「ぐ……っ、は」
崩れ落ちる瀬川をよそに、トラゼシオンは大股に今田の方へ歩んでゆく。次はアンビシオンを無力化するつもりらしい。
「大人しくバイザーを渡してくれないか…と言っても、君は抵抗する気満々なのだろうな」
切っ先を向けられ、あと数メートルまで迫られた今田はしかし、不意に両手を上げた。
「いやー、さすがにワールドオーバー社の技術力はすごい!俺らに勝ち目なんかねえな、こりゃ」
「……何だ?命乞いのつもりかもしれないが、お世辞を並べたところで聞く気はないぞ」
高峰は一度立ち止まって剣先をやや下げ、訝しげに言った。
「とんでもない。ま、命が惜しいかって言われたら当然惜しいよ――だから、そっちの仲間に加わりたいんだ」
一方の今田は、飄々と自分の意志を伝えていく。
「…正気か?我々に加わるということはすなわち、自らの友を敵に回すということだぞ?」
「……そんなことはどうでもいい。俺は長い物には巻かれろを地で行くタイプだからな。勝ち目のない戦はしない。より旨みのある方に流れていきたいだけだ」
「今田…本気で言ってるのか!」
遠くから松浦が吠える。怒りと戸惑いをない交ぜにしたその訴えに、今田は耳を貸そうともしなかった。代わりに、不愛想に答える。
「当たり前だろーが。誰が好き好んで寿命縮めるかよ。お前らと一緒に逃避行を続けるなんざ、まっぴらごめんだ!」
「そんな…噓…」
「今田、てめえ…!」
森下と瀬川の思いも虚しく、今田は完全に手の平を返したようだった。思えば、最近の彼は後ろ向きな発言が多かった。いつからか、離反の選択肢が頭をよぎっていたのだろうか。
「確かに、君を仲間に加えればこちらにもメリットはある。実戦経験豊富な君なら、組織の役に立ってくれるだろう。が、しかし…」
「…信用できない、か?さっきまでアーマーソルジャーをボコってたんだから、しょうがないかもな。だけど、俺はああやって戦いながらもずっと考えてた…倒しても倒してもこいつらは俺たちの前に立ちふさがる。俺たちが力尽きるのも時間の問題だってな」
まだ疑っている様子の高峰に、今田は淡々と心中を吐露した。やがて、高峰が頷く。
「…なら、忠誠を示したらどうかね」
「お安い御用だ―『クイック』、『エンドブラスト』!」
アンビシャス・ライフルの銃口に真紅の破壊光弾が生成される。さらに、「クイック」により連射も可能な状態だ。
「……おらよ」
いつもより少し低めの声で静かに言うと、今田は瀬川たちに向けて迷わず引き金を引いた。何発もの光弾が撃ち出され、着弾し、一瞬にして辺りが爆発と爆風に包まれる。
視界が明瞭になった時、瀬川らの姿はそこにはなかった。
「逃げられたか…まあいい。面白い男だ、気に入ったよ」
トラゼシオンの右手が、アンビシオンの左肩に置かれる。
「…俺、結構強いんで」
装着を解いた今田は、営業用のスマイルを浮かべて高峰を見た。
山中に廃屋を発見した瀬川らは、ひとまずそこに身を落ち着けることにした。今田が寝返った以上、あの洞窟に隠れ続けるのには無理がある。森下と鈴村が二宮を寝かせて上着を脱がせ、傷の処置を行っている間、男性陣はなるべく見ないように目を逸らしていた。
「…終わったわよ」
森下の呟きで、瀬川らはほっとため息を漏らし視線を戻した。確かに高峰の言った通り、傷は深くはなかったようだ。傷口を消毒し包帯を巻いて、二宮の顔色はだいぶよくなっていた。
「今田の奴…今度会ったらぶん殴ってやる」
息巻く瀬川を、まだ横になったままの二宮がなだめた。
「…でも、今田君が本気で攻撃を仕掛けてたなら、あの時無防備だった私や鈴村さんが生き延びられたはずがないですよ?多分、手加減してくれてたんじゃないかなあ…?」
今田を微妙にフォローするような発言だったが、それは事実だった。複数の破壊光弾を放ったアンビシオンだったが、一つとして瀬川たちに直撃したものはなかったのだ。当たっても掠める程度だったし、多くは地面や木々に当たって爆発を巻き起こした。
「あいつは何を考えてるのかしら…」
「あるいは、何か策があるのかもしれないな」
「だといいが…」
森下がぼやき、藤田が付け足し、松浦がやや懐疑的な姿勢を見せる。突然すぎる今田の裏切りの衝撃から、皆はまだ完全には立ち直れていなかった。テリジェシオンを取り返しても今度は今田が敵に回ってしまったのでは、一難去ってまた一難だ。
「ケルビムを封じられたらいいんだけどな…」
「…しかし、これ以上ハッキングを試みても自滅するだけだ」
残念そうに言う藤田を鈴村が諭し、しばし沈黙が場を満たした。
「――そういや高峰の奴、ユーダ・レーボは反逆者の集まりだと言ってたな」
やがて静けさを破り、瀬川がぽつりと言った。
「あれから考えてたんだが、ユーダ・レーボはワールドオーバーから離反した組織で、俺たちはそれを打倒するための戦力として使われてたんじゃないか?」
皆の視線が、瀬川に集まった。
「…『ユーダ』が表すのはおそらく十二使徒のユダ、イエスを裏切った弟子の名だ。『レーボ』はrevolutionの略なんじゃないかと思う。すなわち裏切りと革命…ワールドオーバーを裏切り、ワールドオーバーに押されている不利な状況から逆転し革命を起こす。…そんなニュアンスがあったんじゃないかって」
「大胆な仮説だが…あり得るかもしれない」
鈴村が大きく頷く。
「ワールドオーバー社は、元々宗教団体を起源としているからね」
「―門屋は、『エナジーコア』がどうとか、動力源は同じだとか言っていたな」
松浦が真剣な面持ちで言った。
「ワールドオーバーとユーダ・レーボは対立していた。奴の言葉を信じるならそれは、単なる理念の違いにとどまらなかった可能性も高い」
ユーダ・レーボの戦闘員は、特殊な薬品を摂取することで肉体を海人へと変化させていた。けれども門屋の話を信じるのなら、それがそんな単純なシステムであったという保証はなくなってくる。そもそも、それはワールドオーバーが用意した説明だ。自分たちを都合よく情報操作し操るため、嘘の情報を流したとも考えられる。
『エナジーコアを体内に埋め込んだ、我々進化した新人類が弱き旧人類を淘汰する』
『…どうやら君たちは、ワールドオーバーの都合の良いように動かされているらしい。話し合いの余地がなさそうなのは非常に残念だ。君らだって、我々と同じ動力源を使っているのにな』
『エナジーコアの総量は有限。全人類に配布するだけの量は到底ない。そもそも半分以上をワールドオーバーが独占しているのだから無理に決まっている』
あの時の自分たちには、門屋の言葉は謎めいていてよく理解できなかった。だが、今なら少しだけ、その意味が分かるような気がした。
(…このパワードスーツの動力源を、俺たちは知らされないまま戦ってきた。どういう仕組みなのかも、抽象的な説明しか受けていない…)
依然としてワールドオーバーの目的はよく分からない。それでも、長い間あった謎が少しずつ氷解していくように、瀬川たちは感じていた。
「―では、君を正式にスカウトすることとしよう。テリジェシオンが奪われた今、君がアーマーソルジャー部隊の指揮官ということになりそうだね」
高峰は、社長室に呼びつけた今田にこう言った。執務デスクの椅子に深く腰掛け、柔和な笑みを浮かべている。
「…そうだ、アンビシオンも強化してあげよう。強化アーマーなしでは、少々やりづらいだろう」
「ありがとさん」
今田は緊張感なく快諾し、バイザーを預けた。口元には微笑みさえ浮かんでいる。
「我が社を案内しよう。中本君、頼んだよ」
「…はっ、かしこまりました」
後ろに控えていた中本が、今田を連れて社長室を出ていく。それを見送りながら、高峰は技術部門の責任者へ電話で連絡を入れた。もちろん、アンビシオンのアップグレードを実行してもらうためだ。
廊下に出た今田は、興味深そうに社内を眺めながら中本について歩いた。ワールドオーバー本社は超高層ビルで、整然とした雰囲気のある、ハイテク技術の結晶のような建物だった。
「ほー、ここが技術部門か…アーマーソルジャーのバイザーが腐るほど置いてあるじゃねえか。…いや、あれはサンプルか?」
物珍しそうにガラス壁の向こうを見やる今田に、中本が非難めいた視線を向ける。
「…あなたは新人なんですから、もう少し敬語を使うことを覚えてはどうなんですかねえ」
「…あ?」
刹那、今田は真顔になると、中本に詰め寄った。
「今、部隊の指揮権を握ってるのは俺だぞ?年功序列じゃなくて能力で評価しろよな」
テリジェシオンを瀬川に奪われたことで、中本は再びアーマーソルジャーの装着員に戻ってしまった。副隊長の座にはついているが、今田より一つ下の地位であることに間違いはない。彼は言い返せず、不機嫌そうに案内を続けた。
数時間後、今田はまた社長室へ呼び出しを受けていた。中へ入ると、高峰の傍に控えていた中本からバイザーを手渡される。
「元被験者らが都市部へ移動を始めたのを、ケルビムが確認したようだ。バージョンアップしたアンビシオンで、奴らを捕らえてほしいのだがね」
忠誠心を試すように言う高峰に、今田は不敵な笑みで答えた。
「面白そうじゃねえか…早速、作戦の詳細を教えてくれ」
ワールドオーバーとしても、一般人を巻き込むのは避けたいはず。それに、「人を隠すには人の中」と言うではないか―そういった理由で、瀬川たちは思い切って都市部へ出て来ていた。比較的近辺の、№〇六〇コロニーである。
人混みに紛れ、さらにケルビム対策にと地下街を選んで歩いて移動。通りかかったコンビニで盗電しパソコンと携帯端末の充電を済ませると―あの廃屋には電気が通っておらず、この辺で充電しておくことは必須だった―二宮が不意に立ち止まって目の前の店の看板をキラキラした目で見つめ始めた。
「美味しそう……」
「いや、今非常事態でしょ…」
久々に目にする洒落たカフェに二宮の心は大きく引き寄せられていたが、呆れたように言う森下がそれを引き離す。
「…もう少し安い店なら、予算が許すんだけどな」
「やった!」
鈴村がわざとらしく呟いた台詞に、二宮はすぐ食いついた。かくして妥協案があっけなく成立し、瀬川たちは地下街にある小ぢんまりしたカフェに入り軽食を取ることにした。
「甘い…幸せ…生きててよかった…」
瀬川の時代でいうところのプリンアラモードによく似たスイーツにぱくついて、二宮は幸せそうな笑顔を浮かべた。このところずっと、味気ない携帯食料ばかりだったのだ。瀬川も、久々に食べる総菜パンに舌鼓を打っていた。
「…さて、ここらで作戦会議にしようか」
全員の食事が終わりそうになったのを見て、鈴村が切り出した。
「所持金はいよいよ残り少なくなってきている。ワールドオーバーとの決着を早期につけるか、何らかの方法で持久戦に持ち込むかのどちらかしかない…わけなんだが、履歴書や身分証明書くらいは私のスキルがあれば偽造できる。都会だし、求職は多いはずだ。持久戦にしてみないか?」
無論、提案は全員一致で可決された。そもそも今回都市部に打って出たのは、こういった目論見もあったのだ。先程充電を済ませた携帯端末を起動し、瀬川も職探しをスタートする。人工冬眠から目覚めた後の世界は瀬川を採用試験で落としまくる非情なものだったが、鈴村が経歴を誤魔化してくれるというなら話は別だ。大企業で働こうなどと高望みはしないが、そこそこの収入が得られるような短期バイトがあればそれでもよかった。
そうしてサイトを眺め十数分が経過し、不意に藤田があっと声を上げた。
「これを見て…」
声を潜め、深刻そうな顔で端末の画面を他の五人に見せる。
『開発中のパワードスーツ持ち出す ワールドオーバー社内部のテロリスト予備軍』
そのネットニュースではなんと、瀬川らのことが犯罪者としてでかでかと取り上げられていた―しかも、顔写真付きで。
「ワールドオーバーめ…マスコミの情報操作も抜かりがないというわけか!」
鈴村が苛立ったように言い、皆の表情が強張る。
「とにかく、ここにいてはまずい…早く店を出るわよ」
急いで、しかし不審に思われないように会計を済ませ店を出ると、瀬川たちは鈴村の先導で進んだ。監視カメラのない安全なルートは、事前に把握済みだ。誰に見とがめられることもなく、人気のない裏路地に辿り着く。
しかし、ケルビムの監視の目からは逃れられなかったようだ。四方からザッ、ザッと足音が伝わってくる。付近に到着した大型車から降り立った大勢の社員たちが、一斉に「インストール」と唱えアーマーソルジャーへ変身した。迷彩柄のアーマーを纏った彼らがじわじわと包囲網を狭めてくるのを、瀬川らは険しい表情で見据えていた。
「…ワールドオーバーへの反逆者を拘束する!」
部隊の先頭に立った男―アーマーを装着していて顔は分からないが、声から察するにあの中本という男だろう―の声を合図に、パワードナイフを構えた軍勢が波のように押し寄せてきた。
「―鈴村さんは隠れててくれ。『クレアシオン』、『クリムゾン』!」
白い光と紅蓮の炎に体が包まれ、全身をアーマーが覆う。瀬川たちもパワードスーツを装着し、アーマーソルジャーへと立ち向かった。
「『アサルト』!」
四体のアーマーソルジャーが、同時にコードを唱えた。パワードナイフの刃が焦げ茶色のオーラを帯び、切断力が向上する。
威力はテリジェシオンの「サベージアサルト」の約四分の一しかないが、本来アーマーソルジャーは数で敵を圧倒することを目的に作られたスーツ。連携攻撃を仕掛ければ、瀬川らが使うスーツにも負けない破壊力が生み出せる。
四人が四方からアフェクシオンに迫り、連続で斬撃を浴びせる。
「うっ、くう…っ」
傷が完全に治っていない二宮は、本調子ではなかった。「ワープ」を使うなどして回避行動をとる間もなく、まともに攻撃を喰らってしまう。装甲からスパークと白煙が上がり、やがて装着が解除された。
「…まずい!」
瀬川はやや離れた場所で数体を相手取っていたが、無防備になった彼女を守るべく、そこに割り込むようにして立ちはだかった。十字槍を巧みに操り、槍先と石突で敵を次々に打ち据えていく。
「―『ショット』!」
二体がクレアシオンと戦っている間に他の二人が少し距離を取り、同時にコードを発動した。撃ち出された二発の光弾を受け、クレアシオンが後退する。背中に二宮を庇いながら戦っているため、不用意に攻撃を受ければ彼女に当たってしまうのだ。
一方、再びテリジェシオンを装着した藤田は、鬱憤を晴らすような豪快な戦い振りを見せていた。
「…『トゥルーナレッジ』!『クイック』!」
強化アーマーを装着し、腕や足から刃が伸びる。アーマーが厚くなり、爪で引っ掻いた跡のような黒いラインが幾筋も刻まれる。基調となっているジグザグとした紋様も、より線が太くくっきりとしたものに変化する。肩から伸びる円錐形の角は、左右二本ずつに増えた。
刹那、相手を圧倒する超高速移動が発動される。なす術のない敵兵は、音速で繰り出されるタクティック・ダガーの一撃を受け吹き飛ばされるのみだった。
「『オートバイオレンス』!」
そして、必殺の応用コードを唱えた。青紫のオーラを放ち飛行するナイフが、周囲のアーマーソルジャーの装甲を一瞬にして切り裂く。次の瞬間、装着を解かれた彼らはどさりと崩れ落ちた。
「――『神魔威刀・連』!」
またエグザシオンも応用コードを発動し、撃ち出した三本の真空の刃が部隊の半数以上を薙ぎ払った。
「…『神殺』!」
瀬川も反撃に転じ、炎を帯びたクリエイティヴ・ランスを円を描くように振り回し斬りつける。装甲にダメージを受けた相手が、装着を解かれ地に倒れる。
これでひとまず、敵が視界に入ることはなくなった。
(病み上がりの二宮に、あまり無理はさせたくない。敵も少なくなったし、ここは撤退すべきか…)
だが、呑気に逃げる算段を立てたのも束の間だった。
どうやら増援が到着したらしい。新たに姿を見せた多数の敵勢力が、猛然と向かって来ようとしていた。
そしてその中には、今田もいた。こちらへと悠然と歩きながら、冷淡に言い放つ。
「……逃げられると思うなよ?『アンビシオン』…『アグレッシヴ』!」
コード名を唱えた今田が赤紫の光に包まれ、アンビシオンのアーマーが装着される。さらに、全身のアーマーが厚みを帯び、カラーリングが赤黒くなる。テリジェシオンと似た、黒い刻印がボディーに刻まれる。腕や足からは、針葉樹林の葉を思わせる細い針のような刃が複数伸びた。
「―『サモン』、『ブレード』」
召喚されたアンビシャス・ライフルが、瞬時に銃剣形態へと変化する。ブレード部分の長さは、通常より長くなっている。
ワールドオーバー社のテクノロジーにより強化アーマーの使用が可能となったアンビシオンが、その禍々しい姿を晒し威嚇するようにこちらを睨む。新たな力を得た今田を目にし、瀬川たちは戦慄を覚えた。
「…お前が本当に裏切ったのなら…容赦はしない!」
声から怒気を滲ませた松浦が高速移動を発動し、先制攻撃を加えようと突進する。何体かのアーマーソルジャーを蹴散らし、一直線にアンビシオンへ迫ると刀を振り下ろした。
しかし、もはや昔のアンビシオンではない。強化されたアンビシオンはレーダーの精度が向上しており、より正確な射撃を行える。
「…甘いんだよ」
横薙ぎの一撃をひょいと躱すと、今田は至近距離から紅の光弾を連射した。攻撃を放った直後だった松浦はそれをまともに喰らい、数メートル後方に吹き飛ばされる。
「――さあ、行くぞ!」
立ち上がったエグザシオンに、今田は銃剣で勢いよく斬りかかった。松浦が刀でそれを受け止めるが、大幅に向上したパワーをフルに発揮し、アンビシオンが徐々に優勢となっていく。エグザシオンを力で押しのけると、素早く斬撃を浴びせた。エメラルドグリーンの装甲から火花が散り、松浦が怯んだ様子を見せる。
「おらおらどうした…もっと楽しませろ!」
戦いに酔ったかのように、今田が吠える。松浦の放った一太刀を左腕のカッターで受けると、隙を突いて右手に構えた銃剣で斜めに斬りつけた。松浦は呻き、数歩よろよろと後ろへ下がった。
「…だったら…僕が相手だ!」
アーマーソルジャーと交戦していた藤田だったが、松浦の苦戦を見てそこに割って入った。「クイック」を唱え、相手へ肉薄する。
「確かに速い…けど、大体は見切れちゃうんだよなー」
だが今田はレーダー機能を活用し、テリジェシオンの動きをほぼ完全に見切っていた。続けざまに繰り出されるナイフの突きをのらりくらりと避けているうちに、効果時間が終了する。
「そこだ!」
高速移動から通常の移動速度に戻り一瞬制止した藤田に、今田は拳銃を連射した。何発もの光弾を受け、テリジェシオンが怯み後退する。
「ちゃっちゃと終わらせるぜ…『エンドカッティング』」
銃剣の刃が赤紫の炎を纏い、明るく輝く。アンビシオンは持ち前のスピードで松浦と藤田へ一気に距離を詰め、二人に連続で斬りつけた。
「ぐ……っ、は」
松浦が唸り、藤田もアイマスクの下では痛みに顔を歪めていた。強化アーマーにより破壊力の増大した斬撃は、装甲に激しい損傷を与え、二人の強化アーマーを装着解除させるほどのダメージを負わせていたのだった。装甲からは、まだスパークが迸っている。できることと言えば、力なく膝を突き、荒い呼吸をしつつ相手を見上げるのみだった。
「……っ、森下、二宮を頼んだぞ!」
「…分かったわ!」
彼女を庇いつつ戦っていた瀬川だったが、仲間の危機を見過ごすことは当然できなかった。近くで交戦していたプログシオンの背に二宮を隠すようにして預けると、松浦、藤田へとどめを刺そうと近づく今田へ疾駆する。
「――『ウイング』!」
右腕に、強化装備用の小型バイザーは装着済みだ。背中から伸びた純白の翼がクレアシオンに推進力を与え、瀬川は低空飛行してアンビシオンへ向かった。
「…ハアッ!」
今田が放った銃撃を空中での華麗な姿勢制御で躱すと、瀬川は相手の懐へ一気に飛び込んだ。着地と同時に、翼で生み出された運動エネルギーを全て載せた十字槍の打突を繰り出す。その槍先を、今田は銃剣の刃でがっしりと受け止めてみせた。受け止めた姿勢のまま、後ろへ地面を擦るように一メートルほど下がる。それでも、防御に成功しているという事実が瀬川を驚愕させた。
(何てパワーだ…!)
「…今田。お前、本当に俺たちを捨てたのか」
均衡を崩さぬまま問う瀬川に、今田は当然の如く答えた。
「俺はワールドオーバーの掲げる理想ってやつに心が共鳴した…もう戻るつもりはない!」
「何、だと…⁉」
「…教えてやるよ。ワールドオーバーの真の目的は、内面的に劣った人間の排除による、理想郷の創造。社長さんから聞いたぜ。そして、優れた人格を有する選ばれた人間だけが『エナジーコア』の力を手にする…新たな人類の歴史が始まる。素晴らしいと思わねえか?」
「エナジーコアが何だかは知らないが…そんなのは、大量虐殺の正当化だ!」
ランスを握る手に一層の力を込めた瀬川を、今田は仮面の奥で憐れむように見つめた。
「いや、ワールドオーバーはガチでこの理想の実現を狙ってるぜ?そのためのケルビムだ。そもそも――」
急に力を抜き瀬川のバランスを崩すと、アンビシオンは素早く回し蹴りを繰り出した。瀬川は横に跳んで回避する。
「…あれは、この計画のために作られたのさ。生き残るのにふさわしい人類を選別するための、神の目としてな。ケルビムが全人類の行動を監視し、人々をふるいにかける。そして人格的に優れていると判断された人間のみが生き残り、劣っているとされた奴らは、量産されたアーマーソルジャーが抹殺しに行く。…まさに、現代版ノアの箱舟って感じだ」
「な……」
淡々と告げられる事実に、瀬川は戦慄を覚えた。今田の話の通りならば、辻褄は合う。なぜ一企業が巨額の費用をかけてまで大規模人工衛星を建造したか、なぜアーマーソルジャーがあれほど大量生産されたのかという理由も、これでようやく明らかになった。
すべては、理想郷を創るというただ一つの目的を達するために。
「―それだけじゃねえ。ワールドオーバーには秘密兵器もある。ケルビム十三機の内、一機は監視用じゃない。超大型兵器として使用できる―命中すれば、国が一つ地図から消し飛ぶレベルの、な」
(…そういえば以前、藤田が言ってたっけな…「十三という数は数学的におかしいから、十二の方が適している」みたいなことを)
相棒の読みは、外れていなかったということか。
「…ま、俺も詳しくは知らねえけどな。分かったら教えてやるよ」
蹴りのモーションから再び拳銃を構えた姿勢へ戻り、軽い調子で言う今田に、瀬川は怒りを隠せなかった。
「ふざけ…やがって!―『神殺・紅蓮』!」
コード名を叫ぶと同時に背中の両翼を再度展開し、空へ高く舞い上がる。急上昇し空中で一瞬制止したクレアシオンの全身を真っ赤に燃えるオーラが覆い、十字槍を業火が包む。純白に輝くその先端をアンビシオンに向け、瀬川は降下の勢いを乗せた必殺の刺突を繰り出した。
「…もしお前が高峰のように、罪のない人々を自分の主観で裁いていいと思ってるなら…俺は絶対に、お前たちを認めない!」
「…はっ、勝手にほざいてろ!…『ジエンドバースト』!」
強化アーマーを装着したことで発動可能になった、アンビシオン最強の技。アンビシャス・ライフルの銃口に赤紫の煌きが集まっていき、真紅の破壊光線が発射される。その射程はかなり広く、威力もこれまで使用してきたコードとは段違いだ。
瀬川が放ったクリエイティヴ・ランスの一撃と今田の射出した紅蓮の光の奔流は空中で激突し、爆風が巻き起こった。飛行ユニットの推進力を破壊力に上乗せした効果か、クレアシオンが僅かに競り勝っている。爆風が晴れ、ほとんど無傷でその空中に静止していた戦士は、まるで十字槍を携えた天界の使者のようだった。
しかし、今田は始めから、瀬川を本気で倒そうとは思っていなかったようだった。今の勝負所を演出したのは、あくまで本来の目的を果たすための時間稼ぎに過ぎなかったのだ。気づけば、瀬川の視界に彼の姿はない。
「『クイック』!」
赤紫のオーラを纏ったアンビシオンは、瀬川が爆煙から逃れる前に次の行動を起こしていた。高速移動を行い、アーマーソルジャーたちを相手に奮闘するプログシオンへ急接近する。
「―失礼するぜ、葉月ちゃん!」
不意を突き、真横から銃剣で相手を薙ぎ払うように一閃。さらにもう一閃。アーマーから火花が上がり森下が怯んだ隙に、その背に隠れるようにして庇われていた二宮に近寄る。
「…い、今田、君……」
かつてパワードスーツ開発のパートナーだった男の豹変に、二宮は怯えた表情を浮かべた。対する今田は、何の感情も込めずに彼女を見つめるだけだ。
「千咲ちゃんも、ごめんな」
言うが早いか、アンビシオンの左拳が二宮の腹部に突き込まれた。
「な、ん…で……」
薄れゆく意識の中で、二宮は弱々しく問うた。しかし、彼がそれに答えることはない。彼女の体を軽々と担ぎ上げ、ついでにアフェクシオンのバイザーも回収すると、今田は再び高速移動を使って逃走した。あとはアーマーソルジャー部隊に任せるつもりらしい。
「待ちなさいよ…っ、千咲を返して!」
彼我の距離は大きく、到底今から追跡して追いつけるはずもない。二宮を守り切れなかった無念に、森下が悲痛な叫びを上げる。
「――『ワイルドラッシュ』!」
その剣技にも、いつもと異なり荒々しい動きが加味されている。連続で突き出したプルーブ・サーベルの動きに同調し、複数の紫の光の刃が繰り出される。一瞬で辺りの敵兵を撃破した彼女は、衝動に身を任せ戦闘を続行しようとした。剣を構え直した彼女を見た敵が、警戒するように後ずさる。
「…待て!」
その手を掴み森下を抑えたのは、どうにかダメージから立ち直った松浦だった。その後ろには、藤田も立っている。
「このまま闇雲に戦い、トラゼシオンが増援に来れば今度こそ終わりだ」
「…でも…っ!私のせいで千咲は、千咲は……っ!」
途中から涙声になり、森下が言葉に詰まる。やがて大人しく剣先をゆっくりと下ろし、背を優しくさする松浦に身を委ねた。
「―『神殺・投槍』!」
蒼炎を帯びて燃える十字槍が敵の集団へ投げつけられ、直線上のアーマーソルジャーがその装甲を一瞬にして貫かれ地に伏す。その戦士たちが倒れた跡を、高速移動を使い疾駆してきた瀬川が、後悔を滲ませて言った。
「…森下だけのせいじゃない。元はと言えば、お前に二宮を任せて今田を止めに行った、俺にも責任がある」
「…とにかく、今はこの場を離れるしかない。…『スモーク』!」
テリジェシオンが短剣の先端から黒煙を放ち、瀬川たちの姿を闇に隠す。視界が明瞭になった時、彼らの姿は消えていた。
「…お手柄じゃないか。今回私は別件の方で忙しくてね、応援に駆けつけることが叶わなかった。だが、君はトラゼシオンが戦力にない状況でもかなりの成果を上げてくれた。実にいい働きだったよ」
社長室にて、今田は執務デスクの椅子に座った高峰から賛辞の言葉を送られていた。
「いやいや、精鋭部隊を派遣してくれたおかげっすよ。あいつらがアフェクシオンにダメージを与えてくれてたから、楽に回収できたし…それに、俺は仕事をしただけだ。礼はいらないぜ」
「面白い男だ…さて、あの装着者の女―二宮と言ったか―処分はどうしようかね。口封じのため始末するのも手だが、彼女にはまだ利用価値がある。人質として使おうと思うが、君の意見も聞きたい」
今田が、少し考える素振りを見せた。
「人質作戦は、藤田を拘束してた時に失敗してる。今度は逆に、テリジェシオンの『クイック』で奪還されるのがオチだろ。それより、千咲ちゃ…二宮を味方に引き入れた方がいいんじゃねえか?俺と似たような扱いにしてさ」
高峰は、眉をひそめ今田を見た。その眼光は、射抜くように鋭い。
「…自発的にこちら側についた君はともかく、彼女は強制的に連れてきたんだよ?大人しく言うことを聞くとは思えないのだがね。裏切る可能性も、十分考えられる」
「…だったら」
今田は、自信満々という風に宣言した。
「俺があいつを説得してやるよ」
その頃瀬川らは、郊外まで逃げ延びていた。人気のない裏通りで装着を解く。
「…千咲……」
悲痛な表情を浮かべる森下の肩に、松浦がそっと手を置いた。
「―奴の攻撃に対処できなかったのは仕方ない。それより、彼女を救い出す方法を考えよう」
だが、今田の離反に続き二宮がさらわれ、重い空気が場を覆っているのは事実だった。
「…俺と戦ってるとき、今田が色々と情報を流してくれた」
やがて瀬川が口を開き、今田の話の要点を一同に伝えた。話し終わった瀬川は、表情を引き締めた。
「どのみち、これ以上の持久戦は無理だ。ワールドオーバーが計画を遂行し始める前に、あいつらを止める必要がある」
現時点では瀬川らパワードスーツ保有者が計画の障害となっており、ノアの箱舟計画はまだ実施されていないのだろう。しかし、計画に必要な数のアーマーソルジャーは生産済み、ケルビムも問題なく稼働している状況だ。自分たちの始末が終わればすぐに取り掛かるであろうし、こちらが身を潜めているばかりであれば、痺れを切らす可能性すらあるだろう。
「無謀過ぎる」
松浦は反対した。
「戦力差があり過ぎる…向こうにはトラゼシオンに加え、アンビシオンもアフェクシオンもある。潔く散るのが格好いいとでも思ってるのか!」
「じゃあ他にどうしろってんだよ!」
瀬川が叫び、再び沈黙が場を満たした。他に方法がないことは、松浦も薄々感じてはいたのだろう。それを口にする勇気がなかっただけだ。
「…僕は賛成だ。たとえ一パーセントでも可能性があるなら、それに賭けてみたい」
「私も。千咲の無事を確かめずにこのまま逃げ続けるなんて、私にはできないから…」
沈黙を破り賛同した藤田、森下に続き、鈴村も小さく挙手した。
「…私もだ」
そして、グレーのスーツの内ポケットから一台の小型バイザーを取り出す。黒い五角形のそれを、少し自慢げに皆に見せた。
「さっき、逃走する途中に一つ拾っておいた。今回は私も、戦力として戦う」
「…決まりだな」
瀬川は言いつつ、無意識に拳を握りしめていた。
(待ってろ二宮…絶対に助ける)
二宮千咲はベッドに寝かされていた。病室のような部屋―実際にはワールドオーバー社内の施設なので異なるが―に窓はなく、彼女が横たわるベッドがあるだけだ。手足はバンドで固定されており、身動きはほとんどとれない。
彼女に意識はない。気絶させられた後一度目を覚ましたのだがまた薬で眠らされ、今はぐっすりと眠っている。とはいえその寝顔は、とても楽しい夢を見ているようには見えない。
その時、部屋の横開きのドアがスライドし、今田が中に足を踏み入れた。その微かな音を耳にし、二宮がうっすらと目を開ける。
薬の切れる時間に合わせてやってきた今田は、二宮が目を覚ましても特に驚いた様子は見せなかった。ベッドの傍へ歩いていき、枕元に立つ。完全に意識が覚醒した二宮は、横に立っている今田に気づいてびっくりしたようだった。それも束の間、気を失う前の記憶が甦り、目に涙を浮かべ、声を震わせて問うた。
「何で…何でなの今田君⁉何でワールドオーバーの味方なんかに…」
「―前に言った通りだっての。…つーかさ、俺、千咲ちゃんに話があって来たんだけど」
「そんな軽く流さないでよ…私たち仲間でしょ⁉一時期はパートナーとして協力もしてたのに!どうして…⁉こんなの、私の知ってる今田君じゃないよ…っ!」
自分を無表情に見下ろす今田に、二宮は泣きながら、絞り出すように訴えた。だが、それが届いた気配はない。今田は舌打ちし、赤紫のジャケットの下からアンビシオンのバイザーを取り出してみせた。
「泣いても無駄だ。悪いが俺の意志は変わらねえ。俺には俺の考えがあるしな…あと千咲ちゃん、ここでの自分の立場分かってる?アフェクシオンのバイザーは、もうそっちの手元にはないんだぜ。その気になれば俺たちはいつでもお前を殺せる。あんまり俺らを苛つかせない方が身のためだ」
「そんな……っ」
二宮は手足の自由を奪われ、涙を拭うこともままならない。
「…で、話を戻すと、俺は千咲ちゃんに話があって来たんだ。俺らの側に来て、一緒に戦わねえ?」
「嫌だよ…」
嗚咽を漏らしながらも、二宮ははっきりと自分の意志を伝えた。
「友達に銃を向けるなんて、私には絶対できない!」
「…そうか」
残念そうに今田が言う。
「じゃ、千咲ちゃんは人質としてしばらく拘束されることになるな。ま、今すぐ使うわけじゃないから安心してくれ。奴らが万一強硬姿勢を取った場合への対抗策として、生かしとくってわけだ。しばらくは独房みたいなところに入れられるだろうが、勘弁な」
踵を返しドアに手を掛けたその背に、二宮はなおも呼びかける。
「――今田君‼」
けれどもやはり彼が振り返ることはなく、無慈悲に扉が閉まった。
「―どうだったかね?」
「ワールドオーバーのために戦う気はなさそうだ。となると…」
高峰は社長室で今田の報告に耳を傾け、少しばかり思案した。
「アフェクシオンの性能を向上させ、精鋭部隊の女性隊員にでもくれてやろうかね。正直なところ、あの被験者の女の戦闘能力が高いかと言われると怪しいところだ。アフェクシオンの戦闘力としては、むしろ改善されるかもしれない」
「…そう上手くいくか?中本がテリジェシオンを装着したときを思い出せよ。奴は、パワードスーツの性能に頼り過ぎるきらいがあった。だから瀬川に負けたんだよ。力押しだけじゃ、勝てるわけないのにな」
「…では、他に何かいい案があるのか?」
今田は、ややもったいぶるようにして言った。
「アフェクシオンを投入しても、下手をするとあいつらに奪還される危険がある。俺とあんただけで十分じゃねえのか?実際、俺とアーマーソルジャーの精鋭部隊だけでも前回互角に戦えたんだ。トラゼシオンも加われば鬼に金棒だぜ」
高峰が顎に手を当て、その提案をしばし吟味する。
「君の言うことにも一理あるな。…分かった、次回の作戦には私も参加するようにしよう。アフェクシオンはひとまず、厳重に保管しておこう」
「それがいい」
ふと、今田が何か思いついたような表情を浮かべた。
「そうだ、瀬川の使ってる飛行ユニットがあるだろ。あれと似たようなのを作れないか?」
「できなくはないが…何故だ?君が使うのか?」
唐突な申し出に少々狼狽した様子の高峰に、今田は微笑んでみせた。
「ああ。次こそあいつをぶっ潰したいからな」
(許さん…)
部屋の外で控えていた中本には、二人の会話が大体聞こえていた―今田が、テリジェシオンとして戦った自分を、侮辱するような発言をしたところさえも。
(この私をこけにしやがって……いつか、いつか私の優秀さを思い知らせてやる!)
そう心に決め、奥歯をきつく噛みしめた。握りしめた拳が、羞恥と嫉妬に小さく震えていた。
「よし、やっと着いたな…」
瀬川は大きく息をつき、バスから降りた。長距離バスを何本も乗り継いだ長旅も、ここがようやく終着点となる。黒縁の伊達眼鏡を指でくいっと押し上げ、眩しい日差しに目を細める。
彼に続き降りてくる面々も、ケルビムの監視を欺くため変装していた。松浦は整髪料で髪をオールバックにし、藤田はいつもの縁なし眼鏡でなくコンタクトにしている。森下はポニーテールにしていることの多い髪を珍しく下ろし、鈴村は逆に髪を二つに纏めた上、鍔の広い帽子を被っている。
瀬川たちが辿り着いたのは、大都会の部類に入るコロニーの中央に立地するこの巨大な建造物の正面―ワールドオーバー社本社だった。コロニー天井のガラスへと届くのではないかと疑わせるほどの高さの摩天楼を前に、しかし彼らは怯みはしていない。
まず、入り口付近の街路樹の陰に身を隠す。やがて、若い社員数名が談笑しながら自動ドアから出てきた。
「――『テリジェシオン』。『クイック』」
藤田が極小のボリュームでコードを唱え、紺のアーマーを纏うと同時に高速移動を発動する。青紫の閃光に包まれたテリジェシオンが、一瞬のうちに社員らの腹部に軽いジャブを見舞っていく。そして、すぐに装着を解除した。ほどなくして意識を失った彼らを介抱するふりをしつつ、瀬川らは付近にあった公衆トイレに向かった。
彼ら彼女らの制服を奪ってそれに着替え―ちょうど人数分揃った―、瀬川らは怪しまれることなく建物内に潜入した。ここまでは計画通りだ。
「…ビルの下部はオフィスや商業施設ばかりよ。彼女が囚われているのは、上層階である可能性が高いわ」
小声で言う鈴村に小さく頷き、瀬川は彼女に案内されるままエレベーターに乗り込んだ。ワールドオーバー社本社は、五十階建ての超高層ビル。この時代においては、コロニー上部に建物が当たらぬよう高層ビルの建設にはいくらか規制がされている。その事実を踏まえれば、五十階建ては相当高い方と言える。
ひとまず三十階で降りた瀬川らは、片っ端から部屋を探し始めた。探すと言っても、数センチドアをスライドさせて中を覗き見し、当たりであれば踏み込み、外れならそっと占めるというものだ。五人がかりで作業はスピーディーに進んだが、依然として二宮が拘束されているような空間は見当たらない。会議室や資料室等、無機質な部屋が無数に並んでいるだけだ。
次第に、焦燥感が襲ってくる。一階分の部屋を全てチェックし終えると、すぐに階段で上の階へ。また手分けして捜索し、上へ。
(ここも違うのか…どこにいるんだ、二宮!)
さらに上層階を目指すべく階段に足を掛けた瀬川の頭上から、不意に残忍な、しかし聞き慣れた声が降ってきた。
「…見つけたぜ。そんな格好してもバレバレだっつーの」
はっとして見上げれば、四人の社員を従えた今田がこちらを見下ろしていた。
「お前らに似た奴らが社内をうろついてるって言うから来てみれば、案の定だ…『アンビシオン』、『アグレッシヴ』!」
「…『インストール』!」
赤黒い強化装甲を纏った今田と迷彩柄のアーマーに身を包んだ社員らは手すりを飛び越え、瀬川たちを問答無用に排除しにかかった。
(二宮の捜索を中断するわけにはいかない。せっかくここまで来れたんだ…)
刹那の間に、瀬川の思考が錯綜する。度の入っていない眼鏡を外し、手元を見ないままズボンのポケットに押し込む。
(俺なら強化されたアンビシオンと互角にやり合える…相棒なら、短時間でアーマーソルジャーを無力化できる)
「…ここは俺と藤田で引き受ける!お前らは先に行け!」
言うが早いか、瀬川はクレアシオンを装着、さらに紅蓮の強化アーマーを纏いアンビシオンに向かって行った。藤田も無言で頷き、テリジェシオンを装着、「トゥルーナレッジ」で強化装甲を召喚する。松浦、森下、鈴村はその間をすり抜けるようにして、上層階へと向かった。
アンビシオンが連射する光弾を瀬川は巧みに躱し、間合いを詰めた。
「…『ブレード』!」
十字槍と銃剣の、刃と刃がぶつかり合う。だが、均衡が保たれたのは束の間だった。
「――『ウイング』!」
クレアシオンの背から、一対の真っ白な翼が伸びる。大きく羽ばたいたそれがクレアシオンに推進力を与え、アンビシオンに力で勝った。今田は刃をぶつけたままの体勢で、後方へ押され下がっていく。
「…はっ、そうこなくっちゃなあ!『ウイング』!」
「何⁉」
今まで気づかなかったが、アンビシオンの右腕にも、瀬川同様に小型のバイザーが装着されていた。背中から漆黒の翼を展開させた今田は、クレアシオンと同等の推進力を生み出して再び拮抗状態を作った。
「これがワールドオーバーの科学力の真髄…の、一端ってとこだ」
今田は仮面の奥でにやりと笑うと後ろに大きく跳び、着地する前に翼を広げ空へ急上昇した。頑丈な窓ガラスを容易く突き破り、高く舞い上がる。それを追うように、瀬川も空中を高速で飛行する。
「…おらよ!」
今田は容赦なく拳銃を連射してくる。瀬川は飛びながらそれを回避し接近しようとするのだが、空中戦においてクレアシオンはやや不利だった。両者が飛行能力を持っており速いスピードで飛ぶことが可能な場合、射程が長い銃の方が槍より断然有利なのは自明だ。現に今瀬川は、紅の光弾の降る中を避けながら飛ぶのに精一杯になってしまっている。
けれども、クレアシオンに遠距離攻撃の手段が皆無であるわけではない。
「―『神殺・槍投』!」
右手に握ったランスが蒼い炎に包まれ、先端が一際鮮やかに輝く。空中を細かに動き続ける標的を、照準補助システムが的確にロックオンした。
「――ハアッ!」
瀬川が渾身の力を込めて投擲した十字槍は、瞬時に目標に到達した。
今田は空中で姿勢制御し回避しようとしたが、避け切れない。大きなダメージは負わなかったものの、飛行ユニットの片方を貫かれ破壊されてしまった。片方の黒き翼だけでは、アンビシオンの体重を支え切れない。
「う…おおっ⁉」
コントロールを失って落下するアンビシオンは、楽園を追放された堕天使のようにも見えた。片翼の、血の色の鎧を纏った天使に、さらに高く舞い上がったクレアシオンは追撃をかけた。
「…『クイック』、『スマッシュ』!」
全身を紅蓮のオーラが覆い、また両脚をより眩しい赤の光が包む。羽をいっぱいに広げたクレアシオンは最大の推進力を生み出し、猛スピードで降下してアンビシオンが落下途中である座標まで追いついた。高速移動とキック力強化のコードの併用により、灼熱を帯び加速された跳び蹴りが発動され、アンビシオンの胸部に連続でクリーンヒットする。翼の生む速度が、破壊力を通常よりはるかに高めていた。
たちまち装甲から多量の火花が上がり、今田は爆発に包まれて落下した。
(…パワードスーツを装着している以上、この高さから落ちても命に関わることはないだろう)
瀬川は、今田の落下地点を詳しく確認することはしなかった。しかし、本社からある程度離れた位置であることは見当がついたし、彼の命を奪うつもりなど全くない。仲間だった者を倒すことなど、誰も望んではいなかった。ともかく優先すべきは、二宮を見つけ出し救出することだ。
「……『クイック』!」
その頃、テリジェシオンは強化アーマーで増強されたスピードで敵兵たちを翻弄していた。一気に片を付けるべく高速移動を発動し、青紫のオーラを纏ったテリジェシオンがアーマーソルジャーらに一閃を加えていく。何度も斬りつけられた相手の装甲は大きく損傷し、全員が装着解除された。効果時間が切れて藤田が一度静止し、ふうと息をつく。
「……藤田!」
そこに、空からクレアシオンが羽を折り畳みながら降りてきた。着地とほぼ同時に「ウイング」の効果が終了し、純白の翼が白い光に還元されて小型バイザーへと戻る。
「瀬川、こっちは大丈夫だ。松浦たちを追おう」
「ああ」
二人は装着を解かぬまま、階段を急いで駆け上がった。
「ここにもいないか…」
松浦は焦りを隠そうともせず、森下、鈴村とともに二宮を探し続けた。今田に勘づかれた以上、もはや一刻の猶予もない。できるだけ早く彼女を見つけ、連れ帰らねばならない。
三人からは、そんな必死さが滲み出ていたのだろう。次第に、挙動不審を疑う社員が増え始めたように感じた。
構わずに部屋から部屋を巡り捜索を続けていたが、ついに一人の男性社員が森下を呼び止めた。
「…君、一体何をしている?その部屋は関係者以外立ち入り禁止のはずだ」
「……っ!」
周囲を男たちに囲まれ問いただされた森下に、手段を選ぶことはできなかった。決意を露わにした瞳で敵を見据え、左腕にバイザーを押し当てて装着する。
「…『プログシオン』、『エヴォリュート』!」
紫の装甲と銀の強化アーマーを纏い、続いてプルーブ・サーベルを召喚。顕現した騎士が、挑むように社員に切っ先を向ける。
「貴様…例の被験者か!『インストール』!」
おそらく今田たちと同様、侵入者を探してこのフロアを徘徊していた者たちだったのだろう。男らは一斉にバイザーを取り出しアーマーソルジャーへ変身を完了すると、彼女へ襲い掛かった。
「こいつらは私が倒す!千咲をお願い!」
「…分かっている。絶対に見つけ出す」
松浦と鈴村を先に行かせ、森下は五人の相手へ猛然と向かって行った。
さらに二、三階上ったが、いまだに二宮の居場所は定かではなかった。
(もう最上階が近いというのに…一体どこに監禁されているんだ)
まさかとは思うが、バイザーを奪うだけ奪って消されたのか。いや、そんなはずはないだろう。第一、今田がそこまで非情に徹しきれるとは松浦も思っていなかった。だが一緒に階段を駆け上がる鈴村も、不安を隠せていない。
次のフロアに到達した直後、二人は一瞬硬直した。
廊下の向こうから歩いてくる、高峰の姿が目に入ったからだ。両腕にバイザーを装着し、こちらを見て余裕の笑みを浮かべる。
「侵入者の方から出向いてくれるとは、ありがたいね。…『トラゼシオン』」
高峰の体が黒い光に包まれ、グレーの強固なアーマーを纏う皇帝が現れる。
「――っ、仕方ない、行くぞ!『エグザシオン』、『エヴォリュート』!」
「ええ!…『インストール』!」
松浦はエメラルドグリーンと銀の、鈴村は薄茶色の光を包まれた後アーマーの装着を完了させた。それぞれ、草薙之剣、パワードナイフを構えトラゼシオンへ挑みかかる。
「…無駄だというのが分からないのかね。『ノアシステム』」
ケルビムのデータを利用し、敵の攻撃の先読みが可能となる。果敢に斬りかかる二人だったが、高峰の振るう大剣がその全てを完璧にガードしてしまう。薙ぎ払うような斬撃でエグザシオンを吹き飛ばし壁に叩きつけると、高峰は鈴村の方に向き直った。
「そんな陳腐な装備で私の挑むとは、命知らずだね…裏切り者君」
オーバーソードを構え直し突進してくるトラゼシオンに、鈴村は腰から引き抜いたパワードガンで光弾を連射した。しかしケルビムのサポートを得た高峰に、そんな攻撃は通用しない。半分を剣で弾き、残り半分は最小の動きで回避し、彼は何の支障もないかのように接近してみせた。
(……っ!)
この一撃は避けられない。それどころか、応用コードでも使われれば致命傷にもなり得るだろう。死をも覚悟した鈴村の耳に届いたのは、確かに応用コードを唱える声だった。
ただし、それはトラゼシオンのものではない。
「…『ワイルドラッシュ』!」
高峰の真横に突然姿を現したプログシオンが神速の突きを放ち、撃ち出された紫の光の刃がトラゼシオンの装甲に命中する。森下は「サイレント」で光学迷彩を発動した状態で、高峰に忍び寄っていたのだった。不意を突かれた高峰がよろめき、後退する。だが、さほどダメージを受けた様子はない。
「ほう…なら、お返しと行こうか。『クリアー』」
「サイレント」の改良版と思しき基本コードを発動した高峰は、光学迷彩で自身の姿を隠した。効果持続時間がより延長されたそれを駆使し、トラゼシオンが三人に一太刀を浴びせていく。アーマーを損傷し怯んだ松浦らに、高峰は効果が切れるやいなやさらに応用コードを唱えた。
「『オーバーバイオレンス』」
両手で握った大剣が手を離れ、黒に近い青紫のオーラを纏い浮遊する。一瞬ののちに音速で射出されたオーバーソードが、目標へ飛来し何度も刺し貫く。テリジェシオンの「オートバイオレンス」をバージョンアップしたその技は、松浦と森下を強化アーマーの装着解除、鈴村を装着解除にまで追い込んだ。
「―――『神魔威刀』!」
床に倒れ荒い息をつきながらも、松浦は必死に刀を振るった。天井に向け射出した真空波が亀裂を生じさせ、崩落を引き起こす。高峰が落下する瓦礫に怯んだ隙に、松浦と森下は高速移動を発動していた。鈴村を連れ、下の階へと撤退する。
「…皆、無事か⁉」
数階分下に降りた松浦たちは、そこで瀬川、藤田と合流した。
「今田はどうにか退けた。…二宮は?」
尋ねる瀬川に、松浦はアイマスクの下で表情を曇らせて答えた。
「すまない、発見できなかった。だが高峰に見つかった以上、これ以上捜索を続けるのは不可能――」
そこまで言いかけた時、天井を突き破りトラゼシオンが静かに着地した。降り注ぐコンクリートの破片、立ち込める白煙…その中から姿を見せた高峰は、瀬川たちへ厳しい眼差しを向けた。
「―これ以上抵抗を続けるなら、彼女の命は保証しかねる。『オーバーツイスター』」
剣の刃を深緑の輝きが包み、トラゼシオンがオーバーソードを縦一直線に振り下ろす。生じた強烈な真空の刃が、恐るべき速度で迫った。
「…『神殺・投槍』!」
「『ワイルドラッシュ』!」
「―『神魔威刀』!」
蒼炎を纏った十字架が、紫の閃光が、一筋の真空波が、巨大なエネルギーを内包した一撃を迎え撃つ。刹那、二つの攻撃は相殺され、巻き起こった凄まじい爆風が両者を襲った。
「『シールド』」
障壁を展開し難なく身を守った高峰だったが、視界が明瞭になる頃には瀬川らの姿は消えていた。
「…もうしばらく、人質は取っておくとするか」
誰に言うとでもなく、装着を解いた彼は呟いた。
「高峰の口ぶりからすると、二宮は無事みたいだな……」
浴衣姿の瀬川は座布団へ腰掛け、ほっとしたように言った。どうにか同じコロニー内の郊外の町へ逃げ延びた彼らは、とある格安の旅館へ泊まっていた。もちろん変装で容姿を誤魔化し、偽名を使った上で、である。
「けど、交通費で大金はたいてここまで来たのに収穫ゼロか…」
瀬川たちは、用意してもらった五人部屋の和室で反省会兼作戦会議をしている最中だ。ケルビム対策として、カーテンを閉め切っているのは言うまでもない。一転してうなだれる彼を励ますように、鈴村が言う。
「藤田君が最初に気絶させた連中から、アーマーソルジャーのバイザー一つくすねてきたわ。これで元気出して!」
なるほど、確かにこれがあれば、クレアシオンやアンビシオン同様の強化を他のパワードスーツにも施せるかもしれない。しかし、開発に時間を費やす余裕はあまりない。それに、仮に他の誰かが「ウイング」のようなコードを取得しパワーアップできたとして、あのトラゼシオンを攻略できるほどの戦力になり得るのだろうか。
「び、微妙な喜び方ね…じゃあこれならどう⁉実はその、彼らの財布の中身も……」
思わぬ暴露に、場が一瞬静まり返った。
「…やっていいことと悪いことがあるだろ……」
「何よ瀬川君、そのじとーっとした目は…まあまあ、大きな悪を倒すためなら、小さな悪は許されるわよ…ね?」
三十路を控えた鈴村は精一杯可愛く訴えてみたが、やはり白けたような微妙な雰囲気が漂うばかりだった。とはいえ他に資金源がなかったのも事実であり、表立って彼女を責める者はいない。
そう、表立っては―森下が松浦を小突き、彼にだけ聞こえるように囁いた。
「…松浦、こういう性格ヤバそうな女には近づいちゃ駄目だからね」
「安心しろ、俺が愛するのはお前だけだ」
「松浦……」
赤面し惚気ている森下と照れくさそうな松浦に、他の面々はやや羨ましそうな視線を束の間送った。やがて、藤田が咳払いして口を開く。風呂上りであるため、コンタクトではなくいつもの縁なし眼鏡姿だ。
「…強化もいいけど、そろそろ僕たちは知るべきなんじゃないかな。パワードスーツの原動力が何なのか」
それは、門屋や高峰の言動で時折触れられてはいたものの、ずっと謎のままだった事項だった。
「門屋慎一曰く、僕たちとユーダ・レーボの使う動力源は同じ。それがもし本当に、『エナジーコア』っていう奴だとしたら…僕たちはそれも確かめる義務があると思う」
「…つまり、バイザーを強化に使うんじゃなくて、中の構造を調べてみたい…ってことか?」
瀬川の問いに、相棒は笑顔で頷いた。
「ああ。どうかな?瀬川」
「俺はいいと思う。そいつの中身がどうなってるのか分かれば、ひょっとすると攻略の鍵が見えてくるかもしれないしな」
他に反対する者はいない。
全員分のバイザーは揃っていることだし、ここで小型バイザー一台を消費することに特に問題はなかった。早速、鈴村がバッグからドライバー等の器具を取り出し始める。
積年の疑問の一端が、ついに紐解かれようとしていた。
すべすべとして何のとっかかりもない、黒い石板のような表面。だが、パソコン等の機器と接続するためのケーブル差込口は例外だった。そこを起点とし、瀬川たちは何時間もこの小さな機械と格闘していた。
ようやく石板の蓋が開き、内部機構が露わになる。数多くの小型装置や導線がある中に―何か、白い物が見えた。
(…もしかすると、これが)
瀬川は導線を手で掻き分け、その全貌を見えるようにした。夢中になるあまり、呼吸するのを忘れるほどだった。
現れたのは、白く、ざらざらとした楕円形の石のような物体だった。握り拳くらいの大きさがある。
「…こいつが『エナジーコア』か」
隣で見守っていた松浦が、瀬川の言葉に大きく首肯する。
「おそらく、この石から放出されるエネルギーを戦闘に利用していたんだろう―俺たちや高峰も、そして門屋の言葉によればユーダ・レーボの連中も」
エナジーコアは時折淡く発光し、白くふわふわとした少量の光を放出していた。人魂のようにゆらゆらと不安定に動き回るそれは、空中に霧散したりコアの中へ戻って行ったりと様々な動き方をしている。
『エナジーコアを体内に埋め込んだ、我々進化した新人類が弱き旧人類を淘汰する』
ふと瀬川の脳裏に、決戦の時門屋が漏らした言葉が甦る。明らかになった事実に愕然とし、声が少し震えた。
「そうか…あいつらは確かに、制御チップも体内に埋め込んでいたんだろう。だがそれだけじゃない―やはり門屋の言う通り、このエナジーコアもだったのか!」
ワールドオーバー上層部は制御チップの存在のみを被験者に伝え、エナジーコアに関する機密事項を伝えてはいなかったのだ。
「だとすると」
森下も口を挟み、考えをまとめながら述べる。
「…ユーダ・レーボの戦闘員を倒した時の破砕音…あれは制御チップでなく、コアが砕けた音だったのかもしれないわね。動物実験なんかでも、電子チップなんかが心臓部に埋め込まれるなんてことは普通ないらしいし」
「その説は有力そうだわ…今一度考えてみれば、ユーダ・レーボは海人の戦闘データを採取し分析を重ねることで強力なモデルを生み出していった。戦闘データを記録する電子チップが戦闘で破壊されていたんじゃ、強化に成功できたはずがない」
相槌を打った鈴村。確かにユーダ・レーボはケルビムのハッキングにも一時期成功していたが、ケルビムの映像データを閲覧できるとはいえどもその精度(解像度)はあまり高くなかったはずだ。戦闘データを取るには、海人の体と密着するような何かが必要だったに違いない―例えば、戦闘データを記録して瞬時に転送し、かつ拷問などにより自白するのを防ぐ自爆機能をも備えた電子チップが。
「…ってことはだ」
瀬川が話を続ける。
「ワールドオーバーとユーダ・レーボの対立は、理念の違いだけじゃなかった…エナジーコアの利用法についても意見が食い違っていたんだな」
「ワールドオーバーは何らかの経緯でエナジーコアを入手した。だが、それをめぐって内部抗争が勃発した…そんなところか」
松浦がさらに考察を述べ、
「ワールドオーバーがパワードスーツ開発に着手したのも、ユーダ・レーボ掃討のため―そして、量産型のアーマーソルジャー、上位機のトラゼシオンを作るために膨大な量の戦闘データが必要だったから、か…平和利用とは程遠いな」
と藤田が苦笑する。事件の全貌が明らかになりつつあった。
「…ワールドオーバーは、人格的に劣る人間を淘汰して理想の世界を創ろうとした。そして、その達成のために、エナジーコアをパワードスーツという形で利用しようとした」
「だが、ユーダ・レーボの主張は違った。奴らは、自分たちがエナジーコアの力を有する新しい人類だとして、旧人類を支配下に置こうとした。そのために、あの奇妙な錠剤で体内に埋め込んだエナジーコアの力を発現させた…」
「…今思えば、あの錠剤は僕らのコードに相当するものだったんだろう。錠剤それ自体に効力はなかったんだな」
瀬川が、松浦が、藤田が、これまでの断片的な手掛かりを組み合わせ結論を導いた。
ワールドオーバーはおそらく、瀬川らからバイザーを回収すればすぐにでも全世界に侵攻を始めるだろう。
上層部がマスコミに情報操作を行っているため、自分たち以外にその計画を知る者はいない。
(――止められるのは、俺たちだけってことか)
改めて、自分たちに課せられた責任の重さを自覚する。ワールドオーバーの野望を砕くべく、皆の決意が固まった瞬間だった。弱音を吐く者など、もういない。