ファミレスで小説を書いてたら、隣の女性がじっと見ていた
この作品は、たこす様から題名を頂きそこから想像して執筆した物です
「いらっしゃいませー、お一人様ですかー? 御煙草は吸われますか?」
「ぁ、はい。一人で……禁煙で……」
店員に案内されて喫煙席へ。
ここは俺がいつも利用しているファミレスだ。
「ご注文は後でよろしいですか?」
「ぁ、ドリンクバー……あとフライポテトください」
畏まりましたー、と店員は去っていく。
俺は席を立ち、ドリンクバーへと。
いつも通りコーラをグラスに注ぎ、再び席に戻ってくる。
さてさて、今日も始めるか。
俺はこのファミレスで、小説を書いている。
別に家でも書けない事は無いが、集中出来ない。
それにファミレスならネタには困らないのだ。いつも違った客が俺のインスピレーションを刺激してくれる。
(まあ……ただの趣味なんだが)
机の上に原稿用紙を出し、手垢でベッタベタになった万年筆を握る。
さて、今日はどんな世界を描こうか……。
とりあえず恋愛物……それも少年同士でコイバナを繰り広げてみようか。
この時点でコメディ確定だな。男子学生の女子に対する思いを、ちょっとオーバーな偏見で語らせて……
「おまたせしましたー、フライドポテトでございます」
「ぁ、はい、ありがとうございます」
店員さんはフライドポテトをテーブルの上に置くと、他に客が居ないからか、ジーっとまだ何も書かれていない原稿用紙を見つめだした。
「小説家……さんですか?」
「へ? ぁ、いえ、ただの趣味で……す、すみません……いつも何時間も居座って……」
「いえいえ、構いませんよー。出来たら読ませてくだされば……」
ひぃ!
店員さんなかなかのドSだな!
いかん、男子学生のコイバナなど書いたらどんな目で見られるか……こ、ここは無難に社会人の恋愛物を……。
「頑張ってくださいね。ごゆっくりー」
そのまま店員さんは去っていく。
何気に初めて話しかけられた。いつも客が居ない時間帯を狙ってきているが、こんな事は初めてだ。余程ヒマなのだろうか。
(コイバナは却下だ。社会人の恋愛で……)
男は普通のサラリーマン……三十代後半の恋愛経験皆無の真面目人間。
一方、女は二十台後半のOL……恋愛経験は豊富だが、今までクズみたいな男としか出会えず、少し恋愛恐怖症に陥ってるという設定で……。
(ありきたりかな……まあいいか。そのぶん展開を突飛な物に……)
と、その時……ふと視線を感じた。
目の端に映る誰かが、ジっとこちらを見ている。
(……? なんだ? もしかして知り合いか?)
ポテトを取りつつ、さりげなく首の骨を鳴らしながら横目でチラっと確認。
(……大学生?)
比較的若めな女性がこちらを見つめている。
勿論俺は知らない。俺の知り合いにこんな若い子は居ない。
(なんだろう……原稿用紙をジっと見ているようだが……)
まだ何も書いていない原稿用紙。
なんか緊張してきた……え、なんで見られてるの?
もしかして俺に気があるとか……いや、んなわけあるか。男子高校生か、俺は。
(ま、まあ気にするな。原稿用紙を見てるというのも俺の勘違いかもしれないし……)
とりあえず、題名は後にして、出だしから書き出す。
主人公は男のサラリーマン。
仕事を終えて職場から去るシーンから……
『PCを閉じ、時計を確認して席を立つ。荷物を纏めて同僚へと先に帰宅する旨を伝えた』
うーむ。
出だしはいつも悩むよな。もっとカッコイイ出だしとかあれば……
「……なんで?」
突然、隣の女性が呟き、その声に背筋が震えそうになる。というか震えた。
なんで? って、なんで?
(え? 何? この出だしが不満か?! いや、まだ下書き段階だっつーの! 文句は完成してから……)
というか、ちょっと待て。
いくら隣の席とはいえ、彼女から原稿用紙まで余裕で三メートル……いや、それ以上は離れている筈。
どれだけ視力のいい人間でも、数メートル離れた原稿用紙に書かれたこんな小さな文字が読める筈が無い。
彼女は俺の小説を読んで「なんで?」と言ったわけでは無いのだ。
(いや、だよな? いくらなんでも俺の手元にある原稿用紙の文字が読めるわけ……)
……少し試してみるか。
そっと、俺は別の行へとこう書き込んだ。
『今日は良い天気ですね、ところで貴方は大学生ですか?』
返事など期待せずに書いてみる。
いや、返事などあってはならない。何原稿用紙で会話してるんだ、と怪しい奴だと思われかねない……。
「……あぁ……死ねばいいのに……」
(えっ……え?!)
ぎゃー! 読まれた?! そして死を願われた!?
不味い、不味いぞこれは。原稿用紙でナンパするアホだと思われたという事か!
(どうする……どうする! と、とりあえず釈明すべきだ! これは違うと……え、えっと……)
『視力、いいですね』
(ってー! 何書いてんだ俺! こんな事書いても逆効果……)
「えへへっ、えへへへへへ」
(効果あったー! そして笑い方が微妙に怖えぇー!)
何という事だ。
本当に読めているというのか。
不味い、手に汗を握るとはこういう事か。愛用の万年筆が手汗で滑ってしまう。
しかし、いまだに俺はナンパだと思われているに違いない。
なんとかそれをアピールせねば!
『俺はナンパじゃないです』
ってー! ストレートすぎんだろ!
こんなのナンパだって言ってるようなもん……
「……チッ」
え?!
舌打ち!? 残念がってる?!
どういうことだ。つまり彼女はフィッシング中だと言うのか。
いや、しかしここはファミレスだぞ。それならもっとそれっぽい所行けばいいのに……。
(いや、待てよ……つまりそれって、俺を狙いに定めているという事か?)
いかん、この考えこそ男子高校生のそれだ。
しかし他にどんな可能性があるというのだ。ヤバい、思いつかん……それでも小説家志望か、俺は!
「……はぁ」
……溜息?
早く次の文章を書き込めという事だろうか。
待て待て、考えを整理しよう。
彼女は原稿用紙の文章を読めていると見て間違いないだろう。
そして先ほど、ナンパでは無いです、という文章に対し溜息で返してきた。
(溜息……落胆している。つまり、ナンパしてほしい?)
他にどんな可能性があるのだ。
よし、勇気を振り絞れ!
『良かったら、お食事でもどうですか?』
「お待たせしました~、店長オヌヌメステーキ定食、ライスとコーンスープセットでございますー」
その時、彼女へと運ばれる料理。
って、ギャー! アホか俺は! お食事も何も、ここはレストランだぞ!
もう既に彼女はお食事を頼んでおられたのだ! やばい、心が砕けそうだ……。
愕然とする俺。
どうする、どうすれば……
※
一人でファミレスに入るなど何年ぶりだろう。
突然ですが、私は本日、結婚まで約束してくれた男子に振られたのであります。
とはいえ私はまだ、うら若き大学生。チャンスはまだ目の前に転がっている筈。
別にファミレスに出会いを期待したわけでは無い。
ただ単純に、元カレと一緒では頼めなかった物を食べてやろう、そう思っただけだ。
なんせ、元カレの好みは大人しくて清楚な女性……。女子高上がりの女子大生である私にそんな物を求められても困るが、私は大好きな彼氏の為に頑張った。
まず、彼氏の前では絶対に肉系を頼まない。
元カレは典型的な「女子に夢を見ている」系の男子だった。
女の子はステーキを食わない、と勝手に思い込んでいる男だ。この時点でどうかと思ったが、それなりに優しいし気遣いも出来るイケメンだったので、私は引き続き夢を見させてやることにした。肉系を頼まなければいいだけなのだ……。私は普段から、彼氏が食べるステーキ類にヨダレをたらしつつ自分はサラダやパン系で我慢した。
ちなみにだが、肉よりパンの方が太りやすい。
「いらっしゃいませー、おひとり様ですか? 御煙草はお吸いになられます?」
「一人で。煙草は吸いませぬ」
「はーい、ではこちらへどうぞー」
店員に案内されて席に着くと、何やら隣の席に「俺、このまま数時間は居座る!」という感じの男が座っていた。服装はあからさまに部屋着で、ここを完全に自宅だと勘違いしてるタイプの男だ。
男は席を立ち、ドリンクバーの方へと。
「ご注文はお決まりですか?」
店員さんに注文を聞かれ、メニューを取り出す私。
さてさて、とりあえず肉だ! 肉を食わせろ!
「ぁ、えーっと……ステーキ定食の一番おいしい奴」
「どれも美味しいですよ? お客様(笑)」
ですよね。
じゃあ……この一番デカデカと写真乗ってるヤツで……。
「セットメニューはどうされます?」
セットメニューだと……じゃあライスとコーンスープも頼もう。
うへへ、パーフェクトじゃないか。これまでの努力も空しく、フラれてしまったのだ。今日は食いまくってやろう。
そんな事を考えてニヤついていると、男が戻ってきた。
ふむ、コーラか。コーラを飲むと、帝王切開する時に麻酔が効かなくて辛かったと姉から聞いたことがある。本当かどうかは知らないが、私はそれ以来コーラ断ちをした。自分が帝王切開するかどうかも分からないが。
(ねーちゃん元気かな……甥っ子何歳だっけ……)
「お待たせしましたー、フライドポテトでございます」
その時、男が頼んだであろうフライドポテトを店員さんが持ってきた。
すると店員さんと男が会話しているのが聞こえてくる。むむ、ダメだよ店員さん。その男、絶対ドリンクバーとコーラだけで五、六時間は粘る奴だよ? さっさと追い出した方が……
「小説家……さんですか?」
ん?
小説家? マジか。
男が何言ってるか聞こえなかったが、そのためにファミレスで執筆しているというわけか。
店員さんが去り、チラ……と男の方を見てみる。
机の上には原稿用紙。それにフライドポテトにコーラ。
男は万年筆を持ち、小説を書き始めていた。
どんな小説書いているんだろうか。っていうか、あの万年筆相当使いこんでるな。もうボロボロじゃないか。
ボロボロと言えば……。
私は小学生の頃、犬を拾った事がある。
子犬だ、犬種は分からないが黒と白のパンダみたいな柄の子犬。
あまりの可愛さに抱きかかえてしまい、大人しく抱かれる子犬に一目ぼれしてそのまま自宅へと持ち帰った。
だが予想通り、母親に戻してらっしゃいと言われ、当時中学生だった姉と共に子犬を戻しに行った。
「お姉ちゃん……この子どうなるの?」
「大丈夫だよ、優しい人が拾ってくれるから」
その優しい人は私では無かったのが悔しかった。
子犬は首を傾げ、私につぶらな瞳で訴えてくる。
「ほら、帰るよ」
「……もう少し……」
私は小一時間、子犬の前で粘った。
季節は冬。辺りは暗くなり始め、気温もかなり下がった頃……母親がいつのまにか私達の所までやってきていた。
「……風邪ひくでしょ。早く家に戻りなさい」
「……ヤダ」
私は初めて母親に反抗した。
姉も私を家に連れ戻そうとしたが、私は頑として動かなかった。
すると、母親から信じられない言葉が出てくる。
「早く戻らないと……その犬も風邪ひいちゃうでしょ」
私と姉は耳を疑った。
母親は仕方ねえな……という顔をしつつ、子犬を連れて帰る事を許してくれた。
もうあれから十三年くらいか。
拾った子犬は今も実家で母と共に暮らしている。
最初は飼うのを反対していた母は、実は超犬好きだった。
ただ、犬が死んでしまった時、悲しすぎるからと飼うのを躊躇していたそうだ。
(……そう、あの万年筆……どことなく似てるな……)
あの時拾った……ボロボロの子犬に……
あぁ、そう思うと……なんか凄い可愛く思えてきた。あの万年筆。
なんで……そんな所に居るの?
貴方の飼い主は私よ……!
そんな部屋着でファミレスに来るような男に着いて行っちゃダメ……!
なんで……なんで……
「……なんで?」
おっとイカン。声に出してしまった。
私は強く思うと声に出る癖がある。今回、元カレに私の素がバレてしまったのも、その癖のせいだ。
さかのぼる事数時間前、私と元カレは大型ショッピングモールへと買い物デートに出かけた。
そんな元カレは私に申し訳なさそうに
『実は今度、誕生日の後輩に何か贈りたいんだ。いや、男だぞ? 何がいいとおもう?』
その問いに私は、どんな後輩なのかと聞いた。
何か趣味などあるのかと……。
『んー……まあテレビゲームとか好きかな。俺は良く分からないんだけど……』
その時私は震えた。
趣味、テレビゲーム。実は私は相当なゲーマーだ。しかもかなりマイナーな洋ゲーを好んでプレイしている。私はつい、元カレに聞いてみたくなった。その後輩がどんなゲームをプレイしているのかを……。
「その子……洋ゲーとかやる?」
『……ヨウゲー? って何?』
そう、この時、私の頭の中では「洋ゲー」という単語が連呼されていたのだ!
【注意:洋ゲーとは、主に海外のゲームを指します】
元カレはその時から、妙に余所余所しい態度を取るようになった。
私に「どんなゲームがいいかな……」と聞いてくる時も顔が引きつっているのだ。
不味い、このままでは不味いと思った私は、ついとっさに……
「こういうのとか……ど、どうかなー?」
洋ゲーの中でも比較的優しめなタイトルを指名。
しかし、優しめと言っても日本に輸入されている洋ゲーだ。断じて可愛い系の物など皆無に等しい。
『ぁ、あぁ……そう……』
元カレはそれを購入し、ショッピングを終えた後……私にこう告げた。
『お前さ……ゲームとか好きなんだ……』
「……ぁ、ハイ」
『ごめん、無理……』
「……ぁ、はい」
こうして元カレは去っていった。
なんでだ! ゲーム好きダメか?! 日本の文化と言っても過言ではないぞ!
いまや漫画とゲームが日本を牽引していると言ってもいいのに!
で、でも……でも……あぁ……
あの時、「洋ゲー」と言わなければ……。
だめだ、もう死にたい。
過去に戻ってあの時の自分を殺してやりたい……
あぁ、死ねばいいのに……死ねばいいのに……
「……あぁ……死ねばいいのに……」
おっとイカン。
また口に出してしまった。
隣の男にも聞こえてしまっただろうか。なんか微かに震えているようにも……見えなくもない。
しかし惜しい事をした。
あの男は結構金持ちの家系だったのに。玉の輿に乗り損ねた……。
まあ、こんな時こそ明るい事を考えるべきだ。
楽しいことを考えよう。そう、たとえば……小学生の時に拾った子犬とのふれあいを……。
拾った子犬は『ちょこ』と名付けられた。
私がチョコレート好きだった為である。
ちょこは賢い子で、私が学校から帰ってくると散歩に連れていけと自分からリードを咥えて出迎えてくれた。良く姉と一緒に散歩に行ったものだ。迷子になって父親が必死な顔して探しに来たこともあったっけ……。そのあと散々叱られたが、ちょこはずっと正座させられている私達の傍にずっと佇んでいた。
まるで責任は自分にある、叱るなら自分を叱れ、と言っているように。
なんて賢く可愛い子なんだろう。
よく私が寝ながらテレビを見ていると、起きなさい、と言わんばかりに手を甘噛みしてきたっけ……。
そのあと、私の膝にあご乗せしてきて……。
あぁ、可愛いちょこ……久しぶりに実家に帰らなければ。
そしてたくさん撫でまわして……
「えへへっ、えへへへへへ」
おっとイカン。
なんてハシタナイ。
つい口元が緩んでしまった。
隣の男は引き続き小説を書いている。
何を書いているかは知らないが、こんな所で良く書けるな。
私なら絶対自分の部屋の方が集中できるのだが。
自分の部屋といえば……
私は元カレを自分の部屋に招いた時、てっきり最後まで行くと思っていた。
【注意:ここで言う”最後”が分からない人はお父さんかお母さんに聞いてみよう! 叱られても責任はとりません】
なのでかなり気合を入れた。
女子に夢を見ている元カレに合わせて部屋の中を完璧にプロデュースし、シトロネラのアロマで甘い香りを漂わせ、それっぽく演出した。
そしてトドメにお互いホロ酔い状態。もうこれは最後まで行くでしょーっ! と思っていた。
だが、誤算があった。元カレの酒の弱さだ。
元カレは真面目な性格をしており、コンパなど行っても大抵はハンドルキーパー。後輩や女子達を責任持って送り届けるという使命感を持っており、私が惚れたのもそれがキッカケだったのだが……
(まさか……缶酎ハイ数口で爆睡しちゃうなんて……)
弱いにも程がある。
私でも350の缶ビールなら水のように飲めるというのに。
なんなんだ、男のくせに! もっと酒飲めよ! 強く鍛えとけよ!
【注意:飲めない人に無理に飲ませては行けません。急性アルコール中毒怖いですので】
くぅぅぅ……たまに入る【注意】がたまらなくウザイ。
「……チッ」
おっとイカン。
舌打ちなど女子にあるまじき行為だ。
特に夢見る男子の前では御法度だ。きっと、隣の男も女子に夢を見ているパターンだろう。
完全な偏見だが。
あぁ、早く肉が食いたい。
もうこれでもかってくらいに「肉」が食いたい。
ステーキ定食まだかな……
「……はぁ」
思わず溜息を吐いてしまった。
だってお腹空いたんだもん……!
店員さんカモン! 肉を私に! 私に肉を与えたもれ!
「お待たせしました~、店長オヌヌメステーキ定食、ライスとコーンスープセットでございますー」
キター!
待ってました! お肉!
さあ、今日は食って食って……食い散らかしてくれる!