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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
第弐章 双つの月が揃いて
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其の勇は義によりて尚 弐

[其のゆうによりてなお]弐




 潘叔玄はんしゅくげんはよく裏口に居る。


 この美貌の少年の持つ癒やしの力に縋ろうと、時にはどう広まっているものか水北すいほく地方の外からも人が尋ねてくるのだ。


 無論全てを癒せるわけではない。生まれ持って損なわれた部位などは叔玄の手に余る。そもそんな力を持っていたらとっくに少春しょうしゅん泉泉せんせんに与えている。



「きっと神様がそのまま生きよと思っているの、歪めては駄目なのよ」


 一度、枯れた木に強く念じたが、当てた手のひらで木は蘇った、だのに。年少の少春にたしなめられて、叔玄は虚しさを隠した。


 塾生の中で怜悧なのも叔玄であり、逆に複雑な心の主もいない。


 鬼子と忌まれて、それでも一方で尊いと崇められる。


 しかして、随分と虫の云い輩だと割り切れないのは癒与いよの性らしい。命あるものは別け隔てなく癒やそうという力は叔玄の好意悪意に左右されない。


 全力で癒やす力を制御すれば癒やすことをはねのけることは出来る、或いは対象の何処にも触れなければ。



「叔玄はそのまま優しく生きろ」と云ったのは義兄の星游せいゆうだ。


 星游は叔玄の中で一番大きい存在である。薛太老せつたいろうと夫人は親同然と思っているが、それとは別の感覚の共有者であり、理解者でもある。


 冷静でいてその為か甘えることが苦手の叔玄は、今頃は二十歳である夏恒大かこうだいが塾生で居た時には兄と呼ばなかった。


 仲は良かったし、ごくざっかけない気性の恒大は好人物であった。だが、星游のように妖魔を自ら狩りにいかなかったし、行くときは星游が一人で飛び出すのを心配して付いていっただけなのだ。


 それは当然とも云える。里の人間は叔玄を利用していても、頭を下げる太老に米も麦も売らない。此方こちらとて無関係を貫けば、そうそう石で殴られることもないのだから。


 その意味では星游の行動の方が理解の範疇を超えている。


 だが、その矛盾の超越こそ叔玄が抱くものであり、だからこそ兄と慕う理由であった。


 星游は太老を真摯に親と受け止め、それを証明することを子の孝行とする。叔玄はそれを自分なりに必死に追いかけ、いつしか反発児の趙陵ちょうりょうも追いかけてきた。



 その一方で、蘭士學らんしがくは天帝の子であり、それ故追われて塾生に加わった数奇な人物である。


 国の支配者、呂元帥ろげんすいの政略上で邪魔になったのが不幸となり赤毛を理由に宮廷を追われ、未だ命を狙われている不幸な皇太子なのだが、何処にも忸怩じくじたる様子がない。


 世をひねみ、復讐だけを誓っていても良さそうなものだが、不遜なほど自信に溢れどんな状況下でもそこから活路を見出す態度は目を瞠るものがある。


 青祥せいしょうなどどれだけ罵られようと付いて来ているのは、士學の天性の度胸と度量の所以ゆえんがそうさせるのであろう。


 そして兄と托む星游も士學に忠実であった。当初は老子せんせいの言い付けを守る理由からかと思えば、自発的に警護をしているようだ。


 何故だろうと思って過ごしてきた中、窮忌きゅうきを倒した日にその疑問は氷解した。


 青祥せいしょうに押し込められて、門戸の内側で、叔玄らは士學の声を聞いた。


 育ててくれた義親、子どもたち以外で鬼子でない者が鬼子を誇れと云う。そして諦めるなと云う、救うことは無駄でないと。そして叔玄しか知らなかった士學への警護も彼は気がついていた。


 星游がそれを主命として受け入れた時、叔玄もまた心の中で士學に忠誠を誓った。






 乱暴に門を叩く音がする。


 裏口の壁に寄りかかっていた叔玄は身を起こした。嫌な予感がひたひたと押し寄せてくるほどの、がさつな音は鳴り止まない。


 薛太老が、不安そうな夫人を押しとどめて門戸を開けた。



州都宰勅使しゅうとさいちょくしである!薛子塾せつしじゅくとかいう不届きな塾を開いているのはその方か」


「名乗らずとも、官服の色と紋章でそのぐらいはわかっとる。門戸にある扁額へんがくも読めんのか。薛子塾はここだと書いてあるじゃろう」


「数日前に窮忌きゅうきを倒した鬼子がここにいるはずだ」



 やはりと、叔玄は形の良い唇を噛む。


 士學に叱りつけられた里人が、わざわざ密告したのか。もしくはふたつ先の里とはいえ、薛子塾の存在を知っているものがあのあと駆けつけた州師軍しゅうしぐんに知らせたのか。



「居たとしてなんとする。人の命を助けると罪になる法律でも出来たとは知らなんだ」


「あてこすりか、老骨が!良いか、近い日に監国目付勅使かんこくめつけちょくしがいらっしゃる。鬼子の首を揃え、献上すれば見逃してやる」



 監国目付勅使は朝廷から派遣される勅使であり、今までの州地方の勅使とは桁違いの権力を持つ。


 いよいよ国に目を付けられたのだ。すなわち呂元帥の耳に入ると同意義である。


 手探りで一人、中院なかにわに出てきた少春しょうしゅんの隣に叔玄が駆け寄ると、気丈な少女も震えながら抱きついてきた。



「何故、監国目付勅使がわざわざこんな田舎の塾に来るのだ」


薛翼せつよく、かつて元帥閣下に不敬な態度をとり、朝廷を追われて逆恨みをし、鬼子など育て洗脳し、武力蜂起を企んでいるとなると、大罪である!」


「なにをたわけた事を。朝廷から追われたわけではない、己で愛想をつかして将軍位を返上して隠居しているだけのこと。謀反むほんなど、馬鹿馬鹿しい」


「その態度が不敬なのだ!監国目付勅使かんこくめつけちょくしが参られて尚、その門戸を開かぬようなら塾生ことごとく死刑だと思えよ」



 荒々しく言い捨てて、州都宰勅使が門戸を叩きつけた。


 叔玄しゅくげん少春しょうしゅんの手を引いて太老たいろうの元へ走ると、身を潜めていた士學しがく星游せいゆうりょう泉泉せんせん青祥せいしょうが同時に集まる。



「いよいよ此処も目を付けられた。星游、そなたは兄弟と士學様と共に逃げよ」


老子せんせい、しかし、そんなことをしたら」


「いいえ、何としても逃げるのですよ。貴方達の身と、そして殿下の身を間違っても元帥に渡すわけには参りません」



 断言したのは、門を固く閉ざしてきた薛夫人であった。



「少春と泉泉のことくらいは私たちで必ずや守ります」


「では、先に士學様と星游らを逃してください。俺が一旦残って、全員の無事を確認したら合流するのが妥協案です」



 青祥がそう云って、泉泉と頷きあう。少春も、安堵したようなため息をついた。



「先に俺たち全員が逃げて、老子たちがどうしているか案じているまま先を進むのは恩義に反します。たとえ星游の力で視ても、いざという自体が起こればさすがに間に合わないやもしれません。けど、窮忌きゅうきを倒した場には俺も居たわけですし、俺は鬼子には見えませんから、処刑されることもない。勅使ちょくしが武力できても老子と俺ならばおさおさやられはしません」


「なんということだ……青祥、貴様生まれて初めて人の役に立つのだな」


「士學様、たまには素直にねぎらってくれても良くないですか!?」


「今、ねぎらったではないか」


「いえ、今のは罵倒です!」



 緊迫していた空気が解けて、少春たちが笑い出す。


 しかし事態は好転したわけではない。



「逃げると云っても、先ず何処へ隠れようか。華山かざんにでも忍んで勅使をやり過ごすか?」


 妖魔の山に隠れるという尋常ではない案を出したのは士學だ。


 それに対して、星游はかぶりを振った。



「兄者、策があるのか?」


「ある。州師軍の動きが怪しい間に、連絡を取り付けた」


「何処に?」


此処ここさ」



 頭上から声が降ってきて、次いでその声の主が降りてきた。



「そなたはーー魏怜蝉ぎれいぜん


「あの魏晋ぎしんか、あの……」



 薛太老の声が震える。


 魏晋と会ったのは四嬢しじょうの遺言を、懸命に届けてくれた五歳の子供の時以来であった。


 そして士學は、薛子塾にくる前に剣の師として魏晋に鍛えられたことがある。



「あの時以来で、と云いたいところですが大変申し訳ない所、殿下の安否のため時折此処を覗いておりました。お許しください」


「かまわぬ、してどうやって星游から」


「俺も勝手に心を読んだ。敵ならば殺していたけど、士學を守るために来ていたのをわかったから、妖魔を使いに知らせを送った」


「と、云うわけです。知らぬ間に『急ぎまかり越し願う。月』と書かれたものが枕元にあって、そこから此方へ参りました」



 魏晋ぎしん羅大公らたいこうに直接知らせる時間はなかった。部下を使いにやり、自身は急いで水北地方へ飛んだ。


 間諜であるが故、隠れる場所は幾つも宛がある。


 月、の一文字に皇太子からだと判断して、州都宰勅使が門で怒鳴り散らしていた時には既に屋根から侵入して、様子を伺っていたのだ。



「では、青祥殿にはひとまず此処に残ってもらい、殿下と鬼子の貴公らは夜になったら密かに此処から抜け出しましょう」


「ひとつ、訂正してください」


 涼やかな声で割って入ったのは叔玄。どうした、と問う星游に微笑んでから、朱唇を開く。



「殿下と、鬼子の部下です。李月牙りげつが潘叔玄はんしゅくげん趙陵ちょうりょう、我ら義兄弟はこれのち殿下と共に参ります」


「そうだよな!ただの鬼子じゃねえもん」


「ほう、そうなのか。私の友だと思うていたが」



 魏晋が蹌踉めいた。


 鬼子が部下だと名乗ったからではない。あるじ、羅大公が幾度も呟いていた言葉が脳裏を叩く。



 天、月を双ついだく。あかつき蒼天そうてんが国にとき、其の命 れ新たにちゅうす……



「では、そなたが」


 魏晋を見る琥珀と銀糸の双眸異色、蒼い髪が拱手した。



「姓は、名を星游せいゆうあざな月牙げつがと云う」



 歴史が動き出すのを、魏晋は肌で感じて身震いする。


 当の本人たちも知らない予言が、真実となっていたことを知るのは今は己のみであること。


 そして、主君に伝えたらどう思うのだろうか。


 熱く滾る思いで、魏晋は帝都安聹ていとあんねいの方を見やった。





 .

次回は青祥のターン!になるのか?残念ながら、次々回となります(おい

今回は叔玄のターンでしたが、魏晋も出てきて、これからお久しぶりねの人も出てきたり。

こちらでも活動報告でも、感想コメント、一言押しキャラの名前を呟いていただけると大変励みになります

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