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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
第壱章 月と星の宿命は始まりき
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星と月がさだめとして 弐

 

[星と月がさだめとして]弐




 薛子塾せつしじゅくの朝は早い。


 まだ朝靄の残る中、りょうが薪を集めに出かけ星游せいゆう中院なかにわで薪を割ったり、小さな畑で育ったものの世話をし収穫する。


 太老たいろうは近所で米を売ってくれる人がいないため、隣の里まで馬で出かけたり、星游が仕留めてきた鹿や猪の毛皮を売りにいく。


 叔玄しゅくげんは大人数の洗濯や掃除を夫人と分担しながら、まだ10歳にならない少春しょうしゅん泉泉せんせんの世話をするのが日課だ。


 妖魔はえてして雑食で、森に潜んでいるけものもその餌となっていたが星游が夜な夜な害を及ぼす魔物を討伐するため、他の里より野生のけものが多い。



 新しくそこに居候として加わった士學しがく青祥せいしょうは、ひとまず自由行動とされていた。


 青祥は初日は疲れて半分寝て過ごし、士學も追われないことに久しぶりの安眠を味わっていたが幼少から身分を隠して働くことに従事してきた身としては食客なのは落ち着かない。


 次の日には山菜を教えたり、本を読んだりして子供の世話をしていた。なにしろ実体験でなんでも口に入れたことがあるのでどれが毒でどれが食用か、太老たいろうよりも正確だ。


 その士學が驚いたのは、目の見えない少春しょうしゅんが、口の利けない泉泉せんせんに先導されながら慣れた手つきで台所で汁物を作り出したことだ。



「そなた、いつもやっているのか」



 手を怪我するのでは、という心配をするのは無駄なほどの手際である。小さい体で野菜を刻み、鍋をかき回し、必要な道具は泉泉がきっちり手を引いて教える。


 本来はこの大きな屋敷には家僮かぼくが数人必要であり、薛太老せつたいろうも雇えないほど貧しているわけでもない。


 鬼子が恐れられて誰も来手がなかったので、将軍夫人であった春真しゅんしんでさえ手づから掃除をしているのだ。



「最初は、叔玄しゅくげんがずっと付いていてくれたの。でも、泉泉が教えてくれるようになってそれから二年以上はずっと私達でやっているの」


 少春の言葉に、泉泉も誇らしそうに頷く。



「私は星游せいゆうが見つけて拾われてきたんだけど、泉泉せんせんは四歳くらいのときに此処に預けられて……」


「……そうか」



 少春しょうしゅんは言葉を選んでいるが、内実はしゃべれないことがわかって捨てられたのがわかった。



「でも私は目が見えないし、どちらにしても親の顔はわからないから関係ないわ。泉泉も、預けていった親より老子せんせいのほうが好きなのよね」


 話しながらでも、少春の手はよどみない。


 自身の過去のことであるのに淡々としてた。



「外にいくと、あの鬼子の巣窟に拾われた子だって陰口叩かれるけど、鬼子の星游が拾ってくれてなきゃ死んでいたのよ。私には命の恩人だわ。いまは星游が一番年上だけど、少し前に恒大こうだいっていう塾生が成人して塾を出ているの。恒大も凄く優しくて、少なくとも子供を捨てたりしないわ」


 双眸異色も自分には見えないし、とやはり平然と付け足す。



「今は星游せいゆうが妖魔から里を守ってくれてるから、だいぶ死ぬ人も減ったの。老子せんせいの話じゃ以前は夜道に出たらすぐに体を裂かれて食べられたって。魔物が一番好物なのは人肉だから」



 横で泉泉も、幼いながらに重たく首を振っている。不当な扱いに嫌な思いを十分に感じているらしい。


 それでも器を出して並べたり、粉をこねる道具を出したりと少春との動きが完全に連動している。



叔玄しゅくげん癒与いよの鬼子だと聞いたが、それでも治せないものか」


「大きな外傷とか、しこりとか、そういうものは直しているから、後天的なものだけみたい。私も泉泉も生まれつきなのね、叔玄が治せないことを凄く気に病んでた」



 自分が嫌なのではなく叔玄が気にするから、本人の前で云ってほしくないのだろう。


 仕上げの葱を入れてさっと味見をする姿はもう一人前だ。



「以前に一度、大きな妖魔が出たことがあって。暗黒猿あんこくえんっていう妖魔知ってる?」


「ああ、小山ほどの体で牙に毒がありその息で物も腐らせるとか聞くな」



 有害な妖魔のひとつとして挙げられることも多く、一個体が現れただけで散った里すらあるので知る人は多い。



「そいつが華山かざんの奥から出てきて隣の里に降りてきたの、此処まで地面も揺れて、凄い騒ぎだった」


 少春の口ぶりで、話の着地点はおよそわかってきたが、士學は聞かずにはいれなかった。



「それを、星游せいゆうが倒したのか」


「その時は恒大こうだいもいたから、二人がかりだったけど。でも星游に倒せない妖魔なんていないのよ。軍隊でも止められない妖魔を子供二人で倒したのに、里の人から感謝されるどころか、お前らが呼んだんじゃないか、って責められて農具で殴られたの。老子せんせいの言付けを守って、暗黒猿さえ倒せる力があるのに老子が駆けつけるまでずっと殴られ続けて、帰ってきたときは血まみれで。それも全部農具と石のあとなのよ。妖魔倒すのに怪我しなかったのに。殴った人の中には叔玄に火傷を直してもらって死にそうだったのを助けられた人もいたのに、信じられない」



 鬼子とて誰もが変わった才があるわけではない、寧ろ魔物の毒性に体が耐えかねて早死にしたり、双眸異色なだけで常人と変わらないものも居る。


 陵、星游らは壮絶な圧力に耐えうる貴重な体であり、叔玄もまた回復ができるよう力を保っていることも当人の努力であろう。


 鬼子の力の制御や鍛錬など誰が教えるわけでもない、それは鬼子同士でしか出来ないものだ。



「それでも、星游たちは自分たちは恵まれてるほうだって云うの。老子がいて、私達もいて、家があって、きっと何もなく犬死してる鬼子のほうが多いだろうから」


「それは……そうかもしれんが」


「どれだけ嫌われても、里の人に受け入れてもらいたくて一所懸命、妖魔を倒してるんだと思う。でも、怖がられて。私、いっそ目が見えなくて助かったと思うことあるわ。星游たちが只殴られてるの見るのは辛いもの」



 言い切られて、士學しがくには返す言葉もない。


 士學自身も幸せとは遠い人生を辿っていたが、鬼子たちがどうやってこの世を生き抜いているかなど考えたこともなかった。



「だから、士學さんにお願いがあるの」


「願い?」


 少春はひたと見えていない双眸を士學に向ける。



「鬼子だからって、嫌わないで。みんなと仲良くなってほしい。絶対に誰も危害を加えたり悪いことしないから、だから」



 閉じられたままの瞼から、温かい涙を流す少春の隣で、泉泉までもが地面に足をつけて頭を精一杯下げている。


 まだ知り合ってから間もなくても、これだけの思いをぶつけられてどれだけ真剣なのかわからない人間はいないはずだ。だが、それでも危害を加えられる鬼子の真実を二人の子供は知っている。


 士學も、膝をついて二人の腕をしっかりと握った。



「誓おう、蘭士學らんしがくがその想いしかと理解した。こののち私が少しでも鬼子と差別するような言動をしたら、二人が薛子塾せつしじゅくから私を追い出してくれ」


 泉泉が起きあがると、士學にしがみつく。


 そのぬくもりが気持ちよくて、暖かい。



「約束ね」


「ああ、約束だ」


 少春は涙を拭うと、嬉しそうに微笑んだ。


 泉泉の頭を撫でてから、士學は腕まくりをした。



「さあ、少春も泉泉も、この塾では私より先輩だ。どんどん言付けてくれ。働かざるものは食うべからずと云うからな」


「はいっ、じゃあおかゆと汁物はできてるから皆を呼んできてね!」



 おおよそ居場所がわかるとはいえ、青祥せいしょうは何をしているのかわからない。そう思いながら士學が台所を出ると、長い回廊廊下の向こうにその青祥が見える。


 向こうが来る気配がないのでそのまま士學が足を向けると、十数年侍従として付いてくる供はなんとも複雑な表情をしていた。



「なにをしていたのだ、この役立たず。十に足らぬ子供が食事を作っているというのに貴様は何している」


「士學様、そうは云っても、台所の会話が丸聞こえで、出るにでれなくて」


「そこは、己も誓います!と云われずともさっさと出てくるのが貴様の仕事であろう。何を愚図愚図しておったのだ」


「一応、厩屋で掃除はし終わったんですから、そう役立たずとか何度も云うことないでしょうに」


「では何か、自分は約束できないから出て来ないととでも云いたいのか、役立たず」



 士學の碧の目に怒りが宿る。


 あるじの勘気を悟って、青祥は慌てて首を振った。



「そうじゃないですけど、叔玄と話していたので。話の流れ上出ていくのも何だし、叔玄も気恥ずかしいらしくて急いで外に出ていきましたよ」


「益々愚か極まってきたな、貴様。立ち話していたのなら一緒に顔くらい出して安心させるのが大人の器ではないのか、無駄に年長者なのだから其れくらいやれんで男か」



 士學が是とすることは何でもそれを立ててこそ従者なのであり、青祥は余計情けない顔をした。


 士學こそは君子の器であると信じているからこそ罵詈雑言が降ってきても今までは受け流してきたが、これまでのは軽口だったが、今のは完全なる叱責である。


 責めている士學自身は気づいていないが、ついてくるしかなかった立場とはいえ、一人でも鬼子と普通に会話しているだけ青祥も十分、肝が座っているほうなのだ。


 恐れて騒ぐ里の人間の反応が当たり前であり、毅然と受け入れている士學の順応力が高すぎるのだろう。



「さっさと叔玄を呼び戻して、星游たちも見つけてこい。今からでも少しは役に立ってこい、それから薛老子がやっている仕事は明日から貴様がやるのだぞ。老体を労らんか」


「……この中で目立たなくて鬼子じゃない見た目なのは俺だけですもんね。配慮が足りませんでした」



 士學の髪色も、街中ではそう目立つわけでもない。赤毛のものはわりと多いほうだ。


 だが、生きた炎のようにここまで紅蓮だと少々目立つ。加えて端正な面差しは、間諜や高官の一部で知られている武天帝の正妃とよく似ているので、危険は置かせない。



「少しは反省したようだな、もっと反省をしろ」


「もっと、ってどのくらいなんです」


「そうだな、ざっと死ぬほど位だな」


「暗に死ねって云ってます!?そこまでの罪おかしました?」



 士學と青祥は知らない。


 二階の回廊で、星游ら三人がその会話を聞いて密かに大笑いをしていることを。



 洗濯物を干し終わって家の中に入った薛夫人は、目元をなごませて更にその光景を眺めていた。



 冬花国とうかこく水北すいほく地方に遅い春の日差しがゆったりと薛子塾に差し込みだした。




 .


ほぼ士學ターン。日常話ですね。鬼子に生まれた子供は自身では語らないので、少春に頼りました。

青祥は安定ポジ。星游と青祥で名前かぶりやらかしたのに、薛夫人の春真と少春でもやらかした(爆

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