せめて人間らしく 肆
[せめて人間らしく] 肆
冬花国、帝都安聹。
ここ数年、冬花の税金が上がり続け、国民からの批難の声が次第に大きくなっていた。
前の帝の武天帝の時代も春斎へ攻め入った時こそ税金は上がったが、この十年で少しずつ膨れ上がった納税の比ではない。
そして国府が橋や寒害、河の整備を行ってくれるかというと、そちらは地方の税から徴収され、帝都でも在住するだけで国へ支払いを迫られる。
徴税の官吏は、宮城警備や修理の費えだと云うが、国民は誰も信じてはいない。
恵天帝の湯水の如く娯楽に使われること、呂元帥の家楼がどんどん華やかに彩られていることは、宮城の下僕から下官までが影で口を滑らせなくとも周知であった。
前年、納税できなかった者が公開処刑された。
今年、徴税に逆らった者が何人も磔にされて死んだ。
恨みの声は、冬花の国中で今日も密やかに増え続ける。
「何、北英国で魔物が消えた、と」
黒鵜の部下である間諜は、国の怨嗟を集める呂忠国の前で這いつくばった。
間諜に意見や自己判断は不要である。諫言などしようものなら即座に死ぬことになるのだ。
「は、冬花や春斎に逃げ込んできた流民などが少しずつ北英に戻り始めたようです」
「流民が減るは良いことだが、何事が起きたのだ」
「それとなく北英の民に探りを入れてましたが、いずれも口が固く……北英の王から緘口令が敷かれている様子」
「無論、買収を試みたのであろうな」
「勿論でございます」
豪奢な椅子の上で、不機嫌に元帥は身じろぎする。
その爪先まで念入りに手入れされているのは、国民から搾り取った金子に他ならない。
「何か強力な武器でも作ったのだろうか……いや、あの困窮ではそれもあるまい」
これは独言である。
間諜は伏したまま、ひたすらに命令を待っていた。
「して、黒尾は」
「春斎国にて、未だ皇太子を探っておりまする」
「ふん、未だ見つけられぬのか。何処かで野たれ死んでおれば良いが」
元帥の手で白檀の香る扇子が、ぱちりと鳴る。
下がれという、意思であった。
身を粉にして働く配下にねぎらいなどかけたこともない。
間諜は身を低くしたまま、房室を退出していった。その顔には一切の表情はない。
呂元帥の元を出た間諜は、背後に気配がないことを確認しながら静かに貧しい民家へ消えた。
「ご苦労であったな」
「たいしたことでは。事実を申したまでです。北英の民の心は団結しておりました」
ねぎらったのは、布で頭を巻いた長身の男である。
元々飾り気のない男であったが、此処で待ち合わせるために普段より粗末な服装をしていた。
それでもその服にそぐわない一振りを見れば、分かる人間には尋常の使い手ではないことが見て取れるだろう。
「二重に探るのは大変だろう。よくぞそれがしを頼ってくれた」
「いいえ、お仕えする方を間違えたと痛感しております。他にも何人か心当たりが」
「これを云うのは笑止かもしれんが、くれぐれも慎重にな。黒尾は元帥に忠実だ。嗅ぎつけられる可能性がある」
「或いは、最後の忠実な存在かと」
低いその嫌悪の声に、布からはみ出た浅葱色の髪がわずかに見える男は僅かに笑った。
元帥の粛清に合いそうになった民を隠れて保護をしているゆえに、そうした声には慣れている。
冬花国が後将軍、林撻であった。
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久々の元帥。やっとこ情報が渡りました。妖魔のせいで伝書鳩とかも使えないので、地味に強いひとたちが行ったり来たりしないとどうにもならなというね。元帥が嫌われているところで、林撻です。次回はサブタイを珍しく回収する回です、星游がだんだんとフラグを回収していくので、おまえ何処いくんだと作者も謎に包まれています。プロット通りでいいとこは優等生なのに、現代編書いてからどうにもキャラが壊れつつあるような。




