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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
残酷なる希望と優しい嘘と

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せめて人間らしく 参


[せめて人間らしく]参



 春斎国しゅんさいこく桜花おうか地方。


やや北英ほくえいにほど近いが、周辺では一番大きなむらの市場の衣装屋ふくやを覗くのは、銀髪青眼の青年、青祥せいしょうである。



「これと、これと、あとこれも」


阿仁あにさん、金はあるのかね」



 大きさの違う袍や布地を幾つも抱える青祥に、店主が胡散臭い顔をした。


青祥たちは魏晋ぎしんと別れた時に小さな屋敷ならば買えるほどの金をもらっている。


それは冬花とうかのものだが、ほとんどの国が自国のものでなくとも銅や金銀の目方を測って支払うことが出来る。


 たちまち笑顔になった店主は、値段を計算し始めた。



 北英を出るとき、布地だけでなく残り少ない装飾品を公主こうしゅ華燐かりんが渡そうとしたのだが、その使い道は今後の北英の復興のためにと断っているので、薛太老せつたいろうと魏晋からの金子が全てである。


どうやらこれで、洗っても匂いが残る服からはなんとかなりそうだと青祥は安堵した。


 目立たないようにしても異臭で不審に思われれば無意味だ。特に雪燕せつえんの衣類は洗ったがもう着るには難しい。



「毎度!」



 一転して愛想の良くなった店主を後に、他の買い物をしようと馬の引き綱を引いた青祥は、自分を興味深くみる子供に気がついた。


馬は無人の里で唯一生き残って野生馬になっていたものを捕まえたので、こうして青祥だけ馬を走らせて買い物に出ているのだ。


 鬼子が国に登用されている国とはいえ、星游せいゆう叔玄しゅくげんりょう、雪燕を連れ出して良いものか迷って、青祥が先に出されたのだが、自分を見ている子供は双眸異色の紛れもない鬼子だ。



「きったねーカッコしてるのに、金もってるのか、あんた。怪しいな」


「まあ、妖魔に襲われたというか、色々あるんだよ」


「冬花の国の金だろ、しかも。冬花っていや、一番遠い地方ならみるけど、ここじゃ珍しいよな」


「まあ、その、色々あるんだよ」



 関わっているのも面倒だが、怪しまれるのも困る。


従って青祥もうかつなことも云えず、振り切ろうにも洞察眼の良い子供にどう対応したらいいのか迷った。


 人当たりのいい叔玄ならば、うまく振り切れたかもしれない。


そう思って青祥はなるべく叔玄の口調を真似てみることにした。



「あんた、討伐士とうばつしなのか?」


「ええ、まあ、時にはそういうこともしますよ」


「へぇ」


「では、連れが待ってるので失礼しますね」



 叔玄の振りは効果がある、と思いつつ馬を引いて去ろうとする青祥の後ろから、未だその子供の目線が追ってくる。


走ってしまうと怪しまれるかと、なるべくゆっくり歩いたが道行く人たちの中でも青祥の長身は群を抜いて高い。


周囲をそれとなく見ても、他に鬼子は見当たらなかった。



 この周辺は避けて通ったほうが良い。そう思いながらしつこかった子供のことを半ば忘れて青祥は馬を走らせた。



***

 



「買い物は済んだのか!?遅すぎるぞ、貴様」


「いきなりそう責めないでくださいよ!ってことはそっちは終わったんですね?」


「ああ!星游せいゆうの袍が出来たぞ!」


「そっちですか!?」



 青祥せいしょうを出迎えたのは士學しがくの笑顔と罵声である。


青祥が留守の間に、士學の緋色の髪色を目立たないよう染めているはずだったが、以前とくらべてもたいして変わったように見えない。


染色に使われる草木を持ったまま、雪燕せつえん叔玄しゅくげんが疲れた顔をしているのは、努力はしたのだろう。



「で、どういうことだ?」


「なにがですか」


「後ろの子供だ」


「は!?」



 振り返ると、先程市場にいた鬼子の子が興味津々に立っていた。


青祥は馬で走ってきたのだから常人では追いつけるはずもない、何かしら移動することに特化した能力があるとしか思えなかった。



「なあ、あんた中々別嬪さんだな。この中にあんたの男いるのか?」



 物怖じせずに雪燕に話しかけるところを見ると、男装していてもすぐに雪燕が女子であることがわかったのだろう。


叔玄と星游が青祥と陵を見るのは、ずっと雪燕の正体を気が付かなかった鈍感な者への哀れみである。


 問われて雪燕は頬を染めて首を振った。


近すぎる子供に士學が割って入る。



「これ、そう雪燕に近寄るな。おぬし、何者だ」


「俺?俺は舜迅しゅんじん


「舜が名字で名が迅なのか?」


「名字なんてあるわけねえ、俺は親なし子だもの。名字なんて立派なもんないさ」



 鬼子たちは痛いものを目にしたように顔をしかめた。


雪燕の名字も、名前もかつての仲間にもらったもの。星游たちは薛太老せつたいろうから与えられている。



「あんたらは、討伐士なんだろ。うちの老子せんせいには手を出すなよ」


「どういう意味だ」


「老子は人妖じんようだ、けど、害なんか与えねえから。襲うなよ」



 その時星游が息を飲んだ。


 使い魔の亞変猫あへんびょうは、誰にでも変化することが出来る、ただし主人である星游が見たことのある人間やものに限るが。


誰か目立たない人物に亞変猫を変身させて、最悪士學や雪燕は袋にしまって強行しようかと思っていたのだが、自動的にその双眸は告死天使が憑依したのだ。



「人が襲われてる……!」


「なに!何処でだ!」


「力は使わないようにっていってあったのに、ああもう」



 青祥が星游を馬の上に引き上げて、自分は降りた。


星游はすかさず雪燕を抱き上げて自分の前に座らせると、馬の手綱を打つ。


 荷物を背負った陵が走り出した馬に並走し、士學、青祥、叔玄がその後を追う。


舜迅しゅんじんと名乗った子供も勝手についてきてしまったが、咎めている暇もない上に、陵より簡単に馬に追いついているその速度は目を見張るものがある。



 雑木林を抜けて、星游と雪燕を乗せた馬は立ち上る黒煙に向かって疾走した。



「星游、何が起きてるの?」


「人が、人を襲っている……」



 雪燕がその返答に絶句する。


星游は鬼子であれば鬼子と云うはずだ。



「そんなーー」


「あぶねえ!!」



 馬を挟んで陵と士學が右に、青祥は左にいて、叔玄は一番後ろを走っていたが、舜迅しゅんじんがその足に飛びつく。


背中を狙った弓矢が狙いを逸れて叔玄の肩に当たり、その肩が血で染まり、二の矢が舜迅の太ももに刺さった。



「叔玄!それと子も、無事か!!」


「舜迅だ!」



 士學に云い返すだけ未だ余裕があるようだ。


馬の足を止めかけた星游に、叔玄が自分の弓を投げる。



「僕は此の子と自分の怪我を治してから、あとを追います!陵は兄上と一緒に行きなさい」


「ここはひとまず我らに任せよ」



 ぱらぱらと降り止まない弓の雨を、青祥の矛が叔玄と舜迅を守って唸りながら叩き落とした。


士學が云うなり弓矢を切り落としながら打ち手に殺到する。



「頼んだぞ!」


「いこう、兄者」


 

 主君を置いて先に進むのは気が進まなかったが、星游の目はそういってられない惨状が視えていた。


頷いて叔玄の弓を受け取ると、馬の脾腹を軽く蹴る。


 召喚をなるべくしないように配慮してくれた義弟の好意は無にできない。


雪燕もまた、大丈夫かとは聞かなかった。叔玄の癒与いよの力も士學たちの剣技も今は彼女もよく知っている。



「あれか!」



 陵が怒気を露わに怒鳴った。


何者かは知らないが、叔玄が射られたことに怒りが収まらない様子だったが、燃える木の下で倒れている人々を見つけて顔色が変わる。



 大勢の人が武器や松明を持って、粗末な家屋らしきものを燃やしたり、倒れこんだ人々に武器を向けていた。


雪燕が馬上から腕を一閃させて、その武器をまとめて宙に飛ばすと、武装していた集団が星游たちを一斉に振り返る。



「鬼子が何の用だ!」


「関係ないなら、さっさと去れ!」


「無関係だが、あんたらの仲間に俺の弟が問答無用で突然射られたんだ!!文句を云う筋はあるだろう」



 馬から降りた星游は、身構える陵を手で制した。少なくとも鬼子だから襲われるということはなさそうだ。



「あんたらは……服はお粗末だが、汚れてねえな。北英の流民じゃなさそうだ、あんたの仲間も同じような格好してんなら間違えられたんだよ」


「どういうことだ」


「俺らは北英のせいで妖魔で家族を無くしたり、店が潰れたりしたんだ。こいつらは迷惑かけといて、人の畑から食い物盗みやがったんだ」


「そんなことで……こんなことをしたのか」



 星游せいゆうが弓を限界までしならせて弦を引くと、集団は木々の間に逃げ込む。


音すらも鋭利に放たれた弓矢は、太い樹木の幹に刺さり、なおかつそのやじりは貫通している。恐るべき射撃であった。



「次は当てるぞ。射られた弟と同じ肩からだ、ただし俺の矢なら骨ごと消し飛ぶが覚悟はいいか!」



 邑人むらびとたちは恨みがましい視線を向けてきたが、星游の矢の威力の前に、口々に悪態をつきながら去っていく。


陵が倒れている人たちに駆け寄り、雪燕も馬から飛び降りた。



「駄目だ、もう息してないよ、兄者」


「こっちも駄目だ、死んでる……」



 星游の目が、ただ一人の生存者を探りあてる。


馬を近くにつなぐと、伏した女性にょしょうを抱え上げた。女性は胸を射られ、そして臨月の腹をしていた。



「大丈夫か!?」


「私の……赤子あかちゃんはーー」



 覗き込んだ雪燕が、汚れた着物をめくって呻く。



「もう頭が出てる……」


「いきめるか」


「そんな、星游……せめて叔玄を待ってーー」


「此のままだと赤子が死ぬ、待っていられない」



 おろおろする陵に、女性の背後から押さえるよう星游が指示した。


そして射られた胸からは赤々と鮮血が迸って止まらない。


星游が押さえても、気休め程度だ。



「此のまま叔玄を待って此の人を助ければ、赤子は死ぬ。そして恐らく赤子を産めば此の人の命は保たない。どちらかは本人に選んでもらうしかない」



 そして星游の中の白貘豹はくばくひが女性の心の声を読んでいた。


もうその息は喘鳴に近い、それでも赤子を優先する意思が強く星游の心を叩く。


 力を込めるたびに、胸からしとどに血が溢れるが、それでも女性は絶叫と共に何度も息んだ。



「出て来る……!」


「もう少しだ、頑張れ」



 最後の一声は、雪燕の手に産み落とされた赤子の泣き声を聞くと、それきり途絶えた。


傷口を押さえていた星游の手のひらから、鼓動が消えていく。命を生み出したその体から脈が絶え、血潮と共に命が流れていった。



星游せいゆう雪燕せつえんりょう、無事か!?」


「なんだったんだ!?」


「兄上、ご無事ですか!?」



 星游の袍は、女性の血で真っ赤になっている。


叔玄が動揺したのは、その姿を見て誤解したのだ。



「叔玄、その赤子あかごを頼む」


「待て、お産なら立ち合ったことがある。私に任せよ」



 星游は立ち上がった。


命がけで産み落としたその女性にょしょうの姿に、何故だか涙が浮かんできて止まらない。


その白い頬を、一筋の涙が伝った。



 北英ほくえいから妖魔の手を逃れて、生きていこうと春斎しゅんさいにやってきただろうに。


その生命を奪ったのは魔物でもなんでもない、ただの人間たちだとは。


 鬼子すら許されるこの国で、何という皮肉なのだろう。





.

不審者青祥と、新キャラ舜迅です。彼が夢の中で雪燕をナンパするシーンとして出てきたので、こんな感じになりました。因みに星游が血まみれになりましたが、それは作ってもらった袍ではないです、北英のままですね、洗いはしましたが。青祥が買ってきたやつには着替えている暇もなかったので、華燐からもらった布地は無事です。後半の話を書くためには叔玄が邪魔で、攻撃されて足止めくらいましたが、またフラグたてるとこでした。次回は、皆の無関心・呂元帥ターンとあの人が動いています。

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