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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
残酷なる希望と優しい嘘と

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せめて人間らしく 弐

 

[せめて人間らしく]弐



 全身を黒衣で包んだ二つの影が冬花とうか北英ほくえいの国境で一番高い場所に降り立った。



「まさかーー本当に」


怜蝉れいぜんさま、行き先までは探知できず、申し訳も」


「いや、よくやってくれた」



 士學しがくが北英に行くというのを聞いて、魏晋ぎしんは部下に北英の近くに潜ませた。


 妖魔対策として単独行動をさせず二人送り込んでいたのだが、一人は軽い怪我をしただけで、もうひとりが魏晋の元へ報告しらせに走り、自身も近くに潜伏していた魏晋も駆けつけたのだ。



「早く医者へ連れて行ってやれ」


「しかし、怜蝉様は?」


「俺は一人でいい、かの方へお知らせしろ。双つの月が何を起こしたかを」


「承知」



 羅大公らたいこうの間諜の中でも最高の武力を持つ魏晋は、もとより単独行動が多い。


 部下は頭を下げると、怪我を負った連れを助けながら冬花の方へ慎重に忍び消えた。



「本当にしてのけられたのかーー」



 妖魔の国は、平和な国へと大きく変化している。


 誰がやったのか、魏晋にはわかっていた。


 この先に向かうとしたら、冬花への逆戻りか、春斎国しゅんさいこくになる。


 そして恐らく、かの皇太子の考えならば冬花へ隠れ戻るより、先に進むだろうと魏晋は推測した。


 間諜として公道より最短の道は幾つも頭の中に地図を持っていた。


 春斎国には呂元帥の手下が幾人もいる。特に黒尾こくびこと劉黒鵜りゅうこくうは危険な存在だ。


 星游せいゆうならば黒鵜を討ち漏らすこともないのかも知らないが、間諜には間諜の戦いがある。



 魏晋は神ではない、まさかあの星游が疲弊し、龍星りゅうせい慧斗けいとといった者に襲われていたことは知るよしもない。


 だが、慢心は魏晋には持ち得ないものだ。


 春斎国へ急ぐ足は、俊敏で、誰よりも密やかに進む。


 士學たち一行が魔物を排除して回ったせいで、行手に必ずいると確信をしながら。




 ***




 星游せいゆう青祥せいしょうは洗濯物をしていた。


 春斎しゅんさいで服を買うとはいえ、雪燕せつえんを筆頭に全員が汚れている。


 妖魔が荒した痕跡の残る無人の里で、壊れかけた風呂を発見したので雪燕を先に風呂に追いやり、洗った服は火の傍で乾かしている最中だ。



「しかし、上達しないもんだな」


「長い得物は特に駄目だってことはわかったけどさ」



 背後でそれなりに大きい魔獣を相手に、りょうが一人奮戦している。


 大きな武器はどうにも間合いが分からない様子で、今は短刀を愛用しているが、身軽になるとすぐに武器に頼らなくなってしまうのだ。


 全員であれこれ云うと陵がむくれてしまうので、小言と説教は士學しがくに投げている。



億仙おくせんが、あれじゃ武器をくれるかどうやら」


「星游が云っても駄目なもん?」


幽魔ゆうまは、条理や道徳を重んじる、特に億仙みたいな長生きのやつは。だから龍星とかいうのが嫌いなんだろう。俺が無理強いしたら契約を解除しろとか言い出すぞ」


「解除なんて出来るわけ?」


「まあ、使役する俺が死ぬか、妖力が不足したりすれば向こうから解除できるし、あとは俺次第だが、幽魔ほどになれば嫌な命令は従わないかもしれん」


「なんか、それって俺より自由な身分じゃないか……」



 青祥の言葉に、星游が思わず吹き出した。


 後ろから丁度士學が陵にがみがみと怒鳴っているのが聞こえてきて、星游の笑いが止まらなくなる。



「兄上、どうしました?」



 士學と叔玄しゅくげんが交代で星游の袍を仕立てているのだが、だいぶ完成に近づいているようだ。


 叔玄が針と糸を持って、星游たちを覗き込む。



「俺が、士學様の俺の扱いが星游の使い魔以下だって云ったら笑いのツボにはまったらしい」


「それはまた、ご愁傷様です」


「否定じゃないよね、それ!俺は否定の言葉を期待してたんだけどな」



 そこへ小ざっぱりとした雪燕せつえんが現れた。


 星游の外套が未使用だった為に渡したが、汚れが落ちたせいで上気した頬と時折見える生足が、初めて娘らしさを見せていた。


 手には大きな革袋を持っている。



「こんなもの見つけた」


「なんだ、飲み物か?」


「お酒、そんなに古くなさそうだけど」


「へえ、どれどれ」



 雪燕をあまり女として捉えていなかった青祥も少し気恥ずかしかったのか、雪燕から革袋を預かると一口つける。



「うん、まあまあいけるな」


「良かった、傷んでないんだね」


「まさか俺を毒味にした!?今」



 雪燕がちらりと笑うと、自身も口をつけた。


 叔玄にすすめたが、縫い物の途中ですからと断られる。


 此の頃、酒は気付けの薬ともされており、十五ならば呑んでいることも珍しくはない。


 ただ、薛子塾のときから太老が時折飲むくらいで、あまり飲む習慣はなかった。


 星游も同様で、珍しく慎重に口をつけること、二回。


 三口目にして、叔玄が異変を悟った。



「兄上!?」


「ふにゃぁ」



 端正なその顔が真っ赤になっており、いつもは鋭いその眼光も、とろんとして焦点が定まっていない。



「星游!?」


「兄上、しっかり!!」


「まさか、たったそれだけで酔ったのか!?」



 揺すられても、今の星游は「うにゃぁ」と云うばかりで、腰がくだけている。



 返り血まみれの陵と、声が枯れるまで指導していた士學が合流すると、北英から妖魔を全滅させた英雄は酔って雪燕の膝で猫のように丸くなってた。


 叔玄が風を送って酔いを覚まそうとしているが、どうにも無駄らしい。


 青祥が洗濯し終わったものを干しながら、事の顛末を報告すると士學と陵は爆笑した。



「英雄酒を好むというが、星游には当てはまらんようだな」


「兄者がまさかそんな弱点あったとはなー!そういえば一回も飲んだとこ見たことなかったしな」


「笑いごとじゃないですよ、可愛いだけの兄上なんて始末が悪すぎます」



 膝でごろごろしている星游の紅い頬を雪燕が突く。



「ふにゃぁぁ」


「……ほんとうだ、どうしよう、星游がかわいい……」


「まあ、ちょうどよい休憩になったではないか。今度から星游を休ませる時は酒を盛るということを学んだな」



 笑いながら、喉が乾いていた士學が酒を一気にあおる。


 陵もそのおこぼれに預かろうとして叔玄に睨まれ、とりあえず酒は諦めた。


 星游が猫のようになっている状態で万が一陵まで酒乱などという事態になったら、面倒なことこの上ない。



 ふと青祥は気がついた。


 数十年供をしているが、主君が酒を飲んだのも初めてではなかったか。



「士學様、ちなみにお酒は大丈夫でしたっけ……?」


「え、まさか公子こうしまでそんなわけはーー」


「うるはい、青祥。このくらいで酔うわへなはろう」



 叔玄と青祥が顔を覆った。


 士學の性質なら、酒豪かとつい思っていたが、星游とは違う意味で面倒なことになったらしい。



「公子まで酔っ払ってんだけど、それ、そんなに強い酒なのか?」


「ううん、一口のんだけど、そんなにきつい酒じゃなかった。ね、青祥?」


「俺もそんなに飲んだことはないほうだけど、あれは料理に使うような感じだったと思う、うん……なんというか、最強の二人がこの有様になるとは」


「今後は全員、禁酒にしましょう。公子と兄上がこんな有様とは、恐るべきは酒です」



 何をそんな大げさな、と笑い飛ばしかけた陵が士學に掴まれる。


 ろれつが怪しいものの、尻尾がどうとか云っているので陵は尻尾を犠牲に士學の首しめから逃れた。


 星游は未だ雪燕の膝で幸せそうに丸まっている。



 以後、一行は禁酒と掟にし、翌日星游と士學の記憶がまるでなくなっていたのだが、誰に聞いても何も教えてくれないので、二人だけが不思議がっていた。




 .

魏晋が向かいました。此の人も今回キーになります。皆さん覚えてますか!?w

後半、初のおちゃらけ回?こんなレベルかよ、って思われてらすいません・・・これが限界でした!

色々とパーフェクトな士學と星游に、弱点を与えようとしてなかなか書けずにいて(緊迫しつづけのせいで)春斎でやっとこさ出ました、本来春斎のあと北英編の予定だったんですが・・・そうすると雪燕がいなかったわけで。ファンタジーかつ、古代の話しなので未成年飲酒!と思わないでくださいwワインは子供の飲み物!みたいな感じで、飲んでても問題ない世界ということで。他にも弱点は考えていたんですが、、酒乱(からみ酒)と、ふにゃふにゃになる二人を描きました。作者は日本酒4合飲んでも酔いもしないし、たらねーなといううわばみですが、酔えちゃうひとが羨ましい・・・(どうでもいい)青祥はたしなみ程度(ビールだと5杯けないくらい?)雪燕はそこそこ飲めちゃう感じで(度数無視で)叔玄と陵は未だ早いかなー。でも飲めば多分、二人はイケちゃいそうですが。

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