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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
残酷なる希望と優しい嘘と

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せめて人間らしく 壱

春斎編、開幕



[せめて人間らしく]壱




 春斎国しゅんさいこくは、魔物に寛容とされている。鬼子でも官吏になれる者もおり、必然的に鬼子が多い国であった。


それでも差別は人の数だけ存在するのだ。


人々の中には国の方針が弱腰であり、其のせいで冬花国とうかこくに領土を奪われたと避難する民も多い。


そうした鬱憤が北英ほくえいから避難してきた人々に向けられて、首都から遠い地方では、度々揉め事が起きていた。



「やめて!お願いします、それだけは」


「うるせぇ、やっちまえ」



 北英の民の殆どが身ひとつで逃げ込んできている。


若い娘は妓楼に、若い男は重労働で、家族を支えるものがいたが、小さな子供連れや老年の者たちは生計を立てようがない。


 寄せ集まって、家というには粗末な庵で細々と生活してきたのだが、その屋根に火が放たれた。



「北英からは魔物が流れ込んでくる、貧乏な流民がくる。勝手に戦争しかけて春斎に逃げ込んでくるたあ、いい迷惑だ」


「こっちだって生きてくのが精一杯なんだよ、そのお情けにすがろうなんざ、ろくでもねえ。だから国が傾くんだ」



 口々に罵って、火を放った男たちが散っていく。


住む場所を奪われた人々は、只々燃えていく庵の残骸を眺めて立ち尽くしていた。



 悲嘆の声すら彼らにはない。


今夜を凌ぐ寝場所を求めて、背中を丸めながらばらばらに歩いて行く。


声なき嘆きが、悲しい空気を染めて広がっていった。




***



「このッ!!」



 りょうが力任せに繰り出した大刀が、妖魔の体をえぐった。


続けて斬撃を放とうとした陵に、暴れる妖魔の尻尾が激しく叩きつけられる。


 血を流しながら巨体を揺らして突撃してくる魔物の角を、反射的に素手で折り取った陵に、傍観する集団はため息をついた。



 春斎しゅんさい北英ほくえいの国境は、冬花とうかと北英との国境と似たり寄ったりの惨状で人気ひとけはない。


北英で星游せいゆうの殲滅から逃れた魔物と出くわすので、陵の武器の訓練として他の仲間はなるべく手出しを控えていた。



「全然駄目だな、力任せに振り回しているだけで一撃で致命傷を与えられておらん」


「咄嗟に手がでるようじゃ、武器を使いこなせるまでいつになるやら……」


「俺の矛、士學しがく様の剣、どれを試してもいまいちだったけど、星游の大刀も、これは持て余してるなぁ」


「と云っても、前でどんどん倒すのが陵の持ち前なわけで、僕の弓を渡しても意味がないでしょうし。陵の場合、当てる前に弦をちぎりかねないというか」


「思ったより、これはちょっと悲惨かも……もう少しコツを教えたほうがいいんじゃ」



 手出しはしなくても、口だしはする仲間に陵が何か怒鳴ったが、魔獣の土煙で星游たちの元にはその声は届かなかった。


 ますます凶暴化する妖魔に、士學が此処まで、と宣告する。


士學が双刀を抜き払い、青祥が矛を構えて、陵に武器の扱いを指導しながら軽々とその巨躯を仕留めていく。



 星游、叔玄しゅくげん雪燕せつえんは加勢するまでもないので、そのまま平然と野営の準備を始めた。


星游は未だ本調子ではないので、なるべく休むこと。雪燕もまた無理をしないように士學に強く云われている。



 ただ、いままでにない悩みは雪燕が加わったことで今までのように雑魚寝の状態というわけにいかなくなった。


雪燕も長く洞窟で生死を分けた生活をしてきたので、とりわけ男世帯の中で寝ることに意見はなかったが、士學が強く反対したのだった。


そこで天幕を二つたて、未だ危険な地帯のために青祥か陵が外で座ったまま見張りを兼ねて仮眠をするような形式でとりあえず落ち着いている。



 見張りには士學も志願していたが、さすがに皇太子として一行の主君として、そうしたことをさせるわけにいかない。


雪燕に女として配慮するなら、士學にも統率者としての自覚を促すべきだと星游にたしなめられることになった。



「脇が甘い、いつものように素手の感覚で踏み込んでどうするのだ。武器の特性と長所を理解しろ、今のままでは武器を振り回しているのではなく、振り回されておるだけだ」


「違う、そうではない!無駄な動きが多すぎる!」



 未だ片付かないのかと星游が見ると魔物はとうに倒されて、陵と青祥が打ち合うのを士學が叱咤している。


雪虎せっこを呼んで死骸を片付けるように云うと、星游は叔玄が調理しているのに加わった。雪燕は料理が下手だということが判明して、調理の際は戦力外だ。



「兄上も休んでよろしいのに」


「いや、少しずつよくなってきてる。そう兄を甘やかさなくていいぞ」



 天幕に杭を打って固定した雪燕せつえんが薪を拾いにいくと声をかけたので、叔玄しゅくげん星游せいゆうの背を軽く押した。



「未だここは血の匂いもしますし、雪燕殿お一人では危険があるかもしれません。兄上も行ってきてください」


「そうか、りょうのやつがやたらめったらに斬りかかるから、どうも毎度血生臭くなるのは困りものだな。俺が倒したほうが早いんだが」


「兄上も陵を甘やかしてますよ。鍛錬の為ですから、ここは少しの間は陵に戦わせないと」


「やれやれ、しばらくはかかりそうだがな」



 星游が無駄口を叩きながら雪燕を追っていく。


 叔玄は義兄の姿が見えなくなってから、白い自身の手をしばらく凝視した。



 ーーやはり、違う。



 薛子塾せつしじゅくで一番怪我をしていたのは星游である。それも必ず魔物ではなく迫害する里の人間の手によってのみだったが。


薛太老せつたいろうは手をあげられても反撃してはならぬと言いつけた一方で、なるたけ星游たちが危害を加えられないように神経を使っていたが、里の外までいって買い物をしてくることが多く目が行き届かないことがしばし。


また里の人間も薛太老のかつての地位を知っている、わざといないすきに危害を加えるのだから矢面にたつ星游は怪我に慣れてしまった。


それを必死に何度と癒やしてきて、叔玄はもう目隠しされても星游だと分かる「気」の感覚がある。


それが玄武召喚の後から、慣れていたはずの波長が変化しているのだ。


星游自身はその違和感を感じていないので、癒与いよである叔玄にしか分からないものなのかもしれない。



 それにどういう意味があるのか、叔玄は胸の中にしこりのようなものを抱えていた。




.

前後でまるで違うテンションでしばらくお届けになります。穏やかと思われた国にも闇はあるのです。

そしてしばらく素手少年がボロクソに云われて不機嫌です。青祥だといつものことかと思いますが、陵だと新鮮ですね(?)次回、多分この作品最高のイレギュラー発生回です。

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