密かなる同盟 陸
次回から春斎国編スタート
[密かなる同盟] 陸
火が煌々と月夜の下で光っている。
これ以上の強行軍は星游の体によくないとして、春斎国まであと一日と少しの場所で、一行は野営をしていた。
雪燕は妖魔が襲ってこない環境に未だ居心地が悪そうに、周囲を警戒している。
陵と叔玄は料理をして、士學が縫い物を進めている為に、青祥は井戸の水を浴びていた。
星游は壺中宙が集めてきた食料を出させると、雪虎に寄りかかってうとうとしている。
「あんな兄者、初めてだ」
「城ではもっと限界でした。僕らではあの連中とはやりあえません」
料理をしながら義兄弟二人は、密かに会話して暗い顔を見合わせた。
「今のところ全員が力不足なわけです、ただもう塾はないし、安定した場所で鍛錬するわけにもいきません」
「どうすんだ?いつ来るかわかんないわけだろ」
「そうです、このまま南了にいっても危険なんですが……」
星游は、ふと内なる声がして身を起こす。
未だ五感憑依が出来なかった頃は、よく異変を告死天使が影の中から声をかけて伝えてきたが、今の主は北英で契約したばかりの幽魔である。
「億仙、どうした」
「少しよろしいか」
「ああ」
億仙は名工の魔として著名ではあるが、伝説的な宝剣などを作ったとされ各国に、これぞ億仙の品であると伝えられるものは僅かであった。
星游も薛太老から伝承としては聞いていても、虹をきった話など子供騙しの説話だと思っていた。
それが北英で億仙から話しかけられて、本当に存在したのかと驚いたのだが、玄武召喚の衝撃と疲労ですっかり忘れていた。
「では、失礼して」
星游の影が収斂して人影を出現させる。
現れたのは、見目麗しい乙女だった。刀工という想像からは程遠い姿である。
士學や、顔を洗って戻ってきた青祥も驚いて駆け寄る。
唐突に出てきた幽魔に、叔玄と陵は反射でに手をかざした雪燕の腕を抑えた。
「少しは回復されたようじゃな、独断で出てきてもよかったのじゃが、主君の身に差し支えていかぬと頃合いを見ていたのだ」
「そうか、すまない。思えば何度か呼ばれた気配はしてたが、そこまで余力がなかったんだ」
「めったに人には仕えぬが、あの神魔のせいでそうも云っておれなくなったのじゃ。そなたにはまだ見込みがあるゆえ契約したのじゃ」
雅な乙女の姿とその口調には落差がある。
星游が端的に、使役した幽魔の億仙だと仲間に伝えると、全員が目を瞠った。誰しもが億仙など伝説の魔物だという認識がある。
「龍星のせいとはどういうことだ」
「あの神魔は、幽魔狩りをする、儂のような人型で人間に力を与えるようなものは特にじゃ。百年ほど隠れていたが、そろそろそうも云っておられぬ。だがあやつと契約するのも消えるのも癪でな、それにそなたにはあやつにないものを持っておる。神魔の血を引く鬼子としては稀有なことじゃ」
自分にはやはり神魔の血が流れていることを知らされて、星游は呻いた。
士學たちは、あっさりと百年という言葉が出てきて再び当惑する。
魔物は長生きしているというが、それも魔物を畏怖する想像からなのか事実なのか、真実を知る人間はいないだろう。
「あいつになくて、俺にあるものとは何だ」
「仁の心、仁の精神。他者をいたわり、他者を助け、徳をもって生きる。あの神魔にはそれが出来ぬのじゃ。そうしたものが理解できず、力で相手を歪め、脅す。そうしたことしか出来ぬのだ、あやつはもう二百と五十年以上、そうして生きているのじゃ」
「二百……五十?」
星游だけでなく、皆で声を上げる。
冬花の国の歴史さえ未だ百二十年ほどでしかない。
億仙の言葉通りならば、龍星の生まれは国の建国以前ということになる。
「知らなかったのかえ」
「そもそもあいつの存在も知らなかったんだ、俺の思考は読めているはずだろう、茶化すな」
契約したものは星游の中で息を潜めているが、高位の魔物でなくとも召喚魔となれば主君の気分や考えは影で読み取れるのだ。
高位の第五格の幽魔ともなれば星游の過去など簡単に把握できるはずだった。
召喚する当人は数を抱えればそれだけ複雑化する、影の中から声をかけてこない限り内情まで分からないのは星游が未熟なのか、鬼子故なのか。
億仙はそれと知ってか玉を転がすような声で笑ったが、その声は寧ろ好意的であった。
「主君をからかうことが出来るのも一つの特権でな、気を悪くするでない。それでーー悩みを儂が一つ解決して差し上げようと思ったのじゃ」
「悩みーー」
「このままではあの神魔に勝てぬ、と。仙魔に対抗する力が欲しいーー違わないはずじゃが?」
「億仙が、その力をくれるというのか」
「まあ、使いこなせるかは当人の資質と努力も必要ではあるが、魔をより良く切れる武器を儂が作ろうというのじゃ」
「本当か!?ーーーー頼む、俺にはあいつを倒さなければならない。あいつが真実神魔なら、その武器が欲しい」
億仙は、機嫌よく腕を組んだまま星游を見る。
そして頷いた。
「召喚しているのだから命令してもよい、だがそなたは其れをせずに頼むと云う。その心根が良し。儂に任せよ、きっと良いものを作ろうぞ」
「私にも頼む!」
横合いから割り込んだのは士學だった。
臆せずに億仙の目を見つめて、真摯に頭を下げる。
「お、俺も!」
「俺にもください」
陵と青祥が飛び出して士學と並ぶ。北英にきてから、何度も無力を痛感してきた。
星游に頼り切り、自力では何もできなかった、その悔いは強い。
叔玄と雪燕は視線を交わしてから、無言でその隣に座した。
「ふむーー主君も、どうやら気持ちは同じようじゃな。ただし、そこな小僧、お前は中々に難物じゃ」
億仙に指を指されたのは陵だった。
「俺!?なんで?青祥ならともかく」
「小僧、おぬしは武器に疎い。いきなり名工の作を使いこなせると思っておるなら甘いぞ。億仙の武器は魔を裂き人の血脂も残らぬ、人間には作り得ぬものじゃ。先ずその辺の凡庸なものから鍛錬するがよい」
「雪燕だって素手じゃんか……」
武器を習っていれば良かったと後悔したのは事実だが、一人だけ未だ及ばないと宣告されたのが陵には悔しい。
雪燕は気まずそうな顔をしたが、星游が義弟の頭を軽くはたく。
「そこの娘は、死線を多く越えておる。おまえとは比べ物にならない数じゃ。武芸もそこそこ嗜んでおるはずであろう」
「武芸というほどじゃ。ただ、鬼子の力に頼り続けているといざという時に力が尽きるから、いやでも武器は使ってきた。最近は武器も手に入らなくて、能力頼りだったけど」
「そういった死地の体験は自ずと体現されておる。刀工として儂が見間違うことなどないのじゃ」
慰めたつもりの青祥の手を、陵が八つ当たりで背負い投げた。
顔を洗ったばかりの青祥が、再び土まみれになる。
従者の災難など士學には関係ない、億仙の言葉に碧の双眼が輝いた。
「では、全員分作ってくれるのか」
「時間はかかる、材料や鍛えるのはそう簡単ではないのじゃ」
「そうであろうな、礼を云う」
鷹揚に頷いて、億仙は星游を見た。
「では、今しばらく主君の側から離れるが、儂が動いてもそう主君には力を浪費させぬから安心してよいぞ」
「大丈夫なんだな?」
「これでも幽魔の端くれ、自分でも相応の妖力は蓄えておる。百年ほど貯めた力ならば其の中で賄えよう」
云うなり、億仙のたおやかな体はその場から消失した。
雪燕が見渡したが、何処にもその姿は見つけることができなかった。
一方陵は、青祥の矛を奪ってすぐさま振り回し始める。
しかし青祥の矛は青祥の長身に合わせた大きさであり、普通の矛より大分長いものに成っているので、叔玄と雪燕はすぐにその間合いから逃れた。
「下手くそ」
と、これは背中を反らして矛を避けた星游のぼやきである。
士學が双刀でそんな陵の相手をしだしたので、青祥は放置されて煙を出し始めた鍋に急いで近寄った。
「とりあえず、少し問題は解決しそうですね。とはいえ、兄上の召喚魔の力をまたしても借りているわけですけど」
「億仙は、他の妖力を欲してる使い魔とは桁が違う、龍星の餌食や手下になりたくないのが本心だろうから、そう気にすることもないさ。実際、俺に手を貸さなくても問題なかっただろうし。契約したのは気まぐれだろう」
「武器を使いこなせるか自信はないけど、私も頑張ろうと思う。足手まといになりたくない」
「雪燕は、まず肉をつけないとな」
つい少春を相手にする気軽さで、星游が雪燕の頭を撫でると、その年下扱いに雪燕がふくれる。
実際は雪燕のほうが二つも年上なのだが、星游には痩せたその体がいじましくてどうにも妹のような扱いになるのだ。
突如星游が叔玄と雪燕を抱えて、横倒しになる。
その頭上を、陵の手からすっぽぬけた矛が回転して通過していった。
「まだまだ、道は遠そうですね」
「何も手が打てないまま進むよりはマシさ。何をしたらいいか見えただけ気分はいい」
星游の腕の中で、雪燕がもがいている。
叔玄は苦笑しながら、頭上を見上げた。
空は降るような星の光りが鈍く光っている。
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また新キャラ?しかも女子。でも人間じゃないし。定番の力が及ばないからのNEW武器でレベルアップのターンです、、とはいえ武器が手に入るまでにだいぶかかるのですが。必殺技などはおきないので、安心してください(何に
刀工なのはキャラ一覧で随分前から乗っていましたが、それこそ出す暇がなくてこんな遅れてしまいました。ひとり武器が怪しいやつがいますが、今後頑張っていくんじゃないかなぁ(曖昧
龍星が嫌っている幽魔ですが、幽魔に嫌われやすいのが実際ですね。幽魔はこれと見込んだ人に何かの力を与えたりしていましたが、太古のはなしで龍星のせいで隠れている感じです。魔というより仙人みたいなものだと思っていただければ、イメージしやすいかなぁ。