密かなる同盟 肆
[密かなる同盟] 肆
士學たち一行は北英の王族だけに別れを告げると、夜半の中、ひっそりと城をでた。
徒歩で星游は青祥に担がせようと士學が主張したが、星游は雪虎と雷鹿は一番付き合いが古いから疲れないというので、四人は雪虎の背にいる。
とはいえ、呼び出した星游も未だ顔色は悪く、雪虎の背中で倒れるように眠っていた。
夜中といえど、妖魔の影もない。星游が魔物の巣まで焼き払い、呼び込まないようにした処置が未だ有効なのだ。
四人を乗せていても軽々と闇の中を走っていく雪虎の上で、寝ている星游を起こさないよう三人は無言で揺られていた。
青祥はこれから先のことを、叔玄は自分の力のことを考えている中、士學だけは険しい顔で端正な面を歪めている。
城を出る前に、陵たちの様子を聞いて士學は北英の鬼子の生き残りはたったひとりであることを知った。
城内では介護に明け暮れ、そのあと慧斗に襲われて、詳細を聞いていなかったのだ。生き残った鬼子と陵が脱出したとは知っていてもそれが一人だったとは、思いもよらないことだった。
それを知っていればもっと北英の王を責めていた、たとえ皇太子という身分を認めてもらえなくとも。いずれは同盟を結ぼうという話を反故にしても。
北英に来たのは士學の思いつきでしかない、だから何故もっと早くこなかったのかという悔いは無意味だ。そも薛子塾を追われなければ北英にくることもなかった。
誰も彼もを助けることは出来ない、と魏晋に云われて、出来る出来ないではなく、やるのだと。己がそう云った癖に出来たことの少なさ。
勿論、士學が星游たちを連れてこなかったらこの国は滅ぼされていただろう。
死臭の城はいずれ妖魔に破壊され、死人の国として魔の汚染を広げていくだけになっていたはずだ。それでも、士學に出来たことは餓死者を減らしたことがせいぜいで、あとは星游ありきであった。
その自分が許せない。なんという思い上がり。
白々と夜が明けていく。その暁の光りが眩しい。その暁光を浴びながら士學はその光と同じ色の髪をかきあげた。
生き残った鬼子にはどれだけ責められて許されなくても、謝りたい。そして己の無力をきちんと見届けないままこの国を去ることは出来ない。
「雪虎、鬼子がいたという洞窟にはどのくらいで着く?」
『昼には』
「昼だそうです……公子、どうされました」
星游に寄り添っていた叔玄が眠たそうな顔で、雪虎の言葉を通訳した。
青祥は矛を抱いたまま、いつの間にかうつらうつらと揺れている。
「洞窟を、見てみたいのだ」
「でも、雪燕殿が土砂で埋めてしまって中にはもう」
「それでも、良い」
「なら……其処に集合させよう。雷鹿にも近くになったら声をかける」
「兄上!」
叔玄が星游の口を湿らせていた布巾をどける。
城を出てきたときよりはその顔には生気が宿っていた。とはいえ、叔玄が食べ物を進めても首をふるのは食べるほどの体力を未だ回復していないのだろう。
「しかし、陵たちは北英に戻ることになるではないか」
「士學が目にして覚悟を決めたいのなら、麾下の俺たちも同じものを見て覚悟を決めるべきだ。士學だけが責任を感じるものじゃない、これは俺たちも受け止めるべきだろう。陵も十四とはいえ俺が士學と出会った齢だ、付いてきたからには甘えは許さない」
「雪燕殿が一人になってしまうかもしれませんが……」
「近辺に魔物はいない、なんなら雷鹿を残して他のものを送りにだしてもいい」
「わかった、では、星游の云う通りにしよう。私の我儘に付き合ってもらう」
雪燕という鬼子に責められるならば、自分たちも一緒にその責めを負うというのだ。
あれだけのことをしてのけて。星游は一人で妖魔を一掃して叔玄は癒与として多くを助けた。それでも責任を士學だけに押し付けない。
なんという友人と、そして麾下に恵まれたのだろう。
だからこそ、その期待に背かない主君であるために、士學はきちんと自分が首を突っ込んだことの結末を最後まで見届けなくてはならない。
朝日が完全に昇ってから少し、星游は水を被って体を起こした。
自身の影に何やら呟く、雷鹿へ指示をだしたのだろう。
明るくなると尚の事、北英の変化がはっきりと分かる。本当に北英全土から魔物が消えていた。
「雷鹿によると、雪燕もくるようだ。けじめをつけたいと。一応、先につかないようにゆっくり来いと云ってある」
「そうかーー」
「もう何日も陵と二人で、大丈夫だったんでしょうか。陵が無神経なことをしてなければ良いのですけど」
「叔玄が心配することないさ、陵はあれでけっこう気が回るよ」
心配する叔玄を、起きて食べ物を食べだした青祥が励ました。
「いえ、そういうことではなくて。雪燕殿はーー」
「見えた」
星游が遮って、全員が目をこらす。
冬花の方角からややそれた方向からくるのは、雷鹿が大きく迂回して先につかないようにしたせいだろう。
嬉しそうな陵の笑顔と、複雑そうな顔の白髪の髪の主は星游たちを見ると、会釈する。
「兄者!やったな!すっげぇ」
「陵、落ち着きなさい。雪燕殿を紹介するのが先です」
雷鹿と雪虎が合流し、それぞれが召喚魔から降りた。さりげなく星游がおりるときに叔玄が支えたのだが、それは陵たちには見えていない。
再会は慌ただしく、雪燕はおずおずと前にでて士學と青祥の前でお辞儀をした。
「宗雪燕だ、助けてもらって感謝すーーーー」
「すまなかった」
士學は膝が地面で汚れることも厭わず、雪燕がお礼を言い切る前に頭を下げる。
「北英の王族には差別をなくすよう云ったが、そなたには何の慰めにもならん。身内の一人として謝罪させて欲しい。無論こんなことでは気が済まないであろうが、他の鬼子を助けられなかった」
星游も膝を折ろうとするのを士學が碧の双眸で止めた。
これは、士學個人の謝罪だ。責任を共に背負ってくれることと、謝罪は別なのだ。自分の血縁が起こしたことならば特に。
「そんな、公子が謝るようなことじゃ……身内なのは陵から聞いているけど、公子は無関係で助けてくれたじゃないか」
無関係じゃないのは自分だと、星游は俯いた。身内云々を云うならば、大戦の原因は星游の身内のせいであるというのに。
その星游の手を、叔玄がそっと握った。そこからは癒与の力と慰めるような気配が伝わってくる。
「その洞窟がここなのだな?」
「うん、この手で……埋葬した。遺品がこの箱に」
「開けてもよいか?」
「うん、それはもちろん……」
膝をついたままの士學が、雪燕が大事に抱えていた箱を開けた。
ほとんどが髪、そして服の一部。どれもが汚れているのに、士學はそれを丁重に指を添えてその思いを読み取ろうとするように触れていく。
「これほどの民が間に合わなかったーーすまない、すまない……」
それは人妖たちが葬った墓の前でも青祥が聞いた慟哭だった。
十数年共にいて、これほどの悲嘆はみたことがないという青祥が耳にすること二度目の切ない叫びだ。
「全ての国を救えるわけじゃない、だから本来は謝ることではないんだと思う。それでも此処は士學を皇太子と認めた国で、士學が覚悟を決めた国だ。鬼子の偏見を無くす最初の一歩になるだろう」
「兄上も、龍星とやらのことで責任を感じる必要はないのですよ。兄上はやれることをやったんですから」
「そうだな……頭では分かっている。けど、負い目も怒りもある」
そっと会話をする星游と叔玄は、青祥に促されて今はもう埋まった洞窟の跡地に深々と頭をさげる。
陵の双眸異色にも涙がたまっていた。
雪燕もまた、洞窟だった場所を見つめる。此の人たちの嘆きが、死んでいった仲間たちに何よりの供養になるだろう。
何年も希望なんか見えなかった。洞窟に逃げ込む前も、何十人もの鬼子が魔物の牙にかかった。そして永い飢えとの戦い。
「生きて、みるよ。緋聯、桂花ーーー」
これほど彼女たちを惜しんでくれる人たちは、同胞以外にはいなかった。
だから、付いていこうと思う。此の地で弔ってくれた人たちならば。
「くるか?」
琥珀と銀糸の双眸異色の目元を和ませて、雪燕を見る星游に、頷いてみせた。
もうひとりで戦うことがないのだ。
未だ祈りを捧げる彼らと共にいくことを、かつての仲間が喜んでくれるはずだ。
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やっと雪燕がパーティに参加。次回、雪燕の秘密が明らかに。青祥ファンの意見が増えて、密かにあたりが強くなっているのも次回ですw楽しみにしてくださいw(そこ
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