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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
第壱章 月と星の宿命は始まりき
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一つ星が瞬いて・弐

 

[ひとつ星が瞬いて]弐





「兄者、おかえり!」



 黒髪に、黄金色と紅色の双眸そうぼうの少年が、飛び出すなり星游せいゆうに抱きつく。


 星游同様、双眸異色そうぼういしょくは鬼子の証なのだが、この少年には更に大きな尻尾が生えていた。



りょう、まだ起きていたのか」


「兄者だけで華山かざんなんて、ずるいだろ。俺も行きたかった」



 趙陵ちょうりょうもまた、薛子塾せつしじゅくに住む子供だが、多くは人妖じんようの鬼子の生まれの中で、只一人魔獣の血を濃く引く異色の生まれである。


 怒りで我を忘れると尻尾どころか獣耳に巨大な鉤爪まで出現するせいで、制御できるのは星游だけだった。


 星游が妖気の波動を当てて失神させ、起きた陵を薛太老が説教すること十二年。


 それでも尻尾が目立つ所以に昼日中の外出が滅多に出来ない少年は、常に力が有り余っているのだ。



りょう、我儘を云っては駄目ですよ。兄上は里の為に危ない場所に一人でいかれたのです」



 窓辺で本をめくっていた少年が、礼儀正しく血気の逸る陵をたしなめる。


 彼の姓名は潘叔玄はんしゅくげん。紫紺の髪に、紺青と紫の双眸異色の持ち主で、未だ十三の齢には似つかわしくない淡麗な美貌をしていた。


 鬼子の多くは妖しい血のせいか外見に恵まれているが、星游が清爽で凛としているなら叔玄しゅくげんの場合は美麗とか美童という言葉が似合う。


 癒与いよという人妖を親に持つことが薛子塾で一人、出自が明らかなのは、言葉を発する前に人の怪我を癒やした所以による。


 人妖じんようの中でも害がなく、癒与の名は有名だ。


 春斎国しゅんさいこくなどでは重用される能力で、叔玄ならばと幾人か引き取りたい旨を申し出てきたこともあるが、当の本人は薛子塾に恩義と兄弟が居ると断ってしまった。



「叔玄、遅くなってごめんな」


「いらぬ心配をしただけのことで、兄上が謝ることではありません」



 万が一星游が怪我して戻ることがあれば、と気を回して起きていたのだろう。


 最年長の星游せいゆうを、薛子塾の子どもたちは義兄弟の契りを結んでいる。

鬼子というだけで差別され、石を投げつけられることも日常の世界で、異形の彼らはそうして団結するしかなかった。



 その全員が別々の姓を名乗っているのは、太老が拾った土地や季節やらその時食べていた物などが由来のいい加減なものだ。


 太老たいろうは実子の如く育てているのだから薛姓を与えたかったのだが、冬花国の支配者、呂元帥に嫌われている太老の姓を使うことを回避するにはそれぞれが違う姓のほうが安全だと判断したのである。


 星游に至ってはなしをしゃぶっているのを拾われた為に李姓を付けられたが、もし桃だったらとうとされていただろう。


 星游という名前だけは捨てられた産着に縫い付けられていたので、顔も知らない親から与えられたのは名前だけであった。



「ほれ、さっさと寝るんじゃ。明日か明後日にはまた新しい子がくるでな」


「くるって、どういうこと?」


「育てる金銭のない親御でも相談にいらしてたんですか?」



 陵と叔玄が不審がった。一方星游のほうは首をかしげたきりである。


 今までは捨てられた赤子を薛夫妻が見つけてくるから、前触れなく家族が増えるのだ。


 逆に、奥の寢室に寝ている少春しょうしゅん泉泉せんせんは親に預けられたという体で捨てられた子供だ。


 だが、薛子塾にこの数日来客など見たこともない。



「そなたらとは違って、また事情があるのだ」



 太老の顔にはいつにもない緊張感がある。


 子供が増えるときはどんな事情がある時でも、喜んで迎える太老には初めてのことであった。



老子せんせいが云うことに逆らったら駄目だ。今日はもう寝よう」


「じゃあ、俺は兄者の隣!」


「僕はその反対にします」



 子供にしては全員が背丈があるが、小さい頃からいつでも星游を挟んで眠るのが習慣になっている。


 仲良く蒲団に潜り込むのを見届けて、太老が引き戸をしめた。



 太老が台所に戻ると、夫人は外に魔除け香を焚き、どこの家でも常備しているつっかい棒で玄関を閉じていた。


 星游を気遣って香を焚かなかったのだが、実際嗅覚の鋭い陵以外の鬼子にはあまり効果はない、あくまで気休めである。


 太老のかつての武勲で里の人々はそれなりに敬意を持ってはいるが、それでも鬼子を育てていることに対しては眉をひそめる人間のほうが多い。


 せめて形式だけでも外の視線を気にして、魔を忌む習慣に倣うのは夫人の配慮だ。



「……相公あなた


 振り返った夫人の顔にも、太老と同じ深い懸念の色が浮かんでいた。



「わかっておる、例の御子は今日到着するはずじゃった。明日の昼まで到着せなんだら、こちらから探さねばならん……手遅れでなければ良いが」


羅太公らたいこうの家にも、とうとう間諜が忍び込んだのでありましょうか」


「破国の手先は国中に及んでおる、こことていつまで安全か……」



 呂元帥を侮称しながら、太老は険しい表情で吐き捨てる。


 子供らの前ではけしてこのような顔は見せたことがない。かつて朝廷の右将軍だった威厳が太老に余計悲壮感を漂わせていた。



「誰を迎えにやりますか、もし迂回し続けていたら見つかるかどうか。妖魔だけでなく追手もいるやも」


「星游を」



 太老は一瞬も迷わず即答する。



「星游には全幅の信頼を置いておる、あやつで見つからねば四嬢しじょうの命も無駄になったということだ」



 こらえきれずに、薛夫人は顔を覆った。






 .


さぁ、キャラが増えてきました。まだまだでてきます、すいません。なんとか名前を覚えてもらえると嬉しいです。

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