密かなる同盟 壱
[密かなる同盟]壱
「この国をともかくも出なければならん」
星游がうっすら目を開けた時に士學が断言した。
青祥は動揺して叔玄を見る。星游は回復しきっておらず、北英に来て只人々を魔物から救っただけなのだ。
「確かに、此処にいるのは危険です」
同意を求めたはずの視線は裏切られ、叔玄も士學に賛成した。
意味は青祥とてわかっている。龍星や慧斗などがまたいつ襲ってくるかわからない。
朱雀を撃退したあとに力が尽きた星游へ、雲の上に乗った龍星が声をかけてきたときに士學や青祥もその顔を見た。
その美貌は、星游の兄と云われても違和感はない。唇に浮かぶ残忍な笑みさえ除けば、星游があと数年も経てばこんな顔であろうというほどの酷似。
何のために身内を攻撃させたのか理由はわからなくても、あの悪意は只者ではなかった。
「陵たちもこのままにはしておけん。雷鹿がついていると云っても二人では心細かろう。合流せねば」
「問題は何処へいくかです。兄上も未だ回復していないし、僕らの今の力ではあの人たちにはかないません」
「慧斗というあの女を追って南了まで行くか」
「士學様も、叔玄もちょっと待って!!こっちから追いかけてどうするんです!しかも南了は遊牧国家で夏済国と戦争中ですよ!?」
仲間の中で最も最強であった星游がこの状態で、また慧斗や龍星と戦えるはずがない。
青祥の意外な援軍は、外まで水を汲みに行って戻って来た公主の華燐だった。鬼子を嫌い、民を見下していた公主としては驚くべく変化をとげていたが、その汲んだ水は無残に桶ごと転がっている。
「出ていかれるの?未だ北英にいらっしゃればいいのに……」
「そうはいかんのだ、華燐殿。長居をしては迷惑がかかるやもしれん」
「待って、そんな……!わたくし、お父様と話してきます!」
桶はそのままに、華燐が房室から身を翻していった。
初めて見た時は華美な服装をしていたが、今はその身なりでは何も出来ないことがわかったのだろう。動きやすい袖丈の華燐は、装飾品も減っていた。
「随分、変わられたのはいいとしても、自分で掃除しないといけないという観念はまだまだだなぁ」
青祥はぼやいて、こぼれた水を拭き出す。
叔玄は星游の治癒のために片手しか開かず、士學は地図を出して睨んでいるので当然青祥が片付けなければならない。
城の中はなんとか楊将軍の指揮のもと機能しだしている。力仕事は青祥や士學も手伝っているが、恩人を相手にそこまで頼れないと断られて介護は国の人間にたくしてあった。
「それで、北英を出てからだが、南了をやはり目指すしかあるまい」
「春斎国を通過しますよね。東に抜けようとすれば秋可国、鬼子の我らはかの国は通れません」
「だが、春斎はおおらかな国柄ゆえ、元帥の間諜も多いはずだ。……この髪が目立つなら、どうにかならんものか」
「それ……なら、問題、ない」
北英を出ることは覆らないので、床を拭くのに専念していた青祥も、その声にせっかく絞った水を再度倒してしまった。
弱々しいながらも、発言したのは星游であった。
「星游、そなた無茶をするな!」
「亞変猫を使い魔にした……士學の髪色くらいはごまかせる…」
大刀を支えに起き上がろうとする星游を、急いで叔玄が止める。
士學が、星游のその白い額を軽く指で弾いた。
「星游、毎度毎度おぬしの力にばかり頼るわけにはいかぬ。少しは自制せよ。今は休め」
「そうです、兄上。寝たままでも我らが移動させますから」
無理して起きたであろう星游は、再びその瞼を閉じる。
今まで星游が弱った姿を見せたことなどなかった。冬花の国でも易易と妖魔を狩り、北英でも一人で魔物を鎮圧してのけたその力。しかし、今はそれより上の存在が居るという痛い現実がある。
そして士學には元帥という宿敵が生まれたその時から存在しているのである。問題は山積みのままだ。
「天……士學様、よろしいですか?」
かけられた声は華燐のもの。その後には北英国王、紹韓が居た。
叔玄と青祥が膝をつけようとすると、それは他ならぬ紹韓が止める。
「真に感謝の言葉がござらん。この魔物の国をお助け頂いたこと、そしてこの城にいらした折に差別の目を向けたこと、申開きもできぬ」
「王よ、我らは故あって長居はできぬ、未だ人手が足らぬことも再び妖魔が出現しても助けには戻れん。我らの存在のせいで次の危険を起こす可能性があるのでな」
魔物の中をくぐり抜け、食料を届け飢えた人々を助けておいて尚、士學からは自身の力不足を悔いる声音があった。
その貪欲さ、弱った人心を叱咤し、王族とは何かを説いた彼にこれ以上何かを求めるのは筋が違うと北英の王もまた痛感している。
ましてや士學の連れた鬼子は忌まれても自らを犠牲にして、国の中から妖魔を一掃してくれた。誰もが不可能と思ったことを成し得たのだ。
「今は何もお礼ができぬ、せめてこれをお持ちくだされ」
紹韓が出したのは、勾玉であった。
北英の国が代々の王に伝える神器の勾玉の首飾りから、一つ外して王自ら刻印したものだ。
曰く、この者は冬花国が皇太子、天月であるという、北英の王からの正にそれは御名御璽。
図らずとも青祥が魏晋に語った目的が、こうして果たされたのであった。
「今は軍もない、人も居らず、田畑は再び一からやり直しの荒れた国だが、少しはお役に立てることをお祈りする」
「それなら、これも!」
華燐が箪笥から、絹の反物を出す。
見事な純白の仕立てであった。
「ここで遠慮するのは無粋であるな、ありがたく頂戴しよう。華燐殿のこの布は、そうだな、星游に仕立ててやろう。一番の功労者だ」
どういった関係で士學が鬼子を連れているのか、紹韓は結局聞くことができなかった。
城に来た時は身ぎれいだった士學も、介護と料理の毎日で今は汚れている。それでも先ず誰よりも優先し、ねぎらうその姿を見れば問うのは愚問であろう。
「今は未だ我が身も日陰におる、北英が国として復活した時には、この傲天月、貴国と同盟を結び直したいものだ」
「それは、此方から是非ともお願いしましょう。互いに儚い身の上ですが、どうぞこの先もご無事を願います」
華燐もまた慎み深く頭を下げている。
初めて星游を見たときに怯えて差別した公主が、今は横たわる鬼子にも丁重な態度を示したのだ。
士學が皇太子として認められたことより、国の主観たる王族の差別と偏見を無くせたことが士學には嬉しい。
北英で知った王族の一つの在り方。そこで士學は民あっての王だと云った。己が口にしたことで自分が何を望んでいるのか、その覚悟が始まっていたのだ。
「私は差別をなくす。鬼子だからといって忌まれる民がいなくなるよう、そして神魔であろうとも侵せぬ強い国を作ってみせる。理想と笑う者もいるだろうが、私は諦めたりなどしない」
民の為の王。
しかし今の冬花国は元帥の操る糸に動かされ、金は全て元帥に流れ込み民草の貧困は広がっている。
今上帝である腹違いの兄は政務に付かず遊び歩いているというのは誰もが知っている、政は元帥の手中に全てありきと。
薛老が行っていたような塾を国が本来行うべきなのだ。
四嬢が救い、羅大公夫人と子が命を投げてきたことによって生き延びた命が、士學の胸で鼓動を打つ限り士學は信念を捨てることはない。
彼女らが何をもってそこまでしてくれたのかは分からない。だが、隠れまどっていることを望んでいたわけではなかろう。
「士學様、非才ながら我が身をもってずっとお仕え致します」
「僕も、陵も兄上もです。北英国との極秘ながらの同盟、お祝い申し上げます」
頷いたのは北英の王と公主もだった。
これのち北英からは少しずつ変化していくだろう。民も王族も、鬼子によって救われたのだから。
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北英編もそろそろ終わりです・・・って前も云ったな!なんて適当なんだ(自傷
好きなキャラなど書いてくださると、作者が壊れます。既に士學や星游を差し置いての青祥の現段階ですが、青祥は余計いじめられそうですw




