星の名は滅びと始まりを告げる 漆
此の章はここで終わります。
[星の名は滅びと始まりを告げる]漆
「どうだ、叔玄」
「疲労だと思います、何しろあれだけの戦いで、その前は国中を一掃していたわけですから」
士學は、らしくもなく頭を押さえる。
星游を一人で行かせた判断と、そしてあの決闘の前では無力な自分が許しがたい。
今までは星游は強すぎた為に、鬼子であるがゆえに、自分が傷つくことを容認している節がある。
薛老の言い付けもあって里では人間に殴られても無抵抗でいた。
一方士學は身分を隠して生きてきた中でも、買う必要があるとみなした喧嘩は全て買ってきた。
相手が大人で自分が幼くても負ければ次は負けるものか、と虎視眈々やり返す機会をうかがってきたものだが。
慧斗という女は謎を多く残してもいったが、幾つかの情報も落としていった。
龍星という存在が神魔であり、星游の兄であること。
星游は弟の一人と云ったこと。
本来は南了にいたこと。
当初の狙いは自分たちだったこと。
そして龍星自身が雲に乗って現れて、いつかまた星游の命を狙うと云ったことも。
「僕はこっちに来て随分癒やしたつもりなんですけど、治せる範囲が思っていたものと少し違うことに気づきました」
「それは、例えば?」
「勿論先天的なものは治せないのですけど、治癒の速度は僕の力だけではなくて、相手の生命力が鍵のようなんです。その生命力も、多少は僕の力で潜在的なものは引っ張り出せることがわかったんですけど」
「それっていいことじゃないの?」
聞いた青祥に、叔玄は複雑な笑みを返した。
「体力の増減も、知らない内に読み取っていたんですよ。一番今まで癒やしてきたのは兄上ですが、今までとは比較にならないほど体力が根こそぎ奪われてます」
「生命力がおびやかされるほど、ということか。そんなことが」
「あの朱雀という仙魔の火を星游は一度目はさほど苦戦せず防いでおった。二発目であれだけ追い込まれたのは、初弾にそういう力があったとしても可笑しくはない。何しろ仙魔だ。どんな能力があっても不思議はない」
誰もが、次に龍星や慧斗がきたら、そして朱雀どころか他の仙魔も召喚することを想像して押し黙る。
叔玄は、星游の枯渇した気力に働きかけながらこんな日がくるとは思ってもみなかった自分の甘さを呪っていた。
癒やすしか能がないのに、もっときちんと自分の能力に目を向けるべきだった。
「戦力が足らぬな、知恵も力も何もかも不足しておる」
士學がおのが両手を握る。
鍛錬さえ積めば何とかなると思っていた。そも皇太子として生きたいと考える余裕もなく、ただ生き抜くことに追われていただけの日々。
何の覚悟が出来ていたというのか。
星游たちが忠誠を誓ってくれたその身の足りないこと。
「絶望しても何も始まらぬ!前を向け、恥を知ったなら、其の上であがくのみ!この国に来て良かった、力量のたりなさがよくわかった」
足りないものは足していく。不足だから出来ぬと投げ出していい命ではない。
少なくとも士學を血によって救った人々には顔向けができないのだから。
「士學様、いつも無駄に前向きだと思っていましたけど、少し感動しました」
「青祥風情でよく申したな。次は狙われたときは、先ず貴様から先陣を切らせてやるぞ」
「それって前を任せるって意味ですね?」
「貴様こそ、どんな前向きな解釈で物を申している!そんな良い意味で云うはずがなかろう、いいところ盾の代わりだ」
「公子、青祥、兄上は未だ昏睡しているんですから、騒ぐなら出て城内の方を助けてあげてください」
十五の少年にたしなめられて、二十歳と十八の青年主従は謝罪した。
華燐の天蓋付き寝台で僅かな息をする星游の頭に、士學はそっと手を置く。
「頼りがいのない主君ですまなんだ、貴卿の忠信に劣ることのない器をきっと身につける故、一人先走ってくれるな」
叔玄だけがじわりと感じた。星游の生命力が微かに上昇していくのを。
「公子は、癒与の僕より才能をお持ちかもしれません」
兄の代わりに、叔玄は心から笑んだ。
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久々に士學と青祥の漫才になりました。士學の決意が今更ですが、はっきりしました。