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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
宿敵と、絶望と
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星の名は滅びと始まりを告げる 陸

 

[星の名は滅びと始まりを告げる]陸ろく




 北英の公主、華燐かりん自房じしつで休んでいた。


 かつかつの飢えからは逃れられたのだ。


 従兄弟であるはずの天月てんきょうやその麾下だという輩は気に入らないけれど、北英の王族が全滅することは避けられたのは事実であった。



 頬を叩かれたのも、責められたのも、華燐には初めてのことだった。


 身内であるのが恥とまで云われて、云った相手は農民相手に冗談まで叩いている。


 命を救われたからといって馴れ合う必要などない、華燐は公主こうしゅなのだから。


 硝子細工の格子が割れていて、房室へやの中でも肌寒い。

 せめて何かで覆って寒さを凌ごうと、常のように侍女を呼ぼうとして思い出した。

 

 彼女らは食料を華燐に渡して餓死したのではないか。


 父王の側仕えの何人かは生き残っているが、外にでてそれを呼びつけてまた天月てんきょうに何か云われるのは嫌だ。



 箪笥の中を漁ると、装飾品のほとんどは消えていた。

 食料を買い出す為に使われたのだ。


 これでも父親は王という身分なのに、なんてみっともないのだろう。


 残っていたのは仕立てる前の絹の布地が何反か。

 それでも格子を覆うくらいなら役にたつだろうと近寄った華燐は、目の前の光景に声が出ない。



 夜中まで妖獣の唸り声が反響し、爪の引っ掻く音や体当たりしてくる衝撃音が消失していた。

 そしてその音の主も。


 国中が死臭と妖魔にあふれていたのに、今はたなびく黒い雲すら竜巻に攫われて何年ぶりかの蒼い空が広がり、あちこちに透き通った水田が光を反射させていた。



「どういうことーー」



 美しく蘇った祖国に見とれていると、上空に従兄弟が連れてきた星游せいゆうとか云う鬼子が何やら妖魔に乗っている。


 そして途中から現れた見目麗しい癒与いよの鬼子ーー彼は華燐の小さな怪我も治してくれたーーの声。



 どうせ恩着せがましい話でもするのだろう、と華燐かりんは布を引っ張りあげようとした刹那、視界が赤と白の閃光に焼かれる。


 何処からきたのか。

 恐ろしいほど巨大な魔鳥の上にいる女と、星游が戦闘を始めたのだ。


 たとえ華燐がどれほど忌み嫌おうと、星游は鬼子であるのに不可解な女から必死にこの北英の城を守っている。



 死守と云っても良い。

 戦いの内容が異様であっても、星游の背にあるものが何かは華燐にも理解できた。


 どうして其処までするのか。近くに仲間が居るだけなら、あの火焔で華燐たちは燃えている。


 星游の氷の壁が砕け散った。


 華燐かりんは城を守るその背中に祈った、天月てんきょうが云ったことは全部は未だわかっていない、けれど。

 彼が命を賭して戦う理由の中には北英の民と、そして彼を疎んだ華燐すら含まれているのだ。


 華燐にとっては北英は祖国。

 しかし、あの鬼子たちにとっては無関係であるはずなのに、一切の迷いのない守り。

 それは、華燐が傲慢にも保とうとしていた矜持を折るほどの、鉄壁だった。



 ひたすらに祈ること少し。


 狼狽えた声が響いて華燐は目を開ける。


 紅い鳥に乗った女は信じられない速さで城から遠ざかっていた。


 詳細はわからないが、星游が城を守りきったのだ。



 華燐かりんは単独で城塞の上に向かった。


 今までなら、何故先触れもなく歩かなくてはいけないのか。

 身だしなみが整っていないまま房室へやから出るなどありえないと信じていた。


 誰であろう身内に痛罵された通り、華燐は過去の囚われていた。王族として約束された場所で矜持をもって、公主の座に座っていればよかった。


 しかし、魔物に破られ国が破滅寸前まで陥った時には、もうそれは通用しないことを知らなかった。


 将軍の楊團ようだんに、最後の食料を譲ってくれた侍女の命の上に、甘えたまま駄々をこねているだけだった。


 祖国を生き返らせて、城を守り抜いた星游に、王族ならば誰よりも先に感謝すべきではないのか。



「あの、大丈夫なの……?」



 王族らしく礼をしなければと思っていたのに、華燐の口から出てきたのは震えた情けのない声。


 そんなこと是非を問う前にわかりきっているのに。


 星游は怪我をしたのか、石畳の上で倒れていて、癒与いよの子がその体に手を当てている。



「なにゆえ此処まできたのだ、公主こうしゅであろう。詳細は省くが危機は去った。今は星游を助けねばならぬーー救われたのだ、何もできない我らを護って」


天月様てんきょうさま


「今は士學しがくで良い。公主が何用なのだ」


「その人を私の房室へやへ、お連れしても良いかしら。城の中でも清潔なほうだし、手当なら其処でも……」



 清潔なのは、餓死の直前まで侍女たちが働いてくれていたからだ。誇れることではない、しかし今は何を怒られても仕方ない。


 身をすくめる華燐の前で、天月ーー士學が笑顔を見せる。


 華燐が従姉妹で恥ずかしいと云った皇太子であるはずの士學が、なんの躊躇もなく華燐へ頭を下げた。



「それはありがたい!感謝する。青祥せいしょう、星游を運ぶぞ。叔玄しゅくげんはよい、そのまま手当を続けよ」


「公主様、ありがとうございます」


「ご厚意をありがたく受けて房室をお借りいたしますね」



 誰もが責める気配もなく、嬉しそうに星游を抱えたまま移動する。


 何もできていない、けれどわずかでも役に立てたのなら、北英の王族として初めて何か動いたのだろう。




 .

嫌われキャラ華燐(という感想すらきてませんでしたが)も成長しましたね。父さんにも殴られたことなかったのに!的なキャラでしたがw

北英編も、もう少しで終わりになります。

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