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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
宿敵と、絶望と

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星の名は滅びと始まりを告げる 伍

慧斗VS星游

 

[星の名は滅びと始まりを告げる]伍






「今日で何日?」


「四日、になりますね」



 北英宮城ほくえいきゅうじょうの中の死臭はだいぶ薄らいでいた。


 それでも半分は嗅覚が麻痺しているのやもしれぬ。


 星游せいゆうの使い魔たちが死者を運び出して埋葬し続けたおかげで、だいぶ城内はそれらしくなりつつある。


 将軍の楊團ようだんが何人か動けるようになった者を集めてくれて、士學しがく青祥せいしょう叔玄しゅくげんは昨日の晩、ようやく三日以上ぶりの仮眠をとっていた。


 士學が根気強く言い付けたことを守った者が多かったので、飢えたまま慌てて食べて容態が悪化する者はほとんどいない。



 とりあえず逃げてきた様子の農民、商人たちは人心地ついてからは城に居ることに困惑しているが出られるはずもないので、隅に集まっていた。


 士學が堂々と身分を明かしてしまった時にはそれを聞いたのは王族と将軍と、その側仕えが数人であったが、今は衆目がある。ので、士學はまた公子こうしという大家の良子という設定に戻っている。


 北英ほくえいがこれで安定し始めれば呂元帥の間諜が入ってくるであろう、其のときにうっかりでも話されたらことだ。



 仮眠明けに、改めて話をまとめつつ、青祥と叔玄が日数確認しているのは星游が城を出てからの日付けである。


 士學は誰よりも早く仮眠から目覚めて、身分頓着なく話しかけていったり介護したりと忙しい。



「無事、だよなあ?」


「兄上に何かあれば城内の人妖じんようが、何か云うはずです」


「だよなー、杞憂で済めばいいんだけどさ」



 愚痴めいた言葉の青祥せいしょうに、叔玄しゅくげんが何か云いかけた時だった、士學しがくが走り込んできた。

 その端正な顔には、喜びが浮いている。



「城塞の一番上までこい!星游せいゆうが見えたぞ」



 士學の言葉を疑うはずもない。

 二人は士學の後を走って追いかけて、階段を登り続けると壊れかけた城壁の手すりに飛びついた。



 風鷲ふうしの上から星游が氷弾と火炎を放ちながら、頭上でやすやすと魔物を狩っていく。


 そういえば、と今更のように青祥が気がついた。

 城が妖魔に襲われたときの為に矛は欠かさずもっていたが一度も使うことがなかった。

 忙しさにまぎれて来た時勝負だと思いこんでいたが、星游は抜かりなく手を打っていてくれたのだ。



「地面が、見える……」



 辺り一面が焦土と魔物の跋扈するばかりで彼方まで何も見えなかった、それが今は見渡せる。


 城に襲いかかろうとした妖獣が、見えないなにかに弾き飛ばされた瞬間にその巨体が紅蓮の業火で骨ごと溶かされた。


 竜巻が城の周囲を浚い、水が奔流しながら城の後ろに大きな湖を作る。


 今後の北英の人間が生活に困らないよう、貯水池の目的だろう。



「星游ーーー!!見事してのけたな!」



 士學の声が普段より大きいのは、星游が空に居るからだけではない。


 無事で帰ってきた、そのことで安堵しているのは士學だけではなかった。



「兄上、ご無事でーー」



 云いかけた叔玄が、息を呑んだ。


 異様な速さで此方に飛来してくる紅い翼、その上には人間らしい人影。



 ーーまさか、またあの男が



 叔玄はとっさに龍星りゅうせいかと思ったが、驚いたことに見えてきたのは女の姿。


 この荒野にはふさわしくないほどの絹の裳裾もすその上に、鮮やかな刺繍を縫った衫子さんしを肩からたなびかせてその髪は豊かにかんざしで結われている。


 その手には扇子一つきりであるのに、城壁へ立つ三人へ向かう殺気が女をあでやかに包んでいた。



「こんな半魔風情と人間がわたくしの前で何をしようとも、無駄よ。今すぐ全員の首を獲って龍星りゅうせい様へ差し上げてあげるわ」



 扇子が振り下ろされる刹那に、星游が瞬速で間合いに入るとその腕を抑える。


 女は驚いた様子もなく、止めた星游を冷ややかに眺めた。其の目も双眸異色。



「ああ、貴方が星游せいゆうね。妾は慧斗けいと、龍星様の弟と会うのは初めてだけど……」


「弟だと?」



 叔玄しゅくげんが臍を噛む。

 軍に魔獣を引き連れて宣戦布告してきた男は龍星といい、洞窟で出会ったことは士學たちに伝えたが、顔が義兄の星游に似ていることは云っていなかった。


 否、そこまで踏み込んだことを自分の一存で話すべきなのか迷っていたのだ。その結果が最悪を招いた。


 唖然とした士學しがく青祥せいしょうが慧斗と名乗った女に釘付けになる。



「なぁんにも知らないのね、貴方。それに風鷲ふうしなんて下級魔を召喚してるの?龍星様がわたくしを呼ぶのに出してくれたのは、この朱雀よ」


「仙魔か……!」


「第六格の魔を自在に扱えるの、あの方はね。強く念じるだけ、それだけで召喚するのよ、それが神魔という至高の存在」



 慧斗けいとを乗せた朱雀が火炎を放出する。僅かに軋んだ音がしたのは結界か。



狛賦戌こまはいごときの結界で良く保ったじゃない、それは流石に龍星様の弟なのかしら」


「何が狙いだ!!」



 扇子が舞うと、斬撃にも似た音がして、星游は大刀を抜いて躍動するとその全てを受け止めた。


 慧斗はそれを寧ろ喜ぶような表情で、扇子を広げる。



「何も狙いなんてないわ、龍星様から呼ばれて南了なんりょうからわざわざ来たのは、貴方のお連れを暇つぶしに殺してみようと思っただけ」


「呂元帥の差し金か!?大体南了からくるなら春斎国しゅんさいこくを通過するはず、こんな短時間でーー」


「あらぁ、龍星様がそんな下等な人間と知り合いとは思えないけど。風鷲や火鳥なんかじゃ移動速度は知れているけど、これは朱雀よ。見くびられたものね」



 朱雀の大きな紅い口が開く。

 星游せいゆうは城を背に両腕に雪虎せっこを憑依させて、気力を注ぎ込んだ。


 溶岩のような火が星游と城塞ごと飲み込もうとする、其れを星游の氷塊が押し戻していくが、じわじわと朱雀の炎が氷の壁を溶解させていく。


 士學が双剣を構えたが、城内は守護結界の内側。

 たとえ出れても天災のようなほのおを凌ぐすべなどない。



 星游の口から血が一筋滴った。


 妖力を集中させるあまりに、己で唇を噛み切ったのだ。



「あら、よく耐えるわね。でも、もう限界かしら?」



 北英を妖魔の国にした元凶、龍星りゅうせい。自分がその弟だと宣告されたのは、あまりにも虚しい告知。


 それでも、育ててくれた老子の教えと、仲間だけが全てなのだから。失うわけにはいかない、もし自身の身を削ってでも。



 無意識が危険を告げている、此のままでは朱雀に息の根まで燒かれてしまう。



 本能のまませり上がってきた衝動を、星游は言の葉に籠めた。



玄武げんぶ!!』


『御意に』



 星游の心臓が体内で悲鳴をあげたが、一度突き抜けた痛みは収まり、星游の四肢は危うく空中落下しかけた。その下に硬い甲羅がある。


 自分でも仙魔せんまを召喚したことへの驚愕と、その膨大な力にしばし茫然としていたが慧斗けいとの笑い声に我に返った。



「危機で目覚めたかしら、それとも元から喚べたのかしら。興味深いわ、貴方。さすがに龍星様の弟の一人なのね。でも、玄武の力は最大防御と土の術式だけじゃないの、そこまで操れないのならやはり人間の血が邪魔なのよ」


「どういうーーー」



 云いさして星游は異変に気がついた。

 朱雀の能力は只業火を放つだけではないことを。


 最初に狛賦戌こまはいで防御した際の違和感は、そこにあったというのに。



 城塞より大きな玄武の体が踏み込むと土石流が、舞う朱雀に牙を向いた。


 朱雀の真の能力は、敵対した相手の体力を強奪するのだ。

 それがわかったところで玄武から城壁へかろうじて飛び移った星游には、何もできない。



『玄武、皆を守ってくれ』



 星游の声が伝わったかどうか、星游は分からないまま城壁の上に倒れ込む。

 酷い目眩と疲労で、もう意識は途絶える寸前にきている。



 ーーーー頼む。



 忌み子の癖に。破壊神のようにしか振る舞えない程度の鬼子。

 ならばせめて己が意地で守りたいものを守って死にたい。




「そろそろ帰っておいで、慧斗。星游を殺すのはまたいつかにしようじゃないか」



 彼方から龍星りゅうせいの笑い声がする。どうやって現れたのか、いつから視ていたのかは星游にはどうでもいい。



 たとえ薛老子の教えに反しても、士學が諌めても、龍星だけは殺さなくてはならない。

 この腕で命を絶たねば次は己か仲間であることだけは、確かだった。




 .

やっとわらわ様の登場でした。先日活動報告で一人自分あての文句をひとしきり云ったので、少々落ち着きました。龍星は今回、声だけの出演、乙です。近いうち出番があるのでそっちで活躍してもらいます。


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