星の名は滅びと始まりを告げる 弐
[星の名は滅びと始まりを告げる]弐
叔玄が手当を終えたのは半日がかりのことである。
妖魔によって負傷したものより飢餓のほうが深刻だとは云え、かつてないほどのけが人を癒やし終えた。
癒やし終わっても今度は飢えた人々の食事を与える仕事がある。
士學や青祥もほとんど睡眠時間はない。動けるものは貴重だった。
「叔玄、ちゃんと食べてるか?あまり無理するなよ」
「青祥のほうこそ、休まなくて大丈夫なのですか?」
合流しても仲間とは殆ど会話も出来ない、その合間を縫って話が出来たのは完全に厨房と化した大広間の中である。
何とか動けるものは出来上がったものを必死に飢えている他者に運んでいる。
作り手もまた不足だ。
「士學様が休まないのに俺が休めるはずもないよ。一回でもうたた寝なんかしたら、また役立たずと罵られるからな」
「公子も、本当に休憩を取らなくて良いのでしょうか」
「星游がなにしろ、あれだけのことをしているからなぁ……士學様としても一人で行かせたくなかったんだろうけど」
二人で調理をしながら、どちらともなく上を見上げてしまう。
星游が国中の魔物を討伐すると云って、出ていって半日。
普通ならば無謀でしかないが、何しろ云いだしたのは星游である。
だが国の広さを考えても、何日かかるか見当もつかない。
「北英の魔物を殲滅する。俺一人でいい」
「しかし、国の広さを考えれば星游一人では限界があるではないか」
「妖魔といえど、無尽蔵に増えるわけじゃない、そこを叩く」
人間の速度とは比にもならないが、だいたいの魔物は三日もすればそれなりに成長しきる。
その繁殖形態は様々であるが、生殖中が弱点なのは万物の共通点といえる。
非道とはいえ膨大な多数を相手にする今回ばかりは綺麗事だけでは済まないのだ。
士學は初めて判断に窮した。
星游を信じていても、龍星という謎の存在がある。
それに一人で何か起きていても星游側からは察知できても置いていかれるほうは察知できぬ。
しかし城は人手が深刻に足らない。星游が人妖の使い魔を投入したとはいえ、北英の人々は魔物を恐がる。
大半の人妖が死者の埋葬と、生存者を探すことだけに従事しているので食事や介抱は人間である士學や青祥の負担が傾く。
せめて叔玄を付いていかせるかという案もあったが、叔玄には弓の援護以外に戦闘能力はない。そして城で生死をさまよう人々に、癒与の力はわずかでも有効であった。
陵は雪燕と共に冬花国へ抜けている。
あれだけの恨みを抱えた鬼子の雪燕に城に来いというのは無慈悲なことであるし、食料を奪ったと雪燕を怨む者もいよう。
未だ危険な場所に雪燕一人を置いていくわけにもいかぬ。雷鹿一頭と陵の力でなんとか脱出するのが精一杯。
それゆえ仕方なく士學は星游を送り出した。彼らしくもなく苦言の決断だったが。
「けして無理をするな。危険なやつと遭遇してどうにもならぬときは必ず撤退せよ。私におまえを失わせるという酷いことをさせるな」
その言葉に清爽に笑んで、星游は空に舞った。
そうして半日、じりじりと胸を焦がす焦燥感に駆られているのは叔玄と青祥だけではない。
だが、星游の能力を知らない北英の王族たちは鬼子一人で何が出来ると云わんばかりの態度で、星游が一人出ていっても誰も心配する気配もなかった。
何の見返りがあるわけでもなく、食べ物を届けてくれたとはいえ、正体は鬼子。
それがどうなろうと関係ないという態度がまた、青祥たちを焦らす。
こんな人間を助けているくらいなら、わずかでもいいから星游の助けになりたいと思ってしまう。
「愚か者、履き違えるでない。何者であれ命に順位などあってはならぬ。我らは勝手に助けにきたのだ、その我らが人を選別することを良しとするな」
士學にそう諭されて、その言葉の苦さーー士學自身が何人もの死によって生かされてきたことへの苦吟から、何も考えずひたすらに救助している。
なにより、ずっと人の役に立とうと冬花国が薛子塾で、水北地方で星游は全力で証明しようとしてきた。
自身が鬼子であっても認めてほしいのだと。それを邪魔することは出来なかった。
少なくとも一部の北英の人々から、感謝の声は時折聞こえてくる。
全ての人に受け入れてもらうことなど出来はしないのだ。
誰よりも星游がそれを知っている。
ゆえに仲間と兄弟は、只祈ることしか出来ないのだ。
そして説教する士學が一番に、駆けつけたいと思っているのを理解している。だから、これ以上何も云うことなどありはしない。
.
此の後が長いので、一旦は此処でUPします。叔玄・士學・青祥チーム側でした。士學の正論は生い立ちとあいまって矛盾の上にはあるのですが、当人が一番そこに悩んでいるかと思われます。次回は星游パートです。