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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
第参章 血で贖われるものたち

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絶望は一度ならずして 壱

さらなる絶望。

 

[絶望は一度ならずして]壱 




 国境を越える。


 本来は生死がかかった横断は、この奇妙な集団には通用しなかった。



 昼からの移動の間、士學しがくりょう雪虎せっこの上でうたた寝をする始末。正気に返った青祥せいしょうがようやく魔獣の背中に慣れ、叔玄しゅくげんと焼き菓子などを食べて十分に英気をやしなっていた。


 北英ほくえいの夜は冬花国とうかこくとは比較にならないほどの妖魔が溢れている、使い魔たちは休む間のなく排除に追われたが疲れる様子もない。



「魔物でも疲労はあるのが普通ですよね、使い魔たちは平気なんでしょうか」


「どうやら俺には妖気が溢れてるらしい、それを喰っていると食事するより体力がついて、力がでるらしい」


「では、兄上の使い魔になると言い出すのはそれが目当てということでしょうか」


「かもな。主君がなにかは知らんが、その理屈のほうがわかりやすい」



 使い魔に関して議論推論する義兄弟の横で、青祥がため息をつく。


 何もせずとも豪炎や竜巻、落雷が周囲で魔物を駆逐しているので、その吐息が聞こえることはない。



「しかし、使い魔なのはわかったとして……まさか妖魔に騎乗する日がくるとはなぁ」


「青祥、士學と陵を起こせ、人が見えた」


「人!?この魔物の群生地帯みたいな場所で?」


「片方は甲冑を来て、もうひとりはどうやら鬼子のようだ。荷物の奪い合い、より殺し合いのようだな」



 青祥と叔玄が急いで寝ている二人を起こし、星游は召喚魔を影に戻した。


 なんとなく最後に残った雪虎を憑依させたのは、気まぐれだ。


 四方から襲われる状態では武器を振り回すよりは遠距離で攻撃するほうが有効なのと、血の臭気を減らすことが少しでも危険が減るのも判断の一つではあったが。


 白貘豹はくばくひの力で、甲冑の男は将軍の楊團ようだん。鬼子の雪燕せつえんは洞窟で仲間を守っていること、北英の王族を殺したいと思っていることを読み込んだ。


 説明する暇もなく魔物が襲いかかってくるので伝えそびれたが、士學に説明は不要のようだ。



 殺し合う二人組は、周りが妖魔に囲まれていることすら気づいていないほどに、互いを殺そうと躍起になっている。


 ひとまずその周囲を鎮圧していると士學が声をかけて殺し合いに割って入ってしまう。


 双方の話をきいてなだめているような事態でもないので、ひとまず二手に別れるしかなかった。



 どうやら洞窟には鬼子だけ、そこに鬼子でないものを連れて行ってもこじれるだけやもしれぬ。


 だが鬼子の星游が北英の城に行くことで、向こうの反応はわからない。


 しかし、士學と青祥だけを行かせるわけにはいかなかった。いかに手練とは云え無謀すぎる上、士學の身を守ると約束した者として、いかに忌み嫌われようと傍を離れるわけにはいかない。


 ようという将軍を助けた時点で鬼子であることはもう隠せない、ならば何かされるとしたら星游一人で十分だと考えた。


 けれど、きっと士學がそれを許さないでろう。彼らの主君しゅくんは差別を嫌う。



 ふと無意識に笑んだ星游せいゆうは、手を振って別れた兄弟たちとその背中に居た雪燕の姿を思い出してその笑みを消した。


 全身が黒く汚れ、白い髪すら灰色になりかけていた雪燕。あのむき出しの怒りと憎しみは、かつて星游も、否、鬼子ならば誰しもが抱いた感情だ。


 薛太老が拾い上げ、少春しょうしゅんらがつなぎ、士學が受け止めてくれた、それがなければ自身もきっと同じ所へ堕ちていたはずだ。



 氷弾を弾いた星游を見上げた、かすかな期待と驚きが宿った双眸異色がひたすらに哀れだった。


 多分年の頃は陵とそんなに変わらないでろう雪燕の飢えと憎悪で細い体、それはひとまず叔玄と陵に託すしかない。


 膚鬼ふきと云う一つ目の人妖を密かに付けてある、異変があれば膚鬼が影に戻って星游に知らせてくれるはずだ。



「しっかりしろ、歩くのもやっとではないか。辛いなら荷車の上で休め。そこにある林檎でも食べていろ」


「いや、王族の方々が食べ物を待っている、兵士も、避難した民も……私だけが先に口にするわけにはいかぬ」



 士學しがくが妖獣の首を一刀両断しながら、足を引きずって歩く楊團ようだんに声をかけたが将軍は頑なに首をふる。


 星游せいゆうとしてもこの将軍が乗って休まれたところで負担でもないし、いっそ寝てくれたほうがよほど助かるのだが。


 召喚して使い魔を呼び出せるし、青祥が将軍をかばいながら戦うこともなくなる上、進む速度が断然あがる。



「やれやれ、こんなところで青祥せいしょう以上の愚か者に会うとはな」


「俺を引き合いにださないと気がすまないんですか、士學様!?」


「物のたとえと云うやつだ。北英の将軍とやら、そなたも相当な愚かだな。長く食べておらんと頭の回転が悪くなるのか?私は腐った野菜を三日以上あさっていても一向に頭は冴えておったぞ」



 どんな体験をしてきているのか、士學は時折凄まじい話を平気で話す。


 そういう意味では鬼子の星游の方が生活に貧したことがない、貧困に慣れた皇太子と衣食住に困ったことのない鬼子というのは相当不可思議である。



「先ず己がしっかりせんでどうすると云うのだ、王族や民を守るのが仕事であれば己が倒れれば誰が守ると云うのだ。私ならそんなふらふらした将軍など不安で背中を預けられぬ。先に食べるのが悪いと思うのなら、そもそも食べられない状況を作ったことから責任を感じるべきだ。其のような些事で己の矜持を保てないようなら、矜持を捨てよ。すでにそなたは我らに救われて、己で妖魔も倒せぬ体たらく。其のざまで何を綺麗事を述べるか」


「……士學殿、と、申されましたな。尊公の云われる通り、私は確かに無力無知でござった、どのような方々であるか知らぬとはいえ命の恩人相手に名前も名乗っていない、正に将軍であってもその資格はございますまい。申し遅れたが楊團ようだん、字を牾隻ごせきと云います」



「そうか、そっちの減らず口の多いのが青祥、頼りになるほうが李星游りせいゆう、字を月牙げつがと云う。我はごうあざなを士學と云う冬花国とうかこく前帝武天帝ぜんていぶてんてい蘭正妃らんせいひが一子。名を天月てんきょうと申す」


「士學様!!」



 青祥が慌てて矛を空振りしてしまった。


 その取りこぼした魔物を星游が仕留める。


 国内では禁忌の名を平然と明かす主人に、動揺したのは青祥だけではない。名乗られた楊團も愕然とした。



「そなたも将軍であれば冬花に嫁いだ、我が母の顔を知っておろう」



 松明はふた手に別れるどさくさで捨ててきてしまっていた。


 夜の闇に、時折星游の放つ氷柱がきらめくのみだったが、灰色の雲の切れ間から差す月光に士學の真紅の髪と端正な顔が照らされる。



「確かに、蘭施らんし様の面差しが……!」



 立ち止まられると迷惑である為、その隙に星游が楊團を荷車の上に無理やり乗せた。


 猫の子一匹つまむような簡単な仕草であったが、呆然としていた北英の将軍はそんな星游に何か云うどころではない。



「元帥に誅殺されたと噂でしたが……生きておいでで」


「沢山の人の思いに救われた。今は生かされた意味を考えながら、ともかく生きておる」


「そうで、ございましたか……」



 唖然としつつ、それでも星游を見る其の目。何故皇太子が鬼子を連れているのかと云う疑問。


 その差別で雪燕に狙われ、恨まれても気が付かない人間の目であった。



「北英が何を起こしたのか詳細は知らぬ。ひとまず助けるが、その後によくよく云うべきことがありそうだな」


「楊将軍、士學様が多分全部おっしゃるので俺の出る幕もないですが、星游だけでなく鬼子を侮蔑することあれば、俺からも命を狙われると覚えおいてください」


「ほう、青祥。珍しくいい事を云うな。陵に叩かれたのが良かったのかもしれんな。以後頻繁に叩いてもらえ、性根が良くなるぞ」


「嫌ですよ!!いちいち人を死地に送り込まないでください!!」



 これが星游に与えられて、雪燕に与えられなかったもの。


 半壊された城塞が見えてきて、行手を遮る妖魔を星游の手が一閃した。


 士學の進む道を遮るものは、何者であろうと邪魔はさせはしない。


 与えられたあざなに誓って、月の光のようなその氷の牙が魔獣を葬り去る。



 星游は、己の手で作り上げた氷上の道を滑りながら魔性の群れを裂いて、道を疾走していた。




 .


初期からあったのに、気づいたら士學様の本名がきちんと出たの初でした。士學の云いたいことが少しでも伝わるといいのですが。次回、大波乱。星游の謎にも少しずつ触れつつ、嫌われるキャラの降臨です。

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