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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
第参章 血で贖われるものたち

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苦難と雖も糧として友とする 参

[苦難といえどかてとして友とする]参



 北英城ほくえいじょう城内もまた、外と同様にひもじさに呻く声に満ちていた。


 生存している者も飢えのあまり身動きがとれず、死体の傍で喘いでいる兵士が数名。



よう将軍は未だ……?」


「前回は盗賊に取られたことを警戒して遅いのやも……」



 囁く声はいずれもか細い。


 兵士の中には既に死体を食う者も出ていたが、北英公主ほくえいこうしゅである華燐かりんにはそれが出来ない。


 王の娘として育てられてきた、どれだけ空腹で目眩がしても、しなびた果実などを運ばれてくるのを必死に待つしかないのだ。


 こんな時に金銀があっても何の役にも立たない、妖魔との戦争で生き残ったただ一人の将軍が少ない麾下を連れてそれらを一番近い冬花国に持ち運んで食物と交換して城内に運んでいる。


 しかしその貴重な糧食も、北英に戻る際に何度か襲われて荷を奪われていた。

 不思議なことに襲撃者の姿が見えず、突如吹き飛ばされたと思うと荷が消えるというのだ。


 おそらくは鬼子の仕業であろうと将軍は報告している。先の大戦で鬼子はことごとく死んだと思われていたのだが、生きて真実奪っているとしたら華燐は其奴が憎い。



「お父様……」


 動くことすらしんどい体を引きずるようにして父王に寄り添うと、北英王、紹韓しょうかんは痩せばらえて骨ばかりの手を娘の腕に載せた。



「もう暫しの我慢ぞ……すぐに楊團ようだんが戻ろうに」



 将軍の名を呼んで、骸骨のような顔で紹韓は無理やり微笑む。



「どうして冬花国とうかこくは此処に援軍も食料も送ってくれないの……?叔母上様が嫁いで同盟国に成ったのではないの?」


「正室が後宮で力を持つとは限らん、現に男子を授かったものの、とかいう男が我が甥を弑したと聞く…紅い髪が不吉だと云うてな」


「綺麗な紅い髪だったのに……赤は天の昇る高貴な色でもあるでしょう」



 そう云う華燐かりんも赤紫の髪色だ。


 公主こうしゅである華やかな着物も飢えが続いて何もかもぶかぶかになってしまい、今はその髪も色艶を失っている。


 母である皇后も幼い弟の孔沂こうぎんを抱いたまま、床にうつ伏せになっていた。最早体を起こしていることも出来ないのだ。



 生きているものと死したものの見分けもつかない宮城は、死臭と腐臭に満ちているが其のことに文句を云えるものはいなかった。



 しかし、国として云えばそう、此処はもう死者の国とでも云うべきだった。




 ****




「あんたら、未だ北に向かうんかい」



 先頭を歩く士學しがくに、老人の声がかかる。


 全員が傘と埃よけを被った姿だったが、ひとつ間違えると農民手前の風体でも、誰も農民に見えないのは武器を持っているだけではないだろう。


 魏晋ぎしんと別れ、水北地方に戻りひたすら北上するごとに里の人間が減っている。


 そろそろ北英との国堺の城壁が見える頃になると、半壊の里が目立ち、無人の里を通過してきたところだった。



「おじいさん、お一人ですか?」


 目元が見えないように注意しながら叔玄しゅくげんが尋ねると、野良着で煙管きせるをふかしている老人は応と、おざなりに答える。



「なんでこんなに人がいねえんだ?」



 りょうが持たされているのは士學しがくの双剣の片方だ。


 空手では怪しまれるだろうというのが士學の説であるが、陵からすれば荷物を押し付けられた気分なのは否めない。



「あんたらも討伐士とうばつしなんだろ、そうでなきゃこんな危ない土地にはこないもんな。もっと前にはぞろぞろ討伐士が来てたもんだけど、最近じゃ見なくなったねえ。金じゃ命は買えねえからなあ、あんたらも腕に自信がなきゃ早いとこ帰ったほうがいいぞ」


「俺らは平気、けど、ここってそんな儲かんだ?」



 普段はこうした会話は士學が取り仕切るのだが、士學の言葉使いではどういう立場の人間なのか疑問をもたれやすいということで仕方がなく士學は無言を貫いている。


 道々やることもないので、士學に雑駁な口調を教えようと青祥せいしょう、陵が試みたのだがただの時間の浪費で終わった。



「北英のやつらがなぁ、そりゃあもうたまげるような金細工のかんざしやら宝石やらを持ってくるんだよ。北英の魔物を倒すか食べ物で良いって云うてなぁ。米俵一俵と宝石を交換してくれるってんで、いっとき余所のもんもよう来たもんだが、北英から窮忌きゅうきやら何やらでっけぇ魔物がくるんで今はこの有様よ。昨日も北英のやつが食い物を買いにきたが、ここも殆ど食えるものはねえからな。少しばかりの米と果物をやったら、高級な瑪瑙の塊をくれよった」


「それはまた、凄い物々交換ですねえ、北英はそんなに食べるもんないんですか、ほとんどそれじゃボロ儲け」


「そりゃボロ儲けよ、俺もそれにあやかった口でな、色々お宝も溜まったし、いっぺん帝都ていとで換金して店でもたてようかと思っとったが」


「やめたんですか?」



 老人は口をひん曲げて、自身の足を苛立ったように叩いた。


 一番長身の青祥が見る限り、魔物の爪でえぐられた様子だ。



「あぁ、魔物にやられちゃったんですね」


「そうともよ、少し欲張るとろくなことがねぇわな。一人で逃げようたって、これじゃ無理だ」



 叔玄が星游せいゆうを見る。


 星游は頷くと、叔玄の背中を押した。



「じいさん、実はこいつはこう見えても医者の卵なんだ。よかったらただでみてやるぞ」


「そりゃ本当か、こんな傷でも直るもんかね」


「僕でよかったら、見てみましょうか。陵、布と、その辺で板木を見つけてきて」



 なんでそんなものが要るんだ、と云う陵の言葉は星游と士學が同時にどついた為になんとか老人に聞こえずに済んだようだ。


 癒与いよであることは喜ばれるか只の鬼子と見るか、表裏一体である。


 隠せるようならなるべく隠すべきであった。


 陵が草むらに頭を突っ込んでいる間に、青祥が布巾ふきんを切って簡易包帯を作る。



「見せてもらいますね……これは…うん、けんがこうなって……」



 叔玄がもっともらしい言葉を吐きつつ、手当をするふりをして老人の目を反対側に向けさせた。


 板と簡易包帯と、士學が引き抜いた薬草を青祥が叔玄に渡す。その間に叔玄はそっと手のひらから癒やしの力を送り込んだ。



「おう、おれぁ医者だというやつに見てもらったが、その時は痛い思いして、これは治らんと云われたもんじゃが、あんたの治療は痛くねえな」


「ええ、まあ、師が一流なので。きっと最初の方はあまり腕が良くなかったんでしょう」



 叔玄もけっこう適当なことを云うと、小声で陵が笑い、星游がおまえの影響だと言い返す。


 藪医者扱いされた人物には悪いが痛いのは当たり前であり、癒与の力は痛みを消すのだ。



「どうです、添え木もあてましたから、歩きやすいでしょう」


「なんてこった、痛みが全然ねえ、おまえさん大したもんだ」



 本当は傷跡もないはずだ、只それを見られないための添え木と包帯なのである。


 叔玄はもっともらしく四日以上は薬草と添え木は外してはならない、剥がさなければその間に傷がふくれあがって元通りになっているはずだとかを吹き込んだ。


 爆笑をこらえる陵を列の後ろに追いやりながら、感謝する老人と別れる。


 未だ昼になったばかりであるから、今日中に次の里にはたどり着けるであろう。



「しかし、叔玄に医術のたしなみがあるとは思わなんだ。中々の説得力だったぞ」


「癒与の力は何をどう治すのか、いっとき気になって本を読んだんですよ。うろ覚えでしたけど、公子がそう云うならあのご老人もうまく騙せたのかな」


「人助けでこんなに大変なのか、すげえめんどくさい」


「まあ、いいこと教えてもらったし、恩返しもしないとね」


「北英は、それほど荒れてるか……」



 星游の双眸が赤く染まった。告死天使の千里眼が発動したのだ。



「人が、居ない……なんだこれは…城もほとんど死人しかいない」


「なんだと?」


「これは、もう……国とは呼べない」



 星游の目が琥珀と銀糸に戻る。


 その目はかつてないほど暗かった。



「覚悟しておけ、これより行くは北英という国じゃない、妖魔の国だ」



 全員が声もなく北を見据えた。




 .

北英に乗り込みます。いつも書いた後、頭から抜けないよう次回のネタを走り書きしてPC閉じていましたが、次回のところには星游チート無双、魔物いっぱい。というメモでした。なるほど。たくさん妖魔の名前が出てきますが、漢字でなんとなく把握して貰えると。

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