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月の刻印は暁に二度咲く  作者: 相木ナナ
第参章 血で贖われるものたち
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苦難と雖も糧として友とする 弐

 

[苦難といえどかてとして友とする]弐  





「またしても、不首尾であったか、そなたもなかなかに運に恵まれんのう」



 劉黒鵜りゅうこくう呂元帥ろげんすいの言葉に、叩頭したまま身動きできずに居る。


 黒鵜は監国目付勅使かんこくめつけちょくしが薛老の家を家宅捜索すると知って、その部下に紛れて水北地方へ偵察に出たのだ。


 最初に元帥におもねったのが羅大公であれば、反発したのは当時将軍の薛翼せつよくである。


 薛老は呂が元帥になるまでも、幾度と武天帝ぶてんていに抗議して諌めようとしていたほどであったから、呂忠国が元帥の座を手に入れた途端に将軍職を返上してしまった。


 元帥は鬼子を育てて反逆してくるとは流石に思っては居なかったが、鬼子を捨て駒に暗殺にくるやもしれぬと危惧したのと、黒鵜こくうがかの薛老ならば皇太子を隠している可能性に気づいて勅使の集団に入り込んだものの、何も得られなかった報告だった。



「せめて建前の鬼子でも見つかれば言い訳にしようものの、それすら見つからなんだとは、かの林撻りんだつめが薛翼を庇い立てしても表向きは非難できんではないか」



 黒鵜を咎めたのは、羅大公らたいこう


 呂元帥を上座に座っているが、それでも間諜の黒鵜よりはやや上座に居る。しかし、その座り方は天子の御前でもあるかのような振る舞いだ。


 内心、薛子塾に監国目付勅使が向いたと知った時は焦ったが魏晋ぎしんへの連絡は行き違いであった。どうしたものか向こうから知らせが来たらしく、黒鵜の首尾を聞けば魏晋らが先んじたのは確実だった。



「元帥閣下の黒尾と云えど、こんな失態で生意気な林撻めをつけあがらせてくれたものだ。閣下のお立場を考えよ」


羅翦らせん、そう虐めずとも良い。林撻など所詮は武才のみの男。何かを画策できるほどの知恵はあるまい。薛も老いた、今は体の不自由な子供の世話に明け暮れているのなら大した問題でもあるまい」



 羅大公は三公のおびとである、元帥といえどあざなで呼ぶのが習いであるが、傲然と呼び捨てにし、大公もそれを当然のように卑屈に頭を下げる。


 その大公が真逆、画策の主犯であるとは夢にも思わぬ元帥が、こうして間諜との密談に大公を呼びつけているのは神の目には皮肉に見えたことだろう。


 また、薛子塾で何か見つかっては危険が迫るのは大公であるのに、賢しげに黒鵜を責めているのは最早一流の演者やくしゃであった。



「まあよい、流石にあの老人が皇太子を隠していたとは思えん。昼夜を問わず間諜が張り付いていたのだ、四嬢しじょうとてみすみす親を頼るまい。今頃生きていても春斎国しゅんさいこくの田舎でくすぶっている程度でろう。春斎には他の間諜も多く行かせておる。見つけるとしたらそやつらかもしれん」


「では閣下、この黒尾こくびも春斎へ参ります」


「少しでも弁明の出来る成果があがると良いの」



 忠臣の如く言い募る大公を恨みがましく見やってから、黒鵜は退出した。


 ーー必ずや見つけ出してやる。そう思いながら黒鵜が向かう春斎は、士學の行こうとしている正反対の国であった。



 元帥と歓談ののち、羅大公も雅な房室へやを腰を低く外にでる。


 呂元帥が使うのは本来ならみかどが執務を行うはずの場所だ。当の天子は執務を全て元帥に任せ、遊興にふける日々を過ごし、下げる剣は形ばかりの竹光という。



「おや、これは羅大公殿、今日も元帥閣下と仲のよろしいことで」


「尊公も棒切れを振り回すのは飽きられたかの。滅多に宮廷で見ないゆえ、その粗暴な顔を忘れかけておったわ」



 互いに冷笑しあうのは、林撻将軍りんだつしょうぐんと羅大公。


 宮城の廊下で、珍しくも出くわすと即座に貶し合うのはあからさまだ。


 両者の不仲は誰もが知るところで下官たちもそそくさ見ないふりをして、逃げ去る。



「ーーー秋葉こうようは見事、天に月を咲かせたり」



 下士官たちはやり過ごしていて、誰も林撻の囁き声など聞こえなかった。


 まして粛清された亡き羅夫人の名前など誰も知らぬ。



 薛太老から事情を知った林撻の、それは長年奸臣を振る舞う大公への、絞り出すような賛辞であった。







 ****





 辺り一面が焦土と化した北英の最南で身を隠していた宗雪燕そうせつえんは、緋聯ひれんからの念波を受けて拳を地面に叩きつけた。



「くそっ、くそったれ!!」



 爪はもう中まで真っ黒になり、手だけではなくみすぼらしい袍からくるぶしの見えてきた靴の先まで泥と垢にまみれている。



 雪燕せつえんが此処に一人で居るのは、冬花国から食料を買って北英城に運ぶ将軍とその部下たちの待ち伏せの為だった。


 洞窟に逃げ込んで幾数日たつか。


 双眸異色のものたちは、城に逃げられない。まして鬼子は国中から集められて、妖魔との決戦のその最先頭へ強制的に送り込まれたのだ。


 軍が壊滅する前に、大半の鬼子の命が戦場に散った。


 中には双眸異色でも何の能力もないと泣く子供もいたがお構いなしで、最前線へ押しやられたのだ。雪燕せつえん緋聯ひれん桂花けいかは必死に死体の山をくぐって逃げた。


 幸いにも軍もそう持ち堪えなかったことで、鬼子の数が合わないことは気づかれず。



「桂花、けい、かぁ……!」



 桂花も緋聯も前線などで戦える力はなかった。


 桂花は少しだけ物を凍らせる程度、緋聯は人の思念を読み取りそれを他の波長の合う鬼子へ伝達できるのみ。


 生き延びた鬼子を何とか洞窟に匿い、戦える鬼子数人で何とか凌いでいたものの、一人、また一人と餓死か討死にして動けるのはもう三人だけであったのに。


 雪燕がいなかった為に一人で何か探しに出た桂花を誰が責められよう。


 まして他の鬼子に被害がいかないよう自害した桂花の心を、緋聯を通して知った雪燕の悲嘆を誰が理解してくれるものか。



「殺して、やる……!」


 鬼子を平然と殺させ、勝手に戦争を始めた国の王など。



「壊してやるッ……」



 ほとんど破綻した自滅の国。そのとどめを、他ならぬこの鬼子の手で。



 雪の色をした髪に悲しい殺気を乗せて、雪燕が腕を振るうと、空気が見えない巨大な手となって出現したかのように離れた岩が砕ける。


 雪燕を食おうと近寄った小さな妖魔がその岩に当たって、弾みながら転げていった。


 畢竟ひっきょう人は鬼子を忌む。ならばどうして鬼子が人を恨んでならないものか。



「終わらせてやる……なにもかも!!」



 妖魔と戦争をして負けた国を、鬼子が殺す。それこそ鬼子の宿命なのだ。


 自ら滅びていくことなど許さない。やられた仕打ちを全て、返してやるのだ。



 ーーお願い、やめて。雪燕せつえん



 頭の奥で緋聯がすすり泣く。それを無視して、雪燕は暗い空の下、獲物がくるのを待ち構えていた。




 .

元帥はもっと極悪人として書きたいんですけど、なんだか悪が報われなくてかわいそうになってきますね。りん将軍もお仲間に。羅大公から接触しなかったのは表立って不仲にしているのと、りんさんも奸臣と信じて近寄らなかったので敢えて誤解のままにしてきたのを薛じいさまが間を取り持ちました。新キャラの雪燕、そもそも鬼子はこうなるのが普通だよね、ということで。イメージはPK能力者みたいなものです。


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