月が隠れたその時に
世界は人と魔物が拮抗していた。戦乱と悲劇、そこに逆らうは運命として出会った、二人の少年と義兄弟たちの壮大な戦いの歴史である。
[月が隠れたそのときに]
空には闇が墜ちていた。
冬花国の帝都、安聹は華やかな建物が立ち並び、そのなかでも白い城塞である冬花城も影を落としている。
夜半の見張りにたつ兵士たちが都と空の監視を続けている中、内部では将軍たちが国の行く末について議論を重ねていた。
「では、林将軍、貴君はあの禍々しい魔物どもを放置せよと仰るのか!それは国を滅ぼすのと同じことだ」
紫檀の長几を叩いたのは、豪華な甲冑を包んだ茶色の髪の徐慶、冬花軍右将軍を務める未だ三十代の最年少。
糾弾されたのは浅葱色の髪の壮年の男。こちらは装飾乏しい甲冑をつけているが、長年使い込まれているのがひと目でわかる。林撻後将軍。
「春斎国のように魔物との共存を提示しているのではない。せめて南了のようにうまく使うことも考えのひとつにいれるべきだと申している」
「その春斎が共存を選んだ結果、我が先の帝武天帝に領地を奪われ、いまや小国となっておるではないか。南了とて時間の問題よ」
「しかし、武天帝が侵略を続けた結果、兵は疲弊し春斎から流れてくる民が飢えているのは事実」
他の将軍たちは、論争する二人に対して黙している。
冬花国は、前後左右の名を持つ四人の将軍と、三公、宰相、元帥、そしてこの会議には不在の今上帝、恵天君で成立している。
が、帝は未だ五歳に足らず、権力は帝の母である皇太后を妹に持つ元帥、呂忠国の手中にあるといっても過言ではない。
諸将諸官の髪色や目の色が様々なのは長い歴史で繁栄と荒廃を繰り返し、王朝が続いてきた結果。
親兄弟でも、同じ髪色のものは少ないので昼間の都は色彩のごった返す世界と成る。
「魔物を専門に狩る討伐士たちに、褒賞を増やすしかあるまい」
暗褐色の髪をした呂元帥が口を開くと、若き将軍も老練な将軍も口を閉ざした。
誰が云わずとも今上帝よりこの元帥がこの国を支配していることは明白である。反論など許されるはずもない。
林将軍も、無駄を承知で提案したのを己でわかっている。
そもそも冬花国は前皇帝の息子が五人居た。
長子は病弱、次子は死亡、三子は前帝に献上された商人の娘の子、四子は正妃が産んだ唯一の子で皇太子に一番推されていた。
しかし、帝位を継いだのは第三子の恵天君。
内乱が起きてはよくないと、呂元帥の手回しで長子は幽閉のち死亡。
当初皇太子だった次子も元帥の手の内で毒を盛られたのは当時の宮廷内では誰もが知っている。
呂忠国という男は妹が寵姫となったのを足がかりに一代で商人から書記官へ、宰相から元帥へとなりあがった覇者であった。
次子が死んで次の皇太子になった四子はたった二ヶ月で宮廷から姿が消えた。
赤い髪が血のようで不吉と前帝が遠ざけたと正史には記載されているが、誰もが最早この世から消えたのだと思わざるを得なかった。
前帝は若かりし頃に武帝として名をはせたが後年は呂忠国の甘言に国を傾け、権力を奪われて失意のうちに死んだと云う。
「では、諸君、酒宴に移ろうかの。これ以上は議題もあるまい」
呂元帥の言葉で、宮女たちがいっせいに盃と肴を運び込む。
林撻だけが目礼して席を立った。
一滴も飲めぬ無粋ものだから酒宴は辞退するというのが毎度の口実で、元帥も敢えて無理強いをしない。
夜風の吹く城塞の外に出た林撻は、深いため息をついた。
「薛老のように、引退すべきだったのやもしれん。忠国という嫌味な名の男がこの国を腐らせていくのを間近で見ているだけとは……。かつて破国と皮肉った薛将軍も、今や何処におわすのか」
元帥を名前で呼ぶだけでも今や大罪で死刑にされてもおかしくはない。
身分、知識のある人間は普通、名字と字と官職で呼ぶのは常識である。まして名を皮肉ったとなれば八つ裂きになるであろう。
林撻の慨嘆は、何処にも届かず、虚空に浮かんでいるはずの月すらも闇に覆われていた。
そうして、冬花国は妖魔の問題が解決策が取られないまま、呂元帥の支配の中、十四年の歳月に身を投じていくのだった。
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