トイレの個室が地球防衛軍の司令室につながっていた場合
うー、トイレトイレ!
突発的な尿意に襲われていた俺はトイレを探していた。確かこの先を真っ直ぐいけば左手に公園があり、そこには公衆トイレが備えられていたはず……。
公園にたどり着いた俺は急いでトイレに入った。しかし中には個室が二つあるだけで、手前のものには「使用禁止」の張り紙がしてある。そのため俺は必然的に奥の個室に入ることとなった。
ふう、間に合った、とホッとしつつ扉を開ける。
「あっ! やっと戻ってきた! どこに行ってたんですか司令官!」
個室の中から聞こえてくる叫び声にビクッとして漏らしそうになる。
恐る恐る個室を覗くと、そこはトイレの個室ではなく司令室だったためビックリしてもう一回漏らしそうになる。何を言っている分からないかもしれないが俺も分からない。
個室に入って先ず俺の目を奪ったのは正面に広がる巨大なモニターである。映画館のスクリーンより更に大きなモニターが、どうやら宇宙の様子や、そこに浮かぶ宇宙船の様子を映し出している。そしてそのモニターの下では、SF映画に出てきそうな機械を前にして、軍服を着た人たちが慌ただしく情報を交換し合っている。
うん、ココどこ?
「あれ? トイレは……?」
「トイレなんか行ってる場合じゃないでしょう! 早く司令官席に座ってください!」
屈強な男たちが二人がかりで俺の両腕を掴む。
「え? え?」
訳もわからず室内中央の椅子に座らされる俺。
「ようやく決断出来たようですね」
俺の右隣に立っているガタイの良いヒゲ面のオジサンが話しかけてくる。
決断? 何を? いやその前にここどこ? あなたは誰? 何一つ状況を飲み込めない。
「あの、状況がよく分からないんですけど……」
恐る恐る尋ねるとオジサンは一つ大きなため息を付き、「まったく、急に司令室(この部屋)を飛び出したと思ったら」と小さな声で呟いてから話し始めた。
「今地球は滅亡の危機に瀕しています」
あまりにも突拍子もない話に俺の頭はますます混乱した。オジサンは目の前のモニターを指差して言葉を続ける。
「あのモニターにも映っている通り、ヌベードゥ星の攻撃母船の主砲が地球に照準を合わせているのです」
目の前のモニターには確かに黒と紫で細長い形をした「宇宙戦艦」的なものが宇宙に浮かんでいるようだ。
「ヌベードゥ星人は我々に『北半球の全ての土地を差し出せ。さもなくば主砲で地球を焼き尽くす』と脅しをかけてきました」
北半球……。ということは日本も……。
「我々に残された選択肢は2つ。一つは奴らの言う通り、北半球を差し出すこと。もう一つは我々地球防衛軍が開発した『デル・ランチャー』で奇襲攻撃を仕掛け、奴らの母船を粉砕すること」
地球防衛軍!? なんでさっきまで公衆トイレにいた俺が地球防衛軍の司令官席に座らされてるんだ!?
「ちょっと待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ!」
「ほう。良い方法を思いつかれたのですか?」
「いやいや! 俺はさっきまで公衆トイレにいたんだよ! オシッコ漏れそうだったから急いでたんだよ!」
「こんな時に訳の分からんことを言わないでください!!」
オジサンに低い声で一喝される。訳わかんないのはこっちだよ。
そうこうしている間にも俺のダムの貯水率は限界に近づきつつある。早く放水しないと、とんでもない大決壊を起しかねない。
「ヤバイヤバイそろそろヤバイ!」
「そう。地球存亡の危機なのです」
「いやスケールがデカすぎるわ! そっちじゃなくて!」
「司令官が心配していることは分かります。『デル・ランチャー』での攻撃を外した場合、必ずこの地球防衛軍は壊滅させられ、抵抗手段のなくなった地球は奴らの手に落ちるでしょう」
そっちでも無いわ! 俺は尿意を我慢するために足を揺らせながら、どう言えば俺の意見が伝わるのかと考えていた。もう動くだけで危険である。
「司令官の言う通り、敵は強大で手強いです」
「俺なんも言ってねえよ!」
「ですが司令官、あなたは常々言っていたではありませんか!」
「いや初対面だろ!」
「『地球が危機に瀕した時はみんなで力を合わせて地球を守ろう、責任は俺が取る』って!」
「だから言ったことねえよ!」
というか本当にヤバい。俺の許容量はすでにレッドラインを超えてデッドラインもすっ飛ばしてグランドライン辺りまでやってきた。ひとつなぎの大悲報 一歩手前である。
「ほおおおおおおおおお! 出る出るもう出る! 本当に出るからトイレに行かせてくれぇ!!」
俺が奇声を上げた瞬間、オジサンの分厚い平手が俺の頬を打った。その乾いた音が響いた一瞬、司令室が静寂に包まれる。その中でオジサンは叫んだ。
「アンタそれでも司令官か!!!」
「違うわ!!!!!! あっ」
大声で叫んだ瞬間、俺の股関のデル・ランチャーが発射された。そして俺の中で何か大事な線が全て切れた気がした。
司令室はまだ静寂に包まれたままである。
みんな、俺の指示を待っているのだ。
俺は机の上に肘を乗せて両腕を組み、その上に顎を乗せてモニターに映るヌベードゥ星の攻撃母船をギラついた眼で睨んだ。
「デル・ランチャー 発射」
俺が静かに言い放った言葉がふたたび司令室を慌ただしくする。
「デル・ランチャー発射準備!」
「了解! エネルギー装填率15%!」
「やっと決断してくださったのですね」
オジサンは手で目を拭いながら言った。
「安心するのはまだ早いぞ。まだ何が起きるか分からない。トイレの個室に入ったと思ったら地球防衛軍の司令室だったことだってあるんだからな」
「ちょっと言っている意味がよく分かんないです」
「うるさい」
「デル・ランチャー 発射準備整いました! いつでも撃てます!」
「司令官、号令を!」
「……ああ」
平手打ちされるし、オシッコは漏らすし、この期に及んで何が何だか一切理解出来ないままだが、ただ一つ、俺がなすべきか事はハッキリ分かる。それは……。
「撃てー!!!!!」
地球防衛軍の司令官としてこの地球を守ること。そして、このあとバレないようにトイレに行って服を洗ってくることだ。
***
こうして司令官の決断によりヌベードゥ星の攻撃母船は破壊され、地球の平和は守られたのであった。
おわり
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