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6 在りし日の残滓




 1




 煩わしい、と統魔の巨人は舌打ちをしたい気持ちに駆られた。



 戦いは順調であったはずだ。事実、あの頭の悪そうな緋い女が現れるまでは順調に虫けら共を掃き散らしていたのだ。なのに、だというのに、これはいったいどうしたことだ。

絶望に染まりきったはずの小ハエ共の目には希望が灯り、てんでバラバラだった連携が嘘のように息の合ったものとなって、魔獣共を次々と打ち倒していく。

なんと鬱陶しいことか。なんと煩わしい。なんと腹立たしくて気に障ることなのか。否でも目に入ってくる緋色も相まって、実に疎ましく感じる。



 しかしだ。せっかく手間暇をかけて整えた勝利への道筋を、いきなり割って入ったなんだかよくわからない奴に邪魔されたとあっては、気の短い彼でなくとも、甚だ不愉快というものだろう。まったく持っての自明の理。


 ──だから──。


「ヴォォォオオオォオオオオォオォォオオォオオオオ!!!!!」


 ──俺は悪くない。


 彼はただ知りたいだけだ。なのに、奴らはこぞって邪魔をしてくる。

 いつだってそうだ。どいつもこいつも、彼を悪であるかのように扱って、こき下ろす。許せない、許せないッ、許せない! 絶対に許しておけることではない。

 だから、奴らが死ぬのは、奴ら自身が招いた事態による当然の帰結だ。そうだ。これより振り下ろす拳は、彼を認めぬ愚か者へと下される断罪の雷。



 ガズンッ、と轟いた。

 大地は震動し、巻き上げられた土くれは落石のように人を、魔獣を無差別に押し潰す。強力に過ぎる攻撃は余波だけで木々を薙ぎ倒し、土埃を払い上げて一陣の砂嵐を巻き起こした。


──死ね、散れ、砕けろ、爆ぜろ、消えてしまえ。


 呪詛を紡ぐように唸り声を漏らし、乱暴に払った左腕は非力な虫けら共をまとめて薙ぎ払った。

 そのあまりにも簡単に潰える命の過程を見やって、彼は一欠片ばかりの落ち着きを取り戻す。

 そうだ、俺は強いのだ、と。決して、命を奪い取ったことに罪悪感を覚えた訳ではない。だって今さらだ。力があるのだから、遠慮をする必要なんてどこにもない。

俺は強い。俺には力がある、と。

自分に言い聞かせるように思い、どうにか癇癪を静める。


──そう。どんな軍隊だって、俺に敵うわけがない。


 ならば、奴らのしているソレは断じて抵抗ではなく、自虐だ。自分自身で自分の首を絞めつけている。

 愚かな奴らめ、と嘲笑する彼の面貌には引き攣るような笑みが張り付いた。




 2




「ヴォオオオッ!」


 ブン、と空を切る音を一拍遅れに聞く。

 転がるように回避したエリーナの頭上を、ヘビィ・オークの振るう大斧が通り過ぎていく。



 ニタリ。倒れ込んだエリーナを見やるオークの表情ときたら、厭らしいことこの上ない。振りかぶった斧を見せびらかすようにチラつかせながらも、しかし振り下ろさない。なぶり殺しにしようという魂胆らしく、石突の部分でエリーナを小突き回そうというのがわかる。

 眼前に這いつくばる小娘は、もはや自分に仇なす存在にはなり得ない、と勝手に結論しているに違いない。だが、そうは問屋が卸さない。エリーナの晶霊術だって、アリシア、ミーリャという師を得て、いっそうに磨かれているのだ。

穿て、と彼女の意思に応えるように、エリーナの茜色の瞳が蒼く光を放つ。


「ゴアァッ!?」


 バシャア、とオークの足元から飛び出した水の柱がそいつを弾き飛ばすと、そして枝分かれするように無数の水球へと姿を変えた。幾つもの水球はスライムのような弾性を持った物体へと変じていき、やがては氷結して冷気の弾丸と化す。


「ギャァアアッ!?」


 トン、と杖で地を叩く。

 すると、杖先に灯る拍動するような蒼い光に促されるようにして氷の弾丸は射出され、瞬く間にヘビィ・オークを貫通する。

 ドズン、と重たい音をさせて倒れ込む魔獣を見やり、やった、と小さく勝利のポーズ。


「……っ!」

「ブォオォォオオッ!」


 だが、安堵に浸かるのも束の間である。ソルジャー・オークの放った手斧が、エリーナの首を刎ね飛ばさんと凄まじい回転を伴いながら飛んできたからだ。


「あぅっ」


 とっさに防御の術式を展開するが、衝撃力までは殺せない。エリーナは軽々と吹き飛ばされ、倒れ込んでしまう。どうにか見上げた先にはニタニタ笑いの醜い顔がズラリと並び、彼女はオークのどす黒く濁った金の瞳が嗜虐の色を帯びるのを見た。

 思わず目を瞑ってしまった時、少しだけ遅れて、凄絶な断末魔と共にドロリとした液体が降り注ぐのを感じた。

 恐る恐る薄目を開けてみれば、そこには血みどろの光景が鎮座していた。



 咆哮と共に振るわれる斧。突き出される槍。重たく振り下ろされるのは大剣だ。

 オークは武器の達人である。その身体はひたすらに屈強で、濃密に積み重ねられた戦いの経験は彼らの滾る野性を武技にまで昇華させている。

 恐れを知らぬ、森の勇者。屈強なるオーク。知性はあるが、それを上回る戦闘意欲が彼らを蛮族という場所へと位置付ける。だが、そんな彼らの戦技を前にしても、血まみれの幼獣は止まらない。

 繰り出される攻撃の全てを、避ける動作すらもどかしいとでもいうように真っ向から突き進むと、咥えた短剣を幾重にも閃かせ、肉の残骸を幾つも積み上げていく。



 ソレはさながら血に飢えた獣のような、破滅を望む破綻者のような。邪悪で悪辣な、どす黒い瞳である。固まりかけの血を思わせるあかいひとみが、こらえきれぬ愉悦に濡れるような光をもらす。


「グォォオッッ!!」


 悲鳴じみた絶叫。蛮勇とさえ揶揄されるオークが半狂乱になっている。

 恐怖に苛まれ、焦りを乗せた攻撃は幼獣を掠めるにとどまり、しかしそんなことで止められるカンナではない。懐にまんまと狼を招き入れてしまったオークは、致命的な一撃を叩きこまれて地に沈む。そんなことが何度も繰り返されている。



 やがて。

 最後の一体を処理し終えると、カンナはどこか覚束ない足取りでエリーナに歩み寄った。


『……思いのほか、敵がいるものだな。随分と手こずっている』

「うん、そうだね……。北門に急がなきゃ、ではあるんだけど。……カンナ?」

『……む?』

「その前にね。手当てするから、ケガ見せて?」

『構わぬ、ほんのかすり傷に過ぎぬゆえ。そんなことよりも、エリーナ。先を急ぐべきだ』


 こともなげに言うカンナだが、とてもそうは見えない。人間ならば、とっくに出血多量で死んでいるような大怪我だ。血みどろ真っ赤な見た目は、見ている方が痛々しくなってくるような有り様なのだが……。この脳筋狼ときたら頑として譲ることはない。

いくらSランク魔獣とはいっても、まだまだ幼獣である。無理のきく範囲というものがあるだろうに、どこまで命を軽視すれば気が済むのか。


「無理しちゃダメだよ、カンナ。……すぐに済むから、ね? 見せて?」


 少し勇気のいることだったが、抗議の気持ちも込めてジッと目を見つめれば、やがて観念したのか大人しくなり、カンナは身をゆだねてくる。よかった、との安堵もそこそこに、エリーナは巾着から取り出した道具を使って、彼に応急処置を施していく。






 そうして不器用なりに時間をかけて、あらかたの治療を済ませたころ。城壁の向こう側へと視線を向けたカンナがボソリと呟く。


『……どうやら、いささか時間をかけすぎたようだぞ、エリーナ』

「カンナ?」

『……街の方から戦闘音が聞こえる。あまり良い戦況とは言えぬようだ』


 そう言われて見やった先には、もうもうと立ち昇る煙が見える。カンナが言うように、街が尋常でない事態に見舞われていることは一目瞭然であった。

 まさか門が破られたのか、と一瞬だけ頭が真っ白になる。メリオールの城壁は堅牢で、いくらトロールが強大であるとはいっても、アレを破るほどではないという考えがどこかにあったのだ。


『街へ向かうか、北門へ向かうか。どうする、エリーナ?』

「えあっ。……う、うん。……っ」


 カンナの呼びかける声で我に返る。

 深呼吸を一つ。動揺する気持ちをなんとか押さえつけて頭を冷たく保つ。

そう、冷静になって考えてみればあり得ないことなのだ。メリオールの門を破るというのは、単純に力技だけでなんとかなることではないのだから。動揺のあまり思考が飛躍していた。

いくら何でもあの掘割を超えて更に門を破壊して、なんて常識的に考えてあり得ない。空を飛べるわけでもなく、身軽でもない。重くて大きいだけの巨人では不可能とさえ。

ならばきっと、街を襲っているのは、巨人によってけしかけられた、飛行能力を持った魔獣のはず。相手は統魔の笛を所持しているのだから、むしろ、そういう風に考えてしまった方が自然だ。



 だけど、とも思う。

 エリーナが今考えていることは全て憶測に過ぎなくもある。もしかしたら、という可能性も否定はできない。だって相手は高ランクの魔獣。〝英雄〟バリオンバーグさえも一度は敗走した統魔の笛持ちなのだ。アリシアが言ってみせるほどに巨人殺し(ジャイアントキリング)が容易なことだとはとても思えない。

 ブルリ、と身を震わせる。怖い。どうしようもなく。戦いもしないうちから、恐怖を感じている。今になって、殺されるかもしれないと腰が引けてしまっている。

 エリーナがこのままではいけない、と自身を発奮させようと思った時、


『……それとも。ここに残るか?』

「……え?」

『戦えぬというならば致し方なし。攻めてきている巨人というのは滅法な強さというし、無理をしてまで戦う必要はなかろう』


 たっぷりと間を置いて。冷たく突き放すようにカンナは言った。けれど、その声にはどこかエリーナを慮るような響きがあって。……もしかして、気遣ってくれているのだろうか。なんだか、わかりやすいような、わかりにくいような。

そう思うとなんだか、不思議と笑いたいような、そんなくすぐったい気持ちになって、いつしか凍えるような震えも鳴りを潜めていた。


「……ううん、行くよ。私も行く」

『……。なれば、何も言うまい』


 なんて言いつつも、何か言いたげな沈黙を一瞬だけ置いて、だけど誤魔化すようにカンナはかぶりを振った。きっと彼なりに気を遣ってのことだろう、と思った。

 はふっ、と深呼吸を一つ落とす。それから、照れたようにそっぽを向くカンナを抱き上げた。彼をこうして抱えるのも随分と久しぶりのことのように思える。思えるだけで実際にはそんなことないのだが、きっと。心持ちが変わったのが大きいのだろうと思った。溝というか、壁というか。


「ね、カンナ?」

『む?』

「……ううん、やっぱり何でもないっ」


 「もしかして、励ましてくれたの?」と聞こうと思って、やっぱりやめた。なんだか野暮なことを言うような気がしたからだ。

ニヨニヨとする彼女を訝しげな視線が貫く。

 けれどそれも一瞬のことで、そうか、と小さく言ったカンナはそれ以上聞いては来なかった。

エリーナを静かに見上げる深紅の瞳は揺らぎのない水面のように穏やかで、戦時に見せる苛烈さはどこにも見当たらない。

 それを見て、案外何てことのないモノかもしれない、とようやく思い至ったような、真理を悟ったような、何ともいえない気分になったエリーナである。久々に感じるヒロイックな感情とでも言おうか。

 考え過ぎるのは毒にしかならない、とは至言かもしれぬ、と。頭の中身を空っぽにした方が、物事とは好く見えてくるものなのだ、とさえ思った。


「北門に向かおう、カンナ」

『私に異論はないが……。街はよいのか?』

「いいってことはないけど……でも」


 行ってみたとして、何ができるとも思えない。

 いや最低限、街に入り込んだ魔獣を排除する手伝いくらいはできるだろう。でも、防衛線は既に突破されている以上、いつかはきっと物量に押し潰される羽目になる。

 それに、相手は高ランク魔獣でしかも特異能力持ち。ならば余力のある時に挑んでおかねば、ただでさえも薄い勝ちの目がさらに薄まることは明白ですらある。

 だから──。

目指すところは一点突破のただ一つ。




 3




 緋い閃光が弾けた。

 続き、綺羅星のように細かな輝きを伴って、閃く炎弾が無数に拡散し、容易く魔獣達を焼き払っていく。

 少女の放つ晶霊術は極めて強力で、かつ広範囲でもあったが、所詮は一人の人間がやることである。数百もの魔獣の大群を相手にどうこうできるものではない。

事実、予定よりかは大きく戦力を削られはしたものの、事は概ね統魔のトロールの思惑に沿うように進行していた。少女の行使する術の煌めきに、次第に疲れから翳りが見え始めているのだ。例えどんなに強力な個人であったとしても、一度勢いを落としてさえしまえば容易いもの。

あの暑苦しい女さえ落としてしまえば、吹けば散るような情けない希望にすがるしかないコバエ共の末路など言うまでもない。



 だがしかし、人間達の必死の抵抗を見やるトロールの深紅の瞳にはどこか罪悪感めいた感情と明確な苛立ちの感情しかない。彼を阻止せんとする愚鈍な輩の最期だというのに、なぜこんなにも悶々とした気分を味遭わねばならないのか。

 自分は魔獣としてまったく問題のない在り方をしているはずだ。なのに、そんな生き方に対してすら疑問を抱く。そしてその得体の知れなさに苛立ちを繰り返してばかりの堂々巡りである。



 ブオオッ、と迸る感情に任せるまま、彼は雄叫びをあげた。

 こんなにも迷いが生じてしまうのはきっと、大切なことを人任せにしているからに違いない。ムカつく奴をやっつけるのに他人の手を借りていては、そりゃスッキリしないに決まっている。そう結論づけて、拍子を打つように手のひらを擦り合わせた。

 彼の感情に沿うように漂う霊素は鬱々とした昏い光を零し、やがてドロリとした輝きとなって冷えるように凝固して、剣のような結晶体へと姿を変えていく。


──腐れ! 腐食しろ! 腐敗して腐乱して腐り落ちろ!


 狂ったように吼え、それを合図に射出された剣群は大地に人に魔獣に、その場所に在るあらゆるモノへと無差別に突き刺さってソコから黒く浸食し、呪いを塗りたくるように腐食させていく。


 ──朽ちろ! 朽ちろ朽ちろ朽ちろ朽ちろ朽ちろ、朽ち果ててしまえ!


 ソレは実に、破滅的な光景だった。命の終焉を予感させずにはいられないモノ。

 樹も、草も、人も、魔獣も、すべからく黒い霊素に焼かれて腐り落ちていく。無差別に降り注ぐ死の棘は効率や慈悲なんかとはまるで無縁で、運の悪い奴から先に突き刺さる。対象が死にかけていようが、既に死んでいようが、お構いなしなのだ。

 そんな中でも、緋い少女はよくやっている方だ。なんとか少しでも被害を抑えようと疲れ切った身体に鞭打って涙ぐましい努力を続けているのだが、しかし無駄だ。所詮は弱卒の悪あがきに過ぎぬ。小娘ごときの残り少ない霊力で張ったバリアで耐えきれるほど、彼の放った漆黒の剣は生易しいものではないのだから。



 みるみる内に真緋(あけ)の焔が勢いを落としていく。少女の気性を現わすように煌々と燃え滾っていた紅蓮の炎は今や、まさしく風前の灯火だ。

 やがて、パキリ、と小枝を踏み折るような、か細い音を聞いた。

ついにあの忌々しいバリアを壊したのである。これでもう、漆黒の棘を阻むものなど何もない。

 無理にこじ開けられ、砕け散った霊素の残滓が雪のように散りゆく。緋色の欠片に黒い光を反射させながら、死の(つるぎ)は無防備を曝す少女に止めを刺すべく、無数に落ちていく。

 迫る、迫る。慈悲なき悪意の剣が差し迫り、緋色の少女を貫かんとする。


 ──殺った(とった)。


 彼は確信し、笑みさえ浮かべた。だが、すぐに愉悦に歪んだその笑みは次の瞬間、凍り付く羽目になる。

緋色の少女に突き立つはずの剣は、しかし突如彼女を包み込んだ薄い光の皮膜に阻止され、一拍遅れて飛び出した無数の氷壁によって他へと射出していた剣も防御された。



 いったい何が起こった、と困惑する彼の目に、赤黒いような毛玉が飛び込んでくる。

 ギラリ、と銀の閃きを見たと同時に、統魔のトロールの分厚い皮膚の上を幾重にも刃が迸った。薄皮一枚にも達しない、実に貧弱な攻撃だったが。

 それでも、痛みはなくとも斬りつけられているという事実に変わりはない。鬱陶しい、と払った腕は空を切り、仔犬はそこを伝って走り寄ってくると、こともあろうに目潰しを仕掛けてきた。

 いくら非力な犬っころがやることとは言え、さすがに目玉を斬りつけられてはたまったものではない。急ぎまぶたを閉じれば、一瞬遅れて痛みがソコに奔った。

 クソが、と叩きつけた手のひらは、しかし奴を捉えず、むしろ誤爆したそれによって自分の鼻っ面だけが痛い思いをすることになって、ますます怒りの感情が燃え上がる。……ちくしょう、とかせっかく嫌なことを忘れていい気分だったというのに、よくも邪魔をしてくれたな、とか。



 モグラ叩きの要領で、ロクに狙いもつけずに振り下ろす拳はことごとく奴を捉えない。覚束ないような足取りながらも、いちいち巧みに回避する幼獣に彼のフラストレーションは溜まる一方である。

 だからこそ当然、躍起になる。術の制御も忘れて、狼を執拗に追いかけ回す程度には夢中だ。だがそれがいけなかった。失敗だった。

 幾度目かの幼獣へと振り下ろす拳。それが外れた瞬間、蒼い光が彼の視界を潰した。

 霜が降りるように彼の身体を包み込んだ霊光は、ピシリ、ピシリと陶器にヒビが入るような音をさせて更に凝集していき、そしてトロールの身体を徐々に徐々にと凍てつかせていく。

 嵌められた、と気付いた時にはもう遅い。

 対霊耐性に優れた巨人種の防御をも上回って、蒼の晶霊術は彼の身体から急速に熱を奪い取る。



 しかし不味い、とは思わなかった。死ぬ、とも思わなかった。何故ならばその瞬間、彼の思考の全てを支配していたのは燃え滾るような憎悪の感情だったからだ。

 下等種族がこの俺に何をした、と肥大化した自尊心が死の恐怖やら迷いやらを上塗り掻き消して、彼の攻撃性を殊更に引き上げていく。


「ヴルゥウウアアァァァァァァアアアアアァァアァアァアッッッ!!!!」


 ミチリ、と嫌な音が耳の奥に入り込んだ。

 霊素によって絡めとられた身体を無理やりに動かしているせいで、肉や骨が軋んでいる。だが構わない。奴らを八つ裂きに出来るのならば構うものか。

 憎悪に燃える瞳が映すのは、白金色の少女である。身体にまとわりつく蒼い霊素が、霊素自身が、彼に教えている。腹立たしいことをしたのはあの下等生物(アバズレ)だと。



 ギチチチチッ、と錆び付いた歯車を無理に回すような音がする。

 小山のような巨体は、氷の礫をまき散らしながら、のっそりと進む。大技を放った後で、どうやら息を切らしているらしい小娘を無惨な肉の塊と変えてやるために。憎しみに染まりきった鮮血色の瞳をギラギラと煌めかせて。

 その間も小うるさい犬っころが邪魔をしようと貧弱な攻撃を仕掛けては来るが、気にもならぬ。……いや、腹が立つか立たないかと言えば、断然腹が立つのだが、今はそれよりも優先するは小娘である。どうせ幼獣ごときでは彼を傷付けることなんて不可能なのだし、放っておくに越したことはない。



 ドズン、ドズン、と重たい足音を宣告のように轟かせて、やがて彼は下手人の手前までやって来た。……恐怖に引き攣る表情が実に心地が良い。これを見やっただけでも、幾らか溜飲が下がるというものである。

 しかし腹いせは済んでいない。グチャグチャのミンチにしてやろうと拳を振り上げる。恐怖心を煽るために、わざとゆっくり時間をかけて腕を持ち上げてやるのだ。そうだ、絶望しろ。光差すこと無き漆黒の世界へと墜ちて行け。無間の闇でえいえんにさまよえ!

 嗜虐に狂った笑みが張り付く。トロールの昏い光を灯す瞳には、迫る死に怯えながらも、決して目を逸らさずに彼を見返す白金色の少女が映る。

 そんな彼女の茜色の瞳はどうしてか、途轍もなく気に障った。



 振り下ろし、ガヅンッ、と響き渡る。

 煙るような土埃が晴れた先。抉り取られた大地の中心部に、しかし少女の名残は落ちていなかった。それはつまり、回避されたということだ。

 狼である。いつの間にやら小娘に接近していたらしい犬っころが、その襟首を咥えて避難させていたのだ。幼い身体に鞭を打ち、娘を少しでも彼から遠ざけようと無駄な足掻きをする幼獣には哀れみすら覚えるが、しかし許さない。



 明確な殺意を乗せて手のひらを握り込むと、そこから霊素が滴り落ちるように大地へと染み込んでいき、やがて蛇行するような動きで幼獣に向かって延びていく。

 そして、狼の真下に到達した瞬間、突き上げるように漆黒の棘が何本も飛び出し、あの鬱陶しい幼獣を串刺しにした。……本当は少女ごとまとめて仕留めるつもりだったのだが、ギリギリで気付いた犬っころが小娘を投げ飛ばし、自分一匹犠牲になったのである。

 そんな自己犠牲に、馬鹿め、と嘲笑せずにはいられない。なんとしても少女だけは、という精神自体は実に健気なものなのだが、結局。辿る結果は変わらないのだから、何の意味もない。むしろ、いたずらに苦難の時を引き延ばしたに過ぎぬ。

血まみれの幼獣がベチャリと落っこちるのを絶望の表情で見送る少女を見やれば、一目瞭然というものである。まあしかし、どちらにしてもこれから後を追わせてやるわけだが……。



 こちらを見向くこともせず、ちっぽけなゴミを抱えて蹲るばかりの少女へと足を向けてみる。すると、今度は炎が彼の表皮をチリチリと焼いた。

なんだ、と視線をくれてやると、そこには苦しげに呼吸を繰り返しながら、冷めやらぬ闘志の瞳で彼を睨む緋色の少女の姿があった。緋色に光を放つ瞳にはいっそ妄信的なほど不屈の炎が燃え滾り、貴様だけは必ず倒す、との意思を鋭く尖った眼光が何よりも雄弁に物語っている。……それを見て、つくづく無駄な抵抗が好きな奴だ、と呆れたような気分のトロールである。

 何やら声を張り上げている様子だが、まったく興味はない。どうせ今の奴が放てる程度のちんけな炎にやられるなんてありえないし、それよりも何よりも鬱憤晴らしの方が重要なのだ。



 グオンッ、と右腕を振り上げる。

 小娘にもう逃げ場はない。助ける奴だっていない。いよいよもって年貢の納め時である。

 表皮を炙る惰弱な炎を無視して、腕を振り下ろす。

 脳裏に思い描くのは、弱っちいくせに生意気にも彼に痛みを与えた不遜なる娘である。愚昧なる虫けらを念入りに擦り潰すべく落ちてゆく鉄槌は、今度こそソレを欠片も残さずに叩き潰すだろう。

 少しばかり嬲り足りない気もしないではないが、あの気丈な茜色の瞳を絶望に染め上げただけでも気分が晴れるというものだ。



 唸り声をあげて急降下していく拳。そして、小娘を捉えた、と思った刹那、である。まばゆい光が少女の胸元から発生したかと思えば、次の瞬間、振り下ろしていたはずの腕がバッサリと斬り落とされていた。

 一瞬、何が起こったのかまるで理解できなかった。思わず斬り落とされた腕と斬られた部分を二度見してしまったくらいだ。しかし、段々と状況を理解するにつれて痛みも追いつき、彼はみっともなく悶絶する羽目になった。



 屈辱と憤怒に染まった瞳で見やる先にいたのは、はたして。真っ白な少女だった。




 4




 ズグリ、と肉を掻き分ける音をどこか他人事のように聞いた。



 生きたまま磔にされる気分というのは、実に筆舌に尽くしがたい。骨の髄にまで熱した棒を突き込まれるような不快感は、さしものカンナをして、最悪とさえ言わしめるものだ。

 高いところに吊り上げられて、用済みとばかり投げ出されて。朦朧とする意識、激痛を訴える身体。たまったものではない。



 ふと、私は死ぬのだろうな、と思った。そして、何を今さらになってわかりきったことを、とも思う。腹に貫通するほどの大穴を開けられてしまっては、さすがの魔獣とて助かるまい。特に今は、幼獣の身である。どうしようもないだろう。

 走馬灯のように浮かんでは消える情景に思いを馳せながら、はたして私は、と独りごちるのだ。こうして殺されかけるのは二度目だが、はたして私はこの結果に対し、未練はないのだろうか、と。



 死に場所としては、中々に悪くないものだ、と思う。情に流されて誰かを庇って死ぬなど、実に彼らしくはない最期であったが、そういうのもまあ、悪いものではないのだろう、と納得する気持ちはある。

 背中から斬りつけられたわけでなく、好きなように戦って、真っ向から打ち負かされた結果として死んでいく。それはそう、むしろまったく持って望み通りの最期なのだ。死するならばこうでなくてはならぬ、と自身に課したものでさえあるのだ。ならばきっと、自分は充足しているはずなのだ。胸を張って高らかに宣言できるはずなのだ。

「俺は好き勝手に生き、好き勝手に殺して、好き勝手に死んでいく。ああ、なんと素晴らしきかな我が人生」と。

だというのに、何故か胸にはしこりが残ってならぬ。どうしてもやり遂げておかねばならないことを残したままにしているような、そんな重苦しくのしかかる未練が彼を縛り付けて止まない。



 薄目を開けて見やれば、真っ赤に染まる視界の端でエリーナが泣いている。名残惜しげにすすり泣く声がどこか遠く、耳の奥底で何度も繰り返される。

 私も甘くなったものだ、と笑いたいような気持になる。どうやらカンナは、自分自身で思っていた以上にエリーナのことを気に入っていたようだ。……少なくとも、潔く死ぬ、なんて考えを撤廃したくなってくるくらいには。

明鏡止水の境地には程遠い。雑念に溺れ、我執に囚われきった、大義なき〝百姓の剣〟。けれど、そんなどうしようもない邪剣でも、まだ捨てたものではないかもしれない……。



 ならば、と思った。死んでいる暇はない、と。為せば成る。為さねば成らぬともいう。つまりは、死ぬ気で生きれば死なないでしょ、とカンナは結論したのだ。

 普通に考えて無茶苦茶である。むしろ、実に頭の悪い考えだったのだが、性質の悪いことに彼は本気でそう思っていた。

 再び燃え上がるカンナの闘志に応じるように、彼の周りに霊素が集っていく。穢れなき純白の霊光が昂りきった彼の、凶悪なまでの戦意に染め上げられて、鮮血めいた深紅へと変わっていく。

 そして、迫る音を聞く。風を切る音だ。甘く痺れるような感覚が次第に薄まっていき、眼が、耳が、鼻が、身体が、鮮明なる感覚を取り戻す。






 蹲るエリーナの腕から、するり、と抜け出した。

 改めて見上げてみると巨人の、山のような巨体は実に迫力がある。現在進行形で迫り来る拳など、星が墜ちてきているのではないかと錯覚さえしてしまいそうなほどだ。

 しかしどうしてか。今この時、負けるビジョンが奔らない。最初見た時は、死の権化とすら思えた巨人も手を伸ばしてしまえば、容易く届いてしまう高さにあるように感じられる。

 身体が熱い。身の毛がよだつというが、まさにそんな感じなのだ。ゾクリというか、そういう冷たさを孕んだ熱。それはきっと、身体を創り変えられているというはっきりとした感覚に付随する、本能的な忌避感なのだろう。



 頭が妙に冴えわたり、視界がいやに鮮明。まばゆいくらいの光の奔流さえも、邪魔とは思わない。

確認も兼ね、〝手〟を伸ばす。白魚のように白くきめ細かい指先は何とも女性的なものである。視界の端にチラつく真っ白な長い髪といい、よもや、と過る考えがあるが、まあ、さして重要なことではない。カンナにとっては、もっと大切なことが他にあったからだ。



 大気中に漂う霊素の流れを手繰り寄せるように、その手を握り込んでみる。思い描くのは、生前愛用していた得物の姿。頑丈で、鋭利で、しなやかかつ長大で。あとすごく頑丈な……。あの分厚く硬い、でくの坊の身体を纏っている板金ごと斬断せしめるような、そんな刀である。

 靄がかるように曖昧な光の粒は、カンナの意思という型にあてはめられて、かくあれかし、と望まれ、定義された姿へと変じていくのだ。

 ──そして。



 ギュガッと、無理に金属をへし折ったような鈍い音の後、ズシリ、と重たい衝撃が落っこちる。手のひらから二の腕までを縦に割かれ、綺麗に両断されて斬り落とされた巨人の右腕が、ドロリとした粘性の血液をまき散らしながら打ち棄てられる。巨人の傷口からの噴血が、雨のように降り注いだ。


「──え、あ……っ。カン、ナ……?」

「いかにも。……わが主の危機とあっては、このカンナ、おちおちと死んでもいられぬ。ゆえに、地獄の底より参上いたしたしだい」


 純白の少女は、どうにも似合わないキザな仕草でペコリと一礼する。

 呆けたエリーナの声に返答する砂糖菓子のように甘ったるい声は、とてもカンナのものとは思えないような幼い舌足らずな口調である。けれどなんだか、まとう雰囲気というか、空気感というか。立ち居振る舞いの細かな部分に、彼女をあの幼獣と結びつけるような、不思議な何かがあった。

 けれど、魔獣が人になるなど、にわかには信じられない話でもある。声に猜疑の響きが混じってしまうのを自覚しながらも、止めることはできないエリーナであって。


「カンナ……? えっ、カンナ……なんだよね?」

「そうだと言った。……なんだ、そんな珍妙な物を見るような目をして」

「だっ、だって……。え、カンナって女の子だったの?」

「……ぬ。いや、そういうわけでもないはず、なのだが……」


 何やらゴニョゴニョと言っているカンナを左へ聞き流して、違う、聞きたいことはそんなことじゃない、とエリーナは自分で自分に突っ込みを入れた。

 聞くべきことも、聞きたいことも、もっと他にあった。知りたいことも、知っておきたいことだって他にたくさんあったのだ。

 けど、全裸に包帯というマニアックな格好とか、しゃべり方とか雰囲気とか。腹に大穴開けているくせに妙に元気な感じとか、身の丈よりも大きい剣をそんな状態で軽々と持ち上げてることとか、なんか全体的に頭が悪そうになってる気がするような気がしないでもない感じとか。

 あまりにも疑問が多すぎて、理解が追い付かない。何を聞けばいいのか、何から聞けばいいのか。混乱した末に思わず口にした第一声がソレとは、むしろ錯乱ではないのか。


「あ、そうっ、そうだよ! ケガ! ケガしてるよっ、カンナ!!」

「……子細ないよ、エリーナ。血は止まっている」

「そういう問題じゃないでしょ! 早く手当てしなくっちゃ!」


 血生臭い風が生温かく吹き抜ける。

 純白の髪を涼やかになびかせる少女はため息一つ落として、あたふた狼狽するエリーナに、まあ落ち着け、と言った。それでもまだ食い下がろうとする彼女を手で制し、カンナは背後を見た。あどけない顔立ちが険を帯びる。


「奴め、思ったよりも随分と頑丈なようだ」


 腕を斬り落とされたにしては復帰が早い、と現在進行形で腹に穴を空けている少女がのたまう。どの口が、と続く言葉をエリーナは呑み込んだ。

 轟く咆哮。憤怒と憎悪に染まりきった巨人の眼を見返すカンナに気負いはない。ただあるがままを受け入れるような静謐とした表情に、相反するような愉悦と殺意を孕んだ深紅の瞳。

 思わず胸の前で祈るように手を組んだエリーナの名前をカンナが呼ぶ。その瞳に灯る光は、決して優しくはなかったけれど、何故だか怖くは感じなかった。


「なれば、手当はこの戦いが終わった後に存分に頼もう。……ゆえに今は、私を信じてほしい」

「……っ。うんっ」

「……あ、あー。あり、……」

「? カンナ?」

「いや、なんでもない。……では行って参る。成果は期待しても構わぬぞ」


 納得したわけではない。不安がないわけでもない。心配じゃないなんてありえない。でも……。信じたいと思った。それくらいに嬉しかったのだ。カンナから信じてくれと言われたことが。

 ひょっとして、とエリーナは思った。今この時、この瞬間になって、ようやく自分達は真に通じ合うことが出来たんじゃないのか、と。



 大切だと思った。怖いと思った。心配だと思った。変な奴だと思った。

 カンナと出会ってから、二ヶ月と少し。色々なことがあったが、エリーナは一度もカンナに踏み込もうとしたことはない。やろうと思ったことはあるが、でも、どうしてもできなかったのだ。

 きっとすれ違っていただけなのだ、とエリーナは思う。だから──。

 これからはもっとカンナのこと知ろう、と思った。


「怒っているな。……斬り付けられたことがよほど腹に据えかねたとみえる」

「ゴルルラァッ!!」


 ゴズンッ。と突風が吹き抜けた。砂嵐のような衝撃波をもろに受けながらも、けれどカンナは巨人から目を逸らすことはない。

 グォオンッ、と大きく振り上げられた拳にも動ずることはなく、それどころか、むしろ彼女はトタンッ、と軽い足音をあとに残して、一直線に統魔の巨人へと向かって行く。

 一秒が、何分にも、何時間にも思えるような、ひどくスローモーションな交錯。長大な刀を背負うように振り上げたカンナは、奴の拳がまだ地上まで半分も達していないうちにその足元へ到着すると、横薙ぎにソレを振るった。

 それはあまりにも単純な力の行使だった。明らかに力任せに振るうようには出来ていない剣を使っていながら、技術や理論とはまるで無縁な力の使い方をする。薄くて、細くて、しなやかな。そんな剣を、まるで斧や棍棒を扱うように、粗雑かつ乱暴に振るうのである。

 そして甲高い金属音が木霊し、絶叫が通り過ぎた。

 叩きつけるように振るわれた一撃は、巨人の丸太よりも太い右足を、纏った鎧もろとも力任せに叩き斬る。そして、バランス感覚を失ったトロールの左腕が虚しく空を切り裂き、ズゥンッ、と地響きと共に巨体が地に沈む。



 重たげに軋みをあげて面を上げたトロールの眼前には、真っ赤な瞳が鎮座している。どこか憐れむような、嗤うような。慰めるような、無関心なような。苛烈なようで、静謐な瞳。

 その昏い光に目を奪われた次の瞬間、彼の首は宙を舞っていた。紅い飛沫の奥底に引っ込んだ純白の少女を目に焼き付けているうち、やがてトロールの意識は暗くて深い場所へと落ちていく──。




 5




「忘れてたとか、ひどいと思う」


 ジトッ、と細目になったミーリャが、険を込めた口調で言った。

 統魔の巨人討伐から開けて翌日のことだ。街に入り込んだ魔獣も、城壁前にいた魔獣も一掃され、しるべの街は復興に向けて動き始めている。

 重たげな荷物をえっさらほいさと運ぶ職人を横目に見やりながら、ミートパイをがぶり。もぐもぐ咀嚼した後、アリシアはふーやれやれ、とため息をついた。


「だから、それについては謝っているじゃありませんの。仕方のないことでしたのよ、なんか展開が怒涛って感じで。ミーリャの応援とか、かんっぜんに頭から消え去ってましたもの。……それに、なんだかんだであなたもわたくし達もみんな無事なんですから、それでいいじゃありませんの」

「……そういう悪びれないところ、アリシアの悪いところだと思う」

「そっくりそのままお返ししますわよ、その言葉」

「たはは……。二人とも、その辺で」


 放っておくといつまでも言い合いをしていそうな二人に、見兼ねたエリーナが止めに入る。そうしてミーリャの愚痴は一応の収束を見たのだが、次である。

 きゅぴんっ、と目を怪しく光らせてカンナをロックオンしたかと思えば、我関せずの態度をとっていた彼女に抱き着き、ミーリャは激しく頬ずりを始めた。あからさまに迷惑そうな顔をするカンナには全くお構いなしだ。


「由々しきはカンナの変身だよね。……なんか猫耳犬耳で若干キャラかぶってるし。……カンナは罰としてもっと私に構うべき」

「だ、ダメだよミーリャさんっ。カンナは私の使い魔なんだから、独り占めするのはダメ!」

「む。所有権を主張するのはずるいと思う。私にもチャンスをください」


 ワーワー、ギャーギャー。今度はエリーナとミーリャである。

 呆れたように息をつくカンナは、戸惑うような視線を二人に向けた。


「らしくありませんわね。遠慮していますの?」

「……いや、そういうわけではないよ。ただ、あまりこういう雰囲気に馴染みがないものだから、何を言えばいいかわからぬだけだ」

「つまり……コミュ障ってことですわねっ?」

「こみゅ? ……まあおそらく、それで違いはないが」


 何を訳がわからんことを、といった類の視線を一瞬ばかりアリシアに向けるが、なんかきっと今の私を表すのに適した表現なのだろう、とすぐに納得しておくカンナである。


「……ところで」

「ぬ?」

「あなた、メス……いえ、女性でしたのね」

「ん……ああ、自分でも驚くことなのだが」


 なるほど、と言ってアリシアは何かを考え込むような間を差し込んだ。なんだか不穏な気配を感じ取ったカンナが声をかけようと思った時、


「カンナ! カンナは私の方が好きだよね!? だって言ったもんね!? 信じろって言ったもんね!?」

「何それデレ期? ……いやいやむしろ、カンナは同じ獣耳仲間の私の方が好きなはずっ」

「と、とりあえず落ち着け、二人とも」


 それなら私の方が、いや私の方が。まるで聞いちゃいない。問いを投げてきておいて、これはあんまりなのではないか、と肩を落とすカンナである。

 ますますヒートアップしていく二人に置いてけぼりにされて、またため息を一つ。

だが、悪い気持ちではない。

 騒がしくも温かな関係、というやつだろうか。なるほど確かに、とカンナは思った。

 自分には必要のないことだ、と遠ざけていたが、一度その輪に加わってみれば、なんと心地よく、退廃的であることか。

 一匹狼を気取るのも、そろそろ卒業せねばならぬかな、とカンナは喧噪に身をゆだねた。

エリーナさんマジチョロイン

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