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幕間 ゼッタイサイキョーのバウムライト

 1 




 〝遺跡都市〟トルメリア。

 それは洞窟の地下深くに存在する古代遺跡を基に、街へと改装した晶霊術師の総本山であり、博学多識たる才人達が集う、学究の街でもある。

 街は無数の資料館や研究施設で構成され、道行く人のほとんどが優秀な研究者であり、超一流の晶霊術師である。

 他の街では一流とされるような晶霊術師でも、ここ、トルメリアでは三流以下に成り下がる。

 病的なまでに智識に魅せられ、学問を志した者達こそが参集する、学徒の楽園。叡智の凝集する場所。



 ゆえに、人は集う。古代から最先端に至るまで、ありとあらゆる術式集う、晶霊術師の最高学府にて修学の栄誉に与るために。

 ゆえに、人は集う。知らぬことを知るために。果てない知識を求めて。

 ゆえに、人は集う。智を持って、人類に光をもたらすために。




 2




 〝大賢者〟バウムライト。

 〝英雄〟バリオンバーグと共に戦った七人の英傑の一角にして、〝遺跡都市〟トルメリアの領主、〝七大貴族〟の一つ。

 現在知られる術式の大半を生み出した至高の研究者であり、あらゆる晶霊術師の頂点に位置する最強。

 八百の時間を生きる伝説にして、叡智のしもべたるエルフの長老。

 彼を称える言葉を列挙するならば、枚挙に暇がない。

 だから、アリシア・ヒュースガルド・バウムライトは偉大なる大賢者の末裔として、いつだって恥じることのないように努力を惜しまなかったし、かくあるべしと節制を心がけていた。

 偉大なるバウムライト。総慧たるエルフの一族。賢者の末裔。

 アリシアが鍛え上げた力を振るうたびに、人々から称賛の声は上がった。だけど、いつだってそれは彼女個人に向けられたものではなかった。



 アリシアがどんなに努力をしても、結果を出しても、エルフだから、バウムライトだから、と片付けられてしまう。

 最初はなにくそ、と思ってやけくそになったものだが、アリシアが意地を張れば張るほどに、そういう風潮は強まるばかり。だが今や、その事実は反骨的な原動力へと変わった。気付いたのだ。

 祖先の上げた功績が、彼女の積み上げてきた努力を些末なものとして扱わせてしまうのならば、誰もが目玉をひんむいて卒倒するような伝説を新たに作り上げてしまえばいいだけだ、と。

 辛くないと言えば嘘になる。自分を見てほしくないかと言えば、見てほしい。

だがそれは膝を折る理由にはならない。立ち止まる理由にはならない。



 だから、ゆえに。あらゆる過程とか経緯とか事情とか。そんなの全部通り越して。

 そうだ、開拓者になろう、と。彼女は思ったのだ。



 つまりは──そう。アリシア・ヒュースガルド・バウムライトという少女は、至極端的に形容してしまえば、極めて単純明快かつ直情径行な、脳筋思考の持ち主だった。




 3




 コツン、コツン、と小気味よく響く靴音は気持ちが良い。

 晶霊灯が放つ、薄碧色の温かな光が照らす広大な洞窟の遺跡を行き来する、研究者やアカデミーの学生、行商人や開拓者達の立てる息遣いや跫音(きょうおん)は、さながら鼓笛隊の演奏を聴いているようで、アリシアはこうして竜を象ったトーテムポールに腰かけ、人々が立てる音達へ耳を澄ませるのが大好きだった。


「霊素の固定化が難しいし、霊力の変換効率も不安定だ。この術式はいまだ実用段階にはないな」


「安いヨ―! お得だヨー! レーナのお得商店に寄っていきなヨー!」


「……ステーキを作るのにもっとも適した肉はどう考えても明らかに、クレイジー・マッシュルームの腕肉だ。ロック・トードの岩石ステーキこそ最高とか、ジャイアント・センチビードの柔らかステーキが至高とかいう奴は頭がイカれている!」


「──というわけで、つまり。晶霊石には霊力を霊素へと変換する特性があるということ。霊素っていうのは、高エネルギーを内包した物質のことだよ。……わかったかい? ……はあ。君、テスト勉強くらいは自分の力でやれよ」


「……シア。ねえ、無視してるの?」


 喧噪がとても心地よい。

 貴族らしく穏やかな音楽を聴きながら屋敷の一室で勉学に励むのもいいが、こうしてガヤガヤうるさい場所で参考書を読み漁るのも乙なもの。

 ペラペラ、とページをめくり、ほうほうと頷く。この理論を上手く応用できれば、詠唱破棄(スペル・パージ)もグッと効率的になるかもしれない。



 にへり、とアリシアの頬が緩む。

 思いを馳せる先には、凶暴な魔獣をバッタバッタと薙ぎ倒し、華麗なるポーズを決める自分の姿。ビシッとしてガシッとして、ドカンとしている。大爆発は良いものだ。



 うむ、と一つ頷く。戦場で功を上げるならば、まずは自分磨きをすることから! と気合を入れなおし、参考書に顔を近づけようとした、その時。

 目の前が真っ暗になった。


「なっ、なになになになにっ、一体全体何が起きてるのっ???」

「……アリシア、隙だらけ」

「そ、その声は!」


 まだまだ修行が足りないね、と身を離す少女には、耳がある。いや、耳なら誰にでもあるが、生えている場所が普通の人間とはちょっぴり違う。

 頭頂部。赤みの強い金髪からのぞくのは、紛れもなく獣の耳。よく見れば小振りなお尻からは尻尾が生えている。つまりは、獣人の少女。

 すわ敵襲かと狼狽していたアリシアだったが、目隠しを仕掛けてきたのが既知の相手であることに気が付くと、顔を真っ赤にして抗議する。


「み、ミーリャ! またあなたなのっ。不意打ちはやめなさいって何回言ったらわかるのよ!」

「メンゴ。……ところでアリシア。化けの皮、剥がれてるけど……いいの?」

「ばっ、ばけっ。……何てことを言いますの、あなたは!」


 だって事実でしょ、とまったく悪びれない少女はミーリャ・ラースオイム。開拓者である。

 彼女とパーティを組んで半年になるアリシアだが、この無表情な少女の真意を測りかねることがいまだにあった。何を考えているのかわからない、という奴だ。


(……悪い子ではないんだろうけど……)


 面倒見が良いらしく、開拓者となって日の浅いアリシアに色々と教え、手助けしてくれたことには感謝しているし、今もこうして仲良くしてくれるのはありがたいが、彼女のいたずら好きな一面には戸惑うこともある。


「……まあまあ。落ち着いて、アリシア」

「誰のせいだと思っていますの。……はぁ。次からはちゃんと声をかけてくださいまし」

「声ならかけた。でも、本に没頭して気付かなかったのはアリシアの方」


 えっ、マジで。と驚愕するアリシア。

 でも確かに、言われてみれば、読書をしていた時、ミーリャの声を聞いたような気がする。

 もしかすると、他の喧騒と一緒くたにしてしまっていたのかもしれない。



 なんだか、ダメな部分を明け透けにされてしまったような気がして、アリシアは恥ずかしい気持ちになった。そして、照れ隠しをするように、けふふんっ、と咳払いを一つ。


「……ところでミーリャ、わたくしに何かご用がありましたの?」

「あ、誤魔化した」

「ご用がありましたの?」


 あ、これゴリ押しするつもりだな、と察したミーリャはため息を一つ吐いて、ガサゴソ、と小型のショルダーバッグを漁り、ヒラリ。紙を二枚取り出した。


「これ、クエスト。ホゼの村にゴブリンが出たって奴」

「ご、ゴブリン!」

「そ。あと、ミステリアス・サークルにハンマーハンド・ベアが何体か住み着いたっていうから、ホゼの村に行くついでにやっつけよう」


 こともなげに言うミーリャだが、相手はAランク魔獣とCランク魔獣である。

 そんじょそこらの開拓者では返り討ちにあってもおかしくないような、本当なら、ゴテゴテに重装備をして、五人から六人ほどのパーティを持って挑む相手。どう考えても軽装な少女二人が挑むには荷が勝ちすぎる手合いなのだが、そこに気負いはない。


「いいですわね、いいですわ……。くふっふふぅ。こうしてまた、私の伝説が一つ、増えてしまうのね……!」


 戦ってもいないうちからもう勝った気でいるアリシアである。

 どこか遠くに意識を飛ばし、その脳裏に映る光景は華々しき戦果を挙げる自分の姿。

 締まりのない顔で、にへにへと笑うアリシアに、また正体出ちゃってるけど、と呆れた風にしながらも、ミーリャの瞳にある感情は概ね好戦的なもの。

 類は友を呼ぶというが、脳筋思考のアリシアと同じく、クールに見えるミーリャの性格も、開拓者らしい直情的なものなのであった。




 4




 ミステリアス・サークルとは、ドウ草原の南西部──つまり、トルメリア側の街道を外れた先にある、無数のトーテムポールが円を象る謎のスポットである。

 誰が、何のために、どうして作ったかは(よう)として知れないものの、造形の類似や、使われている技術、トーテムポールなどから、トルメリアの下地となった古代遺跡を建設した者。つまり、古代人や、先住民のような存在が造ったというのが有力説である。



 何か惹き付けるものでもあるのか、ドウ草原に流れ着いた魔獣はこの場所を根城にすることが多く、今また、ハンマーハンド・ベアという強力な魔獣が、六体も群れを作ってそこを占拠していた。






「VOAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 腕を振り上げ、威嚇する、青黒い毛並みの巨大なクマ。

 その体長は小さいモノでも四メートル以上はあり、毛を膨らませて雄叫びをあげる姿などは、いっそうに大きく見えて、中々威圧感がある。

 だが、しかし。



「ハンマーハンド・ベアといえば、強烈無比な鉄球のような手が特徴でしたわよね……。ゴッチンってされたら、いくら石頭のミーリャでも、潰れたトマトみたいになってしまいますから、お気をつけあそばせ!」

「あんなノロマの攻撃なんか当たるわけない。むしろ私はアリシアの方が心配。鈍くさいから」

「なっ、にゃにゃにゃっ、にゃんですってぇーーっ!!!」


 なんてことを言いますのっ、なんてことを言いますの! と顔を真っ赤にして怒鳴るアリシアと、でも本当のことだし、と、まったく悪びれないミーリャ。二人の様子に気負いはない。


「GUOOOOOOOO!!」


 ブオンッと空を切り裂く鈍い音が木霊する。

 緊張感に欠ける応酬をする二人に、大きく咆哮したハンマーハンド・ベアのうちの一体が、鈍重そうな巨体に見合わぬ俊敏な動きで飛び上がったかと思うと、アリシアへと鉄球を無理やり取り付けたような、歪な右腕を振り下ろしたのだ。

 それは不意打ちとさえいえるような、完全に意識の外から繰り出された、暗殺者の一刺し。

 仮に防御されたとしても、それごとアリシアをミンチにしてしまえるくらいの威力はあったし、唸りを上げて迫りゆく一撃は、回避を許さないほどに鋭く速く、しなやかであった。



 殺った、と熊の魔獣は思ったはずだ。こんなひょろっちい小娘ごときに、自身の一撃から逃れる術などないと、確信すらあったはず。

 おおよそ、その考えは正しい。普通はそう思うものだし、真理とさえもいえることだ。

 力とは、速さであり、硬さであり、大きさであり、重さである。

 ハンマーハンド・ベアはその全てにまんべんなく当てはまり、アリシアは全てに当てはまらない。例えるならば、ネズミと虎の戦いのようなものだ。勝敗なんて、誰の目にも明らかだった。

 しかし、アリシアの群青色の瞳には全く絶望の色はない。どこまでも自信に満ちた──いや、確信に満ちた色彩であった。自分は負けるはずがないと信じ切っている。



 巨腕が迫る。空を裂き、鈍い唸りをあげて。

 黒光りする鉄球が殺意の一撃を叩き込み、今にもアリシアの端正な顔立ちを吹き飛ばさんとした刹那のことである。その瞬間、彼女の瞳に緋色の光が灯った。


「GYAAAAAAAAA!!!!」


 瞬間、火柱が上がった。

 そして、一拍遅れてハンマーハンド・ベアの壮絶な絶叫が追い付き、メラメラと燃え盛る炎が草原を橙色に照らし、魔獣の肉を焼き、ツンとしたにおいが辺りに満ちる。

 凄絶な光景。突拍子なく巻き起こった理解の及ばない出来事。出鼻を挫かれ、予想を大きく裏切られた驚愕は、魔獣達に波紋のように広がった。

 ザリ、と。まるで陶酔するような足取りで一歩前に歩み出したアリシアは、なんとか火を消そうと必死にのたうち回るハンマーハンド・ベアへと、緋色の晶霊石をあしらった大杖を向けて──。


獄炎地獄(ヘル・クリムゾン)


 大真面目に呟いた。

 すると、杖先から炎の帯が迸り、熊の魔獣を包み込むと、押し潰すように、徐々にそのサイズを収縮させていく。

 プスー、と吹き出す音がミーリャの方からするが、自分の世界に浸りきって、気持ち良くなっているアリシアには届かない。


「ほほっ、おほほほほほっ。焼却、滅却ですわ!」

「GAAAAAAAAA!!!」

「無駄無理無謀ですのよっ、おっほほほほほっ。何故なら! わたくしの周囲に張り巡らされた煉獄領域(ヘル・ゲート・バリアー)は、ありとあらゆる攻撃を無効化し、その上業火による反撃も行いますの! くふっふふぅ、ちょーきもちーっ!」


 彼女に攻撃を仕掛けたハンマーハンド・ベア達が燃え落ちるのを気分良さそうに眺めながら、痛快爽快っ、といい気になって高笑いをしまくるアリシアである。

 それを横目にして、ここまでアレだと、なんかもう才能だよね、とわりかし酷いことを思いながら、ミーリャは唇をぺろりと艶めかしく舐め上げる。その金と青のオッドアイには好戦的な光が瞬いた。


「……不意打ちは猫の専売特許」

「GUAA!?」

「よそ見なんかしてると──」


 たんっ、と短く足音を残して、瞬時に魔獣の目前に差し迫ったミーリャは、グイッと腰を落として力を溜めると、打ち上げるようにして強烈な蹴りをソイツの顔面に叩き込む。


「──ガブリって、やられちゃうかもね」


 ドバンッ、と。空気が破裂する音が轟き、魔獣の巨体が風に吹かれた紙きれのように容易く吹き飛ぶ。そして二転、三転とバウンドしながら地面を転がったあと、やがて、ドズン、と重たい音をさせて、ようやくそいつは停止する。とてもじゃないが、小柄な少女の放つ蹴りの威力ではない。


「ん……力、入れすぎたかも。……ま、いいか。とにかく、これで──」


 ミーリャのオッドアイが紫色の光を放つ。

 そして、ドドド、と音を立て、宙に現れた巨大な岩石が、倒れ伏し、強打された顔を抑えて悶えるハンマーハンド・ベアのもとに容赦なく降り注いだ。


「四体目」


 ベチャリ。ぺしゃんこになった魔獣の死骸を確認して、ミーリャがぽつり。



 たった数秒のことだった。ほんの数秒で、優勢だったはずの魔獣達は二体二、五分の状況にまで持ち込まれてしまったのだ。……いや、始め六体二という状況だったことを思えば、むしろ劣勢とすらいえる。否応なしに想起される、自身が辿る未来絵図。それを思い、魔獣達の心に沸々と湧き上がる感情がある。



 許せない、許せない、許せない。

 我らは偉大なる草原の支配者なるぞ。たかだか人間の小娘二人にしてやられてよい存在ではない。

 ハンマーハンド・ベアの金色の瞳に怒りの火が燃える。

 恐怖がないわけではない。しかし、それを上回るほどに怒りが勝った。


「VOAAAAAAAAAAAAA!!!!!」


 天をも突かんばかりの、咆哮。彼の憤怒の全てを凝集したような。

 踏み出した足はドスンッと重い音を響かせ、地を砕き、燃えたぎる怒りの感情は、彼ら自身の霊力の強度を遥かに上昇させた。

 そして、ガチンッ、と音をさせ、ハンマーハンド・ベアの手部に当たる場所──鉄球が地に落ちて、腕と鉄球の間に青味がかった銀の鎖が現れる。

 これぞ彼らの名前の由来。取り外しが可能な手部と霊力の鎖による、まるでモーニングスターのような腕。そこから放たれる一撃は、凶悪の一言に尽きるもの。



 それをブオン、ブオンと振り回し、ドシュッと射出する。

 鋭く飛来する二条の鉄塊。

 一つはアリシアへ、もう一つはミーリャへと。

 彼ら最大の切り札。これを回避することは敵わず、防御も不可能。当てさえすれば、Aランクの魔獣すらも撃破が可能な絶対の一撃。予備動作に時間がかかるため、大概のハンマーハンド・ベアはこれを放つ前に殺られてしまうが、今この時に限っては違う。

 霊力による後押しを受けて、魔獣の怪力から放たれた鉄球を避けることなど、速さ自慢のウルフ系魔獣にだって不可能だろうし、超高速で突き進む鉄塊は、タートル系魔獣の鉄壁たる甲羅だって一撃で粉砕するだろう。



 これならば、と彼らが確信した、その瞬間だった。


「GUAAAAAAAAA!!!」

「やれやれですわ。無駄だって言ったのが理解できなかったのかしら。……仕方ないからもう一度だけ言ってあげますわね。わたくしの煉獄領域(ヘル・ゲート・バリアー)にはあらゆる攻撃が通じませんのよ。しかも──」


 燃える、燃える、燃え落ちる。

 殺戮の鉄球は霊力の障壁に容易く遮られ、そしてお返しとばかりに彼らの身体を炎が包み込む。

 熱い。苦しい。魔獣の一体が炎に悶絶し、思わず振り仰いだ先には、緋色に輝く瞳があった。


「炎による反撃つき! おっほほほほほほっ。最強すぎる自分が怖いですわ! まさしくっ! 絶対っ! 最強っ! おっほほほほほほほほっ」


 キラキラときらめく緋色の光には自信がある。自分の力を信じて疑わない、常に勝利だけを見据えた光。そこには、どんな劣勢に追い込まれようと、決して屈しないぞ、という不屈の炎が燃えている。

 思わず手を伸ばす。それは無意識の行動だった。


「紅きとぐろを巻いて立ち上れ! 地獄火柱(ヘル・ピラー)!」


 そして天をも突かんばかりの火柱が上がり、ハンマーハンド・ベア達をまとめて焼き尽くす。

 それを見届けたアリシアは、ぶいっと、少なくとも本人は華麗だと思い込んでいるポーズをとると、


「くふっふふぅ、やっぱり戦場で功績をあげるならド派手かつエレガントにやるべきよねっ!」

「……アリシア。テンションが上がり過ぎて、エレガントじゃない方の本性が出ちゃってるけど」

「で、出てないわよっ! ……人のことを性悪女みたいに言うのはやめてくださいまし!」


 だって本当のことだし、とまるで悪びれずに言うミーリャは、チラリと黒こげの魔獣達を一瞥してから、ため息を一つ。


「防御の晶霊術で守ってくれたのは感謝してるけど……。でもこれ、やり過ぎでしょ」


 どこかの部位を証拠に持ってかなきゃいけないのに……と、ジト目なミーリャである。

 そんな視線から逃れるようにそっぽを向いたアリシアは、だって派手じゃないと格好がつかないし……とか、ミーリャだって魔獣をぺちゃんこにしてたくせに……とか。もじもじと言っていたが、やがて観念したのか、


「わ、わたくしがやり過ぎましたわ。……ごめんなさい」

「別にいいよ。もともと、そういう細かい気遣いはアリシアに期待してなかったから」

「ど、どういう意味よそれは!? っていうかならなんで文句言ったのよ!!」

「言ったまんまの意味。アリシアって脳筋だし。あと、文句を言ったのは単にそういうお年頃だっただけ」

「どんな年頃よ!!」


 言い訳になってない! と猛抗議するアリシアを放って、ミーリャはハンマーハンド・ベアの鉄球を手際よく蹴り砕いていくと、その破片をさっさとショルダーバッグに突っ込む。


「次。ホゼの村に向かうよ、アリシア」

「え、ちょっ、ちょっ。置いてかないでよーっ!」




 5




 ホゼの村、とある大商人の屋敷にて。


「……いま、なんとおっしゃいましたか?」

「いえ、ですから……。もうゴブリンはいませんと……」


 迷惑そうな顔をして言うのは家政婦らしき女性である。詰め寄り、執拗に同じことを聞いてくるアリシアに、心底うんざりといった様子だ。


「そんなわけありませんわ! だってわたくし達、これを見て来ましたのよ!」


 依頼書を見せる。

 だが、家政婦の反応は素気無いままで、そんなこと言われましても……と返すばかり。彼女が嘘を言っていないのは明らかである。

 しかし、まだまだ追究の構えを解く気配のないアリシアを見て、これだから脳筋族は、となんだか家政婦を気の毒に思ったミーリャは、けふんと咳払いを一つ。


「ゴブリンはいないって、つまり、討伐されたってことですよね?」

「……は、はぁ」

「……? お話を聞いてみてもいいでしょうか」

「それは……まぁ、構いませんが……」


 歯切れが悪い。まるで何か聞かれたくない何かを追及されている人がする反応に見える。あれ、そんな隠し立てされるようなこと聞いたかな、と首を傾げるミーリャである。


「つい先日のことですが、とある開拓者の方がいらっしゃいまして……」


 家政婦の表情が毒気を帯びる。侮りと蔑みに満ちた顔だ。


「……無償でゴブリンを討伐してくださったのです」

「その割には、あんまり嬉しそうじゃありませんですわね。……まるで余計なお節介を焼かれたって言いたいみたいですわ」

「いえ……。そのようなことは……」


 言いよどむ家政婦。

 アリシアの言った通り、とある開拓者とやらのやったことを余計なお世話と彼女が感じていることは火を見るよりも明らかなことで、その瞳にある感情は苦々しいものである。

 言葉の上では、もちろん感謝していますよ、とは言うのだが、まるで心のこもらない口調が、かえって白々しい。そんな彼女の態度にアリシアはひどく気分を害した。


「……で、その余計なお節介さんとやらはどんな奴なのよ」

「ひっ……」

「アリシア、中の人が出て来ちゃってる」


 ミーリャが言うが、今は訂正する余裕はない。

 アリシアはこういう、恩知らずな人間が大嫌いなのだ。

 相手方の言い分としては、勝手にやっといて恩知らずもクソもねえだろ、といったところなのだろうが、押し売りだったとしても、恩は恩。そこに感謝を持つのが人情ってもんでしょうが、というのがアリシアの言い分である。

 曲がったことが大嫌いとまで言うつもりはないが、嫌悪を感じる程度には、不快に思っているのだ。ゆえに、アリシアからは殺気が無意識に漏れ出てしまう。


「聞こえなかったの? ならもう一回聞くけど、そのクソはた迷惑な自己満足のお節介ってどんなやつなのよ?」


 皮肉にしても言い過ぎでしょ、とミーリャは思ったが、胸の内に収めておく。余計なことを言って藪の中の蛇を突いては、脳筋お嬢さまの怒りの火の粉が飛び火しかねないからだ。


「ひっ、ひぅ」

「黙ってちゃわかんないでしょ。早く、早く」

「……ひ」


 押し潰すような殺気が場に満ちている。

 魔獣を殺すような手合いが発する気合である。単なる一村人に過ぎない家政婦は恐縮しきり、今にも気を失ってしまいそうだ。

 これは話が進みそうもないな、と直感したミーリャは、有無を言わせぬ口調で、


「……アリシア。あとの話は私が聞いておくから、向こうに行ってて」

「なんでよっ。いいでしょ、私が居たって!」

「駄目。だってその人、すごい怖がってる」

「むぐぅっ。う―……」

「アリシア」


 咎めるように念を押すと、アリシアは観念したように、わかったわよぅ……と、小さく呟いて、トボトボと歩き去った。ミーリャはその様子を見て、あとで埋め合わせをしないといけないな、と思いながらも、努めて優しげな笑みを心がけて、家政婦を慰めたのであった。






「結論から言うけど、ゴブリンを倒した開拓者って、メリオールから来た蒼晶術使いみたい」


 ん、と近くの露店で買ってきたベリー・サンドをアリシアに差し出して、ミーリャは無表情な面貌に不愉快さを浮かべて言った。

 それを聞いたアリシアも不快そうに眉を顰める。

 道理で、と思う気持ちと、まだそんな時代錯誤な風潮が残っているのか、と呆れる気持ちがあった。


「そういうことでしたのね。……はあ、まったくまったくですわ。時代遅れも甚だしい。確かに属性は人の気質に影響されるところはありますけれど、それと個々人の性格付けとには何の関わりもないことでしょうに」


 例えば、冷静な人間と、暑苦しい人間がいたとして、冷静な気質を持った人間に、お前は冷たい人間だからあくどいことを平気でする、と決めつけるのはナンセンスな話だし、暑苦しい方に関しても、お前はすぐに頭に血が上るから危険な人間だ、と決めつけるのは言いがかりでしかない。

 しかしそれは晶霊術について先進的な考えを持つ、トルメリア出身のアリシアだからこその考えであって、大方の場合、〝名も無き大陸〟ではあの恩知らずの家政婦がとった反応の方が一般的である。

 開拓者として長く大陸中を行き来したミーリャはそのことを痛いほどに理解していたし、変えようと思って簡単にどうにかなるような問題でないことも知っていた。


「今は、仕方ないとしか言えない。善悪がどうあれ、それが正義だって風潮が世間にあるんだから、私達が騒いだところで意味ないし、無駄に疲れるだけ」

「むぅー……」


 はぐっ、とベリー・サンドにかぶりつくアリシア。

 ふてくされた顔で口に食べ物を詰め込む仕草は、小動物のようで愛らしい。

 もきゅりもきゅり。はぐはぐ。暫しの沈黙。何かを考え込んでいる様子のアリシアである。



 やがて。

 よしっ、と何か決意をしたように、勢いよくアリシアが立ち上がった。

 その群青色の瞳はギラリと不敵な光を放ち、弧を描く口元には、自信が見て取れる。


「倒しに行くわよ、ミーリャ!」

「……は?」

「だから、私たちの獲物を横取りした開拓者って奴をやっつけるのよ!」


 何言ってんだこいつ、とミーリャは心底から思った。

 半年間の付き合いで、突拍子のないことを言い出す破天荒な性格をした少女であることは理解してはいたが、流石にこれは脈絡がなさすぎやしなかろうか。

 先ほどまで同情していた相手をいきなり倒しに行こうとは、一体どういう了見だ。


「確かメリオールにいるのよね。外見の特徴はちゃんと聞いてきた?」


 真意を探るようにアリシアの瞳を覗き込むミーリャだが、彼女に言う気がないことを悟ると、かぶりを一つだけ振って、ため息。まあいいか、と諦めた。


「……ん、一応」

「よしよし。じゃ、話もまとまったところで、メリオールに出発っ! ですわ!」


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