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1 鋭くて冷たい“世界”

 1




 いわく、“しるべの街”メリオールは広大である。

 もとは小さな拠点に過ぎなかったが、街の東にあるヴェラールの森林と、北に位置するドグマ鉱山の開拓に手間取った結果、開拓者が集まり、商人が集まり、職人が集まって街は拡大した。

 いわく、メリオールは堅牢である。

 メリオールには魔獣の侵攻が頻発し、多い時などは一月に十回以上あることもある。

 それだけに街の外周には巨大な外壁が設けられ、更にその外周には堀割がめぐらされている。

 街の四方にそれぞれある跳ね橋を上げてしまえば、飛行能力を持たない魔獣はメリオールに侵入する術を失うし、一旗揚げてやろうと集ってきた開拓者達は、いずれも凄腕ばかりである。よしんば戦いになったとしても、街が陥落するほどの被害を受ける可能性は限りなく低い。



 要約してしまえば、彼――。

 カンナと名付けられたハティの幼体が受けた、開拓者の街の説明はそんなところであった。



 いわく、晶霊術。

 いわく、開拓者と魔獣。

 いわく――。



 剣一筋に生きてきたカンナであるが、それはもっとも好きなことが剣なのであって、別に他の何もかもに全く持って興味がないというわけではない。

 むしろ新たなことを学ぶのはとさえ思いはじめている。

 ゆえに、エリーナへと知識を求めるカンナの姿勢は、貪欲なものであった。




 2




 『……ところでエリーナ。この首輪は大層便利なものであるな』


 メリオールの大通りにて。

 むさ苦しくいかめしい者達で賑わう道で、エリーナに抱えられ、物珍しげに周囲を見渡していたカンナが、ふとそんな思念を飛ばした。

 契約霊晶は従属させた魔獣――使い魔へ、その証として首輪やリングなどに姿を変えて装着される。それには魔獣の思念を翻訳し、テレパシーとして送信する機能や、人の言葉を魔獣に伝わるように翻訳する機能だってある。これのおかげで、魔獣使いと使い魔は意志疎通を密にすることができるのだ。



 カンナの言う便利とは、そういう意味なのだと思って、エリーナはそうだね、と頷く。


「言葉がわからないまんまだと、いざって時に大変だし」

『む……。ああいや、まったく持ってその通りなのだが、しかしそうではなく』


 まるで言われてから今気付きましたとでもいうように、すっとんきょうな声をわんっ、とあげると、カンナは妙に人間臭い仕草で首を横に振り、無駄に渋味のある思念の声で、


『少しばかり調子が良すぎると言ったのだ。……こうも煩雑に声が入ってくると、さすがに鬱陶しい』


 あ、そっちか、とエリーナは合点がいった。

 実際に体験したわけではないから、いまいちピンと来ない文句ではあったけど、自分でもわかるように置き換えてみたら、なるほど、と思った。

 周囲全ての人間が、拡声術式を使ってガヤガヤしていたら、そりゃあもう、絶対にうるさいだろう。

 そんな環境に投げ出されたらと思うと、きっと一分と持たず逃げ出してしまうだろう、と何の自慢にもならないことを、エリーナは確信を持って思った。


「んー。それなら宿に戻る? 夜には人通りもなくなると思うから、その時にでも――」

『いや。……それには及ばぬ。そんなことよりも剣の方が大事だ』


 食い気味である。

 妙に熱意の籠った声に押され、つくづく奇妙な魔獣だ、と半ば感心めいた思いを、エリーナは抱く。

 なにしろ、今日からあなたは私の使い魔です、といった言葉に、そも使い魔とは何ぞと返し、使い魔とは私の剣となり盾となるものですというと、あいわかったとだけ言って、特に何のすったもんだもなく従属してくれるような魔獣なのだ。

 正直なところ、素直に従ってくれるとは思ってなかったのでこれにはエリーナの方が度肝を抜かれた。

 思わずアホみたいな声が出てしまったし、馬鹿みたいに何度も聞き返してしまった。



 でもそれは仕方のないことでしょ、と誰にともなくエリーナは言い訳をする。

 基本的に魔獣とは、闘争本能の権化みたいな奴らなのだ。

 従えと言ってわかったという奴はまず居ないし、じゃあ見返りにこれやるから従ってくれよと言ったところで、なら死ねよと返してくるような、物騒な連中である。

 ごく稀に頭が良くて理性的な個体もあるという。カンナのように話の通じる魔獣だ。

 こういう奴は、説得すれば従ってくれることがあるらしいし、そうでなくとも見返りを用意することで、従属に納得してくれると聞く。けどそんなもの、億分に一の例外だ。

 とにかく野蛮で野卑、殺伐な上に話が通じない。これが魔獣のジェネラルであり、ニュートラルなのだ。

 ゆえに、奴らを従えようと思ったら、さっさと洗脳してしまうのが一番手っ取り早い。

 にもかかわらず、エリーナが面倒な魔獣への意思確認という作業を怠らなかったのは、権利がどうとか博愛精神がどうとか。そんな気持ちから来るものではなく、単純に手間がかかるからだ。

 成果に期待を持てなくても、一応、とやってしまうくらいにはメンドくさいからだ。



 契約術式――洗脳の晶霊術は、一流の晶霊術師がその霊力の全てと多大な詠唱時間を浪費して、ようやく完成させることができるという、燃費が最悪のものである。

 けれどそれだけに効果は絶大で、きちんと成功させることさえ出来るなら、Sランク魔獣の自我だって上書きできるといわれている。……まあ、Sランク魔獣に関しては実行した者がいないので、信憑性のある話かどうかは、甚だ疑問が残るところではあるのだが。



 とにかく、そんなわけでわざわざ高い金とリスク、労力を消費してまで、魔獣という戦力の代用品を求めようという物好きはいないのである。

 そんな事情があったものだから、あまりにあっけらかんとしたカンナの態度に面食らってしまって、やったぜ、とか余計な手間が省けた、とかそういう嬉しく思う気持ちよりも先に、え、そんなことある? と戸惑いの気持ちが先に来てしまうのは仕方のないことではなかろうか。

 そんなエリーナの複雑な内心を見抜いたか、カンナは飛ばしてくる思念の声とは、まったく正反対の可愛らしい鳴き声で、はふぅとため息をつくなり、『見返りは剣で良い』と言い放つ。



 ん? と思わなかったわけではない。

 むしろ心境は、何言ってんのこいつ? である。

 (えっ、冗談? からかわれてる?)と焦るエリーナだが、しっかりとブレることなく彼女の茜色の瞳を見返す鮮血色のひとみに、まったく嘘はない。至って真剣なものである。

 「剣、振れるの……?」と思わず呈した疑問に、どこか誇らしげな様子で頷くと、『無論。我が人生である』とまで返してきた。

 それは無駄に説得力のある言葉であって、え? 狼なのにどうやって、とかそういう理屈を全部突き抜けて、ああそうか、と納得させる力があった。



 ゆえに、そんな次第があって、彼女達は今、鍛冶屋を訪れているわけだ。

 そこはさすがに最前線の街に居を構えているだけのことはあり、素人目にも業物とわかるような逸品がそこかしこに置かれていたし、職人達の目には、ある種の技を極めた者だけが持ちうる、“自信”が見てとれた。

 それだけでカンナにとってこの店は“当たり”と言って良かったし、自身の磨き上げた技に自負を持つ人間というのは、その人間性の是非を差し置いて、カンナにとっては概ね好ましいものであった。


『おお、何だこれは。刃が見たこともない光を放っておる』

「杖剣だね。晶霊石を打ち込んだ武具のこと」

『ん……。む……? つまり杖剣とは、どういったものなのだろうか』


 かなりわかりやすく簡潔に概要を述べたつもりであったエリーナは、首を傾げながら聞き返してくるカンナに、ガックリと肩を落とした。

 好奇心旺盛なのか、あれやこれやと疑問を抱いては教えを乞うてくるカンナなのだが、実のところあまり優秀な生徒とはいえない。

 むしろ結構なおバカさんであって、必要以上に噛み砕いた説明を求められることが多々あった。

 とはいえ、エリーナ自身も教え好きなところがあるので、何だかんだ楽しんではいるのだが。



 うむむ、とエリーナは思案する。

 どう説明したものだろうか。相手が理解出来るように話しをするというのは、存外に難しいものだ。まず、自分が必要以上に詳しく物事を知っていなくてはならないし、説明に齟齬が出ないように口が上手くなくてはならない。


「んーと、ね。晶霊術については説明したでしょ?」

『うむ。晶霊石とかいう鉱石を使って発現する、強力な妖術のことであったな』

「よ、妖術……」


 サラリとした毒舌に一瞬だけ呆けてしまったが、けっふんと咳払いを一つして、気を取り直す。


「メッチャクチャに噛み砕いて言うと、杖剣っていうのは、晶霊術を使いながら武器で戦いたいって人のニーズを叶えるためにある武具のこと。杖剣なんて言ってるけど、実はこれ総称で、晶霊石が規程量以上に含まれた武具なら、全部杖剣っていうんだよ」


 そう。例えば大斧であっても条件に適うなら杖剣だし、弓でも杖剣。甲冑だって杖剣なのだ。


『なんとも……。随分と大雑把な区分なのだな』

「まぁ、ね。でも、大雑把なだけにわかりやすいでしょ?」


 そう言われてみれば、とカンナは同意する。

 開拓者というのは、基本的に荒くれ者が多い。

 つまり、頭が悪くて、学がなくて、野蛮で粗野な人間が多いということ。

 そういう人間というのは得てして、簡潔かつ分かりやすい名称を好むものであり、ゆえに、ということである。



 エリーナ個人としては、マジカルステッキウェポンとか、ウィザーズケインとか。なんかそんな感じのイカした名称にしてほしかったのだが……。まぁ、文句を言ってみてもどうなるものでもない。


「気に入ったなら杖剣にする?」


 エリーナが聞くと、フルフル、と首を横に振って、カンナはとんでもなく名残惜しそうに、


『……いや。見た目は美しいが、それだけだ。第一、私には晶霊石が必要ない。……それよりも機能性だ。機能性こそ至高。硬く鋭い物こそ望ましい』


 と。嘘を言っているわけではないのだろうが、説得力はまるでない。本人としては、もはや興味を失った、という風を装いたいのだろうが、チラチラと忙しなく向けてしまっている視線から、カンナの興味は明らかである。

 おかしなところで意地っ張りな、とエリーナはなんだか微笑ましい気持ちになった。


「あの、これを」


 そうしてエリーナが台の上から手に取ったのは、ダガーナイフほどの杖剣である。

 装飾の少ない無骨な見た目であるが、しかしてその刃が放つ輝きは透き通ったもの。見てわかる逸品である。

 値札には銅貨二十枚と。一般に流通する杖剣の価格と比較して、多少割高な感はあるが、これほどの短剣であるならば、むしろ妥当ともいえる。

 意を決し、会計らしき男性に声をかける。



 初め、にこやかに振り向いた男性であったが、エリーナが背に負う杖の先端にある蒼い晶霊石を確認するなり、冷たく張り付けたような愛想笑いに転じた。


「……いらっしゃいませ。こちらの杖剣のご購入でよろしいでしょうか」

「ええ。それでお願いします」


 目が笑っていない。

 斬りつけるように鋭利な視線を無視して、エリーナは努めて冷静を装った。

 辛くないというわけではない。カンナを抱える腕に力がこもる。


「かしこまりました。……銅貨三十枚になります」

「……ん」


 巾着から必要数だけ取りだし、男へと差し出す。

 表示の価格と違う! なんてごねたところで意味はない。言ったところで、じゃあ買わなくてもいいよ、と返されるだけだ。要するに、足元を見られているのだから、どうしようもない。

 屈辱過ぎて、更に腕に力が入る。

 ぎゅぅう、と苦しそうな声がカンナから上がるが、エリーナに気にする余裕はない。


「ご購入ありがとうございました。またのご利用を」


 もう二度と来るなよ、という思いを隠しもしない冷然とした声。それはエリーナの柔らかくて脆い、心の奥底の部分を容赦無く切り裂くが、意地でもおもてには出さない。

 ペコリと会釈を残し、なんとか店を後にする。

 正直なところ、カンナが黙っていてくれるのはありがたかった。

 彼がもし、変に正義感を働かせてあの場で反発していたなら、もっと酷いことになったかもしれない。

 今度こそギルドへの出入りを禁じられてしまったかもしれないし、最悪の場合、メリオールにいれなくなったかもしれない。



 衝動のままにただ走った。

 悔しかったし、悲しかった。どうして私が、という思いもあった。

 だけど絶対に、理不尽に屈してしまいたくはなかった。だってそんなのカッコ悪い。エリーナが憧れた“英雄”は、どんな時だって強くて、笑っていて、キラキラしているのだ。



 ――だから。

 なくなってしまえ、こんなモヤモヤ!




 3




 気が付けば、どこかの公園のベンチで膝を抱えていた。

 辺りは真っ暗。あまりに無我夢中だったものだから、今まで完全に意識が飛んでいた。


『落ち着いたか、エリーナ?』


 カンナが覗き込んできた。

 その論調は、冷たくて素っ気ないのに、どこか気遣わしげな。まるで優しさの振り撒き方を忘れてしまった人が、それでも優しくしようと無理をする。そんな矛盾した声の色。


「え、へへ……。変なトコ、見せちゃったね……。ごめん」

『よい、無理をするな。……大方の事情は察しておるつもりだ』


 事情を察するってどうやって……? と思ったが、すぐにエリーナは思い当たった。

 テレパシー機能のせいか、と。今日は一日大通りを練り歩いたのだ。エリーナを指差して罵る声なんて、それこそいくらでも耳に入るだろう。


「そっか……。ごめんね、やな気持ちにさせちゃって」

『……無理をするなと言った』


 カンナの言葉はやっぱり素っ気ない。でも、街の人達とは違って、確かな温かみが感じられて。そのぶっきらぼうさをエリーナは愛おしく思った。

 孤独でないというのは良いことだ、と改めて思う。


「ホントはね、逃げ出したいって、思わないわけじゃないんだよ……」


 ぽつり、ともらす。

 本当はずっと、胸の奥底にしまって、外に出すつもりなんかなかった。

 でも、独りじゃないんだ。って思ったら、もう駄目だった。口にせずにはいられなかった。


「なんにも悪いことしてないのに、蒼晶術使いだからって無視されるし、困ってる人がいるから、何か手伝えないかなって思っても、何を企んでるんだ、って逆に怒られちゃうし……」


 弱音は嫌いだ。

 カッコ悪いし、言ったところでなんの解決にもならないし、何よりも――。



 弱音を吐いたら、そのまま自分を支えているモノまで壊れてしまいそうで、怖い。


「……わたし。わた、し……。わるいこと、なんにもしてない、のに……っ。どう、してっ、こんなふうに、いわれなくちゃいけないの……っ?」


 涙がこぼれた。

 堤防が決壊するように、ほろほろと流れ落ちた。

 言葉にならない悲鳴が、嗚咽となって夜の公園に響く。



 何も打算なんかなかった。ただ、辛そうにしている誰かを見て、エリーナだって悲しくなったから、助けようと思っただけだ。力になりたいって思っただけだ。

 報酬なんて、本当はいらなかった。エリーナはただ、彼女が憧れた英雄のようになりたくて、誰かのために、と思っただけだ。なのに開拓者達は、上手いこと言って報酬を独り占めする気なんだろ、と聞く耳持たない。



 誰もわかってくれない。誰も理解してくれない。誰も気持ちを受け取ってくれない。

 何で、どうしてわかってくれないの。どうして無視するの、痛い、心が痛い。



 ありったけ、溜め込んだモノをぶちまける。

 慰めの声はない。カンナはただそこにいて、エリーナの癇癪を受け止めるように聞き入るだけだ。


「きらい。きらいきらいきらいきらいきらい。私を無視する人がきらいっ。蒼晶術使いってだけでバカにして、疑って、悪い人みたいに扱う人がきらいっ。冷たい目がきらいっ、冷たい声がきらい。ひとりぼっちがきらい……。何よりも……」


 どんなに痛い思いをしても。

 どんなに辛い思いをしても。

 どんなに悲しくても、どんなに悔しくても。


「……絶対に夢を諦められない、捨てられない。そんな自分が一番きらい……」




 4




『……韓信の股くぐりという故事がある』

「……ふえ?」


 やがて、エリーナが落ち着いたところを見計らって、カンナが静かに語り出した。


『とある武将の話だ。……彼はとても優秀な武人で、志もあった。そんな彼が若いころ、町のごろつきに絡まれたことがあったという。彼にしてみれば、ごろつきの相手なぞ赤子の手を捻るようなものだったろうに、大義のために争いを避け屈辱を甘んじて受けたのだ』


 つらつらと語る。しかしカンナはそこまで言って、着地点が見えなくなったのか、急にモゴモゴとしてから、黙りこむ。

 気まずい沈黙。

 なんだか不安になってきたエリーナが声をかけてみようと思った時、つまりだな、とカンナは遮るようにして思念を挟み込む。


『エリーナ、おぬしはどうしたいのだ?』

「え……?」


 いきなり問われて面食らったが、エリーナの答えなんて決まりきっていた



 いっそ逃げ出してしまえたなら、なんて何回思ったか知れないほどだ。そうしたらどれだけ楽だろう。どれほど救われるだろう、と。

 だけど駄目なのだ。例えどんなに人から邪険にされても、魔獣に襲われて死ぬような目に遭っても、一度抱いた憧れだけは決してなくならない。……いや、無くしたくはないのだ。



 だって“好き”なのだから。

 エリーナの瞳を覗きこみ、そんな内心を悟ったか、カンナは満足そうに頷く。


『そうだ。結局のところはそういうことなのだ。エリーナ、韓信の股くぐりというのはな、とどのつまり叶えたい思いがあるならば、外野の言うことなぞ気にするな、ということだ。……冷たく扱われようが、侮られようが、胸に抱いた夢を思うならば、そんなもの気にする必要はない』


 言い終わり、胸でも張らんばかりの勢いで仔犬のような狼が得意げな顔をする。

 いや、エリーナとしては狼の表情なんて全然さっぱりわからないのだけども、今この時に限っては、あっ、これ……と理解できてしまうくらいには、盛大なドヤ顔であった。

 言っていることは至って過激で、そんな人、一途とかそういうの突っ切って、もはや狂信者の域でしょ、と思わないでもなかったが、どうしてか救われた。

 あまりにも慰めにならないことを、あまりにも得意そうに言う狼のせいだろうか。

 なんだかウジウジとしていたのが馬鹿らしくなって、笑いさえ込み上げてきた。


『む。何を笑う?』

「んーん、何でもないよ。……ありがとね、カンナ」

『……礼には及ばぬ。主が意気消沈としているならば、慰めるのも臣の勤めゆえ、だ』


 きっとエリーナはこの先も悩むだろう。苦しむだろうし、泣いてしまうことだってあるかもしれない。

 それは属性に対する偏見がある限り、ずっと続く。

 時には嫌になることもあるだろうし、逃げ出したくなることだってあるだろう。

 エリーナは強くない。けれど……それでもいいかな、と思った。

 隣にはカンナがいてくれる。

 それならきっと――と。

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