013
「圭吾くんはね~顔はいいんだから黙ってればいいんだよ!うちの部の女の子達にも圭吾くんの事紹介してってよく言われるんだよー」
「まじ!でもなぁー、合コンとかさ、ああいうノリは苦手なんだよね。あ~あ、真央ちゃん、オレに愛をくれ!」
(・・・・)
一瞬の無言に3人の動きが止まる。
「あれ、いつもなら秀からツッコミがくるんだけどなぁ~、「お前にくれてやる愛なんぞねぇっ!」てな。・・・おいー、またスルーかよー。・・ん?そういえばなんでお前、さっきから黙ってんの?」
圭吾が秀人を見ると、秀人は圭吾をまじまじと見ていて圭吾は「なに!?オレにそんな視線を浴びせてもオレはお前のものにはならないぞ!?それとも何か?お前・・・とうとう俺に・・・」
と冗談を挟んだ。
「圭吾?鹿島圭吾??」
秀人は知っている圭吾の顔と今、目の前にいる圭吾を頭の中で思い出して比べる。
(確かに、似てる・・・感じはある。話し方は少し違うけど、声も少しだけだけど、子供の頃の名残があるように思える)
「なになに~真央ちゃん、こいつ記憶喪失なの??」
圭吾は秀人を指指して真央にふざけて聞いている。
「本当に、秀ちゃん、大丈夫?」
ふざけて聞く圭吾とは逆に心配そうな顔をして真央は秀人の服の袖をちょんっと小さくつまんだ。
しかしそんな真央の行動に気が付かず秀人は軽く頷いて真央の心配を横に流してしまう。その時の真央の表情はとても切なく寂しいものだった。
それから会社までの道で圭吾と話をしていくうちに、秀人は圭吾と同じ会社で働いている事を知ってかなり安心した。そして、駅からずっと側にいるこの女性、予想はしていたけど、日記に書いてあった秀人の彼女だった。
彼女と知っても、彼女への接し方がわからない。
どう扱っていいのか分からず、話を振る事もしなければ、真央の顔を見る事もない。
圭吾と話をしていくうちに、秀人は圭吾と同じ会社で働いている事を知ってかなり安心した。
(そうか、僕と鹿島は大人になっても仲良いままなんだ、よかった)
最初は、話し方も違うし、声だって顔だって違うから、別人と話していると思っていたが話せば話すほどいつもの圭吾との会話になっていく感じがした。
そうこうしている内に、駅から徒歩5分程にある会社まで辿り着いた。
「お前、懐かしい話思い出したなー」
秀人にとっては最近の出来事でも、圭吾にとっては十何年も前の話で、忘れている部分もあった。
2人の楽しそうに話す昔話に入り込めない真央は口を噤んでただ2人の話を聞いて笑っているだけだった。時折圭吾が話をふってくれる事もあったが気の利いた事も言えずに話は終わってしまっていた。
道中、よそよそしい態度をとる秀人にこのまま避けられるのではないか、何か自分が怒らせる事をしたのではないかと、不安が過る。
会社に入る為の自動ドアを抜けると受付の女性2人が挨拶をしてくる。一人は黒髪を低めのお団子ヘア、もう一人はショートボブだ。ショートボブの女性はまだ新入社員の為いつも初々しく挨拶してくる。
お団子ヘアの女性は綺麗なお姉さんタイプで圭吾が駅構内で言っていた井上さんという女性だった。
圭吾は井上さんに目線を向けてにこにこと手を挙げ、「やぁやぁやぁ!」と誰もしない挨拶をしてさっさと受付のいる所まで歩いて行く。
秀人がそれを見ていると、圭吾はその軽い口調とリズムよく会話のキャッチボールをして受付の2人を笑わせている。2人とも親しげに圭吾と話すものだから、これが日課になっているのかなと思われた。圭吾が秀人から離れるとすぐに真央が秀人に話しかけた。
「秀ちゃん、秀ちゃん?」
真央が名前を呼ぶと秀人は応えるが、いつもの話し方とは明らかに違う。
「あっ、は、はい。ごめんなさい。なんですか?」
「秀ちゃん、やっぱ変!」
秀人の何も考えていない様な顔に、さっきまで心配顔だった真央は秀人に対してムッとして、つまんでいた袖を離し秀人に背を向けた。
さすがに秀人は怒らせた!と思い、日記の内容を必死に思い出して、大人秀人になりきる事にした。
「あぁ、ごめんごめん、え?僕ぜんっぜん、変じゃないよ。あっ、そうだ!この前観に行けなかった映画、今度行こうな!じゃ、鹿島!行こう!」
秀人は真央から逃げるように足早に受付で楽しく話している圭吾のところへ行き、圭吾の腕を掴んで出社しているサラリーマン達の波にのまれるようにエレベーターホールへと入って行った。
残された真央は2人の後ろ姿を見て「やっぱり変じゃない映画なんて約束していなかったし、[僕]なんて今まで言わなかったのに」とつぶやいた。