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冷温者

作者: shoe

手が冷たい人は心が温かく、手が温かい人は心が冷たい。

しかし、反対に手が温かい人は心も温かいとも言う。

しかし、そもそも温かいと冷たいの境界線は?

そもそも心に温かいや冷たいといった言葉が適応されるのか。

適応されるとして、その差はなにか。

なにをもってして心が温かいと、冷たいと言えるのか。

その基準はどこにあるのか。

誰が決めるのか。

おそらくそれは自分であり他人であろう。

自分がそう思うからそうなる。

他人がそう言うからそうなる。

そんなものなのだろう。

決め、知る方法として感じるか考えるかの差はあるだろうが。

温度の境界は此処に在り、そして何処にも無い。

境界がないならば、

温かく冷たい人はいるのか。

冷たく温かい人はいるのか。

そのような心はあるのか。

何処に。

其処に。

此処に。



 夕方。日は沈み始め、辺りは夕日に照らされ火でも点けたかのように赤く、燃えているようだった。家も、道も、海も、山も、空も。見渡す限りの全てが燃えていた。

 そんな赤い砂浜を歩く人影が二つあった。いや、むしろ二つしかなかった。海岸のどこにも、近くの道路にさえ他の人影は見当たらない。元々この辺りは人通りは少なく、夕方になると帰宅途中の学生をたまに見かけるかどうかといったほどだったが、これほどまでに人がいないと、まるでこの世にその二人しかいないかのようだった。

 その二つの影は砂浜を波に沿うようにゆっくりと並んで歩いていた。海のほうに沈む太陽にあてられ、その影は砂浜に長く映りまるで巨人が闊歩しているようだ。その二人もそう感じたのか、自分たちの影を指差して見ては揃って肩を震わせて笑っている。

 二人はどこに向かうでもなく、ただただ歩いているようだった。どこに向かい、どこまでどう行くのかも本人たちは考えてはいないだろう。だがそれにも関わらず、その足どりはつまらなそうでも、先が見えず不安を抱えているようにも見えない。ただ散歩するのと変わらない歩みだが、どこか楽しみ、一歩一歩を踏みしめながら歩いているように見える。

 一人が少しがけ歩を早め、振り向いてもう一人の前に立ち、両手を振り上げてなにかを言っている。対する言われた側はやれやれと肩をすくめて見せ、また歩き出して前にいるもう一人に近づき軽く頭を撫でた。撫でられたほうは満足したようで、また二人で並んで歩き出した。

 いつから、そしていつまでこうして歩いているのか。それは本人たちにしかわかりえない。それどころか本人たちも知りえないかもしれない。

 ただただ二人は海岸線を歩き続けた。

 ただひたすらに波打ち際を。

 途中防波堤の端やテトラポッドを、一方がふざけてはもう一方があしらって乗り越え、また歩いていった。

 その後もしばらく同じ様にしていたが、一人が突然とまり、近くにあった大きい丸太上の流木に近づいて座り込んだ。そして隣に座るようにと自分のすぐ横を手でたたいて促した。もう一人は、促されてそれに渋る様子もなく応じ、同じ様に流木に座った。

 そして二人で何を話すでもなくただじっと海を見ていた。

 やけに静かだった。人の声も、車の音も、鳥などの動物の声も、虫の声さえもしなかった。二人もずっと黙っていた。それまで少しだけ吹いていた風も次第にやみ、波も大人しく静かになってきていた。

 ほとんど静寂だった。

 その静寂に耐え切れなかったわけではないだろうが、一人が口を開いた。

 「そういえば夕凪って言うんだったっけかな」

 その声は少しぶっきらぼうで無愛想で、でも少しだけやわらかい少年の声だった。

 「いきなりどうしたの?」

 少しだけびっくりしたように、だが微笑ましいものを見たときに放つような優しい少女の声でもう一人がそう答えた。

 「いや、夕方に風がやんでることを夕凪って言うんじゃなかったかなって思っただけ」

 「なるほど、今の状況をそう思ったってことか」

 少女は納得がいったというように笑った。

 「なんとなくその言葉が浮かんだだけなんだけどさ」

 少年はやはりぶっきらぼうに、しかしさっきよりもさらに少しだけやわらかい声と表情でそう答えた。

 少年が答えたあとはまた静寂が訪れた。

 以前の自分ならば静寂がうるさすぎてまともにそこにいることも出来なかっただろうなと少年は思っていた。それだけ変わったということなんだろうかとも考えた。

 少女もそのときふと前の自分と今の自分を比べていた。前の自分は周りに合わせるばかりでここまで本気で笑い、楽しんだことがあったであろうか、と。

 二人で、この人に逢ったから変わったのだろうな、と心のうちで思った。

 同時に、それぞれ相手のなにかしらを感じ取ったのか、同じタイミングで相手に目を向け、結果視線と視線が衝突した。

 そしてどちらからともなく頬を緩めて微笑みあった。もしかしたらお互いの考えていることがわかったのかもしれない。

 そのまましばらく何を話すでもなく、何か目で訴えるでもなく、ただ見つめ合っていたが、ふと辺りが暗いことに気付いて視線を相手からはずした。

 見つめ合っていて気付かなかったのか、気付けば日も完全に沈み、辺りは真っ暗になっていた。空気も日が沈んだせいか少しだけひんやりとして涼しいかほんの少し肌寒いと思わせる程度になっていた。

 二人とも少しだけ驚いた風だったが、すぐにどちらも理解したように元の表情に戻った。彼らにとって日が沈んだとか時間が過ぎたとかは大した問題ではないのかもしれない。そもそも時間を気にするようならどこへ行くでもなくただ海岸を歩くなどしないだろう。

 二人はすっかり燃え尽きてしまったように黒くなった海を並んでただ眺めていた。

 そこには二人だけで、二人と静寂と波の音だけがあった。それは世界から切り離された別の世界のようであり、何人も、何も入り込む余地のない空間だった。

 それは独立していて、完全で、また不完全で、色々な雰囲気を、色々な性質をもった空間だった。

 二人はその空間にただ二人で、なにをするでもなく並び寄り添い、ただただ海を眺めていた。まるでそのためにここに来たかのように。

 今度沈黙を破ったのは少女のほうだった。

 「なんだかこんなにのんびりした幸せな時間ってすごく久しぶりな気がする」

 少女は笑いながら、少し寂しそうにも見える顔でそう言った。

 「おまえが普段がんばりすぎなんだよ。もう少し休めばいいのに」

 少年は海を見たまま少し困ったように呆れたように眉尻をさげてそう返した。

 「ははっ、そんなことないよ。それにがんばってるのは君だってそうでしょ?」

 少女は今度は完全に笑いながらそう答えた。

 「俺はべつにがんばっちゃいないよ。普通に生きて普通に過ごしてるだけ」

 少年はやはりぶっきらぼうに返す。

 「またそんなこと言って」

 呆れたように肩をすくめて少女はそれ以上言うのをやめた。

 それ以上何を言ったところで彼が認めないのは目に見えているからだ。長い付き合いというわけではないが、彼女がそのことに気付くくらいの時間は一緒の過ごしている。

 二人はまた黙り込み、風で少し揺れる波と真っ黒で終わりの見えない海を眺めていた。

 彼の目には何が映っているのか。

 彼女の目には何が映っているのか。

 そして二人は何を思っているのか。

 それも本人たちにしかわからないだろう。いややはり本人たちも知りえないのかもしれない。

 しかし、二人はとても幸せそうで、満たされているようだった。

 そんな雰囲気になんとなく口が軽くなったのか、少年が唐突に口を開いた。

 「おまえに逢わなかったらここにこうして来ることもなかったんだろうな」

 少年の言葉に少女は驚いた様子で、

 「珍しいね、君がそんなこと言うの」

 疑問をそのまま口にした。

 「まぁ、そうかも。ただなんとなくそう思っただけ。普段こんなとこには来ないし、誰かと来るなんてもっとありえなかったからね」

 少年は少女のほうを向き、なんとも表現しにくい表情でそう答えた。その顔には寂しさのような、悲しさのような、諦めのような、懐かしさのようなそんないくつもの思いが積み重なって混ざり合ってできた複雑な感情が含まれているようだった。

 「それだけ、私が君に与えた影響が大きいってことなのかな?」

 わざと明るくしたように、明るすぎるくらいの声で笑いながら少女は少年に言った。

 少女はそのまま少年の頬に手を伸ばし少しだけ触れて手のひらで軽く撫でるようにして続けた。

 「それに、さ。前どうだったかなんてそんなに気にしなくていいんじゃない? 問題は今どうかと、これからどうするか、でしょ?」

 それは優しい温かい顔だった。

 少年はすこしだけ自分の顔が熱を持っているのに気付いた。絶対に認めまいとしたし、表情にも出すまいと思ったが、そんなことはお見通しなのか、少女は彼の頬に触れたままくすくすと小さく笑った。

 少年は最初恥ずかしくもあったし、悔しくもあったが、そんな彼女を見るうちにそんな気はどこかに消えて、気付くと一緒に笑い出していた。

 ひとしきり笑った後、少年は疑問に思ったことを少女に聞いた。

 「俺はおまえに逢って変わった。おまえはどうなんだ? 前と変わったのか?」

 彼は逢う以前の彼女を知らない。故に彼女が変わったかもわからないのだ。

 少女は少しだけ考えるようにしてから、

 「あぁ、そうだね。変わったかも。うん、君に逢って私は変わった。君に逢わなければ今の私はいないし、ここにはいないだろうね」

 少しだけ寂しそうに、でもそれ以上に照れたように頬を少し赤らめて答えた。

 それはなんだか少年にとってとても愛おしく、放っておけない表情だった。そもそも彼に放っておく気など微塵もないのだが。

 彼は無言で少女の頭を優しく撫でた。

 少女も抵抗することもなく大人しく撫でられていたが、途中から恥ずかしくなったのかうつむいて少年の視線から逃れようとしている。少年は意味もなく笑ってしまった。

 笑われて余計恥ずかしくなったのか少女は怒り出したが、少年はそれでも笑いが収まれなかった。

 そしてまた唐突に、

 「俺はここにいる。どこにも行ったりなんかしない」

 とだけ言った。

 不意をつかれて少女はいっそう顔を赤らめ、ん、ありがとうとだけ短く返した。

 それを見てまた少年は少女の頭を軽く撫でた。その表情はとても柔らかくて優しげだった。少女は顔を赤らめさえすれど、今度は少年の視線から逃げずに、ちゃんと目を合わせた。その表情は優しく温かく、また幸せそうに見える。

 少しの間そうしているとまた二人は黙って海を眺めはじめた。

 その二人の間の距離はそれまでよりも少しだけ狭くなったように感じられる。

 寄り添い、手を繋いで今度は空を見上げた。

 いつの間にやら月が大分高いところまで来ていて、二人を少しだけ照らしていた。

 今夜は雲がほとんどなく、田舎町のここからだと星がよく見える。

 たくさんある星を見て、少年は何座がどこにあるとかわかるかな、と少し考えもしたが、そういった知識は彼には一切ないので早々にあきらめた。少女のほうは何座とかそんなことは気にせず、ただ満天の星空を見て目を輝かせていた。

 そこは切り離された世界で、二人だけであとは月と星空と海と波の音だけがある世界だった。

 心地のよい静寂が辺りを包み、二人を、少年と少女を包んだ。

 二人は流れ星を見つけ、そして同時に祈った。

 手を合わせ目を瞑り心の中で唱える。

 祈り終わるとまた二人は手を繋いで空を見続けた。

 お互いになにを願ったかなんてことは聞かなかった。

 そんなことをしなくてもわかっているからだ。

 ただお互いがそこにいて寄り添い手を繋いでいる。

 ただそれだけで二人には十分だった。




 少年は星空を見上げ、思った。

 なんて温かくて眩しい綺麗な光だろうかと。



 少女は夜空を見上げ、感じた。

 なんて澄み切った優しい綺麗な黒だろうかと。


 

 二人は思った。

 なんて大事な、こんなにも近くにいる月で星で空だろうかと。

 



お読みいただきありがとうございました。


何年か前に書いたものです。

誤字脱字も多いかと思いますが、大目に見てください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても優しい文章とそれにあったテンポだと思いました。 登場人物の表情も丁寧に書かれていてすごいと思いました [一言] 念のため言っておきます 私は島咲空です
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