ビター・スイート・ラブ・バレンタイン
愚智者=パラドクス(矛盾内包者)様 × にゃん椿3号様による
萌え企画「バレンタイン☆プロジェクト」
「京介、それ、ほんとに好かれてんのか?」
と高校時代からの親友である貴也にさえ言われてしまった。
何がっていうと、俺の彼女。イベントごとにまったく興味がないのだ。付き合いだしたのは、大学時代。同じ活字愛好会にいた地味な彼女。興味をそそられたのは、学祭のイベントだった。
愛好会で作った同人誌を売るために、女の子たちにはコスプレしてもらうことになって。みんなそれなりに可愛い恰好だったのだが、彼女だけが河童のコスプレだった。誰の発案だったのか、もう忘れたがチョコレートにわさびしこんでロシアンルーレット。
最初にそれを食って、いっぱつでわさびを引き当てた彼女は口を押えるなり、しゃがみこんで必死でチョコをのみこむと、鞄からあわててペットボトルを引っ張り出し一気飲みした。
「うえぇ……ぐしゅ……あたっちゃった……」
目をがしがしこすりながらそういった。男どもは大笑いしたのに、女子はなんだか半笑いだったような奇妙な空気が流れていたのを思い出す。
学祭当日も彼女は普段とかわりなく、平然と河童の格好をした。全身緑色、腰にはビニールテープで作った腰みの。顔も緑で、ほっぺには真っ赤な丸印。お世辞にも可愛いとは言えない。完全に色物だった。
女子はロリータ服や浴衣、演劇部から借りたお嬢様系ドレスなどで可愛く着飾っている。そんな中で、ものすごくういていた彼女。
さすがに、男子連中もなんともいいようがなくて、それぞれがどこかに罪悪感を感じていたようだった。
「えーっと、如月。その、嫌なら無理しなくていいぞ」
部長がためらいがちにそういったのだが、彼女は問題ないですよといつものようにさらりと流した。そのかわり、宣伝のチラシの量は少なめに渡された。
そして、やはり悪目立ちしていた。特に子どもは残酷だ。彼女をみつけると、取り囲んで変なのがいると大声で笑った。けれど、彼女はにやりと笑った。
「そらぁそうだべな。あっしゃ、かっぱやもんよぉ」
とかえす。
子どもたちは、その言葉にびっくりしたのと好奇心をそそられたのとで、河童ってなに?と聞き返す。
「かっぱのことしりてぇかい?」
「知りたい!教えて!」
「せば、あっちさ、いくべ。ここは人の邪魔になるでなぁ」
そういって、子どもたちと芝生の上に座り込んで話していた。俺は、子どもたちと楽しそうに話す彼女が可愛くて、気になりはじめて、いつの間にか彼女を目で追うようになった。そして、大学二年の新年会で告白して付き合いが始まった。
あれから、もう八年。
その間、彼女はクリスマスもバレンタインも誕生日さえ、大した感動はなかった。最初は、照れているのかと思ったけど、毎年の反応が薄い。
「なあ、優はクリスマスとか嫌いなの?」
「嫌いと言うより、どうしていいのかわからないの」
「何で?」
「あたし、そういうイベントやったことないもん」
彼女はそういって悲しそうに笑った。だから、その時はそれ以上理由を聞けなかったけど。
(もう八年だぞ。いい加減慣れてくれたって……)
そう思って貴也にその話をしたら、返ってきた言葉が好かれてるのかという問いだった。俺は優に好かれていないとは思わない。イベントとかは置いといて、普段の付き合いで俺はいつも彼女の可愛い言動にドキドキする。そういう可愛い言動は、俺だけにしか見せない。
(見せてない……と思うけど)
さすがに、貴也にまで言われると不安にはなった。今まで付き合った子だって、クリスマスとかバレンタインとかだけじゃなく、付き合い初めて何か月目とか理由をつけて何かしら「特別な日」を作りたがった。
彼女持ちの連中の間でも、そういう二人だけのイベントで財布が風邪ひくわとか幸せそうに笑ってるから、俺はちょっとうらやましかった。だから、俺は決意する。
(もうすぐバレンタインだ。何がなんでも「特別な日」にしてやる!)
それでも、優の反応がなかったら……俺は……俺のこの好きはどうなるだろう。俺は一抹の不安を抱えつつも、バレンタインに向けて準備をはじめた。
◆
「今年もやってきましたねぇ。バレンタイン商戦」
そういってレッドバードをぐいぐい飲む愛。
「そうだねぇ」
あたしはシルバーストリークをちびりびなめながら、軽くため息をつく。
「相変わらず、優はイベント苦手なの?」
「うん……どうしていいかわからないの」
愛は大学時代からの友人で、小さな出版社の編集をしている。そして、あたしの担当でもある。
「あれだけイベントからめた恋愛小説かける人が、実はイベント苦手ってのもねぇ」
「仕方ないじゃない。そういう家庭でそだっちゃったんだもん」
あたしの両親はどちらも高校の教師で、成績のいい姉とはいつも比べられてた。
『どうしてお姉ちゃんみたいにできないの!』
何度、そう言われたかわからない。姉に成績で追いつけないあたしには、すべてのイベント参加が禁じられた。お正月、三が日、初詣、節分などの日本文化的行事からクリスマスにバレンタイン……自分の誕生日さえ、祝ってもらえなかった。
あたしは、現実逃避のために本を読むことに没頭した。大学も県外に出て司書資格の取れるところを選ぼうとして両親を説得しようとしたが、教員か公務員になること以外認めないと言われ、本命の大学は受けさせてもらえなかった。
ただ、親の条件をのんで県外の大学へいくことだけは、許された。
そのおかげで、あたしは愛と友人になれた。愛は、端麗な容姿のせいで辛いいじめを経験していて、家族と本が救いだった。あたしたちは、たまたま一般教養で近くの席に座り、同じ本を授業前に読もうとしたことで本の話をするようになった。
二人で活字愛好会に入って、愛は部内でも一目置かれる書き手だった。あたしは編集、アイディア提供、資料集めの方だったから、部内には作品は残ってない。
今は、そのあたしが図書館でアルバイトしながら電子版ライトノベルの作家で彼女が担当編集者だ。もともと、あたしがノートに書いていた短編を彼女が偶然読んだのがきっかけで、ネット内の小説サイトに作品をあげるようになったのだけれど。
「今年もあげないの?チョコ」
「だって、バレンタインってさぁ。バレンタイン牧師の処刑された日だよ。それ考えると……なんかねぇ」
「それは、まあ、そうだけど。いいじゃない。愛を確かめ合う日でもあるわけでしょ。彼が処刑されたのだって、若い兵士の士気がさがるからってくだらない理由で結婚禁止した帝国の問題だし。それを無視して結婚をさせてあげてた人なんだから、むしろ、このイベントは彼への供養でしょ」
「供養かぁ……今更、チョコあげて喜ぶと思う?」
「そりゃ喜ぶわよ。八年付き合ってて、チョコもらえなかった京介君は、感涙でむせび泣くわね。ま、サプライズとかはおいおい私が企画してあげるから」
愛はニヤニヤ笑う。美人のニヤニヤ笑いって可愛いけど、それだけじゃない迫力みたいなものがある。
「そんなに感動するかなぁ……」
むしろ、もう、愛想つかされてるんじゃないかとあたしは思い始めている。
◆
俺はバレンタインの当日、意を決して彼女のアパートを訪れた。いつものように何気ない話をしながら、夕食を食べて不自然にならないようにデザートにとトリュフチョコを取り出した。
「これさ、一個だけわさび入ってんだぜ」
そういうと優は、なにそれとなんの疑いもなく笑う。
「ロシアンルーレットなの?」
「そう、でね。負けた方が勝った方のお願いを一個だけ叶えるんだ。どう、面白いと思わねぇ?」
優は少し首をかしげて、俺がもってきた紙袋をちらみした。
「もしかして、あたしが負けたら、あの紙袋の中に入ってる何かで遊ばれちゃうのかな?」
「まあ、それは負けたらの話。勝てば問題ないよ」
「よし、あたしが勝ったら京介には何してもらおうかなぁ」
「何でもしてあげるよ」
「本当?絶対だよ。約束だからね」
「おう!」
じゃあ、指きりねと小指を差し出す。
(ああ、可愛い。たったこれだけで、俺は優にメロメロなのに……)
俺は指切りしながら、罪悪感でいっぱいだった。なぜなら、チョコには全部わさびが入っている。俺には大した量じゃないが、わさびの苦手な優にはたぶんきつい。
「優は先がいい?後がいい?」
「先がいい」
満面の笑顔。胸がチクリと痛む。優はうれしそうにチョコを一つ口の中に入れた。そして……。
テーブルにつっぷす。
「み……み……」
俺はあわてて水をグラスに入れて手渡した。優はそれを一気に飲みほす。
「……からひ…はないたひ……」
そう言いながら、目と鼻をこする。
「ああ、そんなこするなって……」
俺はあわてて優の手をつかむ。
「痛い?」
「痛いし、辛い……口の中ぴりぴりする」
「ご、ごねん」
「別にゲームだから仕方ないけど……チューしてほしい」
(ああ、もう!可愛い!可愛い!!俺のバカ!)
俺は優の口の中のわさびの味が消えるように丹念にキスをした。
「まだ、辛い?」
「もう、平気。さて、あたしが負けだからどうしたらいい?」
嬉しそうに笑う優。
「えっと……これ着てほしい」
俺はそっと紙袋を差し出す。
「あの……嫌だったら、無理しなくていいから……」
「うん。じゃ、着替えてくるね」
優は袋の中身も見ずにバスルームに入っていった。俺は優が着替えている間、残ったチョコをつまむ。わさびの味は大したことないけど、こんな意地悪なイベントやらかした自分がちょっと情けなくなってきた。そう思っているうちにバスルームから優が出てきた。
「京介ってちょっと変態入ってたのね」
なんて笑いながら、俺の買ってきた服を着てくれた。
胸元に真っ赤なリボンのついた白いファーのチューブトップ。ローライズのマイクロミニスカ。これも白いファー。そして、ガーターベルトがなまめかしい黒の網タイツに、極めつけはウサ耳。
優は全部きちんと着てくれて、にこにこして俺の前に立った。
「似合う?」
俺はヘッドバンキングよろしく頭を上下に振る。
「こんなので喜ぶんなら、いつでも着てあげるのに……」
優は苦笑しながら、一つだけのこったチョコを口に放り込んだ。俺は止める間もなく、あわてて水を用意しようとしたら、優は平然とした顔で言った。
「やっぱり、全部わさび入りだったか」
(え?)
「京介ってときどき天然だよね。あたし、普通にお寿司たべてたよ。ちなみにわさびがダメなのは愛だよ」
優がくすくすと笑う。ポカンとしている俺の膝の上に座って優が昔話をはじめた。
「大学の時のロシアンルーレット覚えてたんでしょ。あれはね。木村さんの彼氏が愛にちょっかい出してて、彼女が腹いせに河童の衣装とわさび入りチョコを準備したの。つまり、愛に恥をかかせたかったの。だから、あたしがまっさきにたべたんだよ。ちなみに愛は部長とつきあってました。来年二人は結婚するんだって」
俺は顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。自分の彼女が普通に寿司食えること忘れてた。就職直後に家族が離散して戸籍を独立させていることも知ってたはずなのに……。
全部、わかってて怒らないでここまでしてくれて……。
イベントとかにこだわってた自分がめちゃくちゃ恥ずかしかった。
「ごめん。俺……今日は<特別な日>にしたくって……」
「じゃあ、これあげたら、京介にとって<特別な日>になる?」
優は胸元からハートの形をした赤い小瓶を取り出した。
「本当はチョコにしようと思ったんだけど、あの売り場の雰囲気が怖くって。でね。お酒のコーナーにいったら、可愛いハート型のこの子が売ってて。中身はイチゴのリキュールなんだけど。やっぱり、チョコのほうがよかった?」
俺はもうなんにも言えなくて、優をぎゅと抱きしめた。涙がでる。どうしようもなく……。
優は黙って俺の頭を撫でてくれた。
「大好き……優が大好きだ……イベントとかどうでもいい……ずっと俺の側にいて……」
「あたしも京介が大好きだよ。すごいね。今日はいつも以上に特別な日になった」
俺が顔をあげると優が俺の涙をぬぐいながら額にキスをしてくれた。
「いつも以上って……」
「ん?京介に会える日はいつも特別な日だよ。大好きな人に会えるんだもん」
(満面の笑顔で……それは反則だ)
俺だって会える日はいつもうれしくて、優の全部が可愛くて……
「じゃあ、毎日俺と会えたら、優は幸せ?」
「そうだね。それってすごい幸せ」
なら、俺が言う言葉は一つだけだ。俺は真っすぐ優の目をみて言った。
「優…俺と結婚してください!」
優は一瞬驚いて、そして微笑みながら涙といっしょに小さな「はい」という言葉をくれた。
【END】
戸籍の独立について…戸籍法第100条の届(分籍届)分籍は「成人した日本人ならだれでも可能」http://trauma.or.tv/1court/bunnseki-1.html【家族と言う名の強制収容所】参照
レッドバード/シルバーストリーク:カクテル名・http://apl.suntory.co.jp/wnb/cocktail/top/temp__top【サントリーカクテルレシピ】参照