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遅咲きのクリスマスローズ

作者: 萩悠

雪が舞う。

 くるくるり       くるくるり

   まわる   まわる     まわる

白銀の世界にピンクが舞い踊る。

『こっちにおいでよ』

声が聞こえた気がした。

   *      *      *

ふと睨めっこしていた参考書から顔を上げると窓の外には冬空が映る。

ふう・・・と、溜息を一つ。

大きく息を吸い込むともう一度文字の海へと俺は意識を沈めた。

   *      *      *

『こっちにおいでよ』

そう言って笑うアイツは元気に公園の中を駆け回っている。

マフラーずれてんぞって俺が笑いながら言うとお前は顔を真っ赤にして言うんだ。

『わかってるよっ!』って。

慌ててマフラーを巻き直して少し拗ねたような顔をするから俺はまた笑うんだ。

『もう知ーらないっ』って言ってそっぽを向いたお前にそっと近寄ってマフラーを引っ張ると、お前は簡単に俺の腕の中に入ってくる。

少し驚いた表情を浮かべるお前にばーかって言ってやると、また少しむくれた顔をした後で『へへっ』とだらしなく笑うんだ。

その笑顔から目が離せなくて、じっと見ているとお前もじっと見てくるから少し照れた俺はばーか、勝手に見んじゃねぇってそっぽ向いて。でも、お前が急に大人しくなるから、少し心配になって下を見ると目が合って、『きーくんが見たっ!』と笑うお前が居て。

『きーくん大好きっ!きーくんは私の事好き?』と俺を真っ直ぐな目で見てきいてくるから、お前みたいなチビでブスでバカな女の事なんか好きになるかって俺は明後日の方向を見るんだ。

するとアイツはふふっと笑って『私はきーくんが大好きだよっ!何を言われたってきーくんが好き!』って言って抱きついてくるから、素直になれない俺は、茶色いマフラーを口元まで上げて言うんだ。俺もキライじゃねぇって。

それは真っ白な世界だった。

   *      *      *

「おい、広樹ひろきー、今日の合コン来いよー」

「はぁ?何でこんな日に合コンなんだよ?あとしゅん、ここは図書館だから声を落とせ。」

「いっけね!あのな、先輩が主催なんだってよ。で、クリスマスなんだし独り者は全員強制参加だって。」

「クリスマス・・・・・・か。」

ふと時計の文字盤を目で追う。

12/24

その文字が目に焼きつく。やはり忘れられない。

広樹ひろき、やっぱりお前まだ・・・」

「は?何のことだよバーカ。それより合コンだろ?行くぞしゅん。」

今まで広げていた参考書を片付け、流れるようにデータを保存。パソコンはシャットダウン。

「ほら、お前が誘ってきたんだろ?早くしろよ。」

「あっ!ちょっ、お前片付けんのはっや!」

ドタバタと片付けているしゅんを後に残して、先に図書館を出る。

空調が効いていた部屋から突然外に出たからだろうか、風がいつもより冷たく感じる。

そういえばマフラー持ってきてたんだっけと思い出し、鞄を漁っていると上着のポケットが揺れる。ポケットの中のケータイを見ると、“いつもの店だって!”というしゅんからのメール。

”わかった”と返信を返し、一足先に俺は大学を出た。

 街はすっかりクリスマス一色で、色鮮やかなイルミネーションや文字が躍る。

道行く人たちも、今日は心なしか浮かれ気味で皆家路を急ぐ。

大きな袋を抱えたサラリーマンは、きっと家族へのプレゼントでも買ってきたのだろう。

 ふと目を移したショーウインドーには冴えない顔の自分の姿が映った。

茶色のマフラーを鼻の上までずり上げて、再び歩きだそうとした時に、目に飛び込んできたのは、ピンクのマフラーをした小さい女の子だった。

   *      *      *

そろそろ寒くなってきたし、帰るかと声をかけるとお前は『もーちょっと!』と言ってブランコにかけて行って何も無い所でつまずいて。

気をつけろよと笑っていると『つまずいただけで転んで無いからセーフなのっ!』と振り返り様に叫んでお前はブランコに乗ったんだっけ。

仕方ないから俺も隣のブランコに腰掛けて。

お前はスカートとか気にしないでブランコを気持ちよさそうにこいでいるから、目のやり場に困った俺は半ばやけくそでブランコを揺らして。

『ね、きーくん見て見てーっ!もしかしたら私、空まで行けるかもしれない!そしたら、神様にも会えるかもね!』とキラキラした声で言うから、お前なんかが空に行ったら神様だって迷惑だろと返して。

それからしばらくは二人とも無言でこいだあと、ぴょんっとブランコから飛び降りたお前はピンクのマフラーをはためかせて言うんだ。

『きーくん、一緒にかーえろっ!』って。

白い世界でピンクが舞ったんだ。

   *      *      *

「それでは~、お一人様だらけのクリスマス!誰かGETしちゃいなー?合コンスタートぉっ!」

「お前タイトル長げぇって!」

「るっせぇシン!ではでは聖なる夜に~?」

「「「かんぱーいっ!」」」

 いつも以上に元気な先輩達の音頭で合コンが開始する。

とは言っても気心の知れたゼミのメンバーばかりだから、ここから何かが発展するとも思えない。恐らく、合コンという名目でただただ女の子達と一緒にクリスマスに騒ぎたかったんだろう。

 一人そんな冷めた事を考えながら、一口、酒を飲んだ。

「遅れちゃってごめんなさいっ!」

「さーせんっ!レポートの件で教授に捕まっちゃって!」

「おーおー構わねぇって!それより早くお前らも飲めって!」

「すいませんっ!んじゃお言葉に甘えて!」

ガヤガヤとした中に遅れてしゅんと女の子が入ってきた。

彼女の髪の色はアイツとよく似ていた。

   *      *      *

『きーくんまたね!』おぉ、また明日な。『明日こそぜーったいにきーくんに好きって言わせてやるんだからねーっ!』笑わせんなって、お前には無理だな一生。

そんな軽口を叩き合って、あの日はもう暗い、いつもの分かれ道でわかれたんだ。

俺は明るい色と別れを告げた。

   *      *      *

「隣いいかな?四谷よつやくん。」

「別に構わないけど?」

「ありがとーっ!」

 遅れて入って彼女が俺の隣に座った。よりによって、こんなにつまらなそうな俺の隣に。

外から入ってきたからか、たまに手に触れるスカートのすそが冷たい。

「今日は本当に寒いねー、今年はホワイトクリスマスかなぁ?」

「さぁ。」

大方先輩にでも、盛り上げて来いとでも言われたのだろう。隣でせわしなく注文をとりながら、彼女はずっと俺に話しかける。大して興味もない俺は、ずっと適当に流していた。

そう、彼女の「クリスマスって四谷くんは好き?」という言葉をきくまでは。

   *     *     *

あの日の夜、そう、忘れもしない、俺が風呂からあがった直後の事だった。俺の家に一本の電話がかかってきた。

たまたま近くに居た俺は何気なくその電話を取った。

そして、聞いたんだ。

「・・・警察です。北里姫香きたざとひめかさんのご家族ですか?」

   *      *      *

「おーい、飲んでるかー四谷よつやぁー」

「先輩、俺ちゃんと飲んでますよ。」

「なら良いけどなー、こーんなに可愛い女の子が話しかけてるんだから返事くらい返してやれって~な、ほりちゃん?」

「もう、先輩!完全に酔ってるじゃないですか!私に絡まないで下さいよ!」

そう言って困ったように笑う彼女。

「で、四谷よつやくんはクリスマス好きなの?」

「はいはいはーいっ!俺超好きぃー!」

「もう、先輩にはきいてませんっ!」

言い争っている二人を横目で見つつ、酒をもう一口。

ちらりと見た文字盤は、9時を少し過ぎたところ。

「俺帰るわ。」

「あぁ・・・そっか。早く行けよ広樹ひろき。俺から先輩には上手く言っておくから。」

「悪いなしゅん。」

 軽くしゅんに声をかけて店を出る。大丈夫。あの様子なら先輩も彼女も俺が居なくなった事には気づいていないだろう。

 さっきしまったマフラーを巻く。今度のマフラーは俺には似合わないピンクのマフラー。

「よし。」

 冷たい空気の中、俺は家路を急いだ。

 ショーウインドーに映る俺の姿は酷く不恰好であの時と少し重なって見えた。

   *      *      *

そんな訳がない。アイツに限って言えば特に。

電話を終えるや否や、誰からだったのと尋ねる母親に行ってきますと一言告げて、俺は家を飛び出した。

開けっ放しの玄関の方から何か言っている声が聞こえるが無視。

俺はただがむしゃらに、雪が深々と降り積もる町をジャージのままで駆け抜けていった。ただひたすらに、信じたくないと、何も無いと願いながら。

俺の横を明るい色が足早に駆け抜けていった。

   *     *      *

帰りに少し花屋へ寄って、アイツの好きだった鈴蘭すずらんの花を一輪。包装はと尋ねる店員に断って、花を持ってあの日わかれた道へ。そこから自分の家とは逆方向へと歩く。

分かれ道から少し離れた所にある柿の木のはえた家の角を右折。

少し歩くと見えてくる赤い屋根の家の前にある電柱をじっと見る。

 無言で頭を下げ、鈴蘭すずらんを置いて一言。

「ごめん。」

 そう呟いて俺は電柱の前に立ち尽くした。

   *      *      *

すいません、北里姫香きたざとひめかの病室はどこですか!そう病院に着くや否や俺は受付に行って尋ねた。

405号室ですという声を聞くか聞かないかの内にまた俺は走り出す。

エレベーターを確認すると7階の表示。待っている時間も惜しい。

勝手に動く身体がもう無理だと訴える脳の命令を無視して一息に階段を駆け上る。

妙に慌しい病院内の空気を不審に思いながら俺が飛び込んだ病室では、アイツの母親がベッドの横で泣き崩れていた。

俺の目に穏やかな表情で横たわるアイツの姿が映っていた。

   *      *      *

「っくし。」

くしゃみが出た事により、随分長い時間立ち尽くしていたんだなと気づく。

ケータイを見ると、もう11時42分の表示。ケータイを持つ手が小刻みに震えている。

あぁ、俺はどうしてあの日あの道でわかれてしまったんだろう。何であの日、俺は送っていかなかったんだろう。また明日と笑うお前を何で引き止めなかったんだろう。あの時お前に好きと伝えていれば、あの時素直にまた明日と返事をしていたら。

意味の無い仮定はいつまで経っても消える事はない。

どうして、何故。その言葉だけが三年経った今も俺の中を駆け巡っている。

いくら考えたところで答えの出ない問い。

もう一度、電柱にむかって深く頭を下げ、俺は公園へと歩き出した。

公園までの道は、酷く暗く映っていた。

   *      *      *

呆然と立ち尽くす俺の肩を誰かが叩いた。

振り返ると、そこに居たのは姫香ひめかの父親と医者の姿だった。

   *      *      *

 ガコンという一際大きい音を立てて、温かいお茶が自販機から出てくる。

 お茶を握り締めたまま、俺はあの日と同じように、公園の真ん中に立っていた。

   *      *      *

うまく連絡がついたらしく、一足先に病院へと着いていたらしいご両親の姿を見た俺はひとまず一息つく。

そのままお前の父親と医者に連れて行かれてお前がこの世から居なくなったと告げられた。

悪い冗談だと呟いた俺に、それが本当ならどれだけ良いことかとお前の父親が涙混じりに言われて、淡々と医者が話す交通事故で亡くなったという旨の単語を呆然と聞きつづけていた。

俺の世界は黒く染まった。

時計の針は無常にも0時を指していた。

   *      *      *

なぁ姫香、お前はもう俺の声の届かないところまで行っちまったのか?

三年前の帰り道にお前はこの公園に入る前に、『きーくんは今十七歳だから、来年になったらもう私達結婚できちゃうんだね~』なんて無邪気に笑いながら言っていた、たわいも無い言葉。

嬉しかったのに、素直になれない俺はお前なんかと結婚なんかしねーよ。まぁ、お前がどうしてもって言うんなら・・・いや、やっぱありえないなと毒づいて。

今じゃもう俺は、酒だって飲める年齢になっちまったよ。なぁ、あの時に俺にその言葉を投げかけたお前は何で俺の横に居ないんだ?

「ほんと、何でなんだろうな・・・」

もうすっかり冷たくなってしまったお茶を飲みながら、光の差さない空を眺めた。

   *      *      *

診察室を飛び出して、何が何だかわからないままに身体は病室へと向かっていて、すれ違い様に見た姫香ひめかの母親は一気に十歳も老けたような顔をしていて。

姫香ひめかのお母さんは美人だったのにとよくわからない事を考える頭を放置して病室へと入る。

ベッドに近寄って顔を覗き込んでもお前は何時もと変わらなくて。握った手もまだ温かくて。

暫くしたらきーくんびっくりしたでしょー?って起き上がるはずだと訳も無く確信して。

何でお前は起きないんだ?

まだ温かい手を握り締めて、俺はポツリと問い掛けた。

   *      *      *

雪雲か。どんよりと曇った空は暗く俺を映し出す。

ぎゅっとマフラーを握り締めると、どんどん蘇ってくるのは後悔の言葉。

そういえば、アイツの事は名前で呼んだことが無かったっけ。何時も俺は意地を張って絶対に姫香ひめかとは呼ばなくて、それでもアイツは俺のことを呼んでくれていて。

たまには名前で呼んでよって言ったアイツに対して素直になれなかった俺はまた下らない意地を張って確か、お前だって俺のことをきーくんって呼んでるけど俺の名前は広樹ひろきだって言い返したんだっけ。

何故俺は素直になれなかった?何故アイツの事を名前で呼んでやらなかった?何故、何故アイツが死ななければならなかった?

謝ったからどうなるというわけでもないのに、どうしても口からついて出るのは“ごめん”という言葉だけだった。

   *      *      *

そのまま一睡もせずに朝を迎えた。隣に居たけれど握り締めた手は冷たくなる一方だった。

思わず何で起きないんだよ、と呟くといつの間に入ってきていたのか、広樹ひろきくん、姫香ひめかはもう、だから。そう声をかけてきたのは姫香ひめかの父親だった。

それで初めて、あぁ、俺は此処に居ると迷惑だったんだろうなと何となく思って頭を下げた。

不思議と涙は出ない。

すみません。俺なんかが居座ってしまって。

ふと冷静になった頭で、一番一緒に居たいはずのご両親を差し置いて俺は何をやっているんだと自分を叱咤しったする。そして、他人であるはずの自分がこの場に居ることを改めて申し訳なく思うと共に、この場に置いてくれた姫香ひめかのご両親に感謝する。

いや、別にそういうのではないよ。それに姫香ひめかもこんなに良い彼氏が会いに来てくれて幸せだっただろう。

そう優しく声をかけてくれる。きっと、彼の方が俺なんかよりも何倍も辛いはずなのに。

申し訳ないです。俺が・・・、そう言いかけた言葉を姫香ひめかの父親は遮った。

悪いのは君じゃない。不注意だった姫香ひめかと、クリスマスだからといって浮かれて飲酒運転をしていた相手の方なんだ。だから、頼むから、自分のせいだと思わないでくれ。姫香ひめかも大好きな君が自分を責めつづける所など見たくないだろうから。

真摯にそう伝えてきた彼の目には俺への恨みも何もなかった。

今まで姫香ひめかを愛してくれてありがとう。

そう言った彼の瞳は透明な水を含んでいた。

   *      *      *

  ぎい    ぎい

もう錆び付いて古くなったブランコが軋んだ音を立てる。

ピンク色のマフラーをとって目の前にかざす。

 くるくるり       くるくるり

   まわる   まわる     まわる

白の中にピンクが舞い踊る。

『きーくんも遊ぼっ!』

ふっと手を伸ばすとそこにはただ、葉の落ちきった木々とすっかり色の褪せてしまったマフラーだけがうつった。

   *      *      *

その後、流れるように時は過ぎて、葬式も済ませてお前のことを見届けたけれどもやっぱり涙は出なかった。

あぁ、お前はあの公園に居るんだなと漠然と思って。気が付いたら公園で過ごす日々が増えていった。

この公園で作ったお前との些細ささいな思い出すら全て頭の中に鮮明に蘇る。

初めてお前と此処で出会ったこと。

初めてお前と言葉を交わしたこと。

初めてお前と喧嘩したこと。

そういえば、お前に惚れたのも、告白したのもこの公園だったか。

そして、初めて一緒に雪を見たことも。

葬儀から暫くは家と公園の繰り返しの日々だった。

そんな俺はある日を境に別人のように明るくなった。きちんと学校にも出席するようになった。俺を心配した友達の紹介であれから何人かと付き合って。でも、毎回広樹ひろきくんは私じゃない誰かを見てるみたいって言って振られて。

三年経ってもお前のことが忘れられないって言ったらお前は笑うか?

いや、お前ならきっと『きーくんには私しかいないって決まってたもんねー』って言ってバカみたいに笑うんだろうな。

それで俺も釣られて少し笑ってしまって。

「帰ってこいよ・・・・・・」

ポツリと溢した言葉は空へと融けて消えていった。

   *      *      *

 あいつらは大丈夫かな?一応は合コンなのに、店を飛び出してきたんだ。多分明日、先輩達は怒っているだろう。

でも、そんなことはどうでもいい。

白い溜息を一つ。

すっかり錆び付いてしまったブランコから見える景色は変わらない。

あぁ、やっぱりお前は此処に居るんだな。

一人寂しく笑うと、あるはずもない声が響いた。

「あ、居た!四谷よつやくん、探したんだよ?」

真っ黒な光の中に入ってきたのは真っ白な彼女。

「お前飲んでたんじゃ・・・何でここが?」

自分で思っていたよりも低く掠れた声が出る。

トタトタと走ってきた彼女は何も無い所でつまずいた。

四谷よつやくんこんなところに居たら風邪引いちゃうよ?」

顔を少し赤く染めながら彼女は怒る。

「どうしてここが?」

再び問い掛けると、返ってきたのは山本くん情報の一言。

「・・・あいつ・・・か。」

頭の中にしゅんの顔が浮かんで消える。浮かんだのは俺が再び学校へと行った時に見せた表情で。

高校からの付き合いの奴は俺がクリスマスイヴからクリスマスにかけて、この公園に居ることは知っている。いつもはそっとしておいてくれるのに何だって今日は・・・

そんな問が俺の頭を駆け巡った。

「ねぇ、四谷よつやくん。ごめんね、山本くんに全部事情を聞いちゃったの。その・・・」

何と言っていいのかわからないのか。彼女は迷いを表情に出しながら言葉を切った。

「別に構わないよ。気にしてねぇし。」

本当に何でも無い風に声をかける俺は、きっと酷い表情をしているだろう。

巻きなおしたマフラーをぐっと上げて、ゆっくりとブランコをこぐ。

「今日、ここに来るのは高校の時の彼女さんの事でなんだよね。」

 少し言いよどみながらも、しっかりとした声が響く。

「だったら何?別にお前関係ないだろ?

それとも何?可哀想だなーとか言うつもりなら、帰ってくれ。別に俺はそんな言葉なんて求めてないから。」

あぁ、なんで俺はこうなんだ。何もしていない彼女に対してこの発言。

完全に八つ当たりだ。

軽く自己嫌悪。

更に何か言いかけた自分の口に残ったお茶を流し込む。

 ゆっくりと彼女はブランコの前まで歩いてくる。

頼むからそれ以上近寄らないでくれ。

 少し手前で立ち止まった彼女は小さく息を吸い込んだ。

   *      *      *

三年経った今でも、俺はあの時の神様を恨んでいる。

何故、幸せなクリスマスの日に姫香ひめかを奪われなければならなかったのか。

聖なる夜じゃなかったのかよ?ふざけるんじゃない。

もしも本当に神様がいるとするならば、そいつは性格がじ曲がっていることだろう。

   *      *      *

「山本くんにこの場所に行くならこの話を聞いてからにしてくれって言われて・・・・・・」

「だから何?やっぱり憐れみに来たの?それとも大丈夫だよとでも言いに来たのか?」

あぁ、やっぱり俺は素直じゃない。この子はそんな事を言いに来るような子じゃないのに。

「ううん、私は別に可哀想って憐れんでいる訳でも、大丈夫だよとか忘れちゃえばいい、なんて無責任な発言をするつもりもない。

ただ、」

止めてくれ、それ以上は聞きたくない。

四谷よつやくんはいつも笑ってない。へらへらと笑っているけど、どこか寂しそうなの。心の底から笑っているところを見たことが無い。

ずっと見てきたから、私はそう感じたの。」

どんどん下がる目線。

俺は大丈夫なんだ。だから・・・だから・・・・・・

「あのね、四谷よつやくん。前に進んでも良いと思うよ。」

迷い無く言い切った彼女の言葉は俺の胸をえぐった。

「私が言いたかったのはそれだけだから。」

顔を上げると目に入ったのは帰ろうとしている後姿。

「あ、そうそう、教授がレポート来週中だって!」

公園のちょうど真ん中でくるりと振り返る彼女。何かが俺の頭の中を駆け巡る。

彼女と俺の間に一片の雪が舞った。

「あ・・・雪・・・。」

曇った空から無音の白が降りてくる。

あぁ、そうか。こういうことだったのか。

 おもむろに立ち上がり、彼女の手を掴む。

「えっ?」

何時の間に距離を詰めていたのかもわからないまま呆然と立ち尽くす。

「ふふっ、掴まれた私じゃなくて何で掴んだ四谷よつやくんの方が驚いてるのよ。」

くすくすと笑う彼女に戸惑う。

「おやすみなさい、四谷よつやくん。あ、そうだ、今度から広樹ひろきくんって呼んでもいい?」

「え、あ・・・・・・あぁ、別にいいけど。」

「ありがとう。じゃぁ、おやすみなさい。」

「おう、おやすみ・・・」

よくわからないままに返事を返す。

後ろではブランコが ぎい ぎい  と軋んだ音を立てている。

目の前を雪が舞う。

“カチッ”

ピースのはまる音がする。

空に向けて手を突き出して、ぐっと空気を握り込む。

俺は迷わず走り出す。


《きーくん、いってらっしゃい》


ブランコにはクリスマスローズが咲く。

公園では今日も雪が舞う。

 くるくるり       くるくるり




―fin―

時期外れですみません(汗)

私が文芸部に投稿していた作品になります。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


この作品に隠してあるメッセージのヒントを少々。


クリスマスローズ

鈴蘭


こちらの花言葉、ぜひ興味を持っていただいた方は調べてみてください。


それではまた、次の作品でお会いしましょう。


萩悠

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