汝、救国せよ3
心底困ったように、目玉はぶるぶると震えた。
「でもさあ葉子、あのちびっ子たちを前に、同じ事いえる?」
「袖すりあっただけなんで、いまなら」
いっそ、清々しいほどの断言に、目玉は再び地に落ちた。あの時、あの子たちを抱え込んだのは、何故かと自問すると、たどり着くのはそこに彼らがいたから。というシンプルな答えに過ぎない。女の本能のようなものだろうか。極限状態ならば、幼きもの守ることができた葉子だが、冷静な思考力が戻ると、この先無理難題をかかえて、さらに幼児の世話もとなれば、早晩詰むのは明確だと判断した。社会の一員としての葉子は真っ当に、あの子たちを守りはしたが、その頚木から外れてしまえば、その真っ当はひっくり返る。もし、なんの疑いもなく、そんな厄介ごとを抱え込むものがいれば、大ばか者か、大変な聖人だろうと、葉子は思った。そして、葉子は自分がそのどちらでもないことをよく知っていた。
「気持ちがいいくらいに、どうしようもない子だね!僕が見込んだだけのことはあるね」
・・・どうやら神様のほうは、相当ゆがんでいる様子だ。その後も葉子と神様の要求は平行線をたどった。神様はあれやこれやと、いいながら、やはり葉子にやらせるべきところを変える気はなさそうだった
「非道上等です。何とでも。で、そうした場合、どの段階っていうか、どのくらいの達成度で、あなたは満足なんです?」
「・・・ううん。そうだねえ。最終目標は救国なんだけど、なんせ葉子がこんな感じだし、とりあえずは、経済の建て直しかなあ。それに伴って、食糧自給の問題も何とかできたらなーなんて!」
二兎追うものは一兎も獲ずという諺も裸足で逃げ出す、要求に葉子はあきれ返った。何かを立て直すには、連動してすべてにてこ入れしないといけないのは、重々承知しているが、生命線に関わるところをするっと出されるとは・・・どうやら本当にこの神様が、何とかしたいと願う国は終わっているらしい。いろんな意味で。
「葉子が、目覚しい活躍をしてくれれば、その頃には僕の聖女であるところの、君のうわさは広まって、王家も看過できないくらいになってると思うしー。葉子に崇敬の念が流れるって事は、僕のほうに祈りの力が流れ込むってことだしね!」
僕の姿が万全になる頃には、葉子にも追加で祝福あげるからさあ!よく働いてくれる子にはご褒美上げる派なんだよね!と、実にうれしそうに告げた目玉に、葉子は鋭く、
「まだ、やるって一言も言ってないんですけどね」
と、切り替えした。完全に釣った魚理論を否定しますと、のたまっているが、この神様がくれそうな祝福はろくなものがなさそうだと、葉子は直感した。
「で、その救国にあたって、言葉とか通じないと、かなり時間かかるし詰む気がするんですけど、その辺りはどうなってますか?食べ物、風習、他にも、着衣や、国の規模、文明レベル、救国せよ、という割には情報出し惜しみしてませんか?」
「そうねえ、言葉の問題は大丈夫だよ。僕との間に縁を得た時点で、すべての人々の話す言葉は君の前で最適化されるし、君の言葉も彼らの前で等しく最適化するから」
「あ、そのへんは、心配ないんですね。ちょっとありがたいかも」
この神様にしてはまともな感じの、祝福かと思った。言葉が通じなくては、何もできない。普通にありがたかった。
「でもねえ、文字のほうは、あんまり精度がよくなくてねえ・・・僕の守護する国の言葉は問題なく最適化できるんだけど、他の国の言葉は、誤訳ごめん!な感じになるから・・・それは、許してね!」
前言撤回だ。・・・書籍が余り手に入らないという側面があるのかもしれないと、葉子は考えた。使う側としても、あまり識字率が高くなければ、間違った解釈と覚え方で、文言が個々に独自の発展を遂げている可能性もある。
「んんー、他の情報については、情報料取らないと割に合わないなあ。それについては、ふわっとした概要だけ話すと、君が今いるこの場所は、僕の第一神殿。王国の玉座がある宮殿からは大体、早馬飛ばして8日くらいの場所かな。」
わりと、ど田舎だった。道理で、町の明かりがこれっぽっちも見えないわけだ。
「第一神殿なのに、王都にないんですね」
「僕が寝てる間に、引越ししちゃったみたいなんだよねえ」
ここから、さらに徒歩で3日ほどで、国端に至るのだという。場所的には隣国と接する山の要所といったところか。黎明期は、国が小さく山中の小国だったのだが、時代を下る過程で周辺諸国をうまく取り込み、同盟によって今の規模まで大きくなったのだそうだ。
「で、肝心の文明レベルはそうねえ、3ってとこかな?」
「・・・・。ふわっとさせすぎですよ」
文明レベル3ってなんだよ・・・そもそも何段階評価なのよそれ。
「何、すごく不満そうな顔して!だから、これ以上は確約がないと渡せない情報なの!分かりやすくいうと、科学は異端で、呪いと魔法絶賛、全盛期な感じかな!」
・・・全然、参考になりそうにない、答えが返ってきたので、葉子はがっくりとうなだれた。そもそも、魔法が存在しない世界から来たのに、魔法が絶賛全盛期で、文明レベル3とか。どう評価しろというのか。葉子はまたも、眉間をもむのだった。