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泣き声三重奏

 強烈なめまいの後は、ジェットコースターで真下に落下するときのような、浮遊感が襲ってきた。正直、吐きそうになるほどの強烈な感覚だ。そして、それは唐突に消失した。恐る恐る、目を開けると、そこは、藍色の闇の中だった。確かに先ほどまで朝だったのに、これはどうした事か。

 用心深く、辺りを見回すと、何処かの朽ち果てた遺跡のような場所にいることがわかった。

石造りの固い手触り、窓もなく、雨ざらしで、上を見上げると、星が見える。薄ぼんやりとした、白い大きな光源は月だろう。


 そっと子どもたちから体を離すと、ひんやりとした寒さが体を包む。胸の下で震えていた子どもたちが、恐る恐る顔をあげ、こちらを伺うようにして這い出してきた。

もちろん、この状況がよくわかっていないのだろう。一番年長と思しき男の子が、おどおどと何かいいたそうに、こちらを見つめている。

「お姉ちゃん、だれ?先生はどこ?」

葉子にもここはどこだかさっぱり分からないし、件の先生がどうなったかなど、知る由もない。

「詳しいことは分からない。でも。大丈夫だよ、なんとかなるよ」

本当のことを言っても、なお混乱させるだけということは分かりきっているので、適当にあしらうと、その子は、少し不安そうではあるが、小さく微笑んだ。

 ほかの二人はまだ動けそうにない。服の裾をつかんで、離そうとしなかった。


 「僕、ゆうと。<かどまえ ゆうと>。5さい。で、この女の子が<みと ゆいな>で、こっちの小さい子が、<まえさき せな>」

「私は、織梨葉子おりなしようこ。大学生・・・ってわかる?」

ゆうとは、こくりと小さく頷いた。

「僕のお兄ちゃんも、大学生だから。おうちになかなか帰れなくて、お勉強が仕事の人でしょ?」

大学、学部にもよるが、2年生くらいまでの学生なら確かに忙しいだろう。

・・・勉強だけに忙しいとは限らないが。

「まあ、そういう事。」

ここはどこだが、いまだに分からないけれど、眼前の恐怖はひとまず去ったと見て間違いなさそうだ。

いまだに、人の気配は私たち以外かけらも見当たらない。


 聞こえてくる音といえば、時折この廃墟めいた建物を抜けていく、荒涼とした風の音くらいで、不気味なほど、辺りは静まり返っている。

「今すぐここを動くと、危ないから、日が昇るまではとりあえず、ここにいようね。大丈夫、眠っていいよ。私が見ていてあげるから」

朝が来ても、何かが変わるとは到底思えなかったが、それについても口をつぐんでおく。

「こわいよぅ、おかあさあああん」

裾にしがみついたまま、我慢し切れなかったのだろう。ゆいながポロポロと大粒の涙を流し始めた。

「うっ、ぐっ、ぐす、ぐすん・・・ママぁ・・・」

先ほどまで、こちらと顔をあわせもしなかった、せなも泣き出してしまった。

「なくなよ、やめろよ・・・僕まで、うっううっ・・・悲しくなるだろっ」

遂に、唯一コミュニケーションが可能かと思われたゆうとまで、泣き出してしまった。


 最初は、押し殺すようだった、三人の声はやがえて、大きくなり、ワンワンと泣き声の大合唱に発展した。途方にくれるとは、正にこのことで、葉子は頭を抱えてしまった。

 葉子だって、泣きたいのだ。首は怪我を負っていて痛いし、ましてや、この建物、人工物ではあるが、おそらく近世のものではない。

粗い削り口と、薄闇でうっすら浮かび上がるレリーフの意匠は、葉子の記憶の中のどの文明の遺物にも合致しない。もちろん、日本の建物かと問われたら、論外だといえるほどの構造の違いがある。

葉子とて、学生とはいえ考古学を志すものだ。その辺にいる大人より、知識の量ははるかに多いと自負できる。


 しいて、近似しているものをあげるならば、明治時代にこぞって立てられた、ヨーロッパ世界の建築法を取り入れた、銀行や、郵便局などが、これに似たつくりではあるが、そのものと比べると、石材の削り方や、装飾といった点ではるかに劣る建物だ。

なにより、雨ざらしになってはいるが、これだけ古く、価値がありそうな建物だ。発掘して掘り出したものならば、これだけの規模の復元をしたものとなれば、資料に残っているはずだし、国内であれば、文献にかならず目を通すか、人づてに聞いているはずである。


 思えば朝の、バスジャックの時を境に、常識を逸脱した場所にいるのだ。

葉子のあずかり知らぬところで、何かしら理解しがたい出来事が進行していたことだけは確かだろう。ますます、大きくなる泣き声を聞きながら、葉子はそっと嘆息した。

こういう時、あの茶髪の先生ならどうやって、この子たちを慰めるのだろう。考えてもまるで分からなかったが、獣が子を守るように、葉子はごく自然に子どもたちを抱き寄せた。

「大丈夫、大丈夫。ねんねんねん。ねんねんこ」

ぽんぽん、とリズムを取って子どもたちを揺さぶると、まもなく涙にぬれた瞳はとろりと、まどろみだし、抵抗なくまぶたは閉じられる。


 ほっと、息をつきながら、葉子は肩の力が抜けていくのが分かった。

なんで、子どもの泣き声って、連鎖するし、大人を疲れさせるんだろう。とりとめもないことを考えながら、3人の髪を梳いた。


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