白の邂逅
やがて来る、衝撃に備えて、身を硬くする。
が、その衝撃は、いつまでたってもやってこなかった。
はっ、として目を開けると、先ほどよりも近い距離に、そいつはいた。
首すれすれに、寸止めされた大鎌の切っ先が当てられている。
ひんやりと、その切っ先から冷気が這いずりあがってくる。
なんと言う悪趣味なやつだろうか。絶望する獲物の顔を、存分に堪能してから殺すつもりなのだろう。
「ハハハ、ねぇ、お前その力なぁニ?」
予想外の言葉に、こちらも困惑してしまう。
おそらく、思ったことはそのまま表情に出てしまったのだろう。
眉根を上げて、小さく何事かつぶやいた。
「ふぅん、じゃあちょっと本人も知らないみたいだし、実験しようねェ」
ひどく愉快そうに、そいつは葉子の後方へ跳躍した。
「ちょっとだけ待っててネ。すぐ終わらせちゃうカラ」
子どもたちを胸の下にかばいながら、振り向けば、男がありえない距離まで一瞬で移動し、またしてもあの巨大な鎌を、振り子のように容易く振り下ろすのが見えた。
男が、ほんの少し手を動かしただけ、たったそれだけだったのだが、効果は劇的だった。先ほどまで、同じバスに乗車していた乗客たちの首が、刈り取られていく。鋭い刃は、首の骨を糸も簡単に砕き、次々と、凶行に及ぶ。
血を噴出しながら、倒れてゆく首のない人々を見つめ、葉子は、現実感のない、異常な光景に、呆然と、口をあけていることしかできない。
まさに地獄絵図だった。残雪の残る道路わきは、あっという間に赤く染まり、血の小川がそこかしこに生まれているのだから、その様子たるや尋常なものではないと理解してもらえるだろうか。
「あはは、やっぱりねェ。僕の鎌がおかしいわけじゃナインダヨ」
何がおかしいのか、さっぱりわからないが、男は腰を折るほど爆笑している。何かに一人で違和感を抱き、そして先ほどの一振りで、すべてが納得できたようだった。
そうして、男は、また唐突に鎌を振りぬいた。この位置だと、確実に殺される。そう、覚悟した。
「ぐっあっああああああっー」
すぐ後ろで、子どもたちを託したあの女性が絶叫した。
そうして、まだ無事であった、背中から腰に掛けての衣服が無残にも裂かれ、おびただしい量の血が着衣を染めていく。
「いやぁぁあああーっ、せんせぇえええー」
胸の下の子どもから絶叫があがった。
「ハハッ!ほらね、お前のことを刈り取ろうとしたのに、力点と作用点がずれるんダヨ。一度目はかすったのに、それ以降触れもしない」
そして何度かまた、確かめるように、大鎌を振るたびに、どこかで悲鳴と絶叫があがる。
「いいナァ。おまえ、面白いナァ。つれて帰ったら、キョウシュは喜ぶかナァ?」
ニタニタと男は、不気味な笑みを浮かべながら近づいてくる。
胸の下にかばった子どもたちを抱きしめて、いままでのいつなんどきよりも強く、強く願った。
――――誰か、たすけて――――――
神様、仏様、それ以外の何者でもいい。
今この場から助け出してくれるのならば、それで十分だ。
もし、助けてくれるのならば、私はその大恩に報いよう。
「「いいよ。助けてあげる」」
頭の中で、響く声に目を開くと、大鎌の男が憎憎しげに、何かをいっているのがわかった。が、声までは聞こえない。
確かに触れられるほどの距離にいたはずなのに、男は伸縮するように、眼前から消えた。
驚いて瞬きする間に、葉子は強烈なめまいに襲われていた。
一体、何が起こったというのだ。
わかるのは、胸の下で三つの熱が、もぞもぞと動いているということだけだった。