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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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第23節

もうちょっとだけ続くんじゃよ。







第23節


 白昼の砂漠に突如として出現した魔術の竜巻に、ヒカルが感心したように呟く。


「驚いたな…、ここまで力の有る魔術師には見えなかったが」


 そんなヒカルにレオが呆れたように答えた。


「まあ、馬鹿は馬鹿でも“最高位ゴールドランクの馬鹿”だからな…」


 最大のランクはプラチナなのだが、その資格を持つ者は存在しないため、実質的にゴールドが最高位という事になる。ヒカルのように、実力とランクが合致しないことも間々有るが。

 その彼によって創りだされた竜巻は、直径数十m、高さ数百m程。規模だけで言うならば、ヒカルの魔術とも良い勝負だろう。


「あいつは風の魔術に関しちゃ、この大陸でも五指に入るだろ」


「ふぅん…」


「手前…。分かってんのか?風の魔術っつったら、四大元素の一角で、最もポピュラーな魔術のひとつだぞ!?…そん中で五指って言ったら――――」


 カインの凄さを力説しようとするレオをヒカルが遮る。


「君はアレだな。存外、あいつの事を買っているんだな」


 ついっと視線を向けられ、言葉に詰まる。そして、詰まった息を溜息として吐き出しながら、言う。


「…まあな。数年とはいえ、《風竜走》で優勝を争ってる仲だ。あいつが侮られる、って事は俺達も侮られる事に繋がってんだよ…」


 まあ、砂の中から出てきたのはどうかと思うが、と内心で考えながら答える。あれは無い。


「しかし、まあアレだ…」


 その光景を思い起こしたレオが顔をしかめながら呟いた。それは、この場で彼らの私闘を見ていた者たちの総意だ。


「見世物が見えなくなっちまった…」


 彼らの目の前には、アキトとカインの姿は無く――――。


 ―――砂を巻き上げながら立ち昇る、巨大な竜巻だけが見えていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 いよいよもって余裕が無くなってきた――、とアキトは音速で迫り来る鞭の槍をさばきながら考える。

 彼とカインは今、魔術によって創りだされた竜巻の()に居た。要は台風の目ならぬ“竜巻の目”と言ったところか。広さはせいぜい20m四方。剣道や柔道の試合場よりは広い…その程度だ。

 おかげでアキトは、逃げ場の無いそこで強制的な接近戦インファイトをさせられていた。


 周囲は砂を含んだ旋風だ。不用意に近付けば容易に絡め取られ、そのまま上昇。地上数百mまで強引に持ち上げられた揚句、パラシュートの無いスカイダイビングをする破目になるだろう。空を飛べなければ潰れたヒキガエルのように目も当てられない有り様になるのは必然だ。


 《ニギリ》を使えば滞空は出来るだろうが、今までのパターンから行くと竜巻の中で砂によってミンチにされる可能性は大だ。《金剛コンゴウ》を使えば大丈夫かもしれないが、その後に《握》ができるだけの気が残っているかと言えば…答えは『否』だった。《握》の燃費の悪さは正直どうかと思う。


 加えてカインの武器もやっかいだった。

 先ほど近接戦インファイトと言ったが、それはアキトにとってのではなく、カインにとっての、という意味だ。あの凄まじい速さの鞭が、風の魔術の補助により慣性すらも強引にねじ伏せてアキトを襲う。もはや避けるだけでは足らず、《金剛》によって硬化した腕で防ぐ事により均衡を保っている状態だった。


 できれば鞭を破壊したいのだが《金剛》を解いた瞬間、柔らかい肉を削り取られるだろう。

 八方ふさがり、どん詰まり、というやつだ。


 唯一勝機を見い出すならば―――。


「――うっ…」


 カインが僅かに顔をしかめる。元々汗をかいている為分かりづらいが、嫌な感じのそれが額を伝っているのも確認できる。

 風の鞭に巨大な竜巻。その両方を維持するために相当量の魔力を必要とするらしく、その分消耗も激しい。今の呻いたように、疲労を隠しきれない程度には。


 おそらくこちらが、ここまで風の鞭に抗する事が出来るとは思わなかったのだろう。かと言って、竜巻を消すわけにもいかない。彼にとって今の間合いこそが必殺の間合い。ここで仕留め損ねれば、後には消耗した己が残るのみだ。なんとしてもこのまま勝負を決めたいところだろう。距離を取って仕切り直し…など論外だ。


 つまり勝負は、カインが攻めきるか、俺が防ぎきるか。その一点に懸かっていた。


「――君は…」


 意外にも――いや、むこうは魔術を行使するだけで身体を動かす必要が無いのだから、そこまで不自然ではないのだが、カインがアキトに言葉を投げかけてきた。

 大きな声では無かったが、この竜巻の中でもその声はアキトに届く。


「君は、本当にヒカルさんを愛しているのかい?」


 その問いに、アキトは笑ってしまう。大事でも無い女の為に、どうしてこんな私闘に命を賭けられるか。命がけの大立ち回りを演じる必要があるだろうか。


 そもそも、だ。


「その質問にどんな意味が有る?『愛している』と言えば、素直に諦めてくれるのか?」


「………」


 アキトの言葉に、カインは顔を渋く歪める。それが出来ないから、こんな事になっているのだ。

 しかし、彼は躊躇うように再び口を開く。


「だが…だが、彼女は君の事を『所有物』だと、自身の事を『所有者』だと言っていた。それは本当に“愛”なのか?」


 確かにはたから聞いたら、とても愛する人を指す言葉じゃ無い。


「それに、こうも言っていた。『君以外の誰も私を満足させられない』…と。ヒカルさんに何らかの目的が有るのは感じているけど、その『目的』に君が必要というだけで、その為に君を求める気持ちを『愛』だと勘違いしているんじゃないのかい?」


 カインの言葉には、憐れむ気配すらある。それは『愛』を知らぬ少女に対してなのか、それとも愛されていない事に気付かぬ愚かな少年に対してなのか。


 だが、それでも少年は笑う。

 なんだそんな事か、と。


 言葉を交わす間にも、迫り来る鞭を凌ぎながら、さも可笑しそうに嗤う。


 思い出すのは一か月前、己の欲望に囚われ無様に転げ回っていた頃。なんとか心の平静を保とうと、ヒカル達の好意に理由を付けて己をいさめようと必死になっていた時の事だ。

 ヒカルは『目的』の為に、シノは『依存』から、ナギは『恐怖』から。そのどれを取っても、“拝暁人”という個人である必要は無いのだ、と自分を律するための言い訳として。


 だが、それは違った。問題はそこじゃ無かった(・・・・・・・・)


 アキトは静かな声で、彼の言葉に応える。


「俺はヒカル達を愛している。これは《真実ほんとう》だ。揺るぎなく、疑いなく、間違いなく」


 そう、それはあの時散々転げ回って、悩み抜いて、のたうち回って、ようやく掴んだ《真実》。


 なんら動揺すること無く答えたアキトに、むしろカインの方がうろたえてしまう。


「で、でもそれは“君が”であって、ヒカルさんがそうであるとは限らな――」


「じゃあ、どうすればいい?」


 カインの言葉を遮って、アキトは己の答えを吐露する。


「どうやったら、『愛』を証明できる?この身体を裂いて取り出せるなら、俺だって『これが愛だ!!』って見せつけてやるんだが、生憎とそんなに都合良く出来て無い」


 実際、そう出来ればどれだけ簡単だっただろう。きっとあそこまで苦しむ事は無かった。悩む必要も無かった。


「『愛』にはいろかたちも、においすらも無い」


 そのくせ、やたらとドロドロしていて、熱くて、存在感ばかり主張して。だから、ついついその存在を錯覚してしまう。そこに(・・・)在るのではないか(・・・・・・・・)、と。

 だが、それは錯覚でしかない。それはどこにも無い。


「自分の『愛』ですらそうなんだ。ましてや、他人の『愛』なんて確かめようも無い」


 その言葉に、カインは閉口する。そんな彼に、アキトは逆に問う。


「だったら、どうする?」


「どうするって………」


 どうしようもない。そもそも己が抱いている感情を『愛』だと証明する方法すら無いのだ。それを他人に当てはめることなどもっての他だ。

 感情とは他人のそれと比較することが出来ないのだから。


 激昂や涙など、『感情の発露』を比較することは出来るが、その内にどんな感情を抱いているのかなど、到底理解の及ぶ所では無い。


 ならば、どうするか。


 ここに至って、初めてアキトは感情を露わにする。それは『激怒』。


「なら、『信じる』しかないだろうが!!『好きだ』と、『大事だ』と言ってくれるその『言葉』を!『気持ち』を!!」


 それをなんだ、この男は。俺ですらまだまだ分からないヒカルの気持ちを、さも分かった風にペラペラと!!

 『所有者』?『所有物』?目的の為に必要とされているだけ?


 それの何が悪い(・・・・・・・)


 それを、この世の誰よりも何よりもヒカルに必要とされている事を、俺は誇りにさえ感じているのに。


 あの夜、俺は彼女達に『信じてもいいのだろうか』と問うた。傷付け、決して消えない痕を刻んでもいいのだろうか、そんな『愛』を信じてもいいのだろうかと。

 そんな俺に、彼女達はこう答えたのだ。『傷付けてくれ』と、『決して誰にも真似できない形を刻んでくれ』と、『換わりに私達の“傷”も受けて貰う』と。


 その時に決めたのだ。俺は彼女達にとっての、『導標しるべ』であり、『英雄おんじん』であり、『希望ひかり』であり続けると。


「“恋は盲目”って言うけれど、恋したから見えなくなるだけじゃない。『愛』っていう、かたちの無いものを信じるから、『見えないけれど見える(恋は盲目)』って言うんだよ!」


 再び伸びてきた鞭の槍を、両手で握り潰すように受け止める。キィ―ンと耳障りな音と、火花が飛び散り、風圧が腕を押し返そうとするが、もう引くつもりは無い。

 いいかげん我慢の限界だ。頭からは、『穏便に済ませよう』とか、『このまま持久戦に持ち込もう』とか、そういった思考が消えて失せる。


 鞭を掴んだまま、砂の地面を小さく半歩進む。腕と、鞭に掛けられた風の魔術が軋みを上げる。構わず、もう半歩。押し返されそうになりながらも、必死で踏ん張る。

 それが“アキト”だから。“オガミ=アキト”だから。


「だから俺も、あいつらを信じさせ続ける!!たとえそれが、嘘だろうと何だろうと!その為なら世界だって『かたって』みせる!!」


「『嘘』だって…?『騙る』だって…?それは詐欺師のやる事だ…!」


 しかし、カインも負けじと魔力を込めて撥ね退けようとする。だが、それでも腕の中で暴れ回る鞭を風ごと握り潰し、抑えつける。

 負けられない、負けたくない。その一念で、前進。それにカインが堪えかねたように後退。だが、後ろには自分で創りだした竜巻の壁が有るのを思い出したのだろう。慌てて踏み止まる。


「じゃあ、お前はどうなんだ…」


「な…に…?」


 鞭を介したせめぎ合いの最中、アキトが絞り出すように言う。


「目的の為に誰かを求めるのは『愛』とは違うんだろ…?なら、お前は何のためにヒカルを求める?」


「そ…れは……」


 途端、先ほど彼とヒカルの愛を否定する為に放った言葉が己に返って来る。自分が彼女を求めた理由、それは己の価値を認めてもらう為だったはずだ。彼を詐欺師と罵るならば、僕は一体何だ?


「僕は…僕…は……」


 ガラガラと足元の地面が崩れ落ちるような感覚に陥りそうになり、必死にその思考を頭の隅に追いやる。今それを考えてはいけない、本能的にそう感じたのだ。

 だが揺らいだ集中力はそうはいかなかった。


 魔力の制御がれた瞬間、アキトも大きく歩を進める。まるでたわんだスプリングで押し合いをしているかのように、アキトの腕では無く鞭そのものがギチギチと悲鳴を上げる。


 しかし、魔力が揺らいだ影響はそれだけに留まらない。当然の事ながら、魔力による制御を受けていた巨大な竜巻の方にも影響が現れる。

 まるで身震いするかのように、その巨体をうねらせる。


 半ば自棄やけになりながら、鞭と竜巻へと魔力を注ぎ込む。だが、思った以上に竜巻の制御が乱れてしまっている。

 強引に魔力を叩きこみ、強制的に命令を呑ませようとした、その時。


 ―――ピシ…


 僅かな異音。次の瞬間――――。


 ピィ――――ン!!


 奇妙な高音を放ちながら、カインの指にはめられた指輪が砕けた。


 ―――オオオォォォオォォォォォッンウゥゥ………


 それに呼応するように、あるいは支配からの解放を歓喜するように、巨大な竜巻が絶望的な雄叫びを上げる。


 砂漠の私闘は思わぬ結末を迎えようとしていた。

次回、決着。

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