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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
96/115

第21節

続かせようという意志さえあれば続くものですね。


あと5節は余裕でいける。


良いか悪いかは別として。





第21節


「消えた…!?」


 レオンが呆然と呟く。二人の姿を完全に遮った砂埃。だが、僅かな暇も空けずに、おそらくカインの風の魔術が吹き散らしてしまう。

 だが、そこにアキトの姿は無い。これは一体どうしたことか。


 彼らを砂塵が覆い尽くしていたのは、本当に僅か数瞬。その間に、アキトの姿が消えていた。


(まさか、砂の中に…?)


 レオンがそう予想する。カインも同じ結論に達したのだろう、アキトが立っていた辺りの砂を魔術で抉り取る。


 だが、いない。


「おい、どうなってやがる!」


 傍らで、暢気に茶をすすっているヒカルを小突くように問い詰めるが―――。


「分からない、と言ったはずだが」


 にべにも無いヒカル。しかし、レオンはなおも噛みつく。


「分からないなら、分からないなりに何か有るだろ!? こっちは、本当に何も分かんねえんだよっ!!」


 実際、彼の頭の中は半分混乱していた。なんせ、身を隠す場所などどこにも無いのだ。もう少し離れた場所ならば人が隠れられるような砂丘も有るが、ここは元々砂船の練習場だ。そのため非常に平坦で、障害となりそうな物はほとんど無い。領域エリアの端に近いと云うだけで、場所自体はそこそこだ。

 だがそれ故に、影も無いようなこの場所のどこに隠れたのか。…否、隠れたのかどうかすら定かでは無いのだ。


 レオンの脳裏にあの報告書の文字の数々が浮かんでは消える。


 ―――いわく、謎の無手の武術。

 ―――曰く、世の摂理を捻じ曲げた技の数々。

 ―――曰く、『人と獣の合いの子のような姿』。


 そして、先ほどヒカルが言った、『底が見えない』という言葉。


 よもや透明になったわけではあるまい。

 だが、それを否定する材料すら、今のレオンは持ち合わせていないのだ。


 そんなレオンを見て、ヒカルはやれやれといった調子に首を振ると、視線もくれずに言葉を発する。


「…私に言える事はただ一つ」


 再び茶をズズ~と啜り、可愛らしくホゥと息を吐き出す。


「分からなくても、目の前の現実を受け入れる事くらいは出来る。そこで戸惑っているようでは、彼に勝つ事は出来ない」


 レオンは絶句する。分からなくてもいい、理解できなくてもいい。まずは事実だけを飲み込まなくては何も出来ない。そう言ったのだ。

 それは、確かにそうだ。何が起きたかにばかり囚われて、次の対処に繋げられないようでは、勝てるものも勝てない。何が起きたか理解できれば、確かに対処はしやすいが、常にそうであるとは限らない。危急の事態に対して、どれだけ素早く次の手を考えられるか。どれだけ希望的観測や、楽観的観測を廃し、最善の策を打てるか。彼女が言ったのはそういう事だ。


 だが、レオンが絶句したのはそこでは無い。


 ヒカルにだって何が起きているのか分かってはいないはずだ。アキトがどのような状況で、どのような考えをもって、あの技を放ち、姿を消したのか。その本意は誰にも分からないはずだ。もしかしたら、逃げ出した可能性だって有るはずだ。

 それなのに。


 ―――彼女はやはり彼の勝利を微塵も疑ってはいないのだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「………っ」


 フーカが小さく息を飲む。だが、その音は誰の耳にも入らない。

 ただ一人、フーカと同じく沈黙を貫いてきたルルを除いて。


「どうしたのかしら?」


「あ…、いえ何でもないんです」


 そう言って、本当に何でも無いんですよといった風情に気弱な微笑みを浮かべる。だが、それでは『何か有る』と言っているも同然だ。


「本当に?」


 ルルが重ねて尋ねる。ジッとフーカの瞳を覗き込み、真意を測ろうとする。その視線に、彼女は怯えるように身を縮ませる。


(そんなに私の眼つきは悪いのかしら?)


 少なからぬショック。以前、レオにも同じような事を言われた事が有った。

 曰く、『怖えーんだよ…。眼つき云々(うんぬん)とかじゃ無くて、何考えてっか分かんねーとこが怖えーんだよ…』、だったか。

 その後、レオがどうなったかはさて置き、眼つき云々では無いらしい。ホッとして良いのか悪いのか、悩む所である。


「あ、あの…」


 どうやら、無言無表情で考え事をしていたのが、さらに少女の恐怖を煽ったらしく、おずおずと口を開く。


「なあに?」


 表情はすぐにどうこう出来る物でもないが、言葉遣いならその括りではないだろう、と言う事で出来る限り優しく聞こえるように返す。

 返した………つもりだったが、やはり怯えられる。ショック。


 それでも、一度開いた口を閉ざすのは気が引けたのだろう、言葉を続ける。


「あの、アキトさんなんですが」


「ええ、何か気付いたの?」


「はい。『消えた』のではなく、地中に潜ったような気がするんです」


「でも、あらかた《旋風》が掘り起こしてしまったようだけど?」


 そう、その可能性はいの一番に考えた。だが、言った通り砂中に隠れたとしても、ああまで掘り返されて見つからない道理が無い。そもそも、この短時間でそこまで深く潜れるはずも無い。


「ですが――。…いえ、そうですよね。私も、そんな気がしたというだけですから」


「そう」


 そう言って、会話は打ち切られる。


 だが、とルルは思考を組み立てる。


 だが、この少女の言う事も間違ってはいない。この隠れる場所の無い砂漠で、身を隠すにはそれしかない。ただ、否定と肯定、両方の根拠が無いだけで。

 むしろ、なまじ私は彼についての報告書を読んでいるからこそ、否定も肯定も出来ないのだ。


 と、そこまで考えて、ふと違和感を抱く。


 何故彼女は、そんな誰でも思い付くような事に息を飲んだのか(・・・・・・・)


 ………。


 いや、考え過ぎか。単に人より頭の回転が弱い娘なのだろう。実際、見た目は幼い上にどこか抜けている感じがする。

 そして、その幼い少女はやはり先ほどと同じように、砂漠の私闘をジッと蹲るように見ているのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 汗が頬を伝い、渇いた砂地に一滴落ちる。過敏になった神経はそれすらも容易に捉え、カインに緊張を強いる。

 一瞬が永遠に思える、というのはこういう感覚なのだろうか。


 砂が風に流される音、太陽の熱により立ち昇る陽炎、そして自身の心臓の音。それらは、いやに大きく響くくせに、先ほどまでほとばしるようだった彼の闘気は完全に消えていた。


 否、そもそもあの激しいまでの闘気こそ、今の静寂を産み出す為の準備でしかなかったのではないか。

 それにあの会話。彼が『飛べる』と言ったのは、僕の集中を乱す為でもあったのだろうが、その後に僕の注意を空へ向けさせる為の物だったのではないか。


 今現在、目の前の現象に何の答えも見出せない彼には、全てが疑わしく思えてしまう。


 砂の流れる音が聞こえれば、そちらに向かって風を放ち、風の乱れる気配がすれば、やはりそちらに向けて風を放つ。消耗させるのが目的なのでは、と疑い消極的になれば、それこそが奴の狙いだと思え、無茶苦茶に風を放つ。


 まるで、ジワジワと真綿で首を絞めるが如く、彼は追い詰められていく。


 なんせ、虚実どころか、どちらが表でどちらが裏かも分かっていないのだ。これがコイントスならば、自分は表と裏、どちらに賭けようと負ける。


(負ける…?)


 慌ててその思考を振り払う。だが、身体は正直に後ろに一歩、後退――逃げようとする。


 ――と、その時。


 後ろに引いた足が、地面を踏み抜いた。

 突然の事に思考が付いて行かず、身体ごと後ろに倒れる。だが、その倒れた身体もまた、地面を突き抜け沈んで(・・・)行く。

 そう、沈んでいるのだ。まるでそこに在るのが砂の地面ではなく、水面であるかのように。

 慌てて手足をバタつかせ、水面に――砂面に出ようとする。まるで本当に砂が水になってしまったかのように砂は手足の動きを阻害せず、泳ぐのと同じ感覚でカインは砂上に顔を出す。

 そこには―――、


「よう、色男」


 消えたと思っていたアキトが立っていた。そして、水のようだった砂は、再び元の『ただの砂』へと戻っていた。カインの顔だけを晒した状態で。


「こ、これはどういう事だ!!」


 あまりの事態に、カインは自分の状態も忘れ、そう問うことしか出来ない。

 そんな彼に、アキトは悪の幹部とかそこら辺が浮かべそうな凶悪な笑みを浮かべる。


「なあ、液状化って知ってるか?」


「液状化…?」


 聞き慣れない言葉に、カインは顔をしかめる。


「砂って言うのは、細かい振動を与え続けると液体に近い性質を持つ。俺がやったのは正確に言うとまた違うんだが、要はそういう事さ」


 そこまで言われて、ようやく気付く。彼の服の全体に纏わり付く砂を。


「つ、つまり君は、僕が君の言葉に惑わされて空を見ている隙に―――」


「そう、地面に潜って泳ぎ回ってた」


 あまりの事にカインは愕然とする。だが、確かにそれならば、いくら風で地面を掘り返そうと、一か所に留まっていない以上見つからないわけだ。もっと言えば、風も届かないような深度に潜ってしまえばいいのだから。

 あとは、どこにもアキトを見つけられないカインの消耗を待ち、奇襲すればいい。


「は、はは、あはははははははは!!」


 カインは笑った。心の底から。あまりの突拍子の無さに。あまりの常識外れに。


「いやいや、一本取られたよ」


「なら、さっさと負けを認めてくれるとありがたいんだが」


 そして、彼の愚鈍さに。


「負けを認める?どうして?」


「………?」


 こうまで完璧に裏を突き、完全に身体を拘束したのだ。さっさと止めを刺せば良かった物を。

 時間を与えるから、こういう事になる!!


 砂中でアキトに気付かれぬ内に組み上げた魔力でもって、短く詠唱。


「《縛鎖の風》!!」


「っ!?」


 魔術が発動する。アキトに対して、ではなくカインに対して(・・・・・・・)

 おそらくアキトも、何らかの反撃くらいは予想していたのだろうが、まさか自分に向けて使うとは思ってもいなかったのだろう。眼を丸くして息を飲む。


 発動した《縛鎖の風》は、周囲の砂を絡め取りながら、上昇。同時にカインも砂から脱出する。しかし当然、その風の内に身を置く彼は無事では無いだろう。砂を巻き込んだ《縛鎖の風》の凶悪さはアキト自身が身を持って体験していた。


 だが、風が途絶えた時、そこに立っていたカインは無傷。

 皮肉気に唇を歪めて、こう言うのだった。


「『台風の眼』って知ってるかい?」


 彼がるのはただの風ではなく、『旋風』だった。

次回はガチガチのバチバチだ!


多分!!

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