第20節
バトルパート2
第20節
「あっ…?」
突如、シノがピクリと反応する。
「これは…、口笛ですか?」
同じく、竜の尋常ならざる聴力を持つナギも、その音を耳にした。だが、それを初めて聞くナギには、その音が何を意味しているのか分からない。
そして、その音の意味する所を知っている二人、シノとヒカルは顔を見合わせ、頷き合う。
「どうやら戦況が動きそうだぞ」
「は?一体何が起きるってんだ?」
レオンは彼女達のその反応の意味が分からず、困惑と共に私闘を繰り広げる二人から視線を離し、ヒカルに向き直る。
だが、レオンの問いにヒカルは首を振る。
「分からない」
「分からないだぁ!? 動くって言ったのは手前だろうが?」
要領を得ないヒカルの答えに、レオは喰ってかかるが彼女はそれでも首を振る。
「動くのは確かだ。だが、何が起こるかは私にすら分からない」
「…どういう事だ。手前らは一緒に旅してるんじゃなかったのかよ?」
レオのその疑問に、ヒカルは僅かばかりの自嘲が混じった笑みを浮かべると、こう答えた。
「そうだな、彼と一緒に旅をしてしばらく経つが…」
そこで一旦言葉を切る。そして、自嘲の混じった笑みはいつしか何かを誇るような笑みへと変わる。
「私はいまだに彼の『底』を見た事が無い」
そう言った彼女の表情があまりに晴々としている事と、その言葉の意味にレオンは奇妙な戦慄を覚えるのだった。
そう言えば、とレオンは己の相棒を見る。彼女はこちらの会話には一切加わらず、ジッと砂漠の戦闘の有り様を見ていた。そして、フーカという少女も同じく。
ルルは元々会話に積極的では無いので、まあそんなものかと思うのだが、フーカと言う少女も同じなのだろうか?
おそらくそうなのだろう。
だから、今己の野生の勘が告げている戦慄は、獣人恐怖症からくるものに違いない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
シノとヒカルの予想通り、砂漠の私闘は戦況を大きく変えようとしていた。
口笛――アキトの流派の奥義の入りの型。特殊な呼吸法による気の蓄積。それが砂漠の乾いた風に乗り響き渡る。
その音に呼応するように高まるアキトの闘気に、カインも必要以上の攻撃は控え、善後策を用意する。
このような、未知の相手との戦いで最も恐ろしいのは相手のペースに乗る事だ。出来る事なら常にこちらのペースのままに、相手に本来の力を発揮させない内に勝利を得るのが最上。
そういう意味では、先ほどまでのカインの攻撃は彼を圧倒し、ペースは完全にこちらの物だった。
しかし、彼の闘気の高まりと表情が、このままでは終わらせないと告げている。
ジリジリとひりつくような緊張感。なまじ一方的に攻撃を行っていた為、彼の攻撃を受けていないという状況が、未知に対する恐怖を煽り、より一層の重石となり彼に圧し掛かる。
だが彼もゴールドランクの冒険者だ。そういったストレスを適度に集中力へと変換し、順次魔力を蓄積していく。
それに、どの道―――、
「まずは、このうっとおしい旋風をどうにかしなきゃいけない――か?」
まるでこちらの心を読んだかのように、彼が唇端を吊り上げて笑う。
だが、それも当然だ。その事は他ならぬ彼自身が一番理解しているのだから。
いつの間にか口笛は止んでいた。
「そうだね。だが、どうする気だい?」
僅かな動揺すら悟らせまいと、泰然と言い返す。
その疑問に、彼は笑った口をさらに歪めて、答える。
「俺は空を飛べる…って言ったら信じるか」
空を飛ぶ?なるほど、それならば《縛鎖の風》から容易に逃れられるだろう。
だが――、
「嘘だね」
「即答かよ…。もうちょっと可能性を考慮してくれてもいいだろ?」
「ならば何故、今の今までそうしなかったんだい?」
そう、それが不可能であることを彼の行動が証明してしまっている。そんな事ができるならば、無駄に体力を消耗する必要など無かったはずだ。それが嘘だと断じるのに一点の迷いも無い。
だが、彼は笑みを崩さない。
「俺がそうしなかったのは、空を飛んでいる所を魔術で撃ち落とされる可能性が有ったからさ。だからお前にそんな魔術が有るかどうか、確かめていただけだ」
「そうかい。だが、僕の得意な魔術は『風』だ。空を飛んだ程度では逃れられないよ?」
「そうかい。じゃあ、何故俺に一発も当てられなかったんだ?」
「っ!?」
カインの背筋に冷たい物が流れる。そうだ、確かに僕の攻撃は彼に一度も当たらなかった。つまり彼が空を飛んだとしても、僕の攻撃は脅威たり得ない。それを測っていた?
いや、そもそも彼の異常な回避能力、風の刃の三撃目をまるで風に舞う花びらのように避けたあれこそ、彼の飛行能力を裏付けている?
それに加え、彼の表情。今も《縛鎖の風》に追われ続けているというのに、その顔に疲労の色どころか、笑みすら浮かべている。それが彼の言葉に真実味を持たせている。すなわち、―――こんな“つむじ風”程度いつでも出し抜ける。
カインに焦燥が走る。なんせ、彼の話を否定できる根拠は『常識的では無い』の一点なのだ。
そして、その僅かな“揺らぎ”を《拝》たる彼は見逃さなかった。
それにカインが気付いた瞬間にはもう遅い。僅かに制御の揺らいだ《縛鎖の風》の隙を突き、巨大な砂埃を立てながらアキトは疾走を止め、地に手を着ける。
立ち止まったアキトに、慌てて砂の旋風が迫るが、彼は意にも介せず開幕宣告。
「《拝無神流》、奥義が一、《震威》!!」
瞬間、砂漠に鈍い衝撃。そして、アキトを中心として巨大な砂柱が、まるでミルキークラウンのように立ち昇った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
離れた場所で観戦していたヒカル達にもそれは容易に確認できた。
疾走していたアキトが、突如体勢を崩したかのように砂煙を巻き上げながら地に片手片膝を着けた――次の瞬間。
ドウッという鈍い音、次いでビリビリとした衝撃がこちらにまで響いて来る。その時には既に地中で爆弾でも爆発したかのように、アキトを中心とした同心円状に砂がはじけ飛んでいた。立ち昇る砂により、アキトの姿も見えなくなってしまう。
「うおぉ…。一体何のつもりだ…?」
レオンの呟きももっともだ。なんせ、攻撃にしてはアキトとカインの距離は離れ過ぎていて、当然衝撃も砂柱も届いていない。
だが、ただの目くらましにしては大仰過ぎる。一体、何を目的とした行動だったのか、レオンには分からない。
だが、アキトをよく知る三人だけが、確信する。あれこそが、膠着した現状を打破する一手であると。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――くっ!?」
凄まじい勢いで砂埃がカインを襲う。瞬時に風の障壁を展開。同時に内心で舌打ちする。
(なんたる間抜け!まんまと彼の陽動に乗るとは…)
あれほど相手のペースに乗せられないように自分に言い聞かせていたのに、わざわざ戦闘中に相手の会話に乗るとは、言い訳の出来ない失態だ。
おかげで意識を乱され、《縛鎖の風》の操作に隙ができてしまった。僅かに、本当に僅かに反応が遅れたせいで、彼のアクションを防げなかった。
そして、何よりも。
(…砂埃で視界がっ…!?)
そう、アキトの巻き起こした砂煙により、視界が極度に悪化している。素早い判断で風の障壁を展開したため、眼に入るようなことは無いが、肝心のアキトを捉えられない。
(なるほど、確かにこれなら《縛鎖の風》は使えない…)
《縛鎖の風》は自動で敵を追尾しているわけではなく、カイン自身の繊細なコントロールにより行使される。もし、ただ自動で敵を追尾するだけの代物ならば、とっくの昔に彼に破られていたであろうが、今回はそれが裏目に出た。目視できない標的を追う事は出来ない。
おそらく、その隙にこの砂煙に紛れて接近するつもりなのだろう。
だが、彼は一つ読み違いをしている。
(僕の風は、こんなことも出来る!!)
カインは右手を天に掲げると、その指にはめられた指輪型の媒体に魔力を籠める。そして、目の前を払うかのように手を振り下ろした。
すると、魔力は豪風へと変化。砂埃を一気に晴らす。
あっという間にクリアになっていく視界。
「え…?」
思わず、疑問の呟きが漏れる。砂煙を排除した視界の先。おそらく先ほどの衝撃の産物であろうクレーターの中心。そこには――否、そこだけではなく、晴れた視界のどこにも彼の姿は無かった。
(消え…た…?はっ!?まさか本当に飛行能力が!?)
慌てて空を仰ぎ見るが、蒼い空のどこにもそれらしき影は無い。
ならば、必然的に。
(砂の中に隠れたか!!)
すぐさま集中、特大の風の刃を放つ。
それは彼のいた辺りの地面を丸ごと抉り抜き、大きく砂を吹き飛ばす。
―――だが。
「いない!?」
そこにも彼の姿は無い。
おかしい、僕が砂煙を払い飛ばすまでの、僅かな時間にそう遠くへ逃げられるはずがない。必ず近くにいるはずなのに。
――――彼は一体どこに消えたんだ?
ジリジリと灼けつく太陽が、同じ熱量で焦燥を煽って行く。
いつもなら、20節辺りから必死にまとめに入っていましたが、ご覧の通り、まとめどころか、肝心の《風竜走》すら始まってません。
最終的に何節になるのか、自分ですら予想できない…。
ので、好きなように書く事にしました。イェイ。




