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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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第13節

 二枚目だと思っていたら、禍々しくなってきたでござるの巻。






第13節


 僕が彼女に恋したのは、三年前。この時期の、この街で。

 当時の僕は、ゴールドランクに昇格したばかりの、高慢ちきな小僧だった。傲慢で、不誠実で、上辺だけを取り繕った、仮面の貴公子。そう、自分で自分の事を『貴公子』なんて呼んでしまうくらい、恥ずかしい人間だった。

 そして、同時に思い悩んでいた。自分という存在の限界に。

 『ゴールドランク』、このランクになる頃には、大抵の冒険者はパーティーを組む。それは、往々にして自分の短所を埋め合わせる為だ。

 戦士系の冒険者は、魔術師系と。魔術師系の冒険者は、戦士系と。それぞれの特性上、どうしても出来てしまう弱点を補う為に。

 しかし、僕は自身でも多少の魔術を扱える事に加えて、高慢ちきな性格も合わさって、独り(ソロ)での戦闘に拘った。『高貴は常に孤独である』などと、自分でも意味の分かっていない言い訳を振りかざし。

 もちろん、僕のパートナーになりたいと言う申し出は、幾らでも有った。けれど、僕は前述したような、愚かな傲慢さで、それらを断わっていたのだった。今思えば、彼女達には、たいへん不誠実な真似をしたと思う。


 そんな愚鈍な僕に、転機が訪れたのも、ちょうど三年前だった。


 風竜の国の南西部に位置する街、《クラフストン》。そこで、毎年《風竜慰祭》の催しとして開催される《風竜走》。その前年度優勝のチームから、護衛のオファーが来たのは。

 そのチームのスポンサーは、ツァール家と言い、この風竜の国の大貴族だ。彼らが去年まで雇っていた冒険者が、怪我を負い、急遽抜擢されたのが、僕だった。

 冒険者は危険な職業だ。同業者の武勇伝とも諌め話ともつかない、怪我にまつわる話は、挙げればきりが無いが、この降って湧いたようなオファーは、おそらく僕の人生の中でも一、二を争う幸運だった。

 《風竜走》の護衛冒険者といえば、この風竜の国の冒険者ならば、一度は憧れる、まさしく『花形』とも言うべき役職だ。報酬も悪く無いどころか、怖くなるほど良い。

 僕に断わる理由など無かった。


 しかし、《砂船》の護衛としての訓練を始めてしばらくして、僕は暗礁に乗り上げた気分になっていた。この仕事の難しさに直面していたのだ。

 《砂船》の護衛は、移動し続ける船の上から、的確に追いすがる魔獣を撃退する必要が有る。その場合、剣や槍などの近接武器よりも、魔術などの飛び道具が有利であるのは自明の理だった。

 僕は魔術を扱えると言ったが、それはごくごく単純かつ小規模な物で、とてもではないが《砂船》と競争できるほど動きの速い魔獣に、ピンポイントで狙いを付けて命中させられるものでは無かったし、それらをまとめて薙ぎ払う程の規模を持たなかった。

 結局、どちらかというと戦士系の僕は、《砂船》に接近する魔獣を魔術で牽制しながら、間合いに入った端から斬りおとす、というリスキーな選択をするしかなかったのだった。


 そんな僕が、何故《砂船》の護衛に選ばれたのか不思議に思うかもしれない。僕も最初は奇妙に感じていたが、クライアントであるツァール家の人間に会った時に、それを理解した。

 実は、僕には貴族の血が半分だけ流れている。貴族の愛人だった僕の母が、父なき子として僕を産んだことは、常日頃から酒の席などに(愚かにも)自慢話として幾度も語った事があった。

 そして、大貴族であるツァール家の人間も、そういった『面子めんつ』にこだわる連中であることも瞬時に理解できた。


 そして、彼らは言ったのだ。『君がするべき事は船員クルーを護る事だけだ。普通に走れば当家が必ず勝つ』。

 つまり私は、自分の中に流れる、誰の物とも知れない、『貴族の血』のおかげで船に乗せてもらえるだけで、それ以外の価値が無いのだと。


 僕は産まれて初めて、自分の内に流れる血を嫌悪した。全身に虫唾が走り、体中を掻きむしり、血と言う血を絞り出したい激情に駆られた。この時の僕には、そうする事で初めて『自分』という価値が現れてくれるような気がしたのだ。


 だが、当然そんなことは出来ようはずも無い。


 であれば、働きによって己の『価値』を示すしか無いではないか。


 だが、既に理解していたように、自分の能力への限度を感じていた僕は、すぐさま壁にぶち当たる。必要に迫られた僕は、己の『補助』として魔術師を探し始めたのだった。


 そんな時だ、彼女、《ヒカル=エーデルライト》の噂を聞いたのは。


 若年にして冒険者となり、年頃の少女には似つかわしく無い《死神》という二つ名。そして、若干の尾ひれを交えて語られる、新人であるはずの彼女の武勇伝。

 曰く、『数十匹の魔獣の群れを、ただ一つの魔術によって消滅させた』。

 曰く、『ブロンズでありながら、S級の魔獣すら一瞬で消し炭にしてしまった』。

 曰く、『慈悲も、情も、感慨も無く、立ち塞がる物は全て薙ぎ払う《死神》』。


 そこで語られるのは、まさしく自分が求めていたものであり、多少の誇張が含まれるとは言え、十分であるように思えた。

 この噂の全てが、誇張でも尾ひれが付いたわけでも無い事が分かるのは、もう少し後なのだが。


 そして、風の便りに彼女がこの街を訪れていると聞いて、これは運命だと感じた。別にこの時点ではまだ恋愛の情が有ったわけでは無い。ただ、これこそが僕の進む道なのだ、と誰かに言われたような気分になったのだ。

 すぐさま、僕は彼女を探した。夢中で街を駆け回り、《死神》の影を探した。


 彼女を見つけた頃には、すでに日は沈んでいた。今日の探索は終わりにしようと、フラリと立ち寄った酒場に彼女はいたのだった。

 まずその外見に僕は息を飲んだ。噂によれば、触れた物を端から射殺すような冷たく恐ろしい眼に、常に殺気立った、餓えた獣のような少女だと聞いていたのだ。


 だが、本物の彼女は噂とは全く異なっていた。夜の闇を溶かし込んだかのような、ビロードの髪が店内の灯りを受けて夜空の星を見るようにキラキラと輝き、琥珀の色を帯びた瞳が、宝石箱からそっと取り出されるかのように物憂げな表情を彩る。人形のような精緻な顔は、温かみはほとんど感じ取れない代わりに、永遠不変の美を感じさせる。

 そっと瞳を閉じ、獣人特有の獣の耳を周囲に傾けるその姿は、まるで一枚の絵のように美しかった。


 時間を忘れて、その姿を眺めていたが、その時、僕と同じように彼女に視線を注ぐ人物がいることに気付く。そのいでたちから、同業者であることが窺える。

 我に返った僕は、急ぎ最上の笑みを浮かべると、彼女に接近する。これまで幾度と無く女性を落としてきたこの表情。そして、澄んだソプラノで彼女に声を掛ける。

 だが、彼女は視線をこちらに向けないどころか、本当に一枚の絵か、はたまた人形のように表情一つ変えようとしない。その様子が、僕を苛立たせる。まるで、『価値が無い』と言われているようで。


 この女もか。この女もなのか。僕には価値が無いと言いたいのか。

 僕を見ろ! 僕はゴールドランクの冒険者、カイン=ホィールだぞ!!

 能力も、容姿も、財力だって!! 誰かに馬鹿にされる云われは無い!!

 なあ、教えてくれ。僕には何が足りないんだ。僕に何が欠けていると言うんだ!


 そう叫びそうになるのを必死で押し止める。それは自分の価値を下げる行いだ。


 この後、僕と彼女の美しい記録に記述するのを躊躇うような、汚らわしく、粗雑で、暑苦しい大男の登場と、言動によって、彼女が激怒し、僕達を夜の砂漠へと連れ出す事となる。


 この時期の砂漠にはモスハイエナと呼ばれる獰猛な魔獣の渡りが行われている。その名の通り、苔状の深い緑をした毛皮に覆われたその魔獣は、ときたま領域エリアの内へと迷い込み、家畜や人を襲う事が有る。

 《風竜走》はそんな魔獣がウヨウヨしている砂漠を走り抜ける競技なのだから、これを始めた人物は剛毅としか言いようがない。

 この魔獣は一体一体はCランク相当でしかないが、この手の群れる魔獣は数の予想が付きにくい為、討伐の依頼は常にBランク以上に指定される。


 何故僕が、そんな魔獣の話を突然始めたのかと言うと、この時、彼女に連れ出されて訪れた砂漠には、そのはぐれモスハイエナの群れがいたのだった。

 元々、ギルドに討伐の依頼が来ていて、それを見た彼女が意図して僕達を連れ出したのか、それとも本当に偶然だったのかは分からない。

 だが、十数匹からなるその群れを視界に収めた僕と大男に緊張が走る。月の光を受けて、夜闇に浮かびあがる何十もの紅く血走った野獣の瞳がすでにこちらを捉えていた。

 オカルトな話になってしまうのだが、もし魔物や悪魔という物が存在するならば、きっとあのような眼をしているに違いない。たとえCランクの魔獣といえど、あれだけの数が揃えば、ゴールドランクの冒険者である自分も、そしておそらくあの大男も無事では済むまい。

 背中を冷やかな汗が流れ落ちていくのを感じながら、僕と大男は自らの武器に手をかける。既に魔獣は眼と鼻の先へと迫っていたのだ。


 だが、そんな僕達を一人の少女が制止した。ゴールドランクの僕達ですら、極度の緊張状態の下にあったというのに、彼女の声には怯えも、震えも感じられない。そこにはただただ、冷徹で無情で無慈悲で、ひたすら平坦な響きしか感じ取れなかった。


 呆然と立ち尽くす僕たちの前で、彼女は懐から一本の杖を取り出す。紅々と輝く結晶を先端にあしらったその杖を、少女は横一文字に構える。そして、詠唱。

 次の瞬間、僕は『価値が有る』という本当の意味を知る事になる。


 闇夜を切り裂き、蹂躙する閃光と轟音。その圧倒的なまでの威力に、為す術も無く黒い塊へと変じていくハイエナ達。それら全てを言葉で表すのは難しい。おそらく、千の語句を連ねようと、その時僕が感じた戦慄の百分の一にも満たないであろうし、万の言葉を紡ごうと、僕の感動の全てを言い表すのは困難を極める。


 だが、その時に理解したのは確かだ。『価値が有る』と言う事が、何を指すのかを。あれを見せられた後では、彼女が徹底して僕を無碍に扱った事にも納得がゆく。

 そして、僕自身がどれだけ『無価値』であったのかも。


 僕が我に返った時には、夜には静寂が戻り、後には物言わぬオブジェとなり果てた魔獣達が残るだけとなっていた。その圧倒的な奇跡を為した少女の姿も無くなっていたのだった。どうやら、あまりの光景にしばらく我を忘れてしまっていたらしい。自分が両膝を砂の地面に付け、膝立ちの状態であることにようやく気付く。

 横を見ると、あの大男も僕と同じような姿で、まるで天が墜ちてきたかのように、大きな口をポカンと開けっ放しにしていたのだった。


 大男を放置し、僕は大急ぎで彼女を追った。


 僕には彼女が必要なのだ。『無価値』な僕が、価値有る者になるためには、彼女がどうしても必要だった。

 僕は確信した、『彼女に認められる事こそが、価値を得るということ』なのだと。


 彼女の事を考えると、胸が恐ろしいほど高鳴り、張り裂けそうになる。

 その時には、僕は彼女の虜でした。


 けれどその後、僕は彼女を見つけることはできませんでした。


 風の噂に、彼女の、《死神》の話を耳にすることも有りました。その度に、僕は彼女を探しに行きたい衝動に駆られたのでした。


 しかし、噂は耳に入る度に、場所を火竜の国や水竜の国、風竜の国に地竜の国を飛び交い、決して一か所から聞こえてくる事は無く、長期間この街を離れることの出来ない僕は、断腸の思いで諦めるしかありませんでした。


 ですが、とうとう三年目にしてようやく、しかも彼女と出会ったこの街で、再会を果たすことができたのです。


 彼女を眼にした時の、僕の跳び上がらんばかりの歓喜が分かるでしょうか?

 まるで魂の半分を引き裂かれたかのような苦しみに耐えてきた、三年の月日の終わりを告げる福音の如き衝撃をもって高鳴る、僕の胸の雄叫が。


 ヒカルさん。貴女が今誰のものか、なんて関係無い。僕が僕の価値を証明する為にも、貴女を手に入れてみせます。


 どんな手を使っても。


 貴女は僕のものにならなければ、ならないのです。僕の価値を認めなければならないのです。


 その為なら僕は、どんな手でも使いますよ?

 エーデル嬢に『自分の価値』を認めてもらおうなんて、なんて皮肉。

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