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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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第12節

 全く関係の無い話なんですが、風邪が全然治らない…。



第12節


 もしかしたら、忘れているかもしれないが、私と彼にとって、『愛』という言葉の指し示す物は、おおよそ一般的な意味での、甘やかで、夢見る少年少女が憧れるような代物では無い。


 むしろ、醜く肥大化した、巨大な肉腫の如く―――、あるいは熟れすぎて腐れ落ち、酒気にも似た発酵臭がするような果実の如き―――、もしくはちぢれて絡まり玉になり、どこが先端でどこが終端か分からなくなってしまった毛玉の如き代物だ。


 美しさや、虚飾や、甘酸っぱさなどどこにも無い。それ故、互いに離れ難く、求めて止まず、深く深く繋がっていると実感できる。


 そこには残酷なまでの《真実ほんとう》が在った。

 だからこそ、私は彼の事を心から愛していると言えるし、彼もまた私の事を愛していると信じられる。


 私と彼は深く絡まり合い、もはや互いを傷付けずには離れられない、醜く交わる連理の枝だ。


 離れれば、その幹は命を失い、腐れ落ち、地に伏せる。


 互いの命を互いが握り、痛いほどに締め付ける。


 それこそが、私と彼の間に存在する『愛』というものだった。


 だから、この時も――――。


 この、愚かにも私に求婚してきた優男の、その頬に彼の拳が深々と喰い込んでゆくのを、まるで時が遅くなったかのように鮮明に捉えながらも、『やっぱりな』と妙に納得してしまう己がいた。


 と、急に時の進みが元に戻り、優男はその貴公子然とした相貌を、醜く歪ませながら、喫茶店のガラス窓を突き破り、炎天下の降り注ぐ表通りにその身を激しく打ち付けた。


 その場にいた全員が唖然とし、砕けたガラスが地面に落ちて硬質な音を響かせる以外の物音一つ立てようとしない。


 優男を吹き飛ばした張本人はといえば、まるで何事も無かったかのように、平静な表情で静かに着席し、すっかりぬるくなったコーヒーを啜る。


 私もそれに倣い、男の手の感触の残る片手を、ローブの端で拭い、紅茶のティーカップを口に運ぶ。


 ガラス片もあらかた落ち切り、店内に静寂が戻――――――、


「キャ――――――!!カインさまぁ――――――!?」


 らなかった。


 おそらく、カインと呼ばれたあの男の取り巻きなのだろう、十人前後の少女達が、ガラス窓をぶち破り、太陽に熱せられ陽炎すら立つ地面に、奇妙な格好というか、姿勢というか、『かたち』で転がっているのを見て、ヒステリックな悲鳴を上げる。


 そして、我先にと男の元へと駆けつけ、助け起こそうとするのだった。


 その様子は、まるで一番最初に助け起こした者が、彼を射止められるのだ、と言わんばかりに慌ただしく、押し合いへし合い、牽制を交えながら移動していた為、必要以上に時間が掛かった。


 そして、彼の顔面に巨大なこぶのような青痣が張り付き、不様な白目を剥いて気絶しているのを確認すると、その怒りの矛先がこちらへ向く。


「ちょっと! なんて事してくれたの!? カインさまの美しい尊顔に傷を付けるなんて!!」


「痕が残ったら、どう責任とってくれるわけぇ!?」


「土下座しなさいよ! 土下座!!」


「それいいわ! そうしなさいよ!! 土下座!!」


「「「土~下~座!! 土~下~座!! 土~下~座!!」」」


 一斉の『土下座』コール。


 だが、張本人たるアキトはと言えば―――。


「あ、おかわり貰えます?」


 暢気にコーヒーをおかわりしていた。


「なにあいつ!? ちょーむかつくんですケド!? 無視すんなよ!!」


「さっさと土下座して、謝りなさいよ!!」


「この獣人趣味の変態男!!」


「そもそもなんでカインさまは、あんな獣人の小娘に求婚なんてしたのかしら!? あんな礼儀知らずの、小汚い、阿婆擦れ女のどこが良いのかしら?」


「そっちが謝らないっていうなら、こっちにも考えが有るんだからね!?」


「私達はシルバーランクの冒険者なのよ!? その小汚い獣人娘ともども、泣いて許しを請うまで痛めつけてやっても良いんだからね!?」


「「「そうよ!そうよ!!」」」


 なにやらきな臭い雰囲気になってきたが、アキトもヒカルも特に気にした様子は無い。やはり、暢気に茶を啜っている。

 それが、彼女達をさらにヒートアップさせた。


「なによ、あくまで無視するつもり?」


「土下座しないのなら、ホントに実力行使するわよ?」


「あんたがどれだけ強くても、これだけの人数を相手にして無事ですむとか、思わないでよね」


「先に手を出したのは、そっちなんだからね…」


 ゆらり、と彼女達の周囲に闘気が陽炎のように立ち昇る。

 彼女達は腐ってもシルバーランクの冒険者だ。日常的に数mもあるような魔獣との戦闘を行う彼女達の実力も、決して侮れるものでは無かったが、相手が悪かった。


 彼女達は目の前にいるのが、《死の霧》から水竜を救った『英雄』と、《死神》の通り名を持つ殲滅魔術の使い手であることを知らない。


 結果は火を見るより明らかだったが、意外な所から彼女達を制止する声が掛かる。


 それまで、一番マトモそうだったアキトの豹変ぶりに、完全に硬直してしまっていた、レオンだった。


「お嬢ちゃん達、止めときな。その二人は―――、少なくとも一人は、その気になればここいら一帯を焦土にすることだってできる女だ。それに、男の方も底が知れねえ…」


「ハァ!? 何あんた? 暑苦しいんだよ、おっさん!! ホラが吹きたいんだったら、他所で――――」


「法螺じゃねえから言ってんだ!!」


 レオンの巨体から発せられる大音声が、ビリビリとその場の空気を震わせる。

 流石のゴールドランク冒険者、と言うことか、シルバーランクの女性冒険者達は一斉に口を噤む。


「シルバーランクだってんなら、喧嘩売る相手の判別ぐらい付けねえと、これから先、生き残れねえぞ」


「くっ…!!」


「おら、そんな事より、その白目剥いてるカインの野郎を、医者なり診療所なりに連れて行け。そんな怪我でも、負けたときの言い訳にされちゃ、たまらねえ」


「その心配には及ばないよ」


 と、いきり立っていた彼女達の後ろから、涼やかな声が聞こえてくる。

 いつの間にか目を覚ましていたカインだった。


 彼は取り巻きの女性達をいさめるように、肩を叩いて落ち着かせながら、こちらに歩み寄って来る。


 その様子に、レオンが舌打ちと悪態を返す。


「けっ、なんだ気付いてやがったのか。もうしばらくは、おねんねの時間かと思ったぜ」


「それも悪くは無いのだけれど、まだ大事な話を終えていないしね」


 そう格好を付けて言うのだが、顔の半分が大きく腫れ上がり、所々にガラス片の刺さった姿では、きまっていなかった。


 そして、ヒカルに改めて向かい合うと、今度は深々と頭を下げた。


「先ほどはすみませんでした。突然の事で驚かれたでしょうが、感極まってしまって、つい」


 そして、顔を上げると真剣な顔になって、こう宣言するのだった。


「私には、貴女の愛を受け入れる用意がいつでも出来ております。 おっと、そちらの御仁に再び殴りかかられても困りますので、今日はこれでお暇しますよ」


 カインの言葉に、ユラリとアキトの殺気が立ち昇ったのを敏感に察知し、彼は踵を返した。

 それに続き、取り巻きたちも憎々しげにこちらを睨みながら、この場を退散していくのだった。




 彼と、その取り巻きの姿が見えなくなってから、ヒカルは首を傾げ、こう言った。


「で、結局あいつはどこの誰なんだ?」


 その問いに、レオンがガクッと脱力する。


「本当に覚えてねえのな…。あいつは、カイン=ホィール。《旋風》の二つ名を持つゴールドランクの冒険者にして、ツァール家の用心棒。そんで――――」


 レオンが一つ息を飲み込むと、ほとんど溜息に近い声が吐き出される。


「あの夜、俺と一緒にお前に連れ出された、哀れな冒険者の一人だよ…」

 カイン君がこの後、二枚目のままなのか、三枚目になってしまうのか。

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