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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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第8節

 新しい小説のネタを思いつくと、何だかソワソワしますね。


 まあ、今はこの物語で手いっぱいなので、書けないんですが。






第8節


「で、ヒカル様は、何故あんなにも不機嫌なのでしょう?」


「う~ん、詳しい事は俺にも分からない…」


 ここは、アキト達が借りた宿屋の一室。


 この街の宿屋は、《風竜走》が毎年行われるからなのか、数も種類も豊富だ。


 よって、アキト一行が全員で泊まれるような、四人部屋も簡単に見つける事が出来た。


 四人部屋と云う事もあり、広さは十二分だった。

 おかげで、なにやら不機嫌オーラを撒き散らしているヒカルに近付かなくて済んでいるのはありがたい。


 ただ、問題は彼女の不機嫌が放っておけば直る類のものなのか分からない点だが。


「まあ、獣人同士、思う所があるんじゃないかな?」


 今、アキトはフーカの家を後にして、風竜走へ出場する件をシノとナギに説明するために、宿屋へと帰っていた。


 ついでに、ヒカルとフーカを二人きりにするのも怖いので、ヒカルを連れて帰ったのだが、ヒカルは部屋に入るなり自分の寝台に潜り込んでしまった。


 布団の下から、鋭い視線を感じるので寝ているわけでは無いようだが、シノもナギも普段とは違いすぎるヒカルに戸惑いを隠せずにいた。


「ヒカルについては後でリカバリするとして、そういう事と次第になったわけですが…」


 アキトが言葉を切り、シノとナギをうかがう。

 正直、二人に話さずに決めてしまった事なので、反対されてしまう可能性も有る訳で…。


「うん、良いよ!!面白そう!!」


「まあ、見ず知らずの女の子の為、というのが引っかかりますが…。ご主人様のそういう所が無ければ、わたくしはここに居る事も無かったのですから、これも何かの縁でしょう」


「じゃあ…」


「ええ、協力させていただきますわ」


「二人とも…、ありがとな!!」


 ヒカルの件もあるので、正直不安だったのだが、どうやら大丈夫だったようだ。


 この二人は竜の化身の為、普通の人間よりも身体能力が高い。操船はきっと力仕事だろうから、今回の風竜走でも大いに活躍してくれるだろう。


「後は操船に詳しい人を見つけないとな…。フーカも操船については何も知らないらしいんだ」


 そのような知り合いがいるはずもないアキトは首をひねって唸りを上げる。

 そんなアキトに、ナギが言葉を掛ける。


「それならば、わたくしにお任せください!」


「おっ、何か心当たりが有るのか?」


「ご主人様、わたくしが何の化身か、お忘れですか?」


「水竜様だろ?」


 だが、いくら水竜様といえど、そうそう都合良く船乗りの知り合いがいるとは思えない。


「そう、わたくしは水竜ですわ。操船も百年ほど前に習得しております」


 そういえば、ナギはよわい数百年をほこる竜の成体だったっけか…。


 亀の甲より年の功、年の功より竜の溝。


 ナギのあの深い谷間の溝には、それなりの歴史があるというわけか…。


「あら、ご主人様。こんな昼間から、わたくしの胸に興味津々なんて…。思わず、脱いでしまいたくなるじゃありませんか!」


「どぅ、どぅ」


 興奮し始めたナギをなだめながら、頭を巡らせる。


(船は五人乗り、ってフーカは言ってたな…。一応数は揃ったけど、練習は必要だろうな…。あと、ヒカルが素直に協力してくれるかどうかだけど…)


 チラリと、ヒカルの寝台を見やる。


 やはり、布団を被ったままこちらを睨んでいる。


(う~ん。嫉妬…というわけでも無さそうだし)


 原因としては、フーカしか考えられないが、そのどこが気に入らないのか分からなかった。


「とりあえず、フーカの回復を待ってから、操船の練習って事になると思う。俺はしばらくフーカに付いて看病してるから、何かあったら呼んでくれ」


 そう言うと、バサァっとヒカルの布団が宙を舞い、ねこみみ少女が立ち上がる。


「待て、私も行く」


「えぇ?あ~、ヒカルはゆっくりしてて良いんだよ?」


「行くぞ」


 そう言って、一人で行ってしまう。


「う~ん、フーカの事を嫌ってる訳では無いみたいなんだけど…。よく分からん」


 そう呟くアキトの顔は、しかしにやけていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ごめんくださーい」


 アキト達はフーカの家へ戻る前に、ラングトン工房を訪れていた。


「お!旦那に、嬢ちゃん!よく来たな!」


 中からアキトの来訪をマサさんが無愛想なりに歓迎してくれる。


「で、どうだった?船は見せてもらえたかい?」


「いえ、その…」


 アキトは口ごもる。


 そんなアキトを見て、マサさんはニヤリと笑い、こう言う。


「はは~ん。どうやら、あのじいさんに何か頼まれたんだろう?」


「それが、ですね…」


 アキトはやはり、歯切れが悪い。


 そんなアキトに対して、マサさんは深々と頭を下げた。


「俺からも頼むよ、旦那!無理難題を言ってるって分かってる。けど、あのじいさんも先は長く無いし、必死なんだ。どうか一つ、力になってやってくれねえか」


「そのお爺さん、セツカさんなんですが…」


「?」


 どうやら、自分が予想していた事とは違うようであると気付いたマサさんが、頭を下げたままアキトに眼をやる。


 なにより、アキトの表情が暗いことが彼の不安を掻き立てる。


「セツカさんですが、亡くなられていました」


「なっ!?」


 マサさんは言葉を失う。

 それはそうだろう、誰だって、親しい人間が死んだなんて聞かされて、平気でいられるはずがない。


 血相を変えたマサさんがアキトに詰め寄る。


「亡くなった…って、本当か!?いつ!?」


「一カ月ほど前だそうです」


 俺の答えに、マサさんは手で顔を覆い、嘆く。


「なんてこった…。俺がこの街を出て、すぐじゃねえか…」


 誰にも予測できなかった事とはいえ、悔恨の念が湧きあがるのを抑えられない。


 だが、マサさんはすぐにハッとなり、顔を上げる。


「―――っ!そうだ!お嬢は!?フーカお嬢は無事なのか!?」


「ええ、かなり衰弱してはいましたが、大丈夫です」


「そ、そうか…」


 明らかにホッとした表情を浮かべるマサさん。


 アキトはそれに違和感を感じる。


「あの…失礼かもしれませんが、マサさんはフーカとは親しいんですか?」


 その質問に、マサさんは表情を曇らせる。


「いや。お嬢は俺の事を見たことは有るかもしれねえが、話をした事は無い」


「どうしてです?セツカさんとは親しかったんでしょう?」


「そりゃあ…」


 マサさんはフーカの話になると、途端に歯切れが悪くなってしまう。


「どうして会わなかったんですか?マサさんは別に獣人を差別しているわけでは無いですよね?}


「まあな。とびきり好きってわけじゃあねえが、嫌いってわけでもねえ。普通だ、ふつう」


「じゃあ、どうしてフーカには?」


「………」


 アキトの質問に口を閉ざしてしまう。


「会えない理由でも有ったんですか?」


「いや、そういうわけじゃねえ」


「自分の身を守るためですか?」


 フーカはこの街で自分は嫌われ者だと言っていた。

 保身の為に、そんなフーカと接点を持つのが嫌だったのだろうか。


 だが、その質問にマサさんは大声で否定する。


「―――違う!」


 そう言って、自分の声の大きさにビックリしたかのように、慌てて口を手で塞ぐ。


 だが、出てしまった言葉はひっこめられない。


 アキトが静かに問う。


「…何か事情が有るんですか?」


 その質問に、マサさんは観念したかのように首を振り、口を開く。


「じいさんが死んじまったのなら、仕方が無い…か。旦那…、『差別を受けていた』ってのは、お嬢が言ってたんですかい?」


「ええ、自分はこの街の嫌われ者だ、と」


 その俺の答えに、マサさんは薄く笑う。そこには多分に自嘲が含まれている。


「はは…、なら俺らの芝居も捨てたもんじゃ無かったようだな…」


「『芝居』…?」


「そうさ…。この街に、獣人が嫌いな奴なんて、まあ居ないとは言わないが、本当に一握りしか居ない」


「――え!?なら、どうしてセツカさんは職を失ってしまったんです?」


 彼はフーカを養ったせいで依頼が入らず、無念の内に亡くなったはずではなかったのだろうか?


 マサさんは訥々(とつとつ)と話し始める。


「お嬢は、じいさんの仕事が減ったのはこの街の人間のせいだ…って言ってたかもしれないが、それは違う」


 力無く首を振る。

 そこに、いつもの無愛想で無遠慮で豪快な彼の姿は無い。


「そもそも、じいさんは『船大工』だ。船を造るのにいくらかかると思う?」


「金貨数十枚…でしょうか?」


「そうだな、小さいやつがそれくらいだ。大きいやつだと、数百枚って金が必要になる」


 数百枚…、ギリギリ想像の及ぶ範囲であるために、その凄まじさも理解できてしまう。


「そんな大金を払って船を造らせるのは、誰だと思う?」


「それは…。あっ!」


「そうさ、貴族や大商人みたいな金持ちさ」


 そうだ、それならこの街の差別の実態なんて、セツカ老の仕事の減衰に全く関係無い。

 なんせ、彼らがいくら獣人を差別しようが、仕事を取り上げる事など出来るはずもないのだから。


 なら、何故セツカ老は職を失ったのか。


 それは――――


「貴族や商人の中に、セツカさんの仕事を邪魔した人物が居る、と云う事ですか?」


「ああ」


 マサさんは頷いた。


「それがただの貴族や商人ならまだ良かった。一つ二つお得意様が無くなった程度じゃあ、あのじいさんの仕事が無くなるような事はなかったんだから」


「ただの貴族や商人じゃ、無かったんですね…」


 マサさんは首を縦に振る。


「それがな、《風竜走》の…いや、この街(・・・)のスポンサーとでも言うべき人物だった」


「スポンサー…ですか?」


「ああ。この街はな、『職人の街』なんてうたっちゃいるが、《風竜走》が無ければすぐにでもおまんまの喰い上げになっちまうような、そんな街なのさ」


 今にも溜息を吐きそうな勢いで、マサさんは話を続ける。


「職人…って言ったって、結局は造った物が売れなきゃ喰ってはいけない。そして、この街の大半の売り上げは…」


「《風竜慰祭》…、《風竜走》の観光客による物―――」


 オリンピックやワールドカップで置き換えると分かり易いかもしれない。

 それらを誘致しようと国が躍起になるほど、その経済効果は計り知れない。


「そうさ。船大工だって、毎年造船の依頼が来るわけじゃねえ。鍛冶師も、どんな職人だってそうさ。だから、《風竜走》の時の、まあ所謂いわゆる“副業”だな、それがでっかい収入源なのさ」


 俺が鍛冶師なのに、武器も造らずアクセサリーばっかり造ってるのも同じ理由さ―――。

 自嘲的に笑う。


「この街は、辺境過ぎるんだ。商人の出入りも少なくは無いが、多くも無い。そんな場所にこの街が出来たのは、一重に《風竜走》の存在(ゆえ)だ。砂漠でなくちゃ、砂船は走らない。風竜の国は海に面して無いしな」


 風竜の国は内陸に位置する為、大小の湖は有っても、大規模な競技を行えるような広さは無い。

 それゆえの砂船、それゆえの《風竜走》なのだから。


「んで、その《風竜走》の大スポンサーであらせられる所の、大貴族様が大の獣人嫌いだったんだ」


 獣人嫌い―――、その事は別段珍しい事では無い。

 この世界では獣人は差別の対象となっているのだから、少し信心深い人間なら、獣人に対して何らかの悪感情を持っていてもおかしくはない。


 しかし、それがこの街の生命線を握る人物だったとしたら?


 そして、それが普通の『嫌い』程度の可愛らしい物では無かったら?


「じいさんの仕事がことごとく無くなった時、じいさんは俺達にこう言ったんだ。『お前達にまでるいが及んではいけない。私達の事を気に掛けるのは止めなさい』ってな。俺達は猛然と反対したもんさ…。じいさんはこの街一番の職人だったし、俺にとっちゃ恩人だ。そういう奴は他にも大勢居た。そういうじいさんだったんだ。結局はじいさんに押し切られちまったがな」


 懐かしむように遠い眼をするマサさん。


「以来、この街の連中は表面上はお嬢に辛く当たるようになった」


「なんで、そんな事を?」


「理由が必要だったのさ。お嬢を遠ざける理由が…な。でなけりゃ…」


「―――でなけりゃ?」


「お嬢はこの街から出て行くだろう?自分さえ居なけりゃ…って。ただでさえ、そんな感じなのに、じいさんだけじゃなくこの街全体を危険に晒してる、なんて知っちまったら、まず間違いなく」


 うん。まず間違いない。


「行くアテも、何も無いってのによ…」


 そう呟いて、マサさんは静かに目を閉じたのだった。

 フーカが街を出て行ったら、間違いなく死ぬね。


 確実だね。

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