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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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第6節

 ヤバい、フーカが予想以上にイジメ甲斐が有る事に気付いた。


 という事で、正統派不幸少女のフーカさんにご期待下さい!






第6節


「…んう?」


 眩しい朝の光に促され、目を開ける。

 身体の感覚を確かめると、どうやら昨日、あれだけ言う事を聞いてくれなかった四肢も随分と回復しているようだ。


 それを確認したフーカは、今度は誰の手助けも無く、起き上がる。


 いまだに身体全体が鉛を詰めたかのように重たいが、動けない程でも無い。


 枕元に水差しとコップが置いてあったので、それから水を注ぎ口を湿らせる。


「はぁ…」


 水が喉を通り過ぎる感覚。その後に出て来たのは、吐息とも溜息ともつかない呼気だ。


『君は傲慢ごうまんだ』


 昨日、同じ獣人の少女から言われたその言葉。

 それは時間を置けば置く程にフーカの肩に重くのしかかる。


「その通り…ですよね…」


 実際、彼女は無意識…いな、無自覚ではあったが、アキトという青年の善意に寄りかかり、『利用』しようとした。


「身体で払います…なんて…」


 まるで、自分にはそれだけの価値が有るとでも言いたげだ。これでは、『傲慢ごうまんだ』と言われても仕方が無い。


「最低ですよね…私…」


 このままでは彼らと顔を合わせられない。こうして起き出したにも関わらず、全く布団から抜け出せないのは、衰弱のせいでは無いだろう。


 彼女は『よく考えろ』と言った。『最初に犠牲にすべきは自分自身だ』とも。


 だが、今の私に一体何ができるのだろうか?


(ああ、駄目だ…。だから、私は自分が嫌いなのに…)


 彼女がこの世で一番嫌いなのは、そんな自分自身の、無力で無能で、誰かが一緒に居てくれなければ生きてすらいけない、まるで飼い犬のような脆弱さだった。


 おじいちゃんが、そして今はアキトさんがいなければ死ぬしかない自分。


 誰かに依存しなければ生きてすらいけない自分。


 そんな自分をずっと否定してきたのだ。


 けれど、いくら否定しようと、自己嫌悪に陥ろうと、それで何かが変わる事は無かった。


(だから私は、『他の誰か』になりたかったのに…)


 他の誰か、せめて『人間』に。


 こんな価値の無い自分が、いくら犠牲になろうとも、何も為せないに違いない。


 つまり、彼女は『諦めろ』と言いたかったのではないだろうか。


 そう考えると、もはやそうとしか思えなくなってしまう。


 布団の中で膝を抱えてうずくまる。


 そんな時、寝室を隔てる戸を軽くトントンと叩く音が聞こえる。

 次いで、


「もう起きてますか?」


 という、やけに丁寧な青年の声。

 起きてはいたが、それでも昨日の今日だ。彼とは大変顔を合わせづらい。


 しかし、無視をするのも気が引けて、声を返してしまう。


「はい、起きてます…。どうしました?」


「朝ごはん出来たから、一緒に食べよう。それとも、こっちに持ってこようか?」


「いえ、すぐに行きます」


 そう言って、立ち上がる。簡単に身だしなみを整え、戸を開けるとアキトがそこで待っていた。


 アキトは昨日の一件を気にもしていないのか、自然な笑顔で挨拶をして来る。


「おはよう、フーカさん」


「お、おはようございます…」


 祖父以外の人間と挨拶を交わす事など、ごく稀だったため少し詰まってしまう。


 だが、それよりも気になる事が有った。


「…あの、その『フーカさん』というのは?昨日は『フーカちゃん』だった気がするんですが…」


 フーカの疑問に、アキトは恥ずかしそうに鼻をかきながら答える。


「いや、年頃が同じだとは思わなくて、流石に『ちゃん』付けは不味いかな…と思ってね」


「そういう事ですか…。呼び捨てにして欲しいです、『さん』も『ちゃん』もくすぐったいですから」


「そっか、じゃあ俺も呼び捨てで良いよ」


「そんな…」


「い~や、そう決めた。じゃあ、改めて。フーカ、おはよう!」


「…おはようございます。あ、アキト…」


 そして、どちらともなく顔を見合わせて、照れくさそうに微笑むのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ああ、起きて来たな。おはよう」


「あ、おはようございます」


 先に朝ごはんを配膳していたヒカルが、起き出してきたフーカに声をかける。


 献立は、ご飯に味噌汁、アジのひらき、という典型的な日本の朝ごはんといった感じだ。


「これは、ヒカルさんが?」


「いや、アキトだ。私はアウトドアな料理は得意だが、家庭料理は苦手だからな」


「アキトさんは料理が得意なんですね…」


 意外な物を見るようにフーカがアキトを見るが、何故かアキトは視線を逸らす。


「どうされたんですか?」


 その様子を見ていたヒカルが、苦笑混じりに説明してくれる。


「ここに並んでいるのは、ごくごく普通の朝食だろう?実に一般的で、普通だ」


「ええ、まあ。でも、それが?」


「実はな、下ごしらえの段階では、『一体、どんな豪勢な料理が出来上がるのか』と云うほどの包丁捌きだったんだが、蓋を開けてみればこれだ」


「仕方ないだろ。俺は切るのは得意でも、『料理』はそこまで得意じゃないんだから…」


 アキトが言い訳がましく言う。

 だが、ヒカルは容赦なく切り捨てるのだった。


「別に、普通に食べられるから問題無いが、『何だかよく分からないガッカリ感が有る』と仲間内でも評判だ」


「そ、そうですか…」


 と言われても、彼が調理する場面を見ていないフーカにしてみれば、曖昧に頷き返すしかないのだが。


「とにかく、ご飯にしよう」


 アキトの急かす声に、一同は囲炉裏を囲むように座り、こう言うのだった。


「「「いただきます」」」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「で、昨日の話なんだけど」


 アキトがその話を切り出したのは、食後のお茶を飲んでいた時だった。


 その言葉を恐れていたフーカは身をすくませる。おそらく、いや十中八九断わられるだろう。


 そうなれば、彼女に頼れる人物など存在しない。


(こんな時すら、誰かに頼ることを考えるなんて、本当に私は…)


 そう自虐に陥る彼女は、しかし続くアキトの言葉で思わず思考が真っ白になる。


「受けるよ」


「え?」


 え?今、彼は何と言った。『ウケル』?笑える、という意味か。確かに私は滑稽だ。傍から見たら、さぞかし『ウケル』だろう。


『昨日の話、ウケルよ』


 それはそうだ、こんな獣人の少女が金貨を十枚も借りて、《風竜走》で優勝を目指すなど、喜劇以外の何物でもない。


 ああ、最後に彼の笑いを取れて良かった。


「お世話になりました。折角助けていただいた命ですが、先立つ不孝をお許しください」


「は?ちょっと、フーカ?」


 しかし、アキトの声が聞こえていないのか、フーカはフラフラと立ち上がる。その眼は虚ろで、何も映していない。


「これから、私はおじいちゃんのとんかちで頭をかち割って、最後の笑いを取ろうと思います。どうぞ私の死に花を、面白おかしく彩って下さいね…」


 まるで幽鬼のような、尋常ではない姿に、アキトは慌ててその肩を掴み、ユサユサト揺さぶる。


「フーカ!?受けるって言ってるのに、何で死のうとするのさ!?」


 だが、その言葉にもフーカは薄く笑うだけだ。


「そうですよね…、ウケますよね…。アハハハハハハハ…」


「フーーーーカーーーーー!?」


 もはやネガティブにしか、物事を捉えられなくなった暗黒ダークフーカは、乾いた笑いを上げる。


 その後、アキトの必死の説明と、説得により、尊い人命が救われる事になるのだが、それは割愛させていただく。

 自分の夢を笑われるのは、予想以上にクルものが有りますよね…。

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