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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
80/115

第5節

 続






第5節


「身体で支払います!!」


「ぶーーーーー!!」


 驚きのあまり、アキトが思い切り吹き出す。幸いにも、口に何も含んでいなかったので、被害は無い。


 そんなアキトとは対照的に、ヒカルは驚きながらもすぐさま冷静になる。


 そして、フーカを問い質す。その声や言葉には、幾分剣呑なものが含まれていた。


「『身体で払う』と言ったな。具体的にどうするつもりだ?身体でも売るつもりか」


「必要ならそうします!!」


 強気に言い返すフーカを、しかしヒカルは鼻で笑う。


「娼婦にでもなるつもりか?だが、君のような子供を雇ってくれる娼館が有るとは思えないな」


「私は17です!子供じゃありません!!」


「は?待て、どう見ても子供だろうが」


「だから!子供じゃありません!!」


 どう見ても十歳前後にしか見えない少女が、自分より年上だと知った時のヒカルの表情は、若干頭が痛そうな渋面だった。

 彼女の周囲には年齢のトチ狂った連中は多かったので、ダメージはそれほどでもなかったようだが。


 アキトなど、『は~、シノの逆バージョンか~』などと、既に適応のきざしを見せている。


「まあ良い。君が子供じゃ無くても、同じ事だ。君を雇ってくれる娼館は無い。理由は言わなくても分かるな?」


「獣人…だからですか?」


「そうだ。もちろん、獣人を雇ってくれる所も無いわけではないが、それでも獣人というだけで足元をみられる。金貨十枚を稼ぐ頃には老婆だろうな」


「っ……」


 フーカにもそれは予想できるのだろう、唇を噛む。

 獣人である事、それはこの世界で生きていくのに大きな足枷となる。フーカはそれをよく知っていた。

 それは、今まさに彼女が直面している現実なのだから。


 しかし、ヒカルはそんな少女にも容赦が無い。

 そんなヒカルをアキトが慌ててたしなめようとするが、


「ヒカル、この子はまだ身体が弱ってるんだから…」


「アキトは黙っていて欲しい。これは私の話なんだ」


 真剣な眼でアキトを見るヒカル。

 そう言われてしまえば、アキトはヒカルを信じて見守るしかない。


 そもそも、ヒカルの言っている事は決して間違いでは無いのだから。


 ヒカルはフーカに向き直る。


「アングラな方法も同じく駄目だろうな。冒険者に向いているようには見えないし…、本当にどうやって金貨十枚もの大金を返済するつもりなんだ?」


「それは…」


 何かを言いかけた少女の言葉を、しかしヒカルは遮る。


「待て、私が当ててやろう。君は自分をアキトに買ってもらうつもりだったのだろう?年頃の男性で、獣人である私と一緒だから獣人に酷い事もしないだろうし、なによりお人好しだ。自分を買ってもらうにはうってつけだものな?」


「そんなっ、こと…」


「無い、か?なら、どうして今まで何もしてこなかったんだ?《風竜走》に出場するのは無理でも、ここまで衰弱するような事は無かったはずだ」


 フーカはグッと奥歯を噛む。何故なら、ヒカルの言っている事は正しい。


 セツカ老の死に沈んでいたとはいえ、彼女は一カ月もの間、否それ以上前から、彼女は何も出来なかったのだから。


 仕事も無い、身体を売ることもしたくない、かといって祖父の居るこの街から出て行きたくもない。


 あらゆる意味で中途半端だった彼女が迎えようとした結末が、あの衰弱死だったのだから。


(けれど…)


 フーカは頭を振る。

 そして、ヒカルに負けじと声を出す。


「確かに!!…確かに私は中途半端でした。けど、アキトさんが助けてくれたから、覚悟を決められたんです!私はこのまま死ぬことなんて出来ない!!その前にやらなくちゃいけない事があるんです!その為だったら、何だってします!!」


 だが、ヒカルは非情なまでに冷徹だった。


「同じ事だ。結局、君はアキトがいなければ何も出来なかった。何も成し遂げられなかったし、何もしようとはしなかったのだろう?」


「それはっ!!」


「そうだ結果論だ。だが、間違い無く君はアキトがいなければ死んでいたし、《風竜走》に出る、なんて覚悟を決める事もなかった」


 それは死にかけたフーカ自身が一番よく分かっている事。


「そして、君は今もアキトの力を借りて、自身の目的を果たそうとしている。あえて、言わせて貰おう」


 ヒカル一呼吸空け、いつかの言葉を口にする。


「君は傲慢ごうまんだ」


「………」


 以前、アキトがこの言葉を言われた時、その時は彼女の強烈なビンタと一緒だったが、流石に衰弱したフーカを相手にそこまでするほど鬼畜ではないらしい。


 だが、その言葉はフーカを項垂れさせるに十分だった。


「以前、君と同じように自分の目的の為に、アキトの助力を得ようと自分の『すべて』を対価にしようとした女がいた。けれど結局、その女は何も出来なかったんだ。全てをアキト一人に背負わせて、女は一人無力に震えるばかりだった」


 ヒカルはそっと目を閉じる。

 今まで彼女が言った言葉は、全て自分に返って来る言葉だから。


「だから、私は決めたんだ。アキトの善意に驕って、彼一人に何かを背負わせようとする輩を私は許さない。当然君も、そしてその女(・・・)も」


 最後に、ヒカルは一つ吐息を吐きだすと、こう言った。


「何かをそうとする時に、まず最初に犠牲にすべきは『自分自身』だ。君はその順番をはき違えている。特に彼は勝手に全てをやってしまうからな、もう一度よく考えることだ」


 フーカはその言葉に、ただ頷く事しかできなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「やっぱり、ヒカルの説教は効くよな…」


「なんだ、人をまるで鬼のように」


 縁側には夜気を帯びた冷たい風が吹き抜ける。


「実際にやられた身としては、本当にきついんだって。俺だってじいちゃんや父さんに何度も説教をくらったけど、ヒカルのあれは何かレベルが違う」


「そうだろうか?」


 自覚が無いのが恐ろしい。


「でも、あそこまで言う必要は無かったんじゃない?その『女』だって、俺は好きで助けたんだし」


「そんな事では、いつかその善意に付け込まれて厄介な事になるぞ?」


 やれやれといった風に首を振るヒカル。


「それにこれ以上、アキトの周りに女の子が増えても困るしな」


「別に俺は恩を売ったぐらいで、誰かをどうこうしようとは思わないんだけど…」


「アキトはそれで良いかもしれないが、向こうがどうなるか分からないだろう?どうやらアキトは自分に対する好意を無碍むげには出来ない性質らしいしな」


「そこまで節操無しじゃ無い…と思う」


 断言出来ないのが、やはり彼らしい。


 そんな時、縁側に冷たい風が強く吹き付けた。


「まったく、アキトは…―――チュンッ!」


 何かを言いかけたヒカルが可愛らしいくしゃみをする。やはり、ネグリジェ一枚では寒いのだろう。


「やっぱり、早く寝た方が良いんじゃない?」


「―――ズッ…いや、まだ話は終わっていない」


 そう言いつつも、彼女の身体はいつの間にか、まるで猫がそうするように彼の身体で暖を取るべく、完全に肩と肩がくっついている。


 そんなヒカルを見かねたアキトは、苦笑を浮かべながら彼女の腰を抱き寄せて、自分の膝の上に乗せる。


「ほら、これならもうちょっと暖かいんじゃないかな?」


「ん、んむ…」


 抱え込むように抱き寄せている為、身体が完全に密着してしまっている。

 ヒカルが少し恥ずかしそうにしているのは、ここが他人様の家だからか。


 ヒカルはその羞恥を誤魔化すように、話を続ける。


「ま、まったくアキトは、本当に節操が無いな!そんなだから、今日遇ったばかりの少女に利用されてしまうんだ!そんなに犬耳が好きか!?」


「犬耳は関係無いじゃん!」


「そう言うわりには、随分と夢中にあの娘の耳を触っていたじゃないか!」


「…もしかして、ヒカルもさわって欲しいの?」


「ば、馬鹿を言うな!!」


 そう言って、そっぽを向くが、耳とうなじが真っ赤になっているのを隠しきれていない。どうやら図星のようだ。


「なあ、ヒカル。二人の時くらいもう少し素直になってくれても良いんじゃない?」


「私は全くもって素直だ!これ以上ない程に裏表が無いぞ!!」


「………」


 そっぽ向きながら言われても、説得力皆無だった。


「―――はむっ」


「ひゃうっ!?」


 ヒカルが顔を背けているので、ちょうど良い位置に在った、彼女のチャームポイントである猫耳に甘噛みしてやる。


「はむはむ」


「はうぅ!?」


 本物の猫の耳と同じく、大変敏感なそれ。何気にヒカルのウィークポイントでもあるそれを、身を竦ませるヒカルを他所に、唇でフニフニともてあそぶ。


「んむんむ」


「ちょっ!アキトっ、それダメ!!」


 ジタジタと暴れるが、ヒカルの腕ごと身体をガッチリと拘束している為、逃げ場はどこにも無い。


「普通にさわって欲しいなら、そう言わないとこのままだぞ?」


「うぅ…」


 ヒカルは呻くが、一向に答える気配が無い。かなり強情だった。


 仕方が無い。本当に仕方が無いから、続行。


「むむむむむ」


「うにゃぁん!?」


 細かい震動をともなった、超高速の甘噛みに、たまらずあられも無い悲鳴を上げるヒカル。


「ちょ、そんな声出されたら、なんか変な気分になるだろ!」


「はぁ、はぁ、アキトのせい、だろう…」


 こうしてバカップル達の夜は更けて行くのだった…。

 アキト君を次はどんな酷い目に遭わせてやろうか…。

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