第4節
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第4節
アキトはぼんやりと空を見上げる。既に夜も更けて、夜空には少しずつ大きくなってきた半月が浮かんでいた。
(そろそろナギに血を与えてあげないとな…。また土壇場まで我慢されて、心配するのは嫌だし…)
とある理由から、水竜である彼女に定期的に、自分の血液を分け与えないといけないアキトは、今のこの状況においてもそんな事を考えていた。
今彼が座っているのは、フーカ=デュオと名乗った少女の家の軒先だ。
日本的特徴を強く持つこの国では、こういった縁側の有る家屋が多い。特にこの《クラフストン》は気温がとても高いので、こういった風通しを良くする工夫は大事なようだ。
この家も、その例に漏れず風情の有る縁側を備え、日除けの為か屋根が大きく突き出している。
(空の全部を見渡せないのが、少し残念かな…)
そこで考えるのは、やはり他愛も無い事。
その時、そんな彼の後ろから声が掛かる。
「この辺りは、夜になると随分冷えるぞ」
「ヒカル…。起きてたのか」
適当な物思いに耽っていたので、アキトは気付けなかったが、いつの間にかヒカルがアキトの後方、軒下の梁に寄りかかるように立っていた。
「なんだか目が覚めてしまってな。アキトこそ、寝ないで良いのか?」
「俺も目が冴えちゃってね。仕方ないんで、色々考えてた」
「………」
無言のままに、ヒカルはゆっくりとアキトに近付き、その隣に肩を並べるように腰を降ろす。
彼女は白いネグリジェ姿で、そのシルクの布地が月光を受けて、美しく浮かび上がる。
最近、アキトと旅をするようになってから、所謂『普通の』宿に泊まるようになったヒカルは、『旅装束のままでは寝苦しいでしょ?』というアキトの勧めに従い、先日水竜の国で買った物だ。
最初は慣れない感触に戸惑っていた彼女だが、今ではすっかりお気に入りのようだ。
逆に、勧めた張本人のアキトは、時折ドキリとするほど身体のラインが浮かび上がるそれに、戸惑いがちだったが。
しかしヒカルの言う通り、この街は昼の暑苦しさが嘘のように、夜になると冷え込むのだ。
そんなネグリジェ一枚の姿でいるヒカルが心配になって、アキトは声を掛ける。
「身体冷えるから、早く寝た方が良いよ」
「…そういう訳にもいかない。《あの事》だろ?」
アキトの黒い瞳と、ヒカルの琥珀の瞳がぶつかる。
どうやら、心配を掛けてしまったようだが、実際には違う。
「いや、そうでもない」
「…つまり、もう決めた、という事か」
呆れ半分、諦め半分に呟く。
「あまり入れ込むのはどうかと思うぞ?」
「まだ、何も言ってないんですが…」
「今ならまだ変えられるかもしれないからな。口にしてしまえば、今回ばかりは『嘘でした』なんて言えないんだぞ?」
「まあ、そうなんだが…」
彼らが話している《あの事》とは、今から数時間前に犬の獣人の少女、フーカからの依頼の事に他ならない。
あの時、フーカは強い決意を秘めた瞳でもって、アキトにこう言った。
『お願いが…有ります…!私と『あの子』と一緒に、《風竜走》に出場して欲しいんです!!』
衰弱して、なお強く心に届いたその言葉。
それもそのはず、それはある意味で、彼女の死んだ祖父の仇討ちでもあったのだから。
彼女の祖父は晩年、全く評価されず、彼が最後に私財を投じて造り上げた、フーカが『あの子』と呼ぶ砂船《かざはな号》においては、マサさんが言っていた通り、一度も砂漠を駆ける事無く、今もなおこの家の格納庫(という名の『蔵』)に眠っているそうだ。
かつてはこの街の職人の間でも羨望と憧憬の対象であった彼女の祖父は、しかし獣人であるフーカを拾い、育てた事により、街の人々から疎外されたそうだ。
獣人であるフーカは、この街では職も見つからず、お爺さんの僅かな収入だけで暮らしていた。
そんな状況に遇っても、セツカ老はフーカを責めることは無かったが、それが逆に彼女に大きな負い目を背負わせてしまったのだろう。
それは別に特別な事では無い。おそらく親しい者の死に直面した時、誰もが思うだろう。
――――ああしていれば良かった…、こうしていれば良かった…。
彼女は『何もしなかった』のでは無く、『何も出来なかった』のだが、後悔はそんな事とは関係無く、彼女を蝕んだ。
その人が居なくなって、初めて気付く事だって有る。
ただ、フーカのそれが人並み外れて大きかったというだけの事。
そして、その苦悩の果てに彼女が出した答えが、《風竜走》で優勝する事だった。
この街の職人、とりわけ船大工にとって、自分の造った砂船が《風竜走》で優勝する事は何よりの誉れだ。
実際、フーカを拾う前のセツカ老は、彼の造った船は幾度と無く優勝を果たし、『彼の船には風竜の加護が宿る』とまで言われたそうだ。
そんな祖父の名誉を回復し、そして一度も帆に風を受ける事の無かった《かざはな号》を思うままに駆けさせてあげたい。
しかし、それを実現するには障害が山のように存在していたのも事実だった。それこそ、彼女が死の淵にあったことを差し引いても、諦めてしまうのも無理はないと思う程に。
まず一つ、当然《砂船》は一人では動かせない。
通常の《操水船》と異なり、砂の上を走る《砂船》はその船体に刻まれる魔術刻印の全てを《風系》、つまり浮力に注がなければならない。
浮力はあくまで浮力だ。推進力では無い。
そこで、《砂船》には通常の帆船と同じように帆が張られる。
つまり、風を読み、帆を開き、舵を切るといった操船に人員が必要なのだ。
そして、その二。彼女は獣人だった。
獣人に協力的な『人間』というのは珍しい。少なくとも、この街では皆無と言っていい。
そんな状況で必要な人員をそろえるのは至難の技だろう。
そもそも、獣人は《風竜走》への出場登録すら出来ない。船員として雇われる事は出来ても、出走する事が出来ない。
最後に、その三。資金の問題だ。
船員を雇う為にはもちろん、《風竜走》への出走登録にもお金が必要だ。
そんなお金が有るくらいなら、彼女は死にそうになるほど衰弱はしなかっただろう。
これらの問題はどれもが彼女にとって最大の難問であった。
そんな時、フーカの目の前に光明が差す。
アキトだ。
獣人に忌避感が無い『人間』で、しかも冒険者。操船の練習はこれからするとして、船員の役目と、護衛の役割を同時にこなせる人材。
しかも同じく冒険者らしき、獣人の少女を仲間として連れている。
これでその一と、その二の半分を解決できるというのは大きい。
そして、その三に関しては…。
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「あのっ!とても失礼で不躾な質問なのですが…お金は幾らほどお持ちでしょうか?」
フーカがいきなり生々しい話を始める。
だが、いくらお祭りとはいえ、出場にはお金が必要なのだ。こればかりは、綺麗事を言う事は出来ないのだろう。
なんせ、当のフーカ本人が正真正銘の“一文無し”なのだから。
まあ、祖父の遺してくれた砂船を売ればかなりの額になるだろうが、それでは本末転倒もいい所だ。
アキト達もフーカがこの話を始めた時点で、既に金銭の話になる事を予想していたのか、そこまで驚く事も無く答える。
「水竜の国で頑張ってたから、大体金貨十枚前後ってとこかな」
金貨一枚が日本円で大体百万円程度、つまり一千万円相当ということになる。
驚くべきは、冒険者という職業の実入りの良さか、それとも一カ月近くでそこまでの大金を難なく稼いだアキトの能力か。
とにかく、それが今のアキト達の全財産だ。
フーカもまさかそんな大金を持っているとは思わなかったのだろう、目を丸くして驚いている。
「そう…ですか!あのっ…えと…、図々しいとは思いますが、金貨を貸してはいただけないでしょうか…」
「貸して欲しい、って…。いくら?」
「そ、その…、じゅ、十枚です…」
この子、今何て言った?
『十枚です』?
「って、全部ぅ!?」
「ひゃい!?ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「ああ、いや、ごめん。取り乱した」
アキトですら驚愕を隠しきれない金額だった。
「でも、そんな大金が必要なのか?」
「…はい。出走するのに金貨五枚必要なんです。それに船員一人に付き金貨一枚ほど掛かります。《かざはな号》は五人乗りですので、それで金貨五枚になります…」
船を走らせるには随分と金が掛かるらしい。
まあ、花火だって一発ン十万するのを、バンバン打ち上げているんだし、詳しくは知らないが、F1カーだって、ただ走るだけでも物凄い金が掛かると聞いたことがあるから、実際はそんな物なのかもしれない。
小市民の俺にはとても想像できないような大金が動くようだ。
まあそれは良い。
いや、全く良くは無いけれど、今は置いておこう。金貨十枚というのは、確かに大金だが、別に出せない訳ではないのだから。
それが良い事か、悪い事かは知らないが。
とにかく、今はそんな事よりも…。
「私達がお金を貸した場合、君はどうやって返済する気だ?まさか『優勝賞金から支払うので、優勝しなければ返しません』とでも言うつもりか?」
今まで黙って聞いていたヒカルも、とうとう我慢できずに口を開く。
それは今俺が言いたかった事、ズバリだった。
この、今日食べるご飯すら無いような、極貧少女にそんな大金を返済できるアテが有るとは、とてもではないが思えないし、間違いなく無いだろう。
フーカもそれは分かっているのか、唇を噛む。
だが、彼女の覚悟はアキト達の予想を超えていたのだった。
「…かっ―――――」
「か?」
「身体でお支払いします!!」
「ぶっ――――!!」
こんな小説や漫画の中でのみ聞くような台詞を耳にする日が来ようとは。
次回、『犬VS猫。因縁の決着』
今ここに犬猫論争の終止符が打たれる…。
※嘘です。




