第3節
最近、以前の自分がどれだけ勢いのみで書いてたか、分かるようになってきた。
第3節
「………ん」
目覚めは穏やかにやって来た。それが素直に嬉しい。
「目が覚めた?」
枕元から声が掛かり、そこでようやくその人に気付く。
外はすっかり暗くなっていて、囲炉裏に燈された灯りを受けて、その人の影がゆらゆらと僅かに揺らいでいた。
その光景に何故か既視感を覚える。
「大丈夫?まだ声は出ない?」
心配そうな声に我を取り戻し、不思議な感覚を振り払う。
何か言わなくては。えと、えと…まずは声が出るかどうか確認しなくては。
私はおそるおそる喉を震わせてみる。
「…――っ。――ぁ。――あ」
何度かの試行の末、ようやく声が出てくれる。
そういえば、まともな言葉はおじいちゃんが死んでから、初めて出すかもしれない。
その意味と、その幸運に感謝しつつ、今度こそその人に向けて声を出す。
「あ、あのっ!その――ゴホッ!!」
だが、急に喋ろうとしたからだろうか、むせてしまう。
慌ててその人が、水の入ったコップを差し出してくれる。
涙目になって謝りながら、それを受け取り、ひと思いに飲み干そうとするが―――
「んく、んく、んっ――ゴホッ!!」
その途中で思いっきりむせて、水を飲ませる為に、私の近くに身体を寄せていたその人に、口に含んでいた水を吹き出してしまう。
「ああ!!ごめんなさ―――ゴホォッ!!」
それに対して謝罪しようとして、さらにドツボにはまる私。コップの水の大半をその人に向けて発射してしまう。
や、やってしまった!!
以前、井戸で汲んだ水を運んでいた時、誤って『人間』にかけてしまった事が有る。
その時は、耳を思いっきり引っ張られ、あざが出来るほど殴られた。
今回も怒りの声か、はたまた拳が飛んでくるのでは、と考え思わず身を竦める私。
だが。
「だ、大丈夫!?苦しいの?どこか具合が悪いの!?お医者さんの所いく?」
私の吹き出した水で自分がびしょ濡れなのにも関わらず、優しく背中をさすりながら、まるで私が吹いたのが水では無く血だったかのように、こちらの心配をしているのだ。
「だ、大丈夫です。本当に…」
その様子に幾分ほっとする。
いやいや、ほっとしてる場合じゃない!
「あ、あの、ごめんなさい!!私のせいでびしょ濡れに…」
「え?あ…ホントだ」
私が謝って、初めて自分の有り様に気付いたようだ。そんな彼に私は平謝りするしかない。
「ごめんなさい、ごめんなさい!!」
ペコペコと頭を下げる私を、彼は慌てて止める。
「ちょっ!!病み上がりなのに、そんなに動いたら――――」
「―――え?」
彼の言葉を聞き終えない内に、クラリと立ちくらみのように頭が揺れて、私は力無く布団に倒れていく。
そんな私の背中を彼が手を回して受け止め、ゆっくりと布団に寝かせてくれる。
布団に安置された私に、彼がたしなめるように言う。
「まだ体力が戻って無いんだから、激しい動きはダメだよ?」
「うう…すみません…」
何だか、目覚めてから彼に迷惑ばかり掛けている。あまりの羞恥に、布団を顔の上まで引き付け、隠れるようにして彼を窺う。
昼間、助けられた直後は意識が朦朧として、よく見ていなかった彼の顔が、囲炉裏の火に照らされて見えてくる。
どこか犬を思わせる精悍な輪郭に、優しそうな柔和な顔つき、黒い髪に黒い瞳。
この街では見た事が無い青年だ。
旅行者か何かだろうか?この時期になると、外からやって来る人も多い。
だが、彼がどこの誰かは分からないけれど、私には言わなくてはいけない事が有る。
「あの…、助けてくださって、本当にありがとうございました!!」
「いえいえ、どういたしまして」
「それで、ですね…。大変言い難いのですが、私は今お礼になるような物を持っていないんでしゅ!!」
噛んだ。思いっきり噛んだ。
だが、それだけは言っておかないと。
「う、うちには見ての通りお金も有りませんし、他に差し上げられるような物も有りません!!」
そう、助けてもらっておいて何だが、うちには何も無いのだ。《アレ》以外。
もしかしたら、《アレ》が目当てで私を助けたのかもしれないが、もしそうならば私はそれに全力で抵抗しなくてはいけない。
私の言葉に、彼は顔を歪めただろうか?
助けてやったのに、恩知らずな―――とか思ったのではないだろうか。
布団の中から、そーっと覗いてみると…。
「そうか…。苦労してるんだね…」
なんと逆に同情された!!
どういうことだろう?
《アレ》目当てでうちに来たのではないのか…?
「あの…、お兄さんはうちに何の御用でいらっしゃったのでしょうか?」
「ああ、それはね、《砂船》を見せてもらいに来たんだけど…」
やはり《アレ》狙いだった!!
「セツカ=デュオってお爺さんの所に行けば見せてくれるって言われて、ここに来たんだ。ここ、セツカさんのお家だよね?」
「はい、そうです。でも、『あの子』は渡しませんよ!!」
「え?」
「『あの子』はおじいちゃんの形見なんです!!いくら積まれても売りませんし、誰にも渡したりしませんから!!」
「ちょ、ちょ、ちょい待って!?色々と突っ込みどころが満載だけど、『おじいちゃんの形見』って――――」
「っ!………」
彼の言葉に、現状把握に必死になって忘れていた事実を思い出す。
「はい、おじいちゃんは一か月前に他界しました…」
言葉にすると、再び悲しみが私を襲う。
おじいちゃんがいないという現実が突き刺さる。
ブワッと瞳に涙が浮かび、すぐさま私の痩せこけた頬を滑り落ちていく。
「う、うぐ…ぐすっ…えぇーーん!!」
それは、程なく慟哭へと変わったのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぐすっ、ずびばぜん…取り乱しました…」
「いや、そんな事は無いよ」
しばらくの間、私は幼子に戻ったかのように泣き続けた。
やはり、まだおじいちゃんの死から立ち直れてはいないようだ。
その間中、彼は私の頭を撫でてくれた。
涙を流すだけ流したせいか、すこし頭がクリアになる。
そうして冷静になってみると、そういえば彼の名前を聞いていない事に気付く。ついでに自分の名前を名乗っていない事も。
「ずずッ…あの…、今更ですが助けていただいてありがとうございました。私はセツカ=デュオの孫――正確には養子なのですが――《フーカ=デュオ》と申します」
「フーカちゃん…ね。俺はアキト=オガミだ」
「はい、アキトさん、ですね。本当にありがとうございました」
改めて、お礼を言う。
「それと、ごめんなさい…。本当にうちには今、お礼になるような物は…」
「いや、それは別に良いけど。それより、『あの子』って言うのは、お爺さんが造った砂船の事?」
「はい、おじいちゃんが私に遺してくれた大事な物です。だから、お売りする訳には…」
「大丈夫、君の大事な物を買いに来たわけじゃないから」
「え?」
どういう事だろう。それなら何故うちを訪ねて来たのだろうか。
そして、獣人である自分を助けてくれたのだろうか。
打算や懐柔工作では無いのだろうか?
「あ、あの…、じゃあどうして私を助けてくれたんですか?」
「え?どうして…って言われてもな…。君が『たすけて』って言ったんだろ?」
「えぇ!?でも、私は見ての通り獣人ですし…」
「?」
「意味が分からないって顔された!?」
おかしい。この人、話が通じない。それとも私がおかしいのだろうか?
確かに、この街から出た事が無いので、世情には疎いかもしれないが、それでも普通の人は何の見返りもなく獣人を助けたりしない事ぐらい理解している。
それは私がこの街で暮らした十年で学んだ事。
事実、私とおじいちゃんがいくら困ろうと、誰かが助けてくれた事など一度たりとて無い。
普通の人は無関心にそれを眺めているだけだったのに。
「本当に、何の打算も無く、私を助けてくれたんですか?」
とてもではないが、信じられなくて、つい聞き返してしまう。
だが、その答えは思わぬ所から返って来た。
「その男はそういう奴だ。大事な者の為なら平気で命すら捨てるような男でな。それに比べれば、見返りが何も無い程度、どうという事も無いのだろう」
「―――え?」
突然聞こえて来た女性の声。それは玄関の方から発せられたようだ。
どうやらアキトさんは声の主を知っているようで、そちらに向けて声をかける。
「お帰り、ヒカル。ちゃんと買えた?」
「ああ。閉店ギリギリだったが、果物をいくつか買って来た」
声の主も、アキトさんに気軽に返す。
その声の主が、こちらに近付いて来る。囲炉裏の火によってその人物の姿が明らかになっていく。
肩まで伸びた美しい黒髪と、灯りを受けて揺らめく琥珀の瞳。
その頭部には、獣人であることを証明する、獣の耳が付いていた。
「その耳…、あなたも獣人…?」
「ああ。ヒカル。ヒカル=エーデルライトだ」
そう自己紹介をしながら、買ってきた紙袋をアキトさんに手渡す。
そして、そのままアキトさんの隣に腰を降ろした。まるでそこが定位置であるかのように。
しばし、私は彼女の可愛らしい猫の耳に視線をくぎ付けにされてしまう。
そんな私の視線に気付いたのだろう、少し微笑みながら聞いて来る。
「獣人を見るのは珍しいか?」
「い、いえ!お祭りの時は街の外から、たくさん来られますし…。ただ、お話をしたのは初めてで…。この街では獣人は私だけですし…」
「…そうか」
「あの…お二人はどういったご関係で?」
獣人と人間の仲が良いなんて、この街では考えられない。
考えたくもないが、もしかしてヒカルさんは『奴隷』なのだろうか。
聞いた話なのだが、この大陸では人間の売買は禁止されている。
だが、人間ではなく、『獣』である獣人の売買が合法な国も有るらしい。
アキトさんはそういった商売をしていて、私を助けたのもその為だとすると、辻褄が合う。
きっと私も売られてしまうんだ…。
私みたいにひ弱な獣人は労働力としては役に立たないだろうから、いやらしい事をさせられてしまうんだ。
「ひ、酷過ぎますぅ…」
「人に質問をしておいて、一人で妄想に耽るとは良い度胸だな…」
「ヒカル!抑えてっ!?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
フーカの質問を受けて、俺は考える。
俺とヒカルの関係か…。それはやはり―――――。
「俺とヒカルはこ「一緒に旅をしてるんだ!!」」
俺が彼女の質問に答えようとすると、何故かヒカルに声を被せられた。
………。
トライアゲイン。
「ヒカルは俺のこ「冒険者仲間だ!!」」
再び声を遮られた。
「ヒカルさん?」
「な、なんだ?」
「なんで邪魔するの?」
「何の事だかさっぱり分からないな」
どうやら、自分達の関係を聞かれるのが嫌らしい。
少し寂しい気もするが、まあ俺も進んでバラしたい訳ではないし、ヒカルに合わせる事にする。
「まあ、そういう事。俺とヒカルは同じ冒険者で、一緒に旅をしてるんだ」
「そういう事だな」
そう説明すると、なにやら少女の表情が強張る。
そして俺と、ヒカルを交互に見るフーカ。
「獣人と人間が、ですか…?」
その眼はまるで信じられない物でも見るような眼だった。
そんなに珍しい組み合わせなのだろうか?
それが少し気になり、俺はヒカルに耳打ちするように尋ねる。
「なあ、ヒカル。そんなに獣人と一緒の人間って珍しいのか?」
「まあ、多くは無いが、珍しい物でも無い。この世界の人口の約三割は獣人なのだからな。おそらく、この街は余程閉鎖的なのだろう」
「そうなのか?」
「ああ。今日、街を見て回ったが、この少女の言う通り、獣人の姿が一切見当たらなかった。まるで火竜の国の王都のようだ」
そこまでか…。確かにそれでは、人間と獣人の間に大きな溝を感じてしまうのも無理は無い。
俺が彼女を助けたのも、砂船が目当てだと思われたのなら、さっきのフーカの態度や『売りません』という言葉も納得できる。
獣人である自分を、無償で助けてくれる『人間』なんて居ない、と思っているのだろう。
そう考えている内に、リンゴが剥けた。
食べやすい大きさにカットして、芯を取り除き、少女に差し出す。
「まあ、色々思う所が有るかもしれないけど、今はこれ食べて、栄養を付けなきゃね?」
「………」
だが先程からフーカは黙したままで、果物にも一切眼を向けず、俯いて何事か考えているようだった。
そして、再びその双眸がこちらを向いた時。
そこには、先ほどまで衰弱していた少女の物とは思えないような、決意の炎が宿っていたのだった。
「…お願いが…あります…!!」
獣人の少女からの『お願い』につくづく縁の有るアキト君。




