第1節
書かないと落ち着かない。
第1節
「あれが俺の故郷、《クラフストン》でさぁ」
鍛冶師にして露店の店主、マサ=ラングトンが言う。
遠目に大河と砂漠に挟まれるように、煙突と倉庫の群れが立ち並んでいるのが見える。
街並みは『中世』というより時代劇にでも出てきそうな感じで、漆喰の壁に強い日差しが反射して眩しいくらいだ。俺の着ている民族衣装といい、どうやら風竜の国はどこか日本的な文化を持っているらしい。
位置的には風竜の国の南西外周部、いわゆる“辺境”に位置しているはずだが意外にも大きな街である。
トンテンカンカンと遠くからでも木槌、金槌の打ち鳴らされる音が響いて来るのが分かる。
「クラフストンは職人の街だ。とりわけ造船が盛んだな」
俺の隣を歩く獣人の少女がいつもの如く、補足説明してくれる。
俺はその黒髪のねこみみを振り返りながら尋ねる。
「ヒカルは風竜の国にも来た事が有るのか?」
「ああ。旅をする以上、風竜の国は避けて通れないからな」
ねこみみ少女…もとい、ヒカルが言うように、ここ風竜の国は交易・交通の中心だ。
この世界では魔獣という危険が有る為、国家間の移動は基本的に《大竜脈路》と呼ばれる、四属性の竜に守護された街道を使用するのが普通だ。
ここ風竜の国には、他の三国全てに向けてその大竜脈路が伸びている。
ちなみに大陸全体には、この風竜の国から伸びている三本と、あとは以前通ったスチム街道の計四本の大竜脈路が存在する。
イメージとしては、火竜・水竜・風竜の国で三角形を描き、その三角形の風竜の頂点から地竜の国へと最後の一本が伸びている感じだ。
「造船…ってことは、水竜の国の船もここで造られてるのか?」
「ええ、この大河の上流はキーク材の植林地ですから。良い船を造るには必要不可欠ですわ」
今度はヒカルの反対側、俺の右隣から声が返って来る。
そちらに振り向くと、明らかに胸元が露出過多の青系のワンピースドレスを身に纏った、豊満な姿態の女性が居る。
暑いからか、腰まで届くような美しい蒼の髪を一つに束ね、ポニーテールにしている。露わになった白いうなじが日光を反射して、やたら色っぽい。
「キーク材?」
「はい。キーク材は魔力を持つ魔樹の一種で、頑丈性や柔軟性、腐食耐性に優れ、加工もしやすい、まさに造船にはもってこいの材木です。これに操水系の魔術刻印を施すことで、風が無くても自走できる《操水船》を造る事が出来ますわ」
魔術刻印とは、魔石などの魔力を含む物質に命令を与える彫刻の事で、通常の魔術を扱う時に唱えられる呪文と同じ効果が有る。
ただ物質に直接刻むため、当然一つの魔術しか行えない。
それでも、個人が扱える魔術の属性には限りが有るので(例えばヒカルは雷の魔術しか使えない)、その個人差に左右されない魔術を行使できるというメリットも存在する。
ただ、ヒカルに言わせれば『あくまで補助的な威力でしかないし、コストも馬鹿にならない』との事。
評価が『威力』中心というのが彼女らしい。
実際、彼女の行使する雷の魔術の前では大抵の魔術は『補助的な威力』になってしまうのだろうが。
彼女の魔術を受けて立っていられた者を、俺は知らない。
立っていられるとしたら俺か、もしくは目の前の露出狂の女性レベルの人外である必要が有る。受けた事は無いし、受けたいとも思わないけれど。
そう何を隠そう、俺の隣を歩く、一見清楚に見えて、無駄に肌色面積が大きい彼女こそ、水竜の国の守護神にして、この世界において最強の生物『竜』の化身だったりする。
その水竜の化身、ナギは俺の顔を窺い見ている。何か付いているのだろうか?
「ご主人様、汗が凄いですわ。おしぼり出しますね」
「ああ、ありがと」
どうやら、この暑さのせいでかなりの汗をかいていたらしい。
ちなみに、この『ご主人様』という呼称は最近意味が変わったそうだ。深くは突っ込まないで欲しい。
ナギが甲斐甲斐しく俺の汗を拭きとってくれる。水竜の化身らしく、水系の魔術が得意で、このおしぼりもひんやりと冷たい。
ところで、何故俺がやたらと汗だくになっているのか、と云うと。
「あ゛づいぃぃ~、お゛な゛が空いたぁぁ~、お゛に゛ぐの匂いがするぅぅ~」
俺の背中で汗だくになりながら空腹を訴える、外見十代後半、言動十歳前後の金髪少女のせいだったりする。
つい最近までは、見た目も中身も十歳前後だったのだが、少し前の騒動の際、自己の力とその責任に目覚め、成長した…はずだ。
「ほら、もうちょっとで街に着くから我慢しなさい!」
シノを叱咤しながら、彼女が落ちないように背負い直す。
暦の上では夏も終わりもうすぐ秋だが、ここらへんは随分と暑い。
まだ人間の姿で旅慣れていないシノは、暑さにやられてダウンし、それを俺がおぶっていたのだった。
彼女のトレードマークであるふわふわのプラチナブロンドは、汗でべっとりと張り付き、いつもなら好奇心旺盛な黒い瞳は、いまや陸揚げされて半日放置された魚の眼の如く虚ろに濁り切っている。
ただ、全く自分で歩いていないのに、お腹だけは空くらしい。
さっきからシノのお腹の虫が大きな鳴き声を上げているのだが、その振動が背中越しに伝わって来る。
彼女の言う通り、街の方角からは肉と香辛料の焼ける良い匂いが風に乗って漂って来ている。
街の見た目は和風なのに、漂ってくる匂いは西アジア系で、なんだかケバブっぽい。
スンスンとその匂いを嗅ぐシノの鼻息が、首筋に当たってくすぐったい。
待ちきれないのか、白のロングスカートから伸びた脚がブラブラとせわしなく動き始める。
そんなシノに呆れ顔のアキトだが、その表情はどこかまんざらでも無いあたりが彼の人となりを表しているだろう。
「とにかく、街に着いたら宿を取ってシャワー浴びたいよ」
「同感だ」
「賛成です」
「お゛に゛ぐぅぅ~」
一名を除いて、満員一致した。
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「ラングトン工房…。ここだな」
外観はやはり時代劇に出てくるような鍛冶場だが、ここがあの露店の店主の工房ということらしい。
街に入り、宿を取るということで一旦彼とは別れたのだが、その後食事を済ませると女性三人組は買い物に出かけてしまい、手持無沙汰な俺は首輪の事が気に掛かり、散策がてら様子を見に来たのだが…。
「すみませーん!マサさーーん!?」
「おう!こっちだこっち!!」
薄暗い鍛冶場に声を掛けてみると、さらにその奥、おそらく彼の住居の方から大声が返って来る。
そちらに近付くと、どうやら荷を解いて、売り上げを数えていたらしい。
「どうした、旦那。何か用かい?」
「いえ、首輪の方はどうかな…と思ったんですが…」
チラリと硬貨の山を見る。水竜の国ではどうやら大儲けだったようだ。
帰りながらも次の作品の材料を注文していたが、それでもかなりの金額が残ったようだ。
これでも冒険者として普通の人よりも稼ぎは大きいが、そんな俺から見ても大金である事が分かる。
そんな俺の視線に気付いたのだろう、マサさんは照れくさそうに頭を掻く。
「いや、まあ旦那のおかげで予定よりだいぶ多めに稼げましたよ。これでしばらくは仕事に打ち込めまさぁ。首輪の方は材料の到着待ち、ってところです。特に止め具はこの街の他の職人の作なんでちょっと時間が掛かります」
「どれくらいで出来ますか?」
「う~ん。材料さえ揃えばすぐなんだが…、余裕をみて一週間くらいかね」
「そうですか…」
特に急ぐような用事も目的も無いので、それは構わない。
宿の問題も、この国ではお金さえ余分に払えば、獣人でも普通の宿に泊まれるのだ。もちろん結構するが、袖の下…というわけでは無く、ちゃんと合法だ。
汚い商売だとは思うが、それでも泊まれるだけ火竜の国よりはマシ、らしい。ヒカル談。
幸いにも水竜の国でかなり稼いでいたので、財布具合も問題無い。
そんな事を考えていた俺に、マサさんは付け加えるようにこう言った。
「それにもうすぐ風竜慰祭だ。特にこの街の催しは凄いからな、是非見物していくと良い」
「風竜慰祭?」
「旦那は知らねえのか!?」
マサさんは目を丸くして驚いている。どうやらこの世界では常識的な事らしい。
最近すっかりこの世界になじんでしまったので、ついつい忘れてしまうのだが、俺は一応『異世界人』なわけで…、普通こんな時はヒカルがフォローしてくれるのだが、今は他の二人と買い物に行ってしまっている。
「いや、すみません。俺、田舎から出て来たんで…」
「そうだったのかい…」
いつぞやの面接みたいな言い訳をする。
だがそんな苦しい言い訳でも、マサさんは納得してくれたようだ。
まあ、突然『あんた…異世界から来たのかい』とか言い出したなら、そいつは超能力者か怪しい電波を受信している。
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「……クチュン!!」
「ヒカル様?風邪でもひかれましたか?」
「いや、大丈夫だ。何でも無い」
「アキトが風邪にはネギが効くって言ってたよ!だから、次はあのネギマ食べようよ!!」
「シノはそればかりだな…」
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風竜慰祭について何も知らない俺に、マサさんは珍しく饒舌に話してくれる。
「この時期には風が大きく荒れるんだ。それは風竜様がお疲れになっていると謂われていてな、それを慰撫するお祭りさ。実際には豊作祈願やら収穫祭やらをごっちゃにしたような物なんだが、国を挙げてのお祭りなんで、かなり派手だよ」
「へぇ~。『催し』と言うのは?」
「それぞれの街でやる、そこ独特の出し物の事さ。神輿を担ぐ所もあれば、大食い大会なんてのも有る」
シノを連れていけば優勝確実だ。肉類限定だが。
「特にこの街の出し物は有名でな。《砂船》って特別な船を用いたレースをやるんだ。《風竜走》って言ってな」
「砂船?」
「ああ、砂の上を走るから《砂船》だ」
マサさんの説明によると、通常の船に施される魔術刻印は『操水系』の物だが、その代わりに『風系』の刻印を施す事で、砂の上での浮力を得る事が出来るらしい。
「この砂漠を超えて、領域の外に在る遺跡から証を取って帰るんだ。当然魔獣も出るし、かなり危険なレースだよ。だから出場するチームはクルーの他に、何名か護衛の冒険者を雇うんだ。この時期ならギルドに行けば募集をやってるだろうな」
「なんだか面白そうですね」
「面白いとも!毎年多くの観光客が訪れて、賭けも大いに盛り上がる。旦那が出れば優勝も目じゃ無いかもしれないぜ!」
期待した目でこちらを見てくるマサさん。どうやら結構なギャンブラーらしい。
だが、生憎とそんな予定は無い。
俺は苦笑しながらこう答える。
「気が向いたら、としか言えないですね」
「そうかぁ…」
しおしおと気落ちしてしまう。
「まあ、時間はまだ有るんだから、良く考えてくれよな!」
そして、すぐに復活したようだ。
まあ出場するかしないかは置いておいて、俺もその《砂船》という船には興味が有る。
「その砂船はどこ行けば見えますか?」
「ああ、それなら知り合いの爺さんに船大工がいてな。そこに行けば見せてもらえると思うぜ」
そのお爺さんはかなり腕が良いのだが、彼の砂船には何故か乗り手が付かず、最後に造った砂船に措いては一度も帆に風を受ける事無く眠っているらしい。
「ちょっと訳有りな爺さんなんだが、人柄は良い。行けばきっと見せてくれるぜ」
そう言って、マサさんはその場所を教えてくれた。
どうせ時間も有るので、早速訪ねてみることにする。
「それじゃあ、行ってみます」
「ああ、爺さんによろしく言っといてくれ」
俺は彼の工房を出て、その船大工のお爺さんの家へと向かうことにしたのだった。
遠ざかるアキトを見送りながら、マサは誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
「頼んだぜ、旦那…」
シノはずっとアキトの肩や頭に乗って旅をしてきましたし、水竜の国では一カ月近くひきこもっていましたから、体力無いだろうな…と。
あと《砂船》ですが、要はホーバークラフトですね。




