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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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序章

 全く何も変わって無い気がするのは何故なんだぜ?





序章


 ――――祖父が死んだ。


 それは永遠の命を持たない私達にとっては当たり前の結末。そして私が最も恐れ、目をそむけ続けてきた終焉だった。


 それはもっと先の出来事だと思っていた。ずっと、今という時間が続くと思っていた。

 もしかしたら永遠に来ないのでは無いかと、願い、思い込んでいた事。


 そして私はその想いを抱き続け、結局その時が来る覚悟すらしないままに、時間は過ぎ去り、訪れた。


 何か劇的な出来事が有ったわけではない。むしろ何も無かったのだ。


 ただいつものように朝が来て、日が昇り、簡素ながらも朝食の支度をした。

 だが、いつもなら起きて来るはずの祖父が起きてこない。


 ただ、それだけ。


 私が冷たくなった祖父を見つけたのは、日が高くなってからだった。

 祖父は文字通り、眠るように息を引き取っていた。


 別れの言葉も、何も言えなかった。


 ただいつものように今日が来て、明日が来る。


 それを『当たり前』のように繰り返し、そしてそれが『当たり前』でない事に初めて気が付いた朝。




 私はこの世界で最も大事な人を失った。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 祖父の話をしよう。


 祖父の名前は“セツカ=デュオ”。

 風竜の国にある職人の街、《クラフストン》では名の知れた船大工だった。


 そう、だった(・・・)


 私を拾うまでは。


 祖父・・と言ったが、血の繋がりは無い。だから、正確には『祖父』ではなく『養父』という事になるのだが、それでも私は歳の離れた祖父の事を『おじいちゃん』と呼んだし、祖父も私を孫のように可愛がってくれた。


 当時、私は既に7歳になっていたが本当の親の事は何も覚えておらず、自分の名前すら覚えていなかった。


 別にそれを気にしたことは無い。

 祖父は私を拾った時の事を話そうとはしなかったし、私自身も興味が無かった。捨てられたのだとしても、祖父に拾ってもらえたのだから、私を捨てた両親には感謝をしたいくらいだ。


 それほどまでに私は祖父を敬愛していたし、生活も豊かとは言い難かったが、十分に満ち足りていた。


 ただ一点を除いて。


 私はこの事についてだけは両親を、そして神を幾度呪ったか分からない。

 それはいくら自分を否定しようとくつがえる事の無い残酷な『真実』。


 ――――そう、私は《獣人》だった。


 暗い色彩の銀髪に覆われた頭部には、こげ茶色の大きな犬の耳が付いていた。


 小さい頃はそれをどうにか隠せないかと躍起やっきになったものだ。結局、いくら頑張っても耳が大き過ぎて、どんな帽子でも完全には耳を収め切れなかったのだけれど。


 とにかく私と、そしてそんな私を拾った祖父は、『私が獣人である』という一点において苦労を強いられる事になる。


 人づてに聞いた話になるのだが、ここ風竜の国ではそこまで獣人差別が酷い訳ではない。少なくとも火竜の国よりはマシ、らしい。


 大陸の三国全てと大竜脈路で繋がるこの国は『商人の国』でもある。


 交易の中心として大いに栄え、王族と教会の力関係もほぼ等しい。どちらかというと貴族や豪商のような、いわゆる“金持ち”が大きな力を持つこの国では人間も獣人も等しく消費者であり、金蔓かねづるだ。

 財布の数は多ければ多いほど良い。


 ただ、ここ《クラフストン》は少々特殊だった。


 この街は、上に述べたように職人の街だ。


 そして職人は神職の人間が持つような、一種の潔癖けっぺきさを持っている。

 それは家督かとくを血縁者に譲るといった、世襲制などを含む慣習や、男尊女卑といった価値観、辺境に位置するがゆえの移民の少なさも関係していただろう。


 とにかくこの街では腕の良い職人こそが尊敬される。


 そしてその職人は当然、『人間』なのだ。『獣人』の職人は存在しない。


 獣人の職人が居ないから獣人が差別されるのか、獣人が差別されているから獣人の職人が居ないのか。


 まあ、その問いの答えがどちらであろうと、何か変わる訳ではないのだが。


 そういった背景も有り、この街には獣人が一人も居ない。


 私を除いて(・・・・・)


 そんな私を拾ったせいで、祖父は職を失う事になる。


 祖父の仕事は船大工だ。船を造るには当然だが『船を造ってくれ』という依頼が必要だ。

 祖父の、いな、この街の船大工の造る船は、いわゆる『普通の船』ではなかったが、タダで船が造れるはずもない。


 そして、そういった船を注文する人達は、往々(おうおう)にして『縁』を担ぐものだ。誰が好きこのんで獣人を養う職人に頼むだろうか。


 それでも腕の良かった祖父の元には少しではあったが依頼が来ていたのだが、それもいつしかパタリと止み、祖父は船では無く普通の大工として家屋などの修繕をして細々と収入を得る事になってしまった。


 それでも祖父は私を責める事は無かった。


 そういう人だったのだ。


 『私が居るからおじいちゃんに迷惑が掛かけてしまっている』


 その事に気付いた私が、何度この家を出て行こうと考え、その度に決断できなかったのは、そんな祖父が居たからだ。


 この『世界』で、“ここ”だけが私の居場所だった。


 そして今、私は“ここ”で死のうとしていた。


(…お腹、空きました……)


 パタンと板張りの床に倒れ伏しながら考える。実際には空腹感は無い。そんなものはとうの昔に通り過ぎてしまっている。


 ただ純然たる事実として、私は空腹だった。


 とある理由(・・・・・)から、この家にはほとんど蓄えという物が存在しなかったのだ。

 ただでさえ細々とした祖父の収入で成り立っていた家計はあっという間に崩壊し、残ったお金を何とかやりくりしたのだが、それも一週間前に底をついた。


 残ったのは僅かばかりの塩と、共用の井戸から得られる水だけだ。


 それだけで生きていけるはずもなく、とうとう限界が来てしまったようだが。


 《アレ》を売ればもうしばらくはもつかもしれないが、それだけはしたくなかった。

 祖父の形見だから、と云う事もあるが、それ以上に生前の祖父が心血を注いで造り上げた《アレ》を、他人に売り渡すのは抵抗が有った。


 だから、今ここで死に逝くのに未練はただ一つだけ。

 まあ、それも私一人ではどうしようも無いこと。


(おじいちゃん…、今そちらに逝きます…)


 未練を断ち切るように眼を閉じ、身体から完全に力を抜く。


 元々華奢だった身体は、この一カ月ですっかり痩せ細っており、その四肢には二度と力が込められる事は無いだろうと思われた。


 この一週間の収穫。


 とにかく書くしかない事に気が付いた。


 あと、投稿はこれからちょくちょく間が空くかもしれません。

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